マセた中学2年生
土曜日の朝、ドーーーンと来た。
毎朝の事だがベロが起こしてくれる。AM6:30に。
そんなんで、ベロと暮らすようになってからは目覚まし時計が不要になった。
ただ、走り込んで来て俺に飛び乗る起こし方は、かなりキツイぜ。まだ夢を見ている時もあって、ベロのドーーーンで、夢ぶった切れ。それでも俺が起きない場合は、顔面ペロペロ攻撃。とてもじゃないが寝てられない。
「わかったって。今、起きるから」
寝ぼけまなこで起きた俺の周りを吠えながら走り回っているベロ。
スェットのズボンを履いて~、裾を引っ張るな! トレナーを着て~、靴下履いて~と、ノロノロと散歩の準備を始める俺に、早く行こうゼ! っと飛びついては走り回る。
しまいには、履きかけた靴下を噛んでギャウギャウ言いながら引っ張りだした。
「やーーめーーれって!……ちょっと」
靴下を噛んだまま顔を左右に振り始めた。自分が何をやっているのか分かっていないのか。
「あ…靴下返せ!……散歩に行きたくて騒いでんだろ。毎朝それやってるけどさ~、行くの遅くなるだけだって、いいかげん分かれよ」
とにかく、毎朝お散歩に行く俺とベロ君。30~40分程度だが、雨が降ろうが雪が降ろうが行くしかない。決まった道順を。違った道をベロが嫌がるのだ。
「あ! また居た」
向こうの方に白い小さなワンコが見えてきた。ベロの散歩コースを塞ぐように待っている。
頭に赤いリボンを付けているから、きっとメスなのだろう。毛足が少し長くてクルクル巻いている。専用のカットが必要な感じ。種類は知らないが、きっとミックスではないのだろう。ちょくちょく朝の散歩で見かける。
今日も居るんだ。あのオッサンがご主人さんなんだろうな。いっつもリールを付けないで遊ばせてるのかな。確かに逃げ出しそうなタイプには見えない。
ベロを見かけるたびに寄って来る白いワンコ。だが、2メートルほど手前で立ち止まっては戻る。出会うたびにその繰り返しだ。
明らかにベロの事が好きなんだろうけど…シャイなのかな?
「ほれベロ、また来てるぞ。なんか声でも掛けなよ」
白いワンコは、ピョンピョンピョンと跳ねるように近寄ってきては、再び戻る。戻る時も、ベロを見ながら後ろ向きで跳ねるように下がって行く。そんな白いメスワンコを完全に無視するベロ。
「いっつも、なんで見もしないの? 嫌いなの?」
相変わらず、ひたすら無視を決め込むベロ。
散歩のコース上で行ったり来たりしているから、こっちが近寄る事になる。すると、やはり距離を保ったままでピョコピョコ跳ねながら道を譲っている。
ご主人さんはにこやかに頭を下げてくれるので、俺もペコっと頭を下げる。無愛想なベロを連れて。
「あ~あ、通り過ぎちゃったよ。ほら、お前の事ずーーーと見てるって。ちょっとくらい振り返ってやれって。片思いの相手を遠くから見てる感じで、いじらしいじゃん」
振り返りもしないベロは、「ふんっ!」って顔で黙々と歩く。ベロは人間の女性は好きなクセに犬が嫌いだ。ちなみに猫は怖いらしい。
日課の散歩も無事に終わり、玄関前でブラッシを掛けましょう。これも毎日なのだが、どうも嫌いらしい。
まずは首筋から背中を。そして、尻尾も引っ張りながら毛並みを整えてあげる。ベロは無言だ。特段嫌がる素振りも見せない。
次は顎の下から胸を。そのうち前足を―――手かもしれない―――ブラッシに乗せてきた。
「もう止めれってか? まだダメだって」
ベロの目が「そう、もう止めろ」と訴えているが、それを無視してブラッシを続け続けると無言で暴れ始めた。これも毎日の繰り返しだ。
「我儘だよな、お前って」
無理に押さえつけるってのも面倒だな。まぁ、いいか。俺も腹が減ったし家に入ろうっと。
リールを外し玄関を開けるとスタスタスタと勝手に入って行き、無言で後ろ足を1本上げた姿勢で待っている。俺が濡れた雑巾で拭くのを。
4本を順番に綺麗にすると、さっさとキッチンへと走って行く。そして冷蔵庫の前でお座りをして振り返る。ク~ンク~ンと鼻を鳴らして。
はい、はい、はい、分かってるから待ってろって。冷蔵庫から牛乳を取り出し器に注いであげると、鼻っ先を真っ白にしながら一心不乱で飲み始める。俺も一緒に飲みましょう。
これも毎日だ。もし牛乳が無かったら大変。いつまでも鼻を鳴らしながら冷蔵庫の前から動かないのだ。結局、近所のコンビニに俺が走る事に。
何が無くとも牛乳は切らせられん!
◆
AM10:00頃、ピンポーーン、ピンポーーン、ピンポーーンと3回。
「シグマーーー! ウチーーーーーーーー! 起きてんでしょーーーー!」
チャイムの鳴らし方って、親子って似るものなのかと思いながら立ち上がると、ベロの恒例パフォーマンスが始まる。
そう、ますみさんの娘―――ユイの登場です。
「おっはーーー、ベロ……とシグマ。あ! もう用意できてんだ。スーツ、カックイイ~~」
「とっとと行くぞ。ところでユイって何年生?」
「2年。なんで?」
「お前の伯父として学校に行くの知ってるよな。俺が」
「うん。伯父しゃん伯父しゃん。スリスリ」
「絡み付かなくていいから……。何年何組って知らなくていい訳無いだろ」
「B組」
「了解。化粧・マネキュア・イヤリングはしてないだろうな」
「してないけど……シグマらしくない!」
そう言うと、俺を睨み付けてくる。
「なにが?」
「シグマって、中学生のクセにーっとか~、子供のクセにーって言うんだ! なんかショック!」
「あのな~、それで学校に呼び出し喰らってんだろ。それがどうしたって感じで、化粧はバリバリ、イヤリングはブラブラ、おまけに爪は悪魔でございって……担任に喧嘩売りに行くんなら1人でどうぞ。俺はパスする」
「ふあーーーーい」
「手を挙げんくてもいいから、早く車に乗れ」
中学校に向かって車でゴーーって……気が乗らない。
車が動き出すと、ユイは、待ってましたとばかりに喋り始めた。こいつ楽しそうだよな。いったい何を考えてんだか。
「シグマって、ウチのママリンば好きでしょ」
「……ナニ?」
「チュ~した?」
「誰が?」
「もうHしちゃったの? シグマとママリンって」
「ちょっと……運転中に変な話しするなよな。今、お前の学校に行く途中だろ…………やってません」
「ふ~~~ん。そうなんだ。ウチね~、男の人とHってしたこと無いさ」
「はぁぁあああああああああああああああああ?!」
「バージン。ふふふ…」
「いいから黙れ!」
「こわ~~い、シグマ~」
「その口閉じろ」
片方の手で自分の口を押え、もう片方の手を挙げている。
それから学校に着くまでの間、車の中は静かだった。
しっかし、中学の制服ってこんなに短かったか? 忘れちまったな~。どうでも言いけど、そんな短いスカートでなんで股開いて座るのよ? 膝を閉じろよな、バカ娘。
はぁ~、ため息しか出ない。どうして俺がこんな役回りをしてんだか。ますみさん、いろいろとがんばってんの知ってるしな。絶対に逃げを打つ人じゃないし、よっぽど困って頼みに来たんだろうし、ごちゃごちゃ聞けんかったわ。
ますみさんに俺って甘いかも。美人でスタイルいいし、ちょっとエロオーラ出してるし、頼まれたら断れない俺が居るかも。
「あ…着いた。けっこう近いな。ユイ!……お前ね~起きろよな」
◆
校長室に通された俺とユイ。
ふ~ん、これが校長室か。へ~、いかにもって感じでドラマそのものだな。ユイは…お! 意外に神妙な顔してんじゃん。
このソファー座り難いな。3人掛けの割に低すぎるだろ。テーブルの向こうは1人掛けが2脚か。招かれた俺達はこっち側でいいはずだよな。上座と下座が分かりにくい造りだな。センスの問題か?
やっぱり座り難い。気を抜いたらケツが奥までいっちまって変な格好になる。
あ!…案の定ユイがヘンテコな座り方してるわ。
「ユイ、バカ! そんな奥に座るな。みっともない」
「へ???」
「こうだ。俺みたいに浅く座れ。ほんで、お前はレディーなんだから足を斜めにする感じだ」
「こう?」
「そうそう、それだ」
「なんかラクチンじゃない」
「我慢しろ。俺だって何だか訳の分からん事に巻き込まれて我慢してんだ」
「へ~~~イ」
「手を挙げるな……こんな場所まで来て、頼むからふざけないでくれよな」
お、誰か入って来た。担任か?
「え~っと~、担任の~、田沢です」
「初めまして、ユイの伯父のシグマです。いつも姪がお世話になってます」
「お母さんは~、やっぱり無理でしたか~。はぁ~…。普通は~、無理しても~、来るもんなんですがね~。どうなんでしょうね~。……ずいぶんと若い伯父さんですね~」
「はぁ、どうも…」
ね~ね~って意味も無く語尾を伸ばすの止めれって。キモイぞオッサン。
「え~っと~、校長を~、呼んで来ますんで~、ちょっと待っててくださいね~」
「はぁ…」
ヤバ……はなっからカッチーーンときちまった。何なんだアイツは? 担任ってことは教師なんだろうな。服装がだらしねぇ。伸びきったトレナーって、ありゃ〜パジャマか? 髭もちゃんと剃れよな。ワイルドでも気取ってんのか? タイプが明らかに違うだろ。髪の毛だってピンピン跳ねまくってるけど寝癖か? 今、布団から出てきましたオーラ、バンバン出しまくりやがって。人を呼び出しといてこれは無ぇだろ~が。おまけに喋り方があれかい。引っぱたいてやりてぇ。
あ…来た。




