デート 前編
サキちゃんの笑顔が眩しい。
不思議と話題を探すことも無い。照れながら、笑いながら、唇を尖らせながら、互いの知らない部分を埋めてゆく。
意地悪くちょっとHな話題を振ると、頬を膨らませて睨んで来る。ヤバイ、死ぬほど可愛いくてクセになりそうだ。
「ム〜〜、シグ君Hだ〜。でも私だって大人だし、ヘーーキなんだから」
などと言いながら、俺の膝をバチバチ叩いてくる。けっこう痛ぇぇ。
湖まで道が混んでいて、着いたのは12時半を少し過ぎていた。
「うわーーー! ほんと綺麗な場所。晴れてて良かったね」
「うん、すげーいい天気。腹減っちゃった。先に食おう」
「そうだね。食べ終わったら湖の方に行こうね」
湖が一望出来る小高い丘に車を停めて、その隣にシートを広げ二人だけの昼食。あれ…お弁当の量が多いような気がする。
「いっぱい作っちゃったの……美味しいかな?」
「いただきまーーす」
これは気合を入れなきゃ食い切れんぞ。
「おねえちゃんに教えてもらいながら作ったの。あ…でもね、でもね、全部自分で作ったの」
そう言っているサキちゃんの顔はキラキラ輝いて見えた。
「モグモグモグ…」
ヤバイ、これは多い。馬に食わすほどある。一休みしちまったらきっと食えなくなる。一気だ。
「シグ君……美味しい?」
「モグモグモグ……グッ……ごっくん。うん、すげーー美味しい!!」
これは凄い。作った量は何だか変だが、マジで美味いぜ。
「ほんとーーー?! 美味しい?!よかった〜〜 。でも、ちょっと多いかな?」
お弁当を見ながら首を傾げている。
「モグモグモグ……ぐ……ごっくん。え? 大丈夫だって…きっと…あはは」
味はマジで抜群だ。唐揚げとか油を使った物もカラっと揚がっていて、すげー上手。さすが姐さんの妹だ。でも、小学校の運動会なみの量はちょっと…
「ああああああああああああ、食った食った。美味しかった!」
グルジィィ。
「すごーーい。全然残んなかった。良かった〜。ちょっと作り過ぎたかもって気にしてたんだ。ねぇ、シグ君、ほんと美味しかった?」
「ああ、美味しかった。サキちゃんって料理得意なんだね。すげーーな」
明らかに作り過ぎです。でもサキちゃん嬉しそうだ。俺の胃袋に感謝だぜ。
車を湖畔の駐車場に移動させて、二人で湖の周りを歩いていた。こういうのって久し振りだ。
「けっこう家族連れが多いね……それにカップルも」
腕を組んで歩くカップルやら、まるで抱き合うようにくっつきながら歩いているカップルとすれ違う。
どうしよう、手ぇ繋ぎたいな。でも困った顔されたら今日が台無しになる。一緒に肩を並べて歩くだけでいいよな。
「ん…?」
「どうしたの?」
「いや…男同士でも来るんだな〜って思ったの」
「そんなのいいから、あれ見て! 湖が光ってすごく綺麗」
向こうの方から男の三人連れが歩いて来ていた。
何だアイツら。現地調達ってヤツか? ヤロー、サキちゃんの方見てやがる。品定めするような目付きで。ふざけやがって。いや、ダメだダメだダメだ。サキちゃんと一緒なのに無用なトラブルは絶対にダメだ。
三人連れがすれ違って行った。
俺、舞上がってるのかな。それとも花火大会の事まだ引きずって、無意識にピリピリしてるんだろうか。
「シグ君…ちょっとだけ……手が痛いの」
「え……」
見ると、俺はサキちゃんの手を掴んでいた。
「あ…ご、ごめん……つい…痛かった?」
「う〜うん、大丈夫」
ちょっとの間、立ち止まって見つめ合っていた。
「あ! 貸しボートやってるみたい。乗ろう!」
「うん、乗ってみたい」
恐かった。サキちゃんが何かを言い出すのが。
もう少しくらい、いいだろ。お願いだから、ずっと笑顔でいてほしい。困った顔を向けないで欲しい。今日だけでいいから傍にいさせてくれ。もう触れたりしないよ。
真剣な話題になるのを避けるために乗ったボート。これが楽しかった。楽し過ぎて驚いちまったぜ。
昔の映画やドラマで恋人同士がボートに乗るシーンがあるけど、実際にサキちゃんと乗ってみたら楽しいのなんのって、言葉にできないくらいだ。
サキちゃんもキャーキャー言ってケラケラ笑って凄く楽しそう。デートにボートは必須アイティムだわ。
1時間で2千円で延長料金も取られた。10分333円って高いのか安いのかサッパリ分からん。相場ってあるのかね? でもそれ以上の価値はある。…乗る相手によるか。
貸しボートのオバちゃんが驚きながら、
「いやーー、お兄ちゃん若いから元気だねーーー。ビュンビュン漕いでたもんね。ビュンビュン、ビュンビュン。2時間あんだけ漕ぎまくる人も珍しいわ。あたしゃ初めて見たね。アハハハハハハハハ」
「え…そうかい?」
「うんうん、体力有り余ってんだね。アッチも凄いのかい? ウヒヒヒヒヒ。おねえちゃんも……いいね〜」
などと妖しく笑うオバちゃん。どんな貸しボート屋だ。でも、けっこう恥ずかしい状態だったのかも。
サキちゃんは、この手の話に鈍いのかとぼけてるのかキョトンとしている。
オバちゃんはまだ何かを言いたそうだ。放っておけば懐から赤まむしドリンクでも出してきそうな雰囲気。いや、このオバちゃんならもっと凄いのを出しそうだ。
「アハハハ……じゃ〜どーーもー」
名残惜しそうなオバちゃんに手を振り、俺とサキちゃんは歩き始めた。
「ねぇねぇ、あのオバさん、私にナニがいいね〜って言ってたの?」
「ぇええ?? それは…あれだ、あれ。うん……」
「あれってナニ?」
「ほら…そうだ! サキちゃん可愛いから、いいねーって…」
「ウソだ。あーー! またHなことでしょ!」
「ち、違うって…初対面の人にそんなこと言う訳ないって」
「ふ〜ん、そうかな〜。シグ君、私にウソ付いたらダメなんだからね。分かった?」
「へい…」
「あ! あっちにお店屋さんいっぱい並んでる」
二人でブラブラして、何軒ものお土産屋さんをひやかして、ネックレスやブレスレット、Tシャツやストールを選んで鏡に映して、似合ってるとか…
俺、ずっと突っ張って尖って、こんな経験って初めてだ。高校の時に付き合ってたメグミとも、結婚していたすみれとも、まともにデートらしい事ってしたこと無かったのかもしれない。
「シグ君、あそこのお店で休んでいこう」
「うん、ちょうど喉も渇いたしね」
いつの間にか、これからの事などどうでもよくなっていた。
先の事を不安に思うのはよそう。
まだ起きてもいないことを気に病むのは止めだ。今が色褪せてしまう。
縮こまって、ぎこちなくなって、そんなの俺らしくない。
5時近くまで湖にいた。
帰りの道は別のルートをあえて選んでいた。少しでも家に帰るのを遅くするために。一緒にいる時間を延ばしたかった。
気が付くと助手席のサキちゃんが眠っていた。いっぱいはしゃいでいたから少し疲れたのかな。スピードを落とし、サキちゃんの寝顔を覗いてみる。
夕陽に照らされた横顔。
とても綺麗で、とても無邪気だ。
「ねぇ……シグ君の家で一緒に晩御飯食べよう……いい?」
「ほんと?」
「うん、一緒に食べたいの」
「ところでサキちゃん、いつ起きた?」
「え…うん…さっき寝ちゃってた…恥ずかし………見た? 寝顔」
「うん、ガッツリ見た。ひっひっひっひ。よだれ垂らしてた」
「ええええええ!! うそ…たっ、垂らしてないもん。シグ君イジワル〜」
スーパに軽く食材を買いに寄ったから、家に着いたのが8時を過ぎていた。車庫に繋いでいたベロが死ぬほど喜んでいる。サキちゃんに飛びつきながら。
お前は誰がご主人様だか分かってんのか?
一人で先に玄関に行き、鍵を開けるとベロとサキちゃんがじゃれ合うように入っていく。
それはデジャブのようだ。
ひどく昔の事のようで、昨日の事のようでもある。すみれと暮らしていた頃が、ふっと脳裏に蘇った。




