家出娘
家に帰り車庫に繋いだベロのところへ行くと、思わず飛び上がってしまった。
「エヘヘヘヘ」
「そ…そこで、何やってんだ?!」
「家出しちゃったの」
「な…なにーーーーーーー??」
そいつの足に絡み付きながらシッポを振りまくっているベロ。
16時間前
今日は月曜日だ。だるい……。
いつものようにベロのお散歩から1日のスタート。
「お前って、月曜日だろうがテンション変わらんね」
玄関で、「早く行こうぜ!」ってジタバタしているベロ。
「今、靴履いてんだから、ちょっと待ってろ。お前は裸足のまんまだからいいけどさ。……あ…あああああああああああああああ!!」
玄関から出た途端、首輪からすり抜けてしまった。たまにあるんだよな、首輪が抜ける事って。でも不思議と逃げたりせずに、すごすごと戻って来る。「抜けましたけど」って顔で。だから首輪はギッチリと締めていない。苦しかったらかわいそうだし。
「あれ~~、何処行った? 珍しいな。見えないぞ………あ…足跡みっけ!」
昨夜の雨で簡単に足跡を見つけることができた。家の裏に行ったみたいで、珍しく逃げやがった。
「いたいた……げっ……そこは裏の家の花畑だってよ。ヤバ……こっちにおいで~~、ベロォォォォォ」
小声で呼びかけるが、俺の方を見たまんま動こうとしない。尻尾バンバン振ってやがる。俺が入って行けないの知っててやってんな。ヤロ~なめやがって。
「そこわ~~、よそのお家の花畑だからダメなの~。こっちにおいで~ベロォォォ」
周りを窺いながら小声で呼びかける俺。ベロの野郎は、「やーい、やーい、ここまでおいでーー」って顔だ。シッポも凄まじい勢いで振り続けている。
「ほぉぉぉぉ、やるじゃねぇかよ。完全にナメ切ってるな。ベロンベロンに舐めてくれてるわ」
行きましたよ。人の家の花畑にズカズカと。
首根っこをとっ捕まえて、頭から首輪突っ込んで、ピューーーっと逃げました。ベロと一緒に。足跡バレバレ。
「ダメなんだからな。あっこに入ったらよ~。バレたらお前もちゃんと謝れよ。……怒られるかな~」
バイト先は今日までが昼間の勤務だ。明日から夜間だから今日は寝ないつもり。明日の昼間に寝て夕方に起きましょう。
ワンコって1日のサイクルが24時間じゃ無く、もっとも短いらしい。だから昼でも夜でも数時間寝ては、また起きてを繰り返すと聞いたことがある。まぁ、1週間後には、また昼間の仕事に戻るからベロも大丈夫だろう。
家のチャイムも切って家電も抜いた。明日は午前中から酒飲んで熟睡だぜ。などと計画を練りながら散歩をしていたのだが携帯が鳴った。あれ…この番号って誰?
「私! 分かる? シグマでしょ? 静香だって!」
元バレー部で高校のクラスメートだった静香だ。
「え…ぇぇええ?? 静香、俺の携帯知ってたっけ?」
「太郎からムリヤリ聞き出したの」
「……脅したんだ」
「ちょっとシグマに相談あるの」
「俺にか? それにしても、随分と朝早いな」
「そう? もう7時じゃん。そんなに早くはないでしょ」
「まぁ、そうだけど…っで相談っていつ?」
「今日」
「急だな。……6時半には行けると思うけど、明日の都合あるから酒は無理だぞ。それでいいか?」
「うん、なら、○○って喫茶店っで待ってる」
「了解」
バイトが終わり喫茶店に直接向かった。ちょっと早く着きすぎたかと思ったが、店に入ると静香が手を振っている。
「ごめんね、急に呼び出して。私が誘ったんだから奢るね。なんか食べるでしょ」
この喫茶店、ちょっとした軽食しか無いようだ。俺も静香もドライカレーとコーラを注文。
「っで、相談って何?」
「由美と会ったでしょ。動物園で」
「……女の情報交換って凄いね」
「うん、そうだよ。秘密事なんて無理だって覚えておいた方がいいよ」
「ぐぇ…」
当然よって感じで俺を見ている静香君。マジで重たい。
「それで静香も夜の動物園に行きたいって相談か?」
「まさか。全然興味ないもん。夜の動物園って何が面白いの?」
「夢が無いね、君わ」
「そんなのどうだっていいの。由美の事なんだけどさ。シグマって口堅いよね。絶対に誰にも言わないでよ」
「気になるんなら、俺になんか言わなきゃいいだろ」
「ストーカーされてるみたいなの。由美」
「おいおいおい、俺が言ったこと聞いてないのかよ。いきなり切り出すか?」
「聞いてるけど、いいの。由美の事ほっとけなくて」
「ストーカーって、何だか条例で取り締まれなかったか?」
とにかく俺の話しなど聞いているとは思えない静香。女の人との会話ってけっこう疲れる。それって俺だけ?
「ストーカーて言うかさ~、訳ありでね。相手って由美が付き合ってた男なの。フリンってヤツ」
「……」
「2年くらい付き合って、最近、由美の方から別れようって切り出したらしいの。そーしたらさー、妻とは別れるとか、結婚しようとか、君だけを愛してるとか、すっごくしつこいの」
「……」
「ちょっとーーーーー! シグマ聞いてる? 全然興味無いって顔」
「ビンゴ!」
「シグマに全く関係ないって話でもないんだからね!」
「なんでよ?」
ちょっと待ってくれよ。突然ストーカーだのフリンだの言い出して、それにムリヤリ巻き込ませるつもりか? っと思ったが、話の続きを促してしまったぜ。このパターンは巻き込まれる。
「由美、シグマの事いろいろ聞いてくるんだって。独身なんだよね〜とか、彼女いるのーって」
「はぁぁあああ? 俺と会ったのって2~3日前だぜ。そいつに別れようって言ったのって、もっと前だろ。どう関係あるんだよ」
「そうだけどさ。シグマに興味あるみたいだって事。シグマってかわってるからじゃないの?」
「かわってるって……なにが?」
「由美がマジで怖がってたら、力になってやってほしいの」
こいつは俺の問いに絶対に答えてない。でも、それに引きずられる俺でした。はい。
「それって太郎の方が適任だろ。あいつ、気は優しくて力持ちを地でいくタイプだぜ」
「うん……でも太郎って由美に会ったことないし、おない年でしょ」
「俺も同じ年なんですけど」
「うん……相手ってさ~、30代で子供も居るらしいの」
「な……あのさ~、さっきも言ったけど、俺の言った事ちゃんと聞いてる? 会話ってキャッチボールだよな。俺が投げたボールと違うモノどんどん投げ返してきてるって」
「いいの! そんな細かいことなんてさ!」
これって逆キレって言うのだろうか。
静香が更に喋り続けています。俺はサキちゃんの事が頭をよぎり、泣いた顔を思い出してしまった。
「―――男ってさ~、普通スッパリ諦めない? 」
俺にとって耳の痛い台詞が飛び込んできた。
「あ~~、由美ちゃん可愛い顔してるから、もったいないって思ったんだろ」
「へ~、シグマも由美の事、可愛いって思ってんだ。由美に教えたら、すっごく喜ぶわ」
「一般論だって。それを言ったら静香も十分可愛いぜ。ひっひっひっひ」
「何その、ひっひっひって…ハラたつ。でもさ、相手が本気かもしれないでしょ」
「あり得ないだろ。30過ぎの男が、家も子供も捨ててハタチそこそこのお姉ちゃんと一緒になれるかよ。よっぽど金持ちなら別だけどよ。サラリーマンだろ。なんにも考えないで言ってんだろ」
「うん、サラリーマンらしいけど……そうかな~」
「妻子持ちと付き合うんなら、2号さんで良しとするか、完全に遊びって割り切って付き合うべきだよ」
ようやっとドライカレーがきた。随分と時間が掛かったが、米でも刈り獲りに行ってたのか?
「ところで静香君よ。君ってさ〜、高校の時に俺と喋った事って殆ど無いよな」
「うん」
静香は、ドライカレーを口にパクパク放り込みながら俺を見ている。
「分かんなくてさ。どうして俺に電話してきたのかが」
「うん」
「……うんって…お前ね」
「……おなかすいてたから、一度に口に入れ過ぎたの」
「あ~~、飲み込んだ?」
「飲んだ。居酒屋で言ったじゃん。憑き物とれたようで話しやすくなったって」
「ふ~~ん」
「リカも言いふらしてると思うよ。シグマの事、絶対に」
「な……君らって相当な暇人?…あれか?…あれあれ…休みの日になったら、必ずデパートに行って、朝から晩までエスカレーターの段数かぞえるのが趣味ですって」
「ちょっとーーーーーーーー!! 憎たらしい。ふんっ! リカにも言っておく」
家に着いたのが10時ちょっと前。
車庫に繋いであるベロのところに行くと、思わず飛び上がってしまった。
「エヘヘヘヘ」
「そ…そこで、何やってんだ?!」
「家出しちゃったの」
「な…なにーーーーーーー??」
そいつの足に絡み付きながらシッポを振りまくっているベロ。
「ユイ…お前…家出って……ここで、ずっと待ってたのか?」
「うん、待ってた。ママリンと喧嘩したの……グスン…グスン」
明らかにウソ泣きだ。それに家出って、近いだろ家から。
とにかく家に入れた。ユイが持ってきたバックにはパジャマやら歯ブラシが入っていた。完全に泊まってゆくつもりのようだ。
「飯は?」
「食べた。晩御飯の途中で喧嘩になったの。テレビ観ていい?」
「ああ……いいけど。風呂は?」
「いっつも晩御飯の前に入るから、ダイジョウV」
冷蔵庫を勝手に開けてコーラを見つけ、居間に寝転がってテレビを見始めている。ベロと一緒に。どうやらオヤツまで持参して来たようだった。しまいには、アハハ、イヒヒとか笑ってるし。
俺は玄関へと行った。
「シグマ、どこ行く?」
「あ…あ~…ちょっとな」
表に出て、ますみさんに携帯で電話を掛ける。家電に掛けようとした俺は、慌てて止めた。サキちゃんが出たら気まずい。ますみさんの携帯に掛け直す。
「あ~~シグ、頼むね。うちのバカ娘」
俺が何かを言う前に、そう言ってきたますみさん。
「ちょっ…ちょっと……頼むって……泊めてって事?」
「そう」
「……家出って言ってるぞ」
「うん、家出するって言ってたから、そうなんでしょ」
「だ…大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が? シグ、あんたロリコン趣味あったっけ?」
「な…なに言ってんの。ある訳ねぇぇだろ!! かんべんしてくれ。そんなんじゃなくて、中学生の…13だが14の女の子が家飛び出したんだろ。おかしなとこに行ったらどうすんの?」
「シグのとこに行くの分かってたしね。さっきチラっと見に行ったら、車庫の中でベロちゃんと遊んでたし。とにかく一晩寝たらスッキリするから。あの子もアタシもそうなの。いつまでもグチャグチャ根に持ったりしないから。ほんじゃ、おやすみシグ。頼むね~」
「おいおいおい……って…切れちゃったよ」
ユイが俺のベットに寝る事に。とりあえずシーツは取り替えて。
「シグマどこに寝る?」
「あ~、俺は寝ない。そうだ、ユイ、明日の晩から、しばらく夜はいないからな。夜勤のバイトに行くから。だから昼間は寝てる。チャイムも電話も切ってるけど、玄関ドンドン叩いたりするなよ」
「シグマと会えなくなるの? ちょびっと寂しい」
時計の針は11時を回った。
「ユイ、いつも何時に寝てる?」
「1時」
「ウソだろ」
「ひっひっひっひ…バレた? 11時から12時のあいだに寝る。シグマ、マジ寝ないの?」
「ああ、夜勤のサイクルに合わせんきゃならんから今日は寝ない。ベロ、寝る前のオシッコ行くか」
「ベロたん、もう寝ちゃうの? なら、ウチも歯みがきしてオチッコ行ってこようっと」
居間でDVDを見ている俺。う~ん…寝ちまいそうだ。ユイが奥の部屋で寝てるから音量を消して。まぁ、海外ドラマだから字幕を読めば不便も無いが、やっぱり物足りない。ベロはユイと一緒に寝てる…っと思ったら―――
「アハハハハハハハハ、ベロたん、かくれんぼしてんの? キャハハハハハ。毛布の中からパクパクしてる~~。キャッキャッキャッキャ。どうだーーー! 怪獣だぞ~~」
騒がしい。
そのうち―――
「ベローーー意地悪したらダメーーー! 毛布返して! あーー! パジャマ下げた! エッチ! もう寝るの! ちょっとーーダメーーー!」
なにやらベロと喧嘩をしているようだ。器用だぞな。ワンコとマジで喧嘩するなよ。
「エーーン、エーーン…ベロが苛めた~……。ん…舐めてくれるの? うんうん、いいよ、仲直りだね。ベロたんって優しいんだね。ヨチヨチ」
静かになってから、ユイの声が聞こえてきた。
「サキちゃん、めっちゃ元気ないの…最近。あんまりご飯も食べないし……すんごく心配……おやすみシグマ」
今日は、生意気な女の子と一匹が寝ました。悩める俺は起きてます。




