メールと電話
ユイが怒ってます。電話で俺に。
「シグマのメールって、ぜーーーんぜんダメーーー!」
バイトの昼休みに俺の携帯が鳴り、ユイからか…っと思いながら出ると、いきなりそれだった。
「なにが?」
「なにがって、ぜーーんぶ。ダメダメのダメーー!」
さっき、ユイにメールを返したのだ。朝方に送られてきたメールの返事を。
「だから、なにが?」
「ふーんだ! 遅すぎ!」
「お前ね〜、前にも言ったろ。俺はそうなの。メール送ったって、急ぎの用でもなきゃ、返事なんてけっこう後になるって」
「それだけじゃないもん。シグマのメールってぇ、文字ばっか」
「なんでそれがダメなのよ」
「ウチが送ったメール、いっつもちゃんと見てんの? いっぱい絵文字とかぁ付いてるでしょ」
ユイから送られて来るメールには、確かに、(*^^*)や(≧∇≦)が、ごちゃごちゃ出てくるのを思い出した。
「いっぱい付いてるでしょ」
「あ〜、ついてたな。おいおいおい、俺にもそんなんヤレってか?」
「あったりまえなの! 文字ばっかだったらぁ、そん時の気持ちとかがぁ、よく分かんないじゃん。だからぁ、色々と工夫するの!」
「分かったけどよ、なんでそんなに怒ってんの?」
朝方にきたユイのメールは、
まだ夜のアルバイトやってんの?
寂しいよ〜ん(>人<;)
それとも、もうおわった*\(^o^)/*
だった。
最初の絵文字らしきモノの意味が良く分からん。
「シグマの返事……『ああ』だけっていったいナニ? 信じらんない! ああってナニ? ああって!」
「あはは……でも意味は通じたろ」
「通じてない! どっちに、ああって言ってんの? 夜のアルバイトやってる方? それともやってない方? 」
「おおお、そっか…あんまり考えないでメール送ってたわ。とりあえず昼間のバイトに戻った」
「なら、また家出してもいい?」
「お前ね〜、ママリンがいいって言ってもダメ」
「えーーーー!! なんでーーー?」
それから10分くらい、あーでもない、こーでもないともめ続け、ようやっと電話を切る事が出来た。それも、ユイの学校のチャイムが聞こえて渋々って感じ。
中学校って、昼休みとかに携帯かけ放題か? ユイの奴、隠れて掛けてきたのか? また校長室に呼び出されるのは勘弁だぜ。ため息が出る。
ユイにメールの内容を怒られた俺だが、実はメールって苦手だ。相変わらずガラケーを使っている。ネットはパソコンでやればいいとスマホだかには興味がない。
でも携帯でメールって、キー小さすぎないか? キーの数も少ないし、文字探すのスッゲー面倒。かなり誤字る。
だいたい、メールってお手紙だよな〜。用があるなら電話の方が早くないか? その電話ですらまどろっこしくなったら、直に会いに行くわ。そう思うのって俺だけか?
バイトに戻ろうとしている時、マナーモードが三回。またメールだよ。ユイか?
今日晩飯おごるから、温泉に連れて行け。 姉。
そうです。アネキからのメールでした。
こいつも文字ばっかのメールだ。女のくせに。確かに怒ってんだか、喜んでんだか全然分からん。
とりあえず返事を入れておいた。
了解。
7時には行ける。
まぁ、姉弟のやりとりなんて、こんなもんでしょう。
7時ちょっと前には、アネキの住むマンションに着いていた。
「ぇえ? まだ用意できてないの? 早く行こうぜ」
「できてるって。行こう」
「ん…? 飯食って、そのまま温泉行くんだろ。食ってからもう一回戻るのって面倒だって」
「なんで戻るのさ。そのまま行こうって」
「それ……着替えないの?」
「うん」
「温泉だぜ。普通、普段着で行くだろ」
「うん、これ普段着」
「いや……ジーパンとかトレーナーとか…」
「そんなの着ないから、持ってないって」
「濃紺のワンピーで温泉って…まぁいいけどさ」
「あんた何食べたい?」
「そうだな〜、天婦羅食いたいな」
「いいね天婦羅。行こ行こ」
天婦羅専門店、美味しいわ〜。
自分でもけっこう料理するけど、天婦羅を揚げたことは無い。コロモ付けたりするんだろうし、それがよく分からんってのもあるが、油をどっつり使うってのが、独り暮らしには超面倒。
でも、肉より魚より天婦羅が大好きな俺でした。
口の周りがベロベロする。アネキの顔を見ると、唇がテカテカに光って妖しすぎる。まるでドラキュラの嫁だ。
「すみれちゃん、踏ん切りついたみたいだね」
「ああ、連絡きたの?」
「うん、この前、店に来て言ってた」
「そっか…」
「まぁ、それで良かったと思うしかないんだろうね」
「……」
俺の元嫁のすみれは、アネキとは同級生で親友なのだ。
「あんた、大学どうするの?」
「来年まで休学して稼ぎまくる予定」
「お金のことなら、意地張るんじゃないって」
「やれるとこまで、やってみるさ」
「お父さんに会いに行きなさいよ」
「っだな。考えとくわ」
「そう言えば、花火大会の時に会ったサキちゃんって人、可愛い人だったね。付き合ってんの?」
「い…いや…そんなんじゃないって」
「ふ〜ん、いい感じに見えたんだけど、そうなんだ。人には色々あるけどね、あんた、まだ若いんだから、臆病になるんじゃないよ」
「ああ」
9時ごろに目的の温泉に着きました。
もう、風呂から上がった人が多い時間帯で、休憩室の前を通ると火照った顔をした10人程度が、ジュースやらを飲みながら休んでいる。
なんだ? チラチラこっち見てるけど…
なんだろうと俺が見ると、慌てたように目を逸らす。アネキは全く感心を示すことなくズンズン歩いて行く。
大きな鏡の前を通って分かりましたよ。
俺はジーパンにTシャツ。アネキは濃い紺色のワンピース。
肩幅も広く筋肉質の俺は、背も180ちかくある。アネキは150そこそこで、顔も全く似ていない二人。
仲の良い姉弟に見えるはずが無ぇぇ。
それこそヤクザの女と、その舎弟の図。
俺が原因かーーー?
アネキだろ!!
温泉行くのに、真っ赤な口紅付けて、濃紺のワンピースって。どうでもいいけど、普通の普段着くらい買おうぜって……頼むわ。
アネキを送り届けて10時半には帰ってきた。車庫からベロが出たり入ったりを繰り返している。
何やってんだ?
よく見ると、何かを咥えながらすごい勢いで尻尾を振りまくっていた。
「なに咥えてんの?」
それに触ろうとすると、「う〜」とか唸り出しやがった。
「パンか? ユイがくれたのか?」
たまに、給食のパンを持ってくるユイ。一本まるまんま残してきたのをベロにもってきてくれたのだろう。
ベロはどういう訳だか、この給食のパンを貰うと嬉しくてしかたがないのだ。「どうだ!うらやましいだろう」と、傍にいる人に見せにくるのだが、少しでも触ろうとすると、盗られると思うのか、唸る。
「まただよ、盗ったりする訳ないだろ。唸るのヤメれ」
家の玄関を開けると、パンを咥えたままで、タタタタターっと入って行く。
「あ! ちょっと待て! 足拭いてないって」
勝手に自分専用の部屋だと決めてる六畳間。日当りが良いのだ。その部屋の隅で蹲っているベロ。
ベロの不思議な習性。パンは直ぐには食わない。
そう、パンをとっておくのだ。
パンの外側がカチカチに硬くなっても、大事に大事にとっておくベロ。その間、たま〜にペロペロ舐めたりするのだが、けっして食べない。そして、玄関に誰かが来るたびに、そのパンを咥えて見せに行く。
意味が分からんが、正直迷惑だ。外のワンコならきっと穴を掘って埋めるのだろうが、ベロは家の中に住んでるせいか、埋めるといった発想がない。車庫の中は土なのだが、そこには絶対に埋めない。ベロの部屋となっている六畳間の隅にボロっと置いてある。
早く食えって。
可能な限り、毎日掃除機をかける俺。短毛のせいか、けっこうベロの毛が抜けるのだ。一度、ベロの背中に直接掃除機を当てたことがある。よほど驚いたのか、それ以来、掃除機を敵視している。唸り声を上げながら、ヘッピリ腰で前に後ろにピョンピョン飛んで、それこそネコパンチのようなものを掃除機に喰らわせてくる。
今夜も掃除機かけましょう。音が聞こえた途端、パンを咥えたベロが横に飛び跳ねながら攻撃してきます。
はぁ〜、邪魔くせぇぇ…
今日も、一人と一匹で寝たところ、携帯が鳴った。
「もしもし……そうだけど……え? 由美ちゃん…うんうん……明日? うん、大丈夫だけど、頼みってナニ?……ぇ…なに? ちょっとそれは……」
ベットの上で上半身を起こした。足もとのベロも首をもたげている。
「…付き合ってる人は……いないけど……ああ、そうだよ、離婚してる。え……俺しか頼める人いないのか?……いや…付き合ってはいないけど、好きな人がいる」
暗闇の中でベロの耳がピクっと動いたのが分かった。




