泪
夜勤のバイトは極端に暇。これはやった事のある者でなければ分からない。大変なのだ。
パレットに機械で積まれた物がローラーで流れて来る。それをリフトに乗った俺がすくい上げて三段に積むのだが、夜間の時間帯はとっとことっとこ流れて来ない。忘れた頃に、ぽつ〜ん、ぽつ〜んと。
ヒマだーーーー!!
翌朝の6時まで機械室に籠ってるオッサン1人と俺。とにかく時間が過ぎていかない。ある意味拷問だぜ。ひぇぇ〜〜。
ベロは詰所らしきボロクソの小屋の中で完全に熟睡中。近くに俺が居る事が分かっているのか、不安そうな素振りも見せない。案外ズ太いヤツだ。
俺は後悔した。暇なのに喋る相手が居ないと考えてしまう。サキちゃんの事を。
舞い上がっていた。バカみたいに。少し冷静に考えれば分かりそうなものを、まるで中学生のように好きな女の子が微笑んでくれた、話し掛けてくれたと有頂天になっていた。アホだ。
迷惑だったはず。俺ってチョット柄が悪いし、更にバツイチ。まいったね、目にキスしちゃったよ。唇じゃなくて良かった。
夜中の12時から1時間の休憩があるのだが、肉体的には全然疲れていないし、腹も減らん。精神的にはキツイが。倉庫から外に出て、
「アアアアアアーーー!」
っと、意味もなく叫んで、慌てて周りを窺っていた。ヤバイ、狂ったと思われる。
そんな時に携帯に電話が掛ってきた。天の助けだとばかりに相手も確認しないで俺は出た。
「もし!俺だ!」
「お…俺だ? シグマだよな?」
「おーーシグマだけど、伸二か?」
高校の同級生ーーーバレー部の鷲掴みの伸二君でした。
「ずいぶんとイラついた声だな」
「あ〜悪い悪い、夜間のバイト中なんだけど暇すぎちゃってよ」
「夜間のバイトしてんのか。ところで、シグマ、行かないのか?」
「行かないって、何処に?」
どうやら、今週の土曜日にクラス会をやるらしい。だが、俺と伸二は同じクラスではない。それを言うと、
「クラス会じゃなくって、あらあら…同窓会よ」
「あ〜〜分かったけど案内きてないし、呼ばれてないんじゃないかな〜」
「お前ね〜、結婚式じゃあるまいし、全員対象だって」
「ふ〜ん、そういうもんか。学年も幅広いのか?」
「いや、俺たちの年だけだ。どっかのクラスで企画したらしいんだけどよ、どうにも人数集まりそうもなくって、他のクラスにも声掛けたら、結局全クラス合同の……あ〜、やっぱりクラス会だ。同窓会じゃねぇぇわ」
案内は郵送されたようだが、俺の手元には届いてはいなかった。きっと実家に送られたのだろう。
伸二は聞き難そうに、
「シグマよ、親と…まだあれか?」
「ま〜な」
それから暫くの間とりとめのない話しが続き、そろそろ休憩時間も終わり掛けてきた。
「クラス会、俺は行くけどシグマは?」
「きっと欠席だな。案内きてないし、返事も出せないからな」
「そっか、お前ならそう言うだろうと思ってたけど、懐かしいだろ」
「ん…そうでもないんだよな。知ってる奴もあんまり居ねぇぇし」
「はぁぁああ? 三年間いたろ、シグマ」
「どう言う訳だか名前知らん奴いっぱいなのよ。同じクラスでもな。喋る事あると思うか? あれ…君って名前なんだっけ? から始まるんだぜ」
「シグマらしいっちゃ、らしいけど、君は誰ってマジか?」
「ああ、同級生らしき奴に声掛けられたら、もうドキドキもんよ」
「そっか、しゃーないか」
電話を終えてバイトに戻ったが、暇だーーー!
一週間の約束だった夜間の勤務が、あれやこれやで既に10日が過ぎていた。もう勘弁してくれ。時間帯に文句はないが、やる事が無いってのが最悪だ。半分ボケ掛ったような爺さんじゃなきゃ、これは務まらないんじゃないのかね。
朝の6時に日勤の人達と交代です。俺は事務所に行って2時間待っていた。人員のやり繰りをやってる人が出勤して 来るのを。待ってる間に完全に寝ちまっていたが。
夜勤は、明日と明後日までとなった。3日後は休みで、その次の日から日勤に戻れる。
あと2日間だ。は〜良かった。あれ? 今日って何曜日だっけ?
3日後の夜の8時
明日からは日勤だ。今日は休みなのだが俺は居酒屋に来た。
「ど〜〜も〜〜シグマ君、やっと会えたーーー!」
「あははは…先月以来だね、由美ちゃん」
「嬉しいーー! ちゃんと名前覚えててくれたんだ」
「うん」
だいたい、女の子の友達って、そんなに居ないから。
高校の時のクラスメートだった静香に呼び出されて居酒屋に来た。とにかく静香は人の話しを聞かない。電話口で、どこどこの居酒屋で待ってるからと一方的に告げた後、来るでしょ? っと、来るのが当然のような口ぶり。
暫くの間、夜間のバイトが続いていたし、ガッツリ飲んでやるか。
来てみると、動物園で偶然逢った由美ちゃんが隣に座り、にじり寄って来る。静香は俺の真向かいで睨んできた。
今度は何なんだ? どうして俺を睨んでる?
そんな静香の様子など全く気にもしてない由美ちゃんが、俺に腕を絡めながら、
「シグマ君もビールでいいんでしょ。食べ物は適当に頼んじゃったから一緒につまも」
「ちょっと〜シグマ、あんたこの前由美のこと可愛いって言ってたよね。もう、手ぇ出したんだ」
この女はいきなり何を言い出す? 「な…ちょっと…」などと口ごもっていると、
「えええええええええええ!! ほんとーーーー! シグマ君って私がタイプ?」
由美ちゃんがガッチリ絡みついてきた。
「動物園以来、会ったのって2度目なんですけど。いつ、どこで、どう手を出せるの? さっきだって先月以来だねって言ってたろ。静香君よ、君っていっつも人の話し聞いてないよな」
「そうかも。でもいいの」
っと、全然悪びれる様子も無い静香だが、ニッと笑った後は睨みつけてくる事は無くなった。いったいなんなのよ?
ちょうど俺のビールも来た。「カンパーーイ」と由美ちゃんが、確かに可愛い顔でジョッキをぶつけてくる。
夜の動物園がいかに神秘的で素敵だったかを、由美ちゃんが熱く語ってます。俺に同意を求めながら。
確かに夜の動物園は一見の価値があると思っていた俺も、熱く会話に加わってゆく。
久々のビールは美味いぜ。二杯目のジョッキを飲み干してる隙に話題が変わっている。女子って凄いよね。突然に変えちゃうだもんな。なんの話だ? と固まってる俺などお構いなしに平然と喋る二人。
「この前ね、学祭や修学旅行の写真、静香に見せてもらったさ」
「由美がシグマの変わりっぷり見たいって言うから…」
「なんやかんや言って、静香、シグマ君の写真けっこう持ってんだよね。ねぇ、シグマって呼んでもいい?」
「ああ、いいよ。君なんて付ける人なんか居ないから」
いや、一人いた事が頭に浮かんだ。サキちゃんが俺のことをシグ君って、ちょっと照れ臭そうに呼ぶ声までもが思い出された。俺は三杯目のビールを一気に空にする。
静香がムキになって、なにやら抗議していた。チラチラ俺にも視線を向けながら。
「私がシグマの写真いっぱい持ってるとか変な言い方しないでよね! たまたまなんだって……なんだか分かんないけど…写ってんの……シグマ」
「写ってるシグマって可愛いかった〜。ふふふ…3〜4人の女子の中に1人だけ男子で入ってんの。おっかない顔して」
「覚えてないんですが。通りかかったのが偶然写っちゃったんだろ」
「違う…」
「へ〜〜、シグマ、覚えてないんだ。女子はみんなニーって笑ってピースまでして写ってんのに、シグマ1人だけ怒った顔なんだけど、並んで写ってたよ」
だめだ、そんなの全く覚えてない。どういう事だと静香に目をやると、珍しく恥ずかしそうな素振りの静香。
「シグマって、女子の間で別に嫌われてた訳じゃないの……近寄れなかっただけで…でも3〜4人集まったら勇気出るじゃん。っでね、あそこにシグマいるから連れて来ようって誰かが言って、こわごわ声掛けたら意外とすんなりついて来るの。それからは、なんて言ったらいいのか……写真撮る時はシグマ呼んで撮るようになってたの。あれ…トラとかライオンと一緒に写りたいじゃん。あれと同んなじ!」
「きゃははははは、おかし〜〜。素直について来るトラ君って、なんか可愛いぃぃ」
トラって綺麗だよな、あの模様。などと考えても嬉しくない。
「由美、例のアノ人…どうなの?」
まただよ、また話しが飛んだ。
「おいおいおい、俺の前でいいのか? その話し」
「うん、大丈夫。もう全然好きじゃないし」
由美ちゃんは既に着信拒否にしているらしい。すると今度は家にまで来るようになったとのこと。
「どうなのそれって! 男のくせして未練タラッタラってさ〜」
「逃がした魚は大きいってことだろ」
この例え、2人の女子には通じないらしい。「サカナ??」と、不思議そうに呟いている。
「今じゃ、ひたすら気持ち悪いだけ。なんかされそうで恐いの。私一人暮らししてたんだけど、気味悪くって、今は実家に戻ってんの」
「30過ぎてんのに、バッカみたい!」
「これ…」
いきなりバックから写真を取り出した由美ちゃん。思わず覗き込むように見ちまったじゃねぇかよ。
「げ…」
見るからにオッサンって男が一人で写っている写真。けっこうアップだし。なんでこんなの俺に見せるかな〜。
「あああああああ、気持ち悪ぅぅぅ。由美には悪いけど、こんなオッサンのどこがいい訳?」
「なに言ってもいいよ、今は嫌いだもん」
「何か言いなよ、シグマ」
出た。なんで俺に振る?
俺がどう思おうと、どうでもいいだろ。っと、いつもの不親切な俺ならそう言うのだろうが、夜勤明けのまんまでアルコールが入ってるもんで、更に会話に加わっていきました。ハイ。
「女の人の中にはさ、なんだか頼り無い男なんだけど放っておけないんだよね。って言いながら、どんどん嵌まり込んでく人いるよな」
「あ〜〜、いるいる。私はダメだね」
「男から見たら、なんであんな冴えない奴に惹かれるのか全然分からんパターン。今まで付き合った男って、全部そんなタイプじゃないの?」
「え……うん…そうかも」
「えええええええ! なんで〜? シグマ、この写真のオッサンもそうだって思うの? 30すぎのオッサンだよ。そんな奴を由美が放っておけなくなるって……えええええええ??」
さすがに下を向いてしまった由美ちゃん。しかしアルコールが入ってるとは言え、遠慮が無さすぎる静香。だが、それは俺もだった。
「目がさ〜、自信なさげなんだけど、したたかな感じがする。きっと波長が合うんだわ、その手の男と由美ちゃん」
ペースが速いのと、疲れが溜まっていたせいで酔いが回るのが早い俺。
「由美ってそんなのがタイプなの? 理解できない」
「好きなタイプは…背が高くて〜、ちょびっと悪そうで〜、愛想もあんまり良くなくて〜、ツンデレの人が好き! 誰にでも愛想のいい人は嫌。でも実際に付き合う人って、なんでなのかな?」
ツンデレってよく聞くけど、そんな奴いるのかね。少女マンガの中だけだろ。
「シグマはやめな! この男はツンしかないから。それも強烈なツン」
「でもシグマって、今は優しい顔してるよ」
「猫被ってるかもしれないじゃん。私はまだ疑ってんだからね。ひっひっひっひ」
俺の印象について好き勝手な事を言い合ってます。この二人の女子は。
静香は、高校の時の俺によっぽど頭にきたことがあるのだろう。まぁ、そんなことなど、どうでもいいと思ってはいるが、聞くのも恐い気がする。俺、なにやったんだ?
時間もかなり遅くなり、解散しそうな雰囲気になった。っが、再び話題が例の男に。
「ところで由美、送られてきた手紙の束、もう捨てたんでしょうね」
「まだ…」
「なんでまだ持ってるの? 信じられない。まさか、由美もまだ未練あるの?」
「未練なんて無いって! でもさ〜、なんかさ〜…」
「つきまとわれてからのもあるの?」
「手紙ってそれしかないもん。着信拒否してからだから。ねぇ、シグマはどう思う? やっぱり捨てた方がいいのかな…」
まただ。また振ってきたよ。と思いつつも答える俺でした。
「持ってた方がいいかもね」
すかさず、「なんでさ」と食い付いてくる静香君。
酔ってるせいもあって、「なんとなく」としか答えられない俺に、どういうつもりか「分かった。そうする」って、変に納得している由美ちゃん。
あ、なんとなくマズイな。由美ちゃんがどんな女の子なのかも良く知らないのに、俺、調子に乗り過ぎたか? 頭の片隅ではそう感じているのだが、酔いが醒めてこない。
「ふ〜ん、シグマの言う事は素直に利くんだ。由美って」
「だって〜〜、もともと捨てにくかったんだもん。手紙ってそうじゃない?」
「いいよ、そんなのどうでも。そんなことより、ねぇシグマ、男から見たら写真のオッサンってどう見える?」
「どうって……。さっきは、ああ言ったけど、実際に逢った事も無いし」
「私は感じないけどさ〜、放っておけないって、母性本能をくすぐるタイプなんでしょ。どう思う?」
「う〜〜ん…俺は怖いな。その手のタイプって」
「怖い?? シグマが?」
「なんて言うか…俺には出来ないってこと」
「ちょっと〜〜、イミフだって!」
「な……うまく言えないって」
「いいから、言ってってばさ!」
お前が怖いわ。
「自尊心とかプライドってもんがあって、それがけっこう邪魔するの」
「うん、それで?」
「自分は落ち込んでますとか、困ってます、弱ってます、包み込んで欲しいんですーって、ある意味ひけらかす訳だろ。俺にはムリ」
「あ〜、確かにシグマにはムリだね。でも、それが何で怖いの?」
「あのさ〜、静香君、 君ね〜、ぽんぽんぽんぽん突っ込みすぎ」
「いいの、早く続き言って」
「はぁ〜。とにかくさ、それが出来ちゃう奴って居るんだよな。計算づくに見える。次の展開を」
二人して黙って俺を見ている。まだ喋れってか?
「俺じゃ出来ないものを平気で出せるんだよな。まるで武器のように。それって粘着質だぜ」
「うんうん、なんとなく分かってきた。それで?」
「そのオッサンがそうなのかは知らんけど、プライド持ってないような奴って強いぜ。……ウィークポイント少ないからな」
帰りのタクシーの中。
さっき居酒屋で自分が喋った事を改めて考えていると、気付いたら夢の中にいた。
花火大会の時のサキちゃんの夢。ボロボロ大粒の涙を零すサキちゃん。
夢の俺は何もしない。
肩も抱かない。
手も繋がない。
目にキスもしない。
泣きながら何かを言っているサキちゃん。その姿が、どんどん小さくなってゆく。
夢の俺は少しづつ後ずさり、サキちゃんをおいて、どこかに向って歩いていった。
「お客さん、お客さん…着きましたよ。お客さん」
目が覚めた。
あれ……頬が濡れてる。




