デート 後編
突然の屋根を叩く激しい雨音。
カーテンを開けようと立ち上がりかけた時に窓の外に閃光が走った。
次の瞬間、轟音と共に家が揺れた。近くに落ちたな。
部屋が闇に包まれ、ベロの目だけが光って見える。大きくカーテンを開き外を見渡すが、一切の灯も無く音だけの雨が降っていた。
うしろを振り向くと再び稲光が走り、それは全てをモノクロに変える光。ああ、雷の光は色を消してしまうのか。
4時間前
サキちゃんはマジで料理上手だ。それと手際がいい。あれよあれよと言う間に、何品もの料理が出来上がる。
エプロンをしたサキちゃんがキッチンに立ち、俺も手伝う気満々で、やはりエプロンをしてキッチンにいるのだが、サキちゃんの隣はなぜだかベロだ。立ち上がってキッチンに前足をーーきっと手だーー掛けている。さっきはキュウリのヘタを貰い、カリカリカリカリと、とってもいい音を口の中で響かせていた。そうです、ベロ君は野菜も好きなんです。
もっと頂戴って顔でサキちゃんを見上げている。勿論、扇風機のように尻尾を振り回しながら。
「あははは、ベロちゃんの食べ方って凄く美味しそう。セロリも好きかな?」
「どうだろ?」
食べてます。やはりカリカリ、シャクシャク言わせながら。セロリを食うワンコってポピュラーなんだべか。
「シグ君、出来た物から順に並べてって」
「了解」
料理の手際がいい人って、すんごく尊敬しちゃうんだよね。
一人暮らしをしている俺は、一応は料理もします。暇の時などレパートリーを増やそうと、メモを片手にTVの料理番組見たりもします。だけど、「お塩少々、ミリンも少々」ってところで必ず蹴つまづく。「少々って何ぼよ? ハッキリ言え! グラムとか単位ってもん知らんのか!」って、TVに向かって怒鳴ったりしている。料理はセンスだね。
「隣同士に並べてね」
確かに二人っきりでテーブルに着く時は、むかえ合わせに座らない方がいい。「L字型」に座るとか、並んで座った方が話が弾むし、無用な緊張もしなくて済む。逆に警戒しなければならない相手なら、当然正面に座り関係をハッキリさせる。でも、どうして? サキちゃんはどう言うつもりだ? まぁ、今更緊張しても意味無いからか?
全部見られちゃってる訳だし。それも、普通じゃ無い状態を。うわ…今頃になってリアルに思い出してきちゃったよ。憶えてるんだろうな。忘れる訳ないよな。俺、トラウマになったりして。ひぃぃぃ、叫びたくなってきた。
なるべくサキちゃんの方を見ないで食卓をセットしている俺。見たいのに見れない。お、いい匂い。
スパーで買ったステーキ用の牛肉。時間が遅かったせいで、値引きのシールが何枚も貼ってあった。霜降りとは言わないけど、けっこう刺しが入って美味しそうな地元産の牛肉が売れ残っていたのだ。
「ニンニク刻んで炒めたの。二人で食べれば気にならないよね。うふふ…」
「ワイン、白しかないけど、サキちゃんも飲む?」
「うん、一杯だけ飲もうかな」
隣同士で座ったはずが、椅子と椅子の隙間から黒い奴が顔を出してる。
「アハハハ、ベロちゃん飲み込むの早い。お肉ちゃんと噛まなきゃダメだよ」
「これ美味しいね」
「ほんと? バターと醤油でお肉焼いてね、そのお肉の油とバター醤油で刻んだニンニク炒めたの。口に合った?」
「うん。肉の味もそのまま残ってて、これっていけるわ」
ワインで少し頬を染めたサキちゃんが俺の隣に居る。狼のような顔をしたベロが真ん中に陣取っているが。
ダメだ。俺からは言えなくなっちまった。どうして「友達でいよう」なんて言える。友達って何だ? 俺にとってサキちゃんは憧れの人で、誰が何を言おうが大好きな女の人。そう、オンナなんだ。女を意識しない間柄なんかには絶対になれない。ムリだ。それが嫌ってほど分かった。
食べ終わって二人でキッチンに立ち、一緒に食器を洗う。それだけでも心が踊る。抱きしめてしまいそうになる。サキちゃんダメだって、無防備な背中を見せないで。
ワインを一杯だけで止めていて良かった〜。もうちょっと酔いが回っていたら絶対にヤバかった。そんな事を考えながら食器を拭く。あ、もう終わっちゃった。まだ帰したくないし、手紙の事も聞きたくない。どうしよう…
「今日ね、シグ君と一緒に観たいな〜〜って、DVD持ってきたの」
「え…ほ、ほんと?」
「うん、ちょっと古い洋画なんだけどね、ずーっと観たいって思ってたの借りてきちゃった」
「観よう観よう」
「でもシグ君、観たことあったらどうしよう…。アイ・アム・サムって映画、観た?」
「いや、観たこと無いと思う」
とにかく何だっていい! サキちゃんと一緒に居られるんだったら、100回観た映画だって全然かまわねーー!!
ゴソゴソとバックの中を探っています。だからね、ダメだって。思わず押し倒したくなるの堪えるの大変なんだからさ〜。
「あ、あった、あった!!」
「おっ、おおお…おほほほ…」
俺、サキちゃん、ベロの順番で三人掛けのソファーに腰を掛けています。そうです、ベロの野郎もサキちゃんの隣がいいらしい。サキちゃんの太ももに頭を乗せてすっかりくつろいでいる。そりゃーサキちゃんの太ももにくっついていれば、気持ちもいいだろ!! くっそー! マジで羨ましい。替われ!
そんなベロとサキちゃんの太ももを気にしながらも、いつの間にか映画にのめり込んでいた。
これ…アイアムサムだっけ……観たことは無いけど……ヤバ…ヒューマンドラマだ。俺ってこんなに涙もろかったか? マズイ、カッコ悪い事になってきちまったぜ。アハハ……サキちゃんに顔を見せられない。
隣ではベロに膝枕しているサキちゃんが、鼻をかんだりして泣きながら観ている。
「う〜〜〜、グスン…グスン…グスン…」
「……」
俺の左側にサキちゃんがいるのだから〜、左目を頑張らせて…
「エ〜ン、エ〜ン……う〜〜」
泣きながら唸っているサキちゃんの隣で俺は戦っていた。瞬きしたらヤバイ。眉毛を上げて…ガンバレ左目。ゲ…右目から零れた。
「グスン…グスン……うううううう……はい…シグ君…」
ティッシュを差し出してきた。バレてたの?
この映画は女の子と観たらダメなストーリーだ。
外からは、叩きつけるような雨の音が聞こえてきた。あんなに晴れていたのに、いつから降り始めたんだろう。あ〜〜、DVDやっと終わってくれたよ。内容は惹きつけられるストーリーだったけど、まいったね。
俺はサキちゃんに顔を見られないようにTVの前に移動して行き、DVDを取り出しながら、目を一杯一杯に開いて、涙よ乾けーーー!
ヒューマン系は独りで観なきゃ恥ずかしい事になっちまう。って言うか、もう、既になってる? ホラーだったら良かったのに。もしかしたら「キャーー」とか言って抱きついてくれたかも。いや、俺が「キャー」って抱きつくのもアリだな。
まだ振り向く事ができないまま、TVの前で胡坐をかいている。だが、何時までも背を向けてるのも変だ。どう振り向く? 笑った方がいいべか? あの映画の直後にか? それって変だろ。
そんな事を無駄に考えていると、突然、後ろから抱きつかれた。
「シグ……マ」
サキちゃんは大きな胸をピッタリとくっつけて、俺の首に腕を回す。耳元にサキちゃんの唇があるのが分かった。不思議とベロが騒がない。
「付き合ってる人……いるの?」
「いや、いない」
「好きな人は?」
「いる」
サキちゃんの身体がビクっと動いたが、俺は腕を掴んで離さなかった。
「わかってるはず。俺…サキちゃんが好きで…苦しい」
外が瞬間的に明るくなった。稲光だ。
そして家すらも揺らす轟音が響き、音も無く明かりが消え、部屋は闇に包まれた。サキちゃんの身体が震えている。雷のせい?
また光った。カーテンを閉めていても部屋の中が明るくなる。ほんの僅かな時間だが、見えた世界は色を消した白と黒だけの部屋。そこで一つになっている二人の影がまるで幻のように現れて、すぐに消えた。頭の片隅では、「あ〜、雷って色を消すんだ」などと、どうでもいい事を考えていた。
「停電…」
「落ちたみたいだ。近いな」
「シグマ、怖い…」
振り向くと、直ぐ目の前にサキちゃんの顔があり、微かに息が掛かる。
今、この時を逃したくない。後の事はどうだっていい。でも、目を伏せて困った表情だったら……、サキちゃん、俺をどう思ってる? ただの友達? 付き合ってる人…いるんだよな。
少しだけ長く外がまた光った。サキちゃんは下を向いていない。しっかり俺を見ている。強く抱きしめると、サキちゃんの方から唇を合わせてきた。雷の轟音に揺れる部屋の中で。
ちょっと厚くて柔らかい唇が温かい。
「力を抜いて」
「初めて……」
そう言い掛けたサキちゃんの唇は、恥ずかしそうに僅かに開いている。時間よ止まってくれ。そのまま、ずっと。
電気が戻った。目を瞑っていたサキちゃん。
「み、見ないで……恥ずかしい…」
視線を泳がせ下を向いてしまった。俯いたまま顔を上げない。下から覗き込むように顔を寄せると、照れ笑いを浮かべて、
「キスってエッチだ。シグマが……」
そう言いかけた言葉を塞ぐように、さっきよりも長い口づけを交わす。
「震えてる。怖い?」
「ううん、シグマがいる」
「でも震えてる」
「キスって……私…初めて…」
サキちゃんは素敵だ。
何よりも可愛いくて綺麗だ。
傷付けたらいけない。
大切に、大切に…
俺の宝物だから。
12時前には雨も止み、歩いてサキちゃんを送って行く。ベロも一緒だ。
「ゆっくりと知り合いたい」
「うん…シグ…マ」
サキちゃんの方から俺にキスをして、家に飛び込んで行った。
家に戻るとボーーーーっとしていた。何も考えられない。ただ、サキちゃんの少し開いた唇と、恥ずかしそうな上目使いの表情が忘れられない。今日は歯をみがかないぞ。うん、明日も明後日も。臭うかな……
隣で我関せずと言ったように目を瞑っているベロの口を、無理やり開けて臭いを嗅いでみた。ちょっと魚臭い。
「お前、いつ魚食った?」
「グゥゥゥゥ…」
「なに唸ってんだよ」
「ガゥガゥガゥ」
怒って、六畳間に行ってしまったベロ。
夜中の2時過ぎにサキちゃんからの電話だ。
「シグ…マ、寝てた?」
「いや、きっとサキちゃんから電話くるだろうって、起きて待ってた」
「え…ずるーーい! シグマから電話くれればいいのに」
「サキちゃんさ〜、姐さんとユイに質問攻めにされたろ」
「うん…ユっちゃんなんか、部屋まで追いかけて来て…いろいろ聞かれた」
「アハハハ、ヤッパリだ。そうだろうって思ったから電話しなかったんだよね」
「うぅぅぅぅ…やっぱりズルだ。ユっちゃんに……キスのことまで言わされた」
「え…そうなの。サキちゃんって、ウソつけなさそうだもんな」
「うん、できない。どうしよう……シグマとね……もっと仲良くなって……色々あって……聞かれたら…どうしよう」
サキちゃんは上手く切り抜けるの出来そうもない。嘘ヘタそうだもんな。
姐さんは大人だし、そこらへんの事わざわざ聞かなくてもピンとくるとこあるんだろうな。今日も、「楽しかったかい?」って笑顔で言われただけだったらしい。問題はマセチビのユイだ。聞きたくて聞きたくて、絶対にサキちゃんを逃がさない………あ…あああああ!
「どっ、どうしたの? なにかあったの?」
「サっ、サキちゃん。まさか…アレも言っちゃった?」
「え? あれって何のこと?」
「土曜の朝……俺……立ってた」
「……………」
「えーーーーー! 言っちゃったの!!」
「言う訳ないでしょ!! エッチーーー!!」
「おおおお……」
良かった。マジでほっとしたぜ。
「ねぇ、シグマ……手紙のこと、どうして聞かないの?」
「え……うん……聞きたくなかった」
「どうして?」
「振られるから」
「な、なんでそう思うの?」
「付き合ってる人…いるんだろ? 俺とキスして…いいの?」
あー、触れちゃった。この手の話って白黒ハッキリさせん方がいいんだよな。誰だって色んなしがらみ持ってるし、ちょっとフラフラする事だってあるだろうし。それを表に出しちまったら、引くに引けなくなるケースも少なくない。今更遅いけど聞きたくない。
「私……シグマが好き! いつからか分かんないけど、シグマが一番なの! 花火大会の時も、ユっちゃんに一緒に行こうって言われて、その前に、お付き合いしてる人からもね、誘われてたけど…シグマと観たかった。あの時、電話でそれ言おうとしたら、シグマが勘違いして、いっぱい勝手に喋って、電話切った。私…泣いちゃったんだから。お付き合いしてた人とはね、次の日に終わったの。私から言う前に、向こうから言ってきた。好きな人がいるんだろって」
「あ、あああ…」
それから暫くの間、サキちゃんに俺は怒られ続けていた。夜勤のバイトに行ったりして、ずっと避けていたと。
「シグマ、ほんとに私の事、好きなの?」
「好き」
「どれくらい?」
そう問いただされ、ありったけのボキャブラリーを総動員して必死に答える俺。
「うふふふ、よかった〜〜」
案外チャッカリしている。
「私、23にもなって、キス……シグマが初めて。今までも、何人かの男の人とお付き合いした事あるけど、みんな、したくて付き合ってるみたいで……なんだかギラギラして、それが嫌で……そんな事が何回かあって、そのうち怒るの。俺のこと好きじゃないのかって。そうしたら、だんだん分からなくなって…私も好きなのかどうかが」
「そっか…」
「でもね、今日わかった。私、シグマにキスしたかったの。それに……シグマの……見ちゃったけど、全然、嫌じゃなかった」
「そ、それは……なんて言ったら…あは…あは…あは…」
「好きじゃなかったんだって、今日わかった。好きな人とは…キスってしたい」
この人は、俺が想像していたよりシッカリしている。上手く言葉を見つけられないようだが、けして流される人ではない。しっかり考えて自分を見失ったりしない。どうでもいいやって、投げやりになったり、自分を傷付けたりしない。
「高校時から4人とおつきあいしたけど、みんな同じ結果でダメになった。友達なんか、みんな平気で、キスとか色々してるのに……私って…変なのかな」
「そんなことないよ。色んな人がいて、色んな考えがあって、どれも、きっと間違いじゃないと思うけど、今、サキちゃんが教えてくれた事って、すごくサキちゃんらしいと思う。サキちゃんはサキちゃんだから、サキちゃんの価値観があって、それを大事にすべきだよ」
「うん!!」
男と女の事は、サキちゃんにとっては不得意分野なのだろうけど、勇気を出して、自分の言葉で喋ってくれている。
「花火の時にシグマとの距離、一気に縮まった。でもね、その前から好きだったの。親しくなってから、そんなに時間経ってないのに……シグマだった。今日、私の方からシグマに…くっついて…キスした」
電話は、暫く沈黙が続いた。だけどそれは、けして息苦しい沈黙ではなかった。
今日も、一人と一匹で寝ました。




