クラス会デビュー前編
「ベロ、そろそろ獣の匂いがしてきたから、今日は風呂だぞ」
そう言った途端、タタタタ…っと、逃げて行きやがった。
「人間の言葉、完全に理解してんな」
風呂はどうにも好きにはなれないようで、大騒ぎになることも少なくない。
今日はバイトがいつもより早く終わり、午後の4時には家に帰って来た。
そんなこともあって、洗濯をやりながらガッチリ掃除機を掛けていたのだが、案の定、ベロが掃除機に喧嘩を売ってきたもんで、ふと思い付いたのだ。こいつも綺麗にしてやろうと。俺も既にパンツ一丁だ。
六畳間に行くとベロが蹲ってます。いつぞやユイに貰ったパンは、ようやっと食ったようで、そこらへんに転がってはいない。ボロボロと散らかっていたパンくずも、掃除機で吸い取ってやった。
「あ、忘れてた」
掃除機では吸い取れない大きさの紙くずが、部屋の隅にまだ残っていた。
「ベロの奴、いったいどこから持って来たんだ? あれ……これって手紙か?」
封筒らしき残骸と、便箋かもしれないと思える紙くず。
ビリビリに破かれ、原型を全くとどめていない。
「あーーーーー! ベロ、何回言ったら分かるの! 手紙に悪戯したらダメだって言ってるだろ! お前、喰っちゃったの? なんで紙食べるの!!ヤギかよ…」
ベロの不思議な習性。紙を食う。
ティッシュペーパーをベロの届く所には置いておけないのだ。全部引っ張り出して、結構な量を食べてしまう。玄関についている郵便受け。配達の人によっては、グッと押し込んで、玄関の床に落ちてしまうことがある。よそのワンコも紙食うのかね?
食い残してビリビリになっているお手紙。それを俺が広げていると、「なになに? どうした?」とばかりに寄って来た。鼻先を手紙の残骸にくっ付けてクンクンやってる。
「どうすんだよ…誰から来たのかも分からんだろ!」
封筒の宛名の処さえ食っちまったようで、はたして俺宛の手紙なのかも分からんときた。中に入っていた便箋も殆ど残っていない。
「やばいな…すみれ宛の手紙だよ。きっと……」
残った便箋に、手書きの文字が僅かに読める。それもベロのヨダレで滲んじゃって、判読不能だよ。ただ、個人が書いた手紙のようだ。ダイレクトメールとか何かの請求書ではない。俺宛に手紙を書く人など居るわけがない。元嫁のすみれにだったら居るのかもしれないし、まだ、この家に住んでると思ってる知り合いが居ても不思議じゃない。
「まいったな……どうしよう…考えてもムダか。とにかく風呂だ。ちゃんとお利口さんにしろよ!」
手紙の残骸を高い場所に置いてベロの首輪を掴むと、頭を下げて、すごすごとついて来た。自分が悪い事をしたと分かっているのだろう、観念したようで、暴れたりしない。
ぬる目にしたシャワーで全身を濡らして、犬用のシャンプーをちゃっちゃか振りかけましょう。目に入ったら痛いのかな?
背中、シッポ、胸、腹、四本の足、お尻、とにかく全身を泡だてて……顔はどうしよう? いいや、面倒だ。
「よしよしよし、ほ〜ら気持ちいいだろ〜。うんうん、お利口さんじゃん」
やたらと話し掛けながらベロを洗う俺。機嫌を損なわれたら、それこそ面倒だから、ご機嫌取りながら洗うのです。ベロも頑張ってガマンしてるようだし。
「ほ〜〜ら、もう終わった」
っと、明るく声を掛けるのだが、奴は明らかに不機嫌。風呂場の扉を開けると、さっさと自分の部屋ーーー六畳間に戻ろうとする。
「待て待て待て! その毛皮乾かさんきゃならんから、まだダメ」
大きめのタオルを被せてゴシゴシやって、それからドライヤーでガーガー乾かすのだが、ベロのガマンも限界に近いようだ。
「あ! 逃げやがった」
いつものパターンだ。こうなったら言うことをきかない。後少しだったのに、まぁ、そのうち乾くか…。
「ほら、お利口さんにガマンしてたから、ご褒美のオヤツだ」
こんな時のために用意しておいた、ワンコ用のビーフジャーキー。ベロの大好物。
チラつかせつとすっ飛んで来た。
「ひっひっひ、お座り」
だが、四つ足で立ったまま、もう、お手をしている。
「順番ってもんがあるだろ! お座り!」
床にお尻を付けたが、モゾモゾモゾモゾ動いている。そして、右手と左手を交互にバンバン出しまくっている。
「なんか違うけど……まぁ、いいか。ほれ」
俺の手から素早く奪い取ると、六畳間に飛ぶように戻って行った。と思ったら、速攻で帰ってきて、また、右手と左手をバンバン出してくる。
「ずいぶん早いな。ちゃんと噛んでんのか? ほら」
これを3度繰り返す。
「もうダメ! 欲張ったらダメなんだぞ!」
座りながらシッポを振りまくっている。相変わらず、勝手にお手をやり続けながら。
「あ〜美味しかった、ごちそうさま。ってのが肝心なんだって!」
ベロとそんな事をやってると、家のチャイムが鳴った。玄関に向かってダッシュしてゆくベロ。俺にいいとこ見せようとしているのか、床で足を滑らせコケそうになりながらも、物凄い勢いで飛んで行った。
「誰だ? あのベロの吠え方は親しい人じゃないな」
時計を見ると夜の8時ちょっと前。
何かの勧誘だったら面倒だし、居留守にしようっと。
「俺だって! 太郎だーー! シグマ、車あるから居るの分かってんだって!」
高校の時のバレー部のキャプテン、太郎君でした。
玄関に行くと、郵便受けに口を突っ込むようにして怒鳴っていた。こいつもユイと同じレベルかよ。
「迎えに来た! 行くぞ!」
「どこに?」
「同窓会って言うか、合同のクラス会よ。伸二から電話来てたろ? 今日だって!」
「あ〜〜……ええええ?? 確か土曜日って言ってなかったか? 今日って土曜か? それに、俺って行くって言ったっけ?」
「いや、あれだって…今日は金曜だ。……ちょっと説明するのダルいわ。なんでもいいから、早く用意しろって」
「わざわざ迎えに来てくれたんだから、行くしかないんだろ?」
「そう! その通り!」
車の中であらましを聞きました。
静香とリカと数人の女子に、気の優しい太郎君は脅されたようだーーー
「いいから、さっさと迎えに行きなさいって!!」
「絶対シグマ連れて来なさいよ!」
「来なかったら、許さないからね!」
太郎は運転しながら、しきりと愚痴っている。
「なんで俺がパシリみたいに命令されなきゃなんねぇぇのよ! ……しっかし女子どもってよ〜、集まったら強ぇぇぞな。逆らったら集中攻撃食らって、座ってられねぇのよ。……シグマよ、ま〜たバンバン文句言われるの覚悟しておけよ」
「はぁぁ……どうでもいいけど、ちょっとスピード落とせよ。今の赤だったって」
「お、おおお…悪い悪い。なんだか焦っちまって…」
会場に着きました。ちょっとした披露宴でもやるようなホールを借りたらしい。時間は9時半までのようだから、あと1時間以上はある。太郎が責められるのも気の毒だし、義理は果たしたって感じ。
先生達は呼ばなかったらしい。クラス会ってこんなもんなのか? 俺のイメージとはちょっと違った。
全部で50〜60人ってとこだな。7割方が女子のようだが、名前知らんの多過ぎ。
太郎は車をパーキングに停めに行ってます。俺も一緒に行けばよかった。遅れて来たこともあって、会場に入った途端、一瞬、シーーーーンとなりやがった。ひぇぇぇぇ…来たのを後悔だ。
「おーーー! シグマ、こっちだこっち。席とっといたぞ」
「助かった。伸二、サンキューな。どこに座ったらいいのか、ウロウロするとこだった」
8人掛けの円卓。このテーブルの男は太郎と伸二と俺の3人で、女子は静香とリカと…あと3人の女子。名前が不明だ。とほほほほ…。
丁寧に喋る淳と、なまら男の繁は欠席のようだ。
俺の右隣が太郎の席なのだろう。まだ空いている。その隣に座っている静香君が、
「シグマ、来て早々に悪いんだけど、会費1万円。あとで、幹事のサオリが集金に来るから」
「了解」
クラス会デビューの俺にとっては、1万円が高いのか安いのか、はたまた相場なのか全く分からない。
声を掛けて来た静香と、ちょっとに間、目が合っていた。すると、なんだが恥ずかしそうな素振り。
まだ気にしてんのかね。昨日のこと。
喫茶店で結局最後まで、「大事なところシグマに見られた」と言い続けていた。「毛ェ見られたくらいでオーバーだろ。そんなに気になるんなら剃れば?」と、帰り際に言ってしまった俺。
同じテーブルに座っている女子の声が聞こえてきます。
「ほんとだ〜、リカの言ってた通りだ。驚き〜〜」
「シグマ、その変わりっぷりって……なに?」
「うん、居酒屋でリカに頭叩かせてたって聞いて、信じられなかったけど。うん、それってアリだね」
俺の左隣に座っているのがリカ。もう、すでに顔が赤い。けっこう飲んでいるようで、舌っ足らずの喋り方で、
「ふふふ、高校の時のカタキとれてぇぇ、スッキリしたさ〜」
などと、ほざいてる。確かにスッキリした顔に見えた。勝手に言ってれよ。
誰かが近寄ってきて、
「シグマ、久しぶり。へ〜〜ほんとだ。なんだか話しやすくなってる。会費1万円ちょんだい」
あ〜、こいつが幹事のサオリかよ。知ってる知ってる。
「ほい1万円。ところで、アルコールなにある?」
「飲み放題。なにがいい? 最初の一杯目くらい、持ってきてあげる」
「そっか。ならウィスキー。氷だけ入れて」
みんなアルコールが入っているせいか、しばらくすると打ち解けてきた。心底ホッとしたぜ。静香もいつもの静香に戻ったようで、ポンポンポンポン喋っている。だが、同じテーブルの女子3名の名前が分からん。そもそも居たっけ? 同じクラス? 名前も顔も分からんってのはマズイな。
真剣に記憶を手繰り寄せていた。そんな時、急に後ろから声がーー
「ほい、ロックのウィスキー」
「ん?……あ〜、ミクか。来てたんだ。気づかんかった」
「来てたよ〜ん。隣に座らしてね」
椅子なんて空いてないぞ。って言おうとしたら、俺の座っている椅子に座ってきた。一つの椅子に俺とミクがくっついて座ることに。けっこう酔ってんな。
「なんで結婚しちゃったん? 年上好き?」
一口飲み掛けたウィスキーを咽せてしまった。
「うげっ……いや……あのさ…説明すると長ーーーく掛かりそう」
静香とリカと3人の女子が、明らかにシラ〜〜って顔。卒業後も女子のグループってそのままなのかね?
伸二と太郎が、気の毒なくらい静香達に気を使っています。場の空気を凍らせないようにって、大変だね。ご苦労様です。
そんな男2人の気苦労なんかどうだっていいらしい静香君が、バカデカイ声で、
「別れたんだって! ミク聞いてないの?」
会場の大部分に聞こえたんじゃないのかね。別にいいけどよ。
「そうなんだ〜、シグ、約束覚えてる?」
「なによ?」
「シグが部活見に来た時、今度デートしようって。そしたら、シグも、いいよって言ったもん」
そんなことあったか? あったとしても、よく憶えてるぞな。…おまけに、なぜここで言う?
「ほらね、やっぱりミクってシグマのこと好きだったんだ!!」
「だよ〜ん。言ってなかった〜? シグのこと1年生の時から好きだったのに、メグミと付き合っちゃうんだもん」
名前の分からない女子の1人が、それこそ叫ぶように驚いてます。
「えっ…えええええええええええ!!! 高校の時の……あのシグマを?? 」
それから、女子達が高校の時の俺の事を、あーでもない、こーでもないと。
女子Aの証言
シグマってさぁぁ、朝のホームルームに一回も出てないでしょ。私なんて、あ〜今日はいないんだって、ホッとしてたのに必ず来るの。シグマみたいなタイプって、普通サボるでしょ。でも来るの。一時間目ギリギリか、ちょっと遅れて来るの。毎日。ホームルームの時に祈ってたんだからね。今日はサボってって。ミク嘘でしょ? 好きだったなんて……怖いしょ、傍にいたら。
女子Bの証言
私も喋れなかったのってシグマだけ。不良の男子だって別に何とも無かったのにだよ。担任の先生なんて、2年の時からシグマ受け持って、マジかわいそうだった。何度か泣いてたの知ってる。すっごく怖がってた。ねぇ、ところでさ、ホームルームって出なくても何ともないの?
女子Cの証言
私もおんなじ。って言うか、もっと最悪。目ぇ悪くて一番前に座ってたの。隣って、いっつもシグマが座るの。恐くて恐くて…授業に集中出来なかった。必ず寝るのに一番前に座る意味分かんない。メグミって凄いって、ずーーっと感心してた。けっこう長い間つきあってたよね。でもミクも好きだったって、ほんとーーー??
くっついて座っているミクが、俺の頭をナデナデしながら、
「シグ評判悪ぅぅぅ、ヨチヨチ。そう言えば、私、シグにお尻サワサワされたさ」
女子全員が、「えええええええええええええええええええ!!」と叫んでます。他のテーブルの奴らも、何事かと、一斉にこっちを見ている。
「な………されたさって…ちょっとミク君よ…」
突然何を言い出すんだ? だいたい、話が飛び過ぎてるだろ。どうしてケツを触られた話が飛び出すのよ?
「さっきもチョット触った」
「あっ、あのさ〜、覚えてるよ、高校の時にミクのケツ触っちまって、あ! って思ったけど、あれって、ミクが俺の傍でお尻フリフリダンスしてて、ミクのケツが俺の手に当たって来たんだって。今だって俺の手の上に座って来たんだろ」
「うん、そうとも言う。キャハハハハ、オチリの下でシグの手、モゾモゾ動いてて気持ち良かった」
「あのさ…誤解をまねくような言い方は……」
「ウシシシシ、ちょびっと奥まできたもん。シグのお手手」
女子共の視線が痛い。「いやいやいや…アハハハハ……シャレがキツイ」などと俺が言ってるのに、ベッタリくっついているミクが、ケツを振りながらニコニコしている。女子Aが、「スッゴイね〜〜、ミクって猛獣使いみたい。シグマって、お尻に弱いの? それでおとなしくなるとか」と、真面目な顔で聞いてきやがった。
太郎と伸二が口をポカーンと開けて女子Aの顔を見ています。きっと、俺も同じだ。いきなり爆弾を投げてきたようなミクはと言うと、「キヤハハハハ、シグの弱点バレちゃったぁぁ」と、明らかに喜んでいる。
怒ったような静香君が、
「しっかし、高校生が女子のお尻に触る? 中年の変態オヤジみたい。ドスケベだって。私もシグマにパンツ見られたのって、やっぱり偶然じゃなかったんじゃないの!!」
「えー? スカートめくられたの?」
「ふざけんな! 小学生じゃあるまいし、そんな事するかよ」
「なら……まさか……脱がされたんだ」
あまりに話が飛躍しすぎて、言い出した静香でさえ口ごもっていると、女子Bが、
「脱がされるって、ヤバくない? それで済まないよね…」
「おい、それってよ〜、犯罪と違うか? 俺のことなんだと思ってんのよ。ジーパンのファスナーが開いてたから、親切に教えてあげたの!」
更にケツを振りながら喜んでいるミク。「キャハハハハ、シグ、ばっちし見たんだ。エッチだ〜〜」と。リカは真剣な表情で、「静香、シグマに見られてんだ」と言い出すしまつ。
「ちょっと! 変な言い方しないでよね!」
あまり口数が多くない女子Cが、「見られただけで終わったの?」と、厳しい表情で確認してきた。
俺と静香は、全く同じ言葉を同時に吐いた。
「はぁぁあああああああ??」
暫くパンツの話が続きます。ミクなどは普段は天然のくせに、この手の話になると妙に鋭いところがあるようで、「どんなパンチュだったの?」、「けっこうエッチ系?」、「静香ってぇぇ、真面目でぇぇ、お堅い感じだけどぉぉ、凄いの履いてそう。シグ、内緒でおちえて」と盛んに突っ込んでくる。
レーザービームのような静香の視線が、俺に突き刺さってます。はい、分かりました。あれは忘れます。いえ、もう憶えておりません。




