夢の中
日曜日の朝、バカみたいだ。5時前に目が覚めてしまった。俺は鶏か。
時計を見る度に、ベロが「もう朝?」って顔で俺を見る。さすがにまだ暗いもんな。もうちょっと寝よ。でも寝坊したらヤベ〜って緊張してたら寝られなかったぜ。
結局、6時半までベットに入っていた。5分起きに寝返りを打ち、しまいにはベロも「ウ〜〜」とか言い出している。
ベロのお散歩、朝シャワー、簡単な朝食、気合いを入れてガッツリ歯磨き、車を洗って準備OK。
ちょうどいい時間となりました。さ〜迎えに行きましょう!!
ピンポーーーーン
鳴らし終わらんうちに、「時間ピッタリーーー!」と、ユイが出てきやがった。その後ろにはますみさんが、「シグ、おっはーーー」と、ニヤニヤしている。
「おねーーーーちゃん!……ユっちゃんも〜、意地悪したらダメーーー!」
まさか、4人でドライブ?
「シグ、安心しなって、付いてったりしないから。ひひひひ」
「グルルルル〜〜、ずっりーーー」
「ユイ! 中学生のクセに、いつもいつも大人に付いてくもんじゃないの!」
「ふんっ! いいよーーーだ。留守番してっから。シグマ、サキちゃんにHな事したらダメなんだからね!」
ギョっとして、「ぉ…おう、おおお俺は何もだ」などと、思わず口ごもり、舌を噛みそうになった。サキちゃんも真っ赤な顔で俺を見ている。
ちょっとの間、まじまじと俺とサキちゃんの顔を見比べていたますみさん。妙に納得したような顔で、
「帰ったらレポート提出ね」
頭のテッペンから湯気が出そうなサキちゃんが、俺の後ろに隠れるようにしている。サキちゃん頼むよ。もっと上手に誤魔化してくれ。
「あ、あははははは…おーーー、いいぜ。なんぼでも文字に起こしてやろうじゃねーか」
俺も何を言ってるのか意味不明だ。
「シグ…なに開き直ったようなこと言ってんの。一発決めてやろうかって魂胆、滲み出てんですけど」
「おっ、おねーーちゃん! ……とっ、とにかく行くね。遅くなっちゃうし……うんうん」
逃げるように車を出しました。
「ふぅ〜〜」
「はぁ〜〜」
二人同時に溜息をついていた。
「ごっ、ごめんねシグ君。なんだか変な家族で…」
「え? あはははは…全然大丈夫。もう慣れてるし。ところで、⚪️⚪️湖って行ったことある?」
「ないよ。綺麗なとこだって聞いたことある」
「なら行こう。決まりだ。2時間ちょっとで着くはず」
助手席のサキちゃんは、恥ずかしそうなんだけど、ちょっと狡そうな、更には困ったような、複雑な表情を見せている。
「ふ〜ん……」
「シグ君、ふ〜んってナ〜ニ?」
と、顎を上げて言ってきた。
「ん? サキちゃんってさ〜、けっこう狡そうなHな目で笑うんだって思ったの」
「そっ、そんなこと無いもん。だって〜 昨日の朝、シグ君……」
そう言ったサキちゃんの視線が素早く動いた。俺の履いているジーパンの方に。
「あーーーー! サキちゃんスケベだ」
「ダメダメダメ! 言わないで! 言ったらダメーーーー!………スケベじゃないもん。だって…初めてだったんだもん…」
28時間前
コーヒーの匂いがする。あれ……ここって何処だ? 朝だよな。俺、どうしたんだ?
俺は毛布を被って寝ていた。だが、いつものベットではない。それどころか、板の間にマットも敷かず直に寝ていた。状況が理解できずに目だけをキョロキョロさせて辺りを窺う。
見慣れた部屋だ。うん、自分の家だよ。でもどうして? 昨日って何やってたっけ? だめだ、頭が覚め切っていない。
目を瞑れば再び睡魔に襲われ、意識が飛んでゆく。
やっぱりコーヒーの匂いだ。誰だ? 俺か?
キッチンの方からベロの嬉しそうな声が聞こえてきた。誰かいるのか?
働かない頭で考えても時間の無駄だ。起きる事とした。
目が開かない。立ち上がったのに、気を抜くと瞼がくっ付いてしまいそうだ。今、何時だ? ん? あれって誰?
ちょっとオシャレなワンピースを着た人が、エプロンをしてキッチンに立っていた。
あのファッションは女だ。だけど誰? ベロが嬉しそうにまとわりついている。知り合いか?
そのベロが俺に気づき、大きく吠えた。
「ワン! ワン!」
ワンピーの人も振り返った。
「シグ君、おは…………え………」
「サキちゃん、どうして? 」
傍まで行って、ようやっとサキちゃんの視線がどこを向いているか分かった。瞬きもしないで俺の身体を見ている。なんだ? 俺も見た。
うわ……全裸??? しかも、しっかり朝のアレだ。グェ…
「…男の人って、朝に…そうなるって……」
目をまん丸にしているサキちゃん。
どうする俺?「あ…あははは」と、とりあえず笑ってみた。我ながら大マヌケな図。これは恥ずかしいぞ、経験したことが無い。
「……」
言葉を出せずに、視線も固定されているサキちゃんの目の前で、俺は必死に考えた。この状況で男らしい対処方は何だ? 腰を屈めて手で隠すか? 今更、遅すぎないか? キャーとか言って後ろを向くか? 女じゃあるまいし、出来るか! 無理にでも誤魔化すしかない。どうやって? 寝呆けたふりして、もう一度寝ちまうってのはどうよ? 案外いけるんじゃねぇか? それにしても見過ぎだよ。ちょっとサキちゃん、視線を逸らすか、手で顔を隠すかしてよ。でも、そんな事ってあるか? なんで俺は下着も穿いていない? おまけに、なぜサキちゃんが居る? 昨日って何してた? 思い出せん。ん…もしかして、これって夢か? そうだよ、そうに決まってる。でなきゃ説明がつかん。裸だけならまだしも、アレがアレしてんだぜ。滑稽なんてもんじゃねぇ。朝から変態さんいらっしゃーーいだ。ぜってーーに夢だべ。
「俺さ、夢見てるらしいね。サキちゃんは起きてるの?」
「ぇ………夢? あ…そうかも。そっ、そうだよね。私もまだ寝てるのかな? あはは…ははは…」
「うん、きっとそうだ。でなきゃ、こんなになってるの、サキちゃんがガン見なんかさ〜、あははは」
俺は、さっきまで寝ていた場所に戻り、再び毛布にくるまって目を閉じた。
「ベロちゃんの散歩…代わりに行ってきた」
「そ、そう…」
「帰ってきたら、冷蔵庫の前で動かなくなっちゃって。何か欲しいんだろうって、色々出して見せたんだけど、牛乳見せたら凄く喜んでたから、あげたんだけど…それで良かった?」
「うん、それでいいよ」
「ねぇ……シグ君…起きて」
「……」
「見られたから恥ずかしいの?」
「……」
「シグ君だって私の見たでしょ」
「いっ、いや…これはね……さっきも言ったけど、夢の中の出来事だよ……ね?」
「いいから起きて。話したいことがあるんだから。昨日だって、抱きついたまんまで寝ちゃって、全然、私の話し聞いてくれなかった」
いつの間にか傍に来ていたサキちゃんに、いきなり毛布を引っ張られた。
「ダ、ダメ! 捲ったらマズイって! まだ立ってるって」
「エッチ!」
「エッチって…」
「私! 男の人の見たの初めてなんだからね!」
「そ、そうなの?」
「そうに決まってるでしょ!」
「でも、いっぱい見てたような」
「いいの!! 」
「……とりあえずシャワー浴びて目を覚まして来るから、あっち向いてて」
「うん…」
後ろを向いているサキちゃんの横を通って風呂場に向かう。途中でベロが「何やってんだ?」って顔で俺を見上げている。
そう言えば、こいつ随分と静かだったな。サキちゃんがいるからカッコ付けてんのか?
通りすがりに鼻っ面を軽く蹴ってやった。「フーッ」とか言って、前足でーー手かもしれないーー鼻を擦っている。
シャワーを浴びるとどんどん目が覚めてきた。ヤベ〜、どうしよう。いつからサキちゃん来てたんだ? どうやって家に入って来たんだろ。昨日って…あっ…クラス会だ。奈緒と抜け出してレストランに行ったらサキちゃんとアイツが居たんだ。まずい、思い出した。サキちゃん怒ってんのかな? 文句言いに来たんだ。ひぇぇぇ。
「シャワー長かったね。冷蔵庫の物、勝手に使っちゃった。一緒に食べよ」
スクランブルエッグ、トマトと玉葱のサラダ、焼いたトースト、それとコーヒーがそれぞれ二人分。食卓に向かえ合わせにセットされていた。時計の針はまだ7時を少し過ぎた辺りを差している。
こんな朝食の風景は久しぶりだ。随分と昔の出来事だったような気もする。
テーブルの真向かいに座っているサキちゃんは、チラチラ上目使いに俺を見てはサラダを食べている。目が合うと慌てて下を向いたりして。
何をどう切り出したらいいのか。昨夜の事を謝った方がいいのだろうが、言葉が浮かんで来ない。とにかくシラフの今、ちゃんと謝ろう。
「サキちゃん、昨日はほんとゴメン」
「いいの。あの人は会社の人なんだけど、何でもないから……シグ君…ユミの次はサキかって言ってたけど、ユミさんって誰?」
「ええええ…アイツと同じ会社なの? でも…彼氏じゃ…」
「まさか! だって奥さんいるもん。それにタイプじゃないから」
「しつこく誘われてないか? 身体触られたり、手ぇ出されたりしてない?」
「うん、触られてはいないけど……食事に行こうって何度も…」
「ダメだからな!」
怒ったように言ってしまった。
「うん…昨日はね…職場の人の結婚式だったの。その後、あんまりしつこく誘うから、1件だけ付き合ったけど、もう行かない」
下を向いてそう言ったサキちゃんは、「隣に行っていい? 」と、席を移動して来た。
「ユミさんって人、シグ君の彼女?」
「え? 違うよ」
「なら、昨日の人?」
「奈緒は、高校の時の同級生」
「うそ。だって聞こえたもん。……Hしよって」
「あ、ああ……あいつ酔ってたみたいだから」
俺もサキちゃんに聞きたいことがある。でも止そう。さっきは話題がアイツのことになって思わず「ダメだからな」などと強く言ってしまった。今はどう言う訳だか一緒に朝食をとってはいるが、サキちゃんの困った顔は見たくないし、もう引っ越そうと決めている。
「あーー、マーガリン付け過ぎだよ。そんなに食べたら良くないよ」
「うん、好きなの。マーガリンべったりが」
焦げ目の付いたトーストに、マーガリンの塊を乗せて食べるのが大好きなんです。
「貸して」
と、俺の手からパンを奪い取ると、マーガリンの塊を薄ーーく伸ばしている。そして、それを俺に返しながらギロって睨んできた。
「手紙入れたのに、どうして連絡くれないの! 私のこと避けてた。嫌いなの?」
「な…? 嫌いな訳ないって。手紙って…………あっ…あああああああああああ!」
「なに?」
俺は、ベロが勝手に自分の部屋だと決めっている六畳間に行き、整理ダンスの上に置いてあるビリビリの手紙の残骸を持って来た。
「え? これって…私が書いた手紙………どうしちゃったの?」
「べロが喰った」
「食べた? うそ……ベロちゃん、紙食べちゃうの?」
「そう」
それまで、空いている椅子にお座りをして、サキちゃんからパンを千切って貰っていたベロだが、急に椅子から降りると、尻尾を垂らしてコソコソと逃げて行った。
「ね、悪い事したって分かってんだよな。ところで何が書いてあったの?」
「え…うん ………明日ドライブに行こうよ。前に約束したでしょ。あれ、花火大会の後、回転寿しで。私、お弁当作るから迎えに来て。手紙のことは………うん…明日言う」
湖へ向かうサキちゃんとのドライブ。
手紙に何て書いてあったんだろう。気になる。良い友達でいましょうって書かれているんだろうな。参ったな。今日、直にそれ言われて、俺、ちゃんと笑えるかな。そうだよねって言えるだろうか。
これが最初で最後の二人っきりのデートだな。きっと、もう会えなくなる。でもいいや。俺じゃサキちゃんには釣り合わない。来週には引っ越そう。バイト先にも言わなきゃいけないだろうし、住む家も探して新しいバイトも見つけなきゃ。
だから帰り際まで言わないでほしい。せっかくサキちゃんと二人っきりなんだから。
俺から言おう。友達でいようって。分かっているのにサキちゃんに言わせるのは狡い。だから今は何も考えないで楽しみたいな。




