クラス会デビュー後編
静香君が唇を噛んでいます。それこそ血が出るほどに。いや、少し出てるかも。
同じテーブルについている太郎も伸二も口を挟めません。それどころか、目に力が入っているのが分かります。静香の顔を見ないようにと。
結局、視線を向ける方向に困り、俺を見ている。俺も実は同じで、太郎に視線が固定されていた。
女子Cが、「凄いの履いてるって言ってもさ、高校生でTバックは無いでしょ……え…静香…まさか…どうなのシグマ?」と俺に振る。
ケツから見たわけじゃないから知らんと、思わず言い掛けちまったが、酔ったリカが遮ってくれたぜ。
「Tフロントだったか〜もね〜。キャハハハハハ」
ダメを押しただけだった。
静香のパンツのネタで、大いに盛り上がっている女子共。
恥じらいってもんがないのかね。まぁ、パンツぐらいで恥ずかしがっても、しゃーないとは思うけど。
「ひっ…」
思わず声が出た。
止せ、止せって。こら、ミク止めろ。
俺にへばり付くように同じ椅子に座っているミクの左手が、俺の太ももの内側に伸びていた。
「ウヒ…だめ…そこダメ…ちょっと……ひっ…」
盛り上がっている女子達は誰も気づいていないようだが、伸二君が顔を歪めて見ています。明らかに「お前何やってんだ?」って表情で。
女子達の話題がようやっと変わったようだ。
俺は小声でーーー
「ミク、こんな場所で止めろよ」
「どこならいいの?」
「どこって…」
「ふふふ…」
「なっ………あっ」
この女子はとんでもない。何気ない顔で触ってきやがった。
「ひひひひ」
不覚にも元気な俺。
更に悪戯しようと動いているミクの手を、テーブルの下でガッチリと掴んだのだが、奴の手も握り返して来た。
「ーーーシグマ、聞いてる?」
誰かに話し掛けられていた。
ミクをギロっと睨みつけ、満面の笑みを浮かべながら声の方に振り返った俺。
名前を知らない女子の一人、女子Bだった。
俺の笑みが不気味だったのか、ギョっとした顔だ。
「ごめん、ごめん…アハハハ…ちょっと聞こえんかった」
「え〜〜… さっきからミクとなにやってんの〜、もう……。高校の時になんでいっつも一番前に座ってたかって聞いたの」
「あ〜、俺も目ぇ悪いから」
女子全員が息を合わせたように、「ええええええええええええええ??!!」と叫んでます。
「そっ、そんな驚くことか?」
「必ず寝るクセに意味ないでしょうが!」
太郎と伸二が口を開けて俺を見ている。
テーブルの下で繋いだままのミクの手が、テーブルの上に出てこようと暴れ始めた。
「バカ、おとなしくしてろ」
「じゃ〜さ〜、なんで学校サボんなかった?」
今度は聞き漏らすことも無く返事が出来たぜ。
「皆勤なんだかってあるだろ。あれ貰えるかなって」
またです。また女子達全員が合唱のように、
「ええええええええええええええええええええ??」
「なんで驚く? だめか?」
「毎日遅刻して貰える訳ないでしょーーが!」
「へ…? 遅刻もダメなの?」
「そんな細かいことまでは知らないけど、シグマが遅刻常習犯だって、みーーーんな知ってたって。そんな奴に皆勤賞なんか、誰がくれるの!」
太郎と伸二は「こいつバカだ」って顔で俺を見ている。
「でもさ〜、シグマってほんと変わったよね。目が軟らかい」
「うん、先生に見せてあげたいわ。きっと、泣いて喜ぶよ」
「そんなに変わったか? 俺は…ん? …うぎっ」
喋ってる途中でミクに顎を掴まれ無理やり振り向かされた。片手はテーブルの下で俺の手と握り合ってるから、もう片方の手だけで容赦無くやられた。
俺の顔を至近距離から見ているミク。俺も嫌でも見てしまう。
つぶらで目尻が垂れた二重。厚くてとんがった唇。色白で真っ黒な髪。妙に愛嬌があって、ちょっとHな顔をしているミク。同年代からはどう思われるかは分からないが、間違いなく年上の男から可愛がられるタイプだと思う。
「う〜〜ん、確かに優しい顔ちてるけどぉぉ、見えるよ〜ん、昔のシグ。え〜とね〜、目の奥の方にいるーー! キャハハハハ、かわい〜」
「そ〜?? そんなこと言ってるのミクだけだよ」
「昔からシグって優しいよ。それがね、猛獣みたいな目の奥に居たの。今のシグは、ほんと優しい顔してる。でも、奥の方にチラチラ見えるよ、昔のシグ。ほんじゃ〜、私、用事あるから帰るね〜。シグ、おちりサワサワしてもいいから、デートしようね。キャハハハハ」
そう言って立ち上がったミク。ドサクサに紛れて握って行きやがった。
隣のリカが嫌味交じりに、「シグマ、送って行けば」と言っているが、立ち上がれる状態ではない。早いとこ収まってくれ。
そんなことで、俺は帰るタイミングを失った。
暫くすると、隣の太郎がトイレに立ち、俺もそろそろ帰りましょうかと腰を浮かせた時、空いた椅子に奈緒が座ってきた。
こいつは、昔から妙に威圧感のある女だ。高校の時ですら、「女子」って雰囲気じゃない。そんなオーラ出してるから、他の女子に敬遠されるんだよな。超天然系のミクとも合わないだろうけど、そもそも群れるタイプじゃない。
「シグマ、お久だね。元気してた?」
「あ〜、なんとかな。奈緒って確か関東の大学だったよな? 」
「へ〜、憶えてたんだ。珍しいこともあるもんだね。向こう暑くてさ、ちょっと帰って来たんだよね」
「こっちも変わらんくらい暑いだろ」
「っだね。ところでさ〜、シグマが変わったって言ってるのが聞こえたから見に来たんだけど………うん、マジで変わった」
「そうか?」
奈緒は不思議そうに俺の目を覗き込んでいる。いいだけ顔を寄せて。
いったい何を読み取ろうとしてんだ?
ミクにしても、こいつにしても、なんなんだ? まさか、奈緒まで触ったりしてこないよな。っと、俺は少々警戒ぎみだ。
ようやっと少し顔を離した奈緒。ニヤニヤしながら、
「ふ〜ん…刃物が鞘に納まったってとこだね。高校の時は、鞘無しの抜き身だったからね。だけどさ、あれはあれで良かったんだけどね。ギラギラしちゃっててさ」
「珍しい事言うんだな。高校の時の俺って、何だか知らんけど無茶苦茶に評判悪いぜ」
「ま〜ね〜、あたしもシグマに話しかけるのって、ちょっと勇気いったもん」
「奈緒がか?? ひゃはははは、そんなしおらしい玉じゃねぇぇだろ」
「ムッ! ちょっとシグマ、それってどういう意味? あんた、あたしに借りあんの忘れてないだろうね?」
「借り??」
奈緒は俺の耳を引っ張り、小声で言ってきた。
「胸だって、胸」
思わず奈緒の胸を見下ろすようにガン見。
奥まで見えちゃったよ。ブラウスのボタン、開け過ぎと違うか?
「ちょっ、ちょっと〜、バカ!………そんな近くで上から見たら、見えちゃうって」
「ああ、少し顔出してる乳輪てヤツ見えたけど……故意じゃないぞ」
「まただよ…」
「また?」
顎を引き、俺から少しばかり離れていった奈緒。よく見ると上目遣いに困った顔をしている。
あれ〜、こいつって恥ずかしがってた方が可愛いんだ。っと、変なところに感心してしまった。
切れ長でちょっと吊り目の一重まぶたで薄い唇。何て言う髪型なのか知らないけど、クレオパトラみたいなヤツで眉毛も隠れている。
「胸の借りって、何のことよ?」
「3年の時、放課後あたしが廊下の壁にもたれて立ってた時」
「???」
「シグマが前を通ったから、あたしから声かけたでしょ。一人なら一緒に帰ろうって……覚えてない?」
「知らん」
「なっ…知らんって……そしたら、あたしの胸元…セーラー服引っ張って言ったでしょ」
「なんて?」
「いっやーーー腹立つ。言ったの! ノーブラか? って。あん時ガチでノーブラだったから、あんたに全部見られた」
「えっ、えええええええええええ?? そんなことやったか? 見えたの? チクビってヤツ?」
「しーーーーーーーーっ! 声が大きいって」
「でもよ、奈緒っていつもノーブラ?」
「っんな訳ないでしょうが! たまたまなの! 」
「お、おおおお…根っからの露出マニアかと思ったわ」
「あ〜〜〜……シグマ…あのさ〜……あはははははははははは」
突然リカが割り込んできた。
「聞こえちゃった〜」
「リカ、声が大きい! 誰にも言ったらダメだからね!」
「うん、わかった〜。でもさ、奈緒、シグマに生オッパイ見られてんだ。キャハハハハ」
「悪い……全然覚えてないんだけど、それって、ほんとに俺か?」
「間違う訳ないでしょ! 見られた相手なんだよ」
「ふ〜ん、奈緒って赤面するんだな」
「ちょっとーー! ハタチそこそこの女の子なんですけど。あたしのこと、今までどんな女だと思ってたの」
「おっ、おおおおおお…」
酔っているリカは、人ごとのせいか、たいそう嬉しそうだ。奈緒とは不思議と仲が良いのだろう。さっきから、奈緒のオッパイに手を伸ばしては、「おっきぃぃ」と騒いでる。
「シグマってさ〜、高校の時にけっこう変な事やってんだね〜。他の女子にも聴き取り調査しよ〜っと。面白いネタいっぱい出てきたりして」
「シグマ、ロックのウィスキーもう一杯持ってきたよ」
幹事のサオリが、ウィスキーのロックを持って来てくれた。
「ねぇサオリ、高校の時にさ〜、もしかしたらシグマに変な事されてない?」
幹事のサオリも酔っているのだろう。間髪入れずに答えてくれました。
「お尻ふんずけられた」
女子全員の合唱ですーーー
「ええええええええええええええええええええええええ!! なにそれ!!」
俺も言ってましたーーー
「げ…なにそれ」
「ぎゃはははははははは、あんが言うか?」
っと、奈緒君が突っ込んでくれています。
「やっぱりシグマって、お尻フェチ?」
「ガッ……なんの話だ!」
リカがゲラゲラ笑いながら、「スケべランキング1位決定!」と、片手を挙げて叫んでいます。お前は、もう飲むな。
静香は静香で、自分のパンツを俺が故意に見たはずだと思っているのか、目を輝かせて聞いています。
「どう踏まれたの? 詳しく教えて、サオリ」
「冬、学校の帰りにね、歩道が雪で狭かったの。歩き難くくて、私、ベターって転んじゃったの」
「前向きにってこと?」
「うん、そう。両足が物凄い勢いで後ろに滑ってったの。ベターってうつ伏せで、手も上手くつけなくって、顔も雪だらけ。そしたらね、速攻でふんずけられた」
「おしりをいきなり?」
「う……ん……お尻って言うか………ちょっと恥ずかしい場所」
隣に座っている奈緒が俺を見ながらーー
「出た……なに…わざと?」
酔っ払っていたはずのリカでさえ真顔で、「信じられない…」と呟いている。
名前を知らない女子3名もーーー
「狙った?」
「偶然で、そこ踏まさる?」
「あり得ないでしょ」
「あのね、君たち。それって俺も憶えてるわ。あの時のって、君だったの? 踏んだ?」
「うん、踏まれた」
「俺にも説明させろよな。思い出したから」
「いいよ」
「サオリ君、君さ〜、歩くの遅いわ。確か、ずーーーーっと向こうを歩いてたはず。だけど、どんどん近づいちゃって、君を追い抜こうと思ったんだけど、歩道が狭くて抜けんかったの。もう、君の後ろにベッタリくっついて歩いてた。そしたら転んだの。それも物凄い転び方で」
「物凄い転び方って何?」
「普通、転ぶ時って前ぶれあるだろ。バランス崩してオットットって。そんなものも無くって、いきなりベターーって。あ!っと思ったら下にサオリ君が寝てるんだぜ」
「でも、なんでわざわざ、恥ずかしい場所踏むのさ」
「うつ伏せで寝てんだぜ。確か長めのコート着て。ケツの出っ張りは分かるだろ。さすがに、背中やケツ踏んだら痛いだろうし、俺としたら、サオリ君の足の間に一歩踏み込んだはず」
「普通、立ち止まるでしょ。そして、大丈夫かって抱き起こさない?」
「タイミングだって。俺が足を上げたら、もう寝てたの! でも、抱き起こしたぜ。大丈夫かって聞いても、踏まれたなんて言ってなかったろ。聞いてたら、俺の実家に連れてったって」
「うん……恥ずかしくて言えなかったの。踏まれた場所が」
それまで、黙って聞いていた奈緒が、
「踏んだら分かるでしょ」
「靴の裏の感触まで憶えてないって。ケツを回避させたのは憶えてるけど。……っで、どこ踏んだって?」
「だ〜か〜ら〜、ア・ソ・コ」
「後ろからだぞ、踏めるか?」
さすがに、サオリ君が真っ赤な顔で俯いてしまった。
「シグマ、それ以上は恥ずかしいって。あたしだって、そんなとこ踏まれたら言えないもん」
「まいったな………ごめんよサオリくん。アソコ痛かった?」
「ぎゃははははは、シグマ、聞き方がダイレクト過ぎ」
両手で顔を隠すサオリ君。
「キャハハハハ、やっぱりシグマって変な事やってる〜。もっと色んな女子に聞いてこようっと。……あれ? 恭子どうした?」
他のテーブルから来た恭子が何か言いたげだと、リカが気づいたようだ。
あれ、あの女子は知ってる。恭子って名前なんだ。確か喋ったこともあるはず。
俺と目が合うと、軽く手を振ってきた。
けっこう酔ってるみたいだな。アルコールの入った同級生の女子は、とにかく何を言い出すか分からないと、俺にもだんだんと分かってきた。
「うふふふ」
不気味に笑う恭子。よせばいいのに、リカが聞いてくれました。
「なに? 恭子もシグマに何かされたの?」
「うん、アソコ突っつかれた」
ズバっと来ましたよ。それを聞いた全員がリアクションゼロ。
誰も口を開かないから、俺が聞きました。
「あははは……アソコって………まさかアソコ?」
「うん。そうだよ。後ろからグサっときたの」
俺の隣の奈緒、かなりキツイ目で恭子を見ている。
「恭子、それって、いくらなんでもマズイだろ。聞き方によっちゃ〜、ヤられたって聞こえる 。シグマが優しい顔になったからって、ふざけた言い方するんじゃないよ。今も昔のまんまのシグマだったら、あんた、同んなじこと言えたのかい?」
そう言うと、俺の上着のポケットに何かを突っ込んで立ち上がった奈緒。
「気分悪い、帰るわ」
奈緒は帰って行った。場を凍らせたままで。
太郎と伸二の2人と、女子A・B・Cの3人が、一生懸命、凍った場を溶かしています。
恭子の話は、あながちデタラメではなかったようだ。ただ、意図的に肝心な部分を省略していたのだ。
「私、放課後部活のジャージ着て廊下歩いていたら、前を歩いているシグマが見えたの。以前、廊下でシグマにぶつかっちゃった事があって、転んだ私を優しく起こしてくれたから……、話しかけようって、シグマの隣に走ってったの。シグマは椅子を持ってた。理由は覚えてないけど。そして、話しかけようとしたら、シグマが片手で持ってた椅子が後ろに振られて返って来たの。うん、そう。偶然、椅子の脚が後ろからアソコにグサって……」
リカが最初に「ひひひひ…」っと笑い始めた。続いて女子A、女子B、女子Cも。しまいには、鷲掴みの伸二までもが、恭子の股間を指で差しながら大笑いを。そして蹴られました。
その隙に俺はトイレに立っていた。
トイレの個室で、奈緒がポケットに突っ込んできた物を取り出すと、それは手紙だった。
俺も知っているレストラン・バーの名前が書いてあり、そこで待っているとの事。それと、追伸と称して、借りを返せとも書いてあった。
行くしかないか。
トイレから出てると、俺はその場で固まってしまった。
「おっ…おおおお……メグミ……来てたんだ」
そうです。高校の3年間、俺の彼女だったメグミが、トイレの前で俺を待っていた。
「シグの後ろのテーブルにいたから」
「そ…そっか…あははは……全然気がつかな…ぐぇ…」
いきなり股間を蹴り上げられ、俺は蹲る。モロに入った。
「バカ! ドスケベ! ヘンタイ! ……私見てたんだからね、ずっと。ミクに触られてた!」
「いっ……いや…そ、それは………」
「ふんっ! 私、彼氏いるから! シグよりずっといい男だから」
クルッと回れ右をして会場へと戻って行ったメグミ。
確かにメグミと付き合ってた時期はあったけど、その後、俺は別の人と結婚して、更に離婚して。メグミも何人かの男と付き合ったとの噂を聞いていた。
いきなり、急所攻撃はないだろ。
俺は腰を曲げた姿勢で会場とは逆の方へと歩いて行った。股間を押さえながら。




