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  作者: シグマ君
18/38

クラス会デビュー前編

「ベロ、そろそろ獣の匂いがしてきたから、今日は風呂だぞ」


 そう言った途端、タタタタ…っと、逃げて行きやがった。


「人間の言葉、完全に理解してんな」


 風呂はどうにも好きにはなれないようで、大騒ぎになることも少なくない。

 今日はバイトがいつもより早く終わり、午後の4時には家に帰って来た。

 そんなこともあって、洗濯をやりながらガッチリ掃除機を掛けていたのだが、案の定、ベロが掃除機に喧嘩を売ってきたもんで、ふと思い付いたのだ。こいつも綺麗にしてやろうと。俺も既にパンツ一丁だ。


 六畳間に行くとベロが蹲ってます。いつぞやユイに貰ったパンは、ようやっと食ったようで、そこらへんに転がってはいない。ボロボロと散らかっていたパンくずも、掃除機で吸い取ってやった。


「あ、忘れてた」


 掃除機では吸い取れない大きさの紙くずが、部屋の隅にまだ残っていた。


「ベロの奴、いったいどこから持って来たんだ? あれ……これって手紙か?」


 封筒らしき残骸と、便箋かもしれないと思える紙くず。

 ビリビリに破かれ、原型を全くとどめていない。


「あーーーーー! ベロ、何回言ったら分かるの! 手紙に悪戯したらダメだって言ってるだろ! お前、喰っちゃったの? なんで紙食べるの!!ヤギかよ…」


 ベロの不思議な習性。紙を食う。

 ティッシュペーパーをベロの届く所には置いておけないのだ。全部引っ張り出して、結構な量を食べてしまう。玄関についている郵便受け。配達の人によっては、グッと押し込んで、玄関の床に落ちてしまうことがある。よそのワンコも紙食うのかね?


 食い残してビリビリになっているお手紙。それを俺が広げていると、「なになに? どうした?」とばかりに寄って来た。鼻先を手紙の残骸にくっ付けてクンクンやってる。


「どうすんだよ…誰から来たのかも分からんだろ!」


 封筒の宛名の処さえ食っちまったようで、はたして俺宛の手紙なのかも分からんときた。中に入っていた便箋も殆ど残っていない。


「やばいな…すみれ宛の手紙だよ。きっと……」


 残った便箋に、手書きの文字が僅かに読める。それもベロのヨダレで滲んじゃって、判読不能だよ。ただ、個人が書いた手紙のようだ。ダイレクトメールとか何かの請求書ではない。俺宛に手紙を書く人など居るわけがない。元嫁のすみれにだったら居るのかもしれないし、まだ、この家に住んでると思ってる知り合いが居ても不思議じゃない。


「まいったな……どうしよう…考えてもムダか。とにかく風呂だ。ちゃんとお利口さんにしろよ!」


 手紙の残骸を高い場所に置いてベロの首輪を掴むと、頭を下げて、すごすごとついて来た。自分が悪い事をしたと分かっているのだろう、観念したようで、暴れたりしない。

 ぬる目にしたシャワーで全身を濡らして、犬用のシャンプーをちゃっちゃか振りかけましょう。目に入ったら痛いのかな?

 背中、シッポ、胸、腹、四本の足、お尻、とにかく全身を泡だてて……顔はどうしよう? いいや、面倒だ。


「よしよしよし、ほ〜ら気持ちいいだろ〜。うんうん、お利口さんじゃん」


 やたらと話し掛けながらベロを洗う俺。機嫌を損なわれたら、それこそ面倒だから、ご機嫌取りながら洗うのです。ベロも頑張ってガマンしてるようだし。


「ほ〜〜ら、もう終わった」


 っと、明るく声を掛けるのだが、奴は明らかに不機嫌。風呂場の扉を開けると、さっさと自分の部屋ーーー六畳間に戻ろうとする。


「待て待て待て! その毛皮乾かさんきゃならんから、まだダメ」


 大きめのタオルを被せてゴシゴシやって、それからドライヤーでガーガー乾かすのだが、ベロのガマンも限界に近いようだ。


「あ! 逃げやがった」


 いつものパターンだ。こうなったら言うことをきかない。後少しだったのに、まぁ、そのうち乾くか…。


「ほら、お利口さんにガマンしてたから、ご褒美のオヤツだ」


 こんな時のために用意しておいた、ワンコ用のビーフジャーキー。ベロの大好物。

 チラつかせつとすっ飛んで来た。


「ひっひっひ、お座り」


 だが、四つ足で立ったまま、もう、お手をしている。


「順番ってもんがあるだろ! お座り!」


 床にお尻を付けたが、モゾモゾモゾモゾ動いている。そして、右手と左手を交互にバンバン出しまくっている。


「なんか違うけど……まぁ、いいか。ほれ」


 俺の手から素早く奪い取ると、六畳間に飛ぶように戻って行った。と思ったら、速攻で帰ってきて、また、右手と左手をバンバン出してくる。


「ずいぶん早いな。ちゃんと噛んでんのか? ほら」


 これを3度繰り返す。


「もうダメ! 欲張ったらダメなんだぞ!」


 座りながらシッポを振りまくっている。相変わらず、勝手にお手をやり続けながら。


「あ〜美味しかった、ごちそうさま。ってのが肝心なんだって!」


 ベロとそんな事をやってると、家のチャイムが鳴った。玄関に向かってダッシュしてゆくベロ。俺にいいとこ見せようとしているのか、床で足を滑らせコケそうになりながらも、物凄い勢いで飛んで行った。


「誰だ? あのベロの吠え方は親しい人じゃないな」


 時計を見ると夜の8時ちょっと前。

 何かの勧誘だったら面倒だし、居留守にしようっと。


「俺だって! 太郎だーー! シグマ、車あるから居るの分かってんだって!」


 高校の時のバレー部のキャプテン、太郎君でした。

 玄関に行くと、郵便受けに口を突っ込むようにして怒鳴っていた。こいつもユイと同じレベルかよ。


「迎えに来た! 行くぞ!」

「どこに?」

「同窓会って言うか、合同のクラス会よ。伸二から電話来てたろ? 今日だって!」

「あ〜〜……ええええ?? 確か土曜日って言ってなかったか? 今日って土曜か? それに、俺って行くって言ったっけ?」

「いや、あれだって…今日は金曜だ。……ちょっと説明するのダルいわ。なんでもいいから、早く用意しろって」

「わざわざ迎えに来てくれたんだから、行くしかないんだろ?」

「そう! その通り!」


 車の中であらましを聞きました。

 静香とリカと数人の女子に、気の優しい太郎君は脅されたようだーーー


「いいから、さっさと迎えに行きなさいって!!」

「絶対シグマ連れて来なさいよ!」

「来なかったら、許さないからね!」



 太郎は運転しながら、しきりと愚痴っている。


「なんで俺がパシリみたいに命令されなきゃなんねぇぇのよ! ……しっかし女子どもってよ〜、集まったら強ぇぇぞな。逆らったら集中攻撃食らって、座ってられねぇのよ。……シグマよ、ま〜たバンバン文句言われるの覚悟しておけよ」

「はぁぁ……どうでもいいけど、ちょっとスピード落とせよ。今の赤だったって」

「お、おおお…悪い悪い。なんだか焦っちまって…」



 会場に着きました。ちょっとした披露宴でもやるようなホールを借りたらしい。時間は9時半までのようだから、あと1時間以上はある。太郎が責められるのも気の毒だし、義理は果たしたって感じ。


 先生達は呼ばなかったらしい。クラス会ってこんなもんなのか? 俺のイメージとはちょっと違った。

 全部で50〜60人ってとこだな。7割方が女子のようだが、名前知らんの多過ぎ。

 太郎は車をパーキングに停めに行ってます。俺も一緒に行けばよかった。遅れて来たこともあって、会場に入った途端、一瞬、シーーーーンとなりやがった。ひぇぇぇぇ…来たのを後悔だ。


「おーーー! シグマ、こっちだこっち。席とっといたぞ」

「助かった。伸二、サンキューな。どこに座ったらいいのか、ウロウロするとこだった」


 8人掛けの円卓。このテーブルの男は太郎と伸二と俺の3人で、女子は静香とリカと…あと3人の女子。名前が不明だ。とほほほほ…。


 丁寧に喋る淳と、なまら男の繁は欠席のようだ。


 俺の右隣が太郎の席なのだろう。まだ空いている。その隣に座っている静香君が、


「シグマ、来て早々に悪いんだけど、会費1万円。あとで、幹事のサオリが集金に来るから」

「了解」


 クラス会デビューの俺にとっては、1万円が高いのか安いのか、はたまた相場なのか全く分からない。

 声を掛けて来た静香と、ちょっとに間、目が合っていた。すると、なんだが恥ずかしそうな素振り。

 まだ気にしてんのかね。昨日のこと。

 喫茶店で結局最後まで、「大事なところシグマに見られた」と言い続けていた。「毛ェ見られたくらいでオーバーだろ。そんなに気になるんなら剃れば?」と、帰り際に言ってしまった俺。


 同じテーブルに座っている女子の声が聞こえてきます。


「ほんとだ〜、リカの言ってた通りだ。驚き〜〜」

「シグマ、その変わりっぷりって……なに?」

「うん、居酒屋でリカに頭叩かせてたって聞いて、信じられなかったけど。うん、それってアリだね」


 俺の左隣に座っているのがリカ。もう、すでに顔が赤い。けっこう飲んでいるようで、舌っ足らずの喋り方で、


「ふふふ、高校の時のカタキとれてぇぇ、スッキリしたさ〜」


 などと、ほざいてる。確かにスッキリした顔に見えた。勝手に言ってれよ。

 誰かが近寄ってきて、


「シグマ、久しぶり。へ〜〜ほんとだ。なんだか話しやすくなってる。会費1万円ちょんだい」


 あ〜、こいつが幹事のサオリかよ。知ってる知ってる。


「ほい1万円。ところで、アルコールなにある?」

「飲み放題。なにがいい? 最初の一杯目くらい、持ってきてあげる」

「そっか。ならウィスキー。氷だけ入れて」



 みんなアルコールが入っているせいか、しばらくすると打ち解けてきた。心底ホッとしたぜ。静香もいつもの静香に戻ったようで、ポンポンポンポン喋っている。だが、同じテーブルの女子3名の名前が分からん。そもそも居たっけ? 同じクラス? 名前も顔も分からんってのはマズイな。


 真剣に記憶を手繰り寄せていた。そんな時、急に後ろから声がーー


「ほい、ロックのウィスキー」

「ん?……あ〜、ミクか。来てたんだ。気づかんかった」

「来てたよ〜ん。隣に座らしてね」


 椅子なんて空いてないぞ。って言おうとしたら、俺の座っている椅子に座ってきた。一つの椅子に俺とミクがくっついて座ることに。けっこう酔ってんな。


「なんで結婚しちゃったん? 年上好き?」


 一口飲み掛けたウィスキーを咽せてしまった。


「うげっ……いや……あのさ…説明すると長ーーーく掛かりそう」


 静香とリカと3人の女子が、明らかにシラ〜〜って顔。卒業後も女子のグループってそのままなのかね?

 伸二と太郎が、気の毒なくらい静香達に気を使っています。場の空気を凍らせないようにって、大変だね。ご苦労様です。

 そんな男2人の気苦労なんかどうだっていいらしい静香君が、バカデカイ声で、


「別れたんだって! ミク聞いてないの?」


 会場の大部分に聞こえたんじゃないのかね。別にいいけどよ。


「そうなんだ〜、シグ、約束覚えてる?」

「なによ?」

「シグが部活見に来た時、今度デートしようって。そしたら、シグも、いいよって言ったもん」


 そんなことあったか? あったとしても、よく憶えてるぞな。…おまけに、なぜここで言う?


「ほらね、やっぱりミクってシグマのこと好きだったんだ!!」

「だよ〜ん。言ってなかった〜? シグのこと1年生の時から好きだったのに、メグミと付き合っちゃうんだもん」


 名前の分からない女子の1人が、それこそ叫ぶように驚いてます。


「えっ…えええええええええええ!!! 高校の時の……あのシグマを?? 」


 それから、女子達が高校の時の俺の事を、あーでもない、こーでもないと。



 女子Aの証言


 シグマってさぁぁ、朝のホームルームに一回も出てないでしょ。私なんて、あ〜今日はいないんだって、ホッとしてたのに必ず来るの。シグマみたいなタイプって、普通サボるでしょ。でも来るの。一時間目ギリギリか、ちょっと遅れて来るの。毎日。ホームルームの時に祈ってたんだからね。今日はサボってって。ミク嘘でしょ? 好きだったなんて……怖いしょ、傍にいたら。



 女子Bの証言


 私も喋れなかったのってシグマだけ。不良の男子だって別に何とも無かったのにだよ。担任の先生なんて、2年の時からシグマ受け持って、マジかわいそうだった。何度か泣いてたの知ってる。すっごく怖がってた。ねぇ、ところでさ、ホームルームって出なくても何ともないの?



 女子Cの証言


 私もおんなじ。って言うか、もっと最悪。目ぇ悪くて一番前に座ってたの。隣って、いっつもシグマが座るの。恐くて恐くて…授業に集中出来なかった。必ず寝るのに一番前に座る意味分かんない。メグミって凄いって、ずーーっと感心してた。けっこう長い間つきあってたよね。でもミクも好きだったって、ほんとーーー??



 くっついて座っているミクが、俺の頭をナデナデしながら、


「シグ評判悪ぅぅぅ、ヨチヨチ。そう言えば、私、シグにお尻サワサワされたさ」


 女子全員が、「えええええええええええええええええええ!!」と叫んでます。他のテーブルの奴らも、何事かと、一斉にこっちを見ている。


「な………されたさって…ちょっとミク君よ…」


 突然何を言い出すんだ? だいたい、話が飛び過ぎてるだろ。どうしてケツを触られた話が飛び出すのよ?


「さっきもチョット触った」

「あっ、あのさ〜、覚えてるよ、高校の時にミクのケツ触っちまって、あ! って思ったけど、あれって、ミクが俺の傍でお尻フリフリダンスしてて、ミクのケツが俺の手に当たって来たんだって。今だって俺の手の上に座って来たんだろ」

「うん、そうとも言う。キャハハハハ、オチリの下でシグの手、モゾモゾ動いてて気持ち良かった」

「あのさ…誤解をまねくような言い方は……」

「ウシシシシ、ちょびっと奥まできたもん。シグのお手手」


 女子共の視線が痛い。「いやいやいや…アハハハハ……シャレがキツイ」などと俺が言ってるのに、ベッタリくっついているミクが、ケツを振りながらニコニコしている。女子Aが、「スッゴイね〜〜、ミクって猛獣使いみたい。シグマって、お尻に弱いの? それでおとなしくなるとか」と、真面目な顔で聞いてきやがった。


 太郎と伸二が口をポカーンと開けて女子Aの顔を見ています。きっと、俺も同じだ。いきなり爆弾を投げてきたようなミクはと言うと、「キヤハハハハ、シグの弱点バレちゃったぁぁ」と、明らかに喜んでいる。

 怒ったような静香君が、


「しっかし、高校生が女子のお尻に触る? 中年の変態オヤジみたい。ドスケベだって。私もシグマにパンツ見られたのって、やっぱり偶然じゃなかったんじゃないの!!」

「えー? スカートめくられたの?」

「ふざけんな! 小学生じゃあるまいし、そんな事するかよ」

「なら……まさか……脱がされたんだ」


 あまりに話が飛躍しすぎて、言い出した静香でさえ口ごもっていると、女子Bが、


「脱がされるって、ヤバくない? それで済まないよね…」

「おい、それってよ〜、犯罪と違うか? 俺のことなんだと思ってんのよ。ジーパンのファスナーが開いてたから、親切に教えてあげたの!」


 更にケツを振りながら喜んでいるミク。「キャハハハハ、シグ、ばっちし見たんだ。エッチだ〜〜」と。リカは真剣な表情で、「静香、シグマに見られてんだ」と言い出すしまつ。


「ちょっと! 変な言い方しないでよね!」


 あまり口数が多くない女子Cが、「見られただけで終わったの?」と、厳しい表情で確認してきた。

 俺と静香は、全く同じ言葉を同時に吐いた。


「はぁぁあああああああ??」


 暫くパンツの話が続きます。ミクなどは普段は天然のくせに、この手の話になると妙に鋭いところがあるようで、「どんなパンチュだったの?」、「けっこうエッチ系?」、「静香ってぇぇ、真面目でぇぇ、お堅い感じだけどぉぉ、凄いの履いてそう。シグ、内緒でおちえて」と盛んに突っ込んでくる。

 レーザービームのような静香の視線が、俺に突き刺さってます。はい、分かりました。あれは忘れます。いえ、もう憶えておりません。


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