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  作者: シグマ君
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花火大会その一

 邪魔だ。どけ、どいてくれ。

 違う。こいつも違う、あ…あれか!


 それらしき後ろ姿が見える。人をかき分けながら近づくが、誰かに腕を掴まれた。その腕を振りほどくと肩を掴まれ振り向かされた。


「おい、こら。人にぶつかっといて、謝りもしないで逃げようってか」

「シゲちゃん、こんな奴やちゃいなよ」


 ちらっと見えていたピンクの浴衣が人波に飲み込まれてゆく。

 肩を掴む誰かの腕を払いのけるといきなり殴られた。その反動で仰け反るように一歩下がる。痛みは感じなかったが左頬が熱い。


「人を探してんだ! 俺に構うな!」


 人の波が割れ、俺とそいつの周りだけがスッポリと空く。

 今度は右頬に拳が飛んできた。





 2時間前


 ピンポーーーーーン。

 姐さんの家のチャイムを鳴らすのって久々だ。家の中からユイの叫ぶような声。


「シグマーーー待っててーーー! 今行くーーーーーーーーーーー!」


 俺以外の誰かが訪ねて来る事など、全く考えていないようだ。

 玄関が開くと、浴衣を着たユイが両袖を引っ張るように手を広げ、ポーズをとっている。「ジャーーーン」とか言いながら。その後ろには、やはり浴衣を着たサキちゃんが、恥ずかしそうにモジモジしていた。


「あ…可愛い……」


 俺の視線に気が付いたユイが、頬をふくらませ―――


「ちょっとーーーー! シグマ、ウチはーーーーーーーー?!」

「お、おお……かーーいーーじゃん。うんうん、見ちがえたわ」

「フン! サキちゃんばっか見て!」

「そんな事ないって、ほら~ナデナデナデナデ」


 ユイの頭を撫ぜると、ニカっと―――まるで小悪魔のような笑顔。もう一度サキちゃんに視線を向けると目が合った。少しだけ頬を染めている。

 うわ~~、ドギマキする。サキちゃんって、しっかり相手の目を見てくるんだ。


 3人で河川敷から15分程度の場所まで車でゴーーーー!


 助手席はユイ。そう言えば、その席は指定席になりつつある。その後ろにサキちゃん。助手席の後ろはルーミラーに少しだけ顔が映る。気になった俺は、チョコチョコチョコチョコ、そのルームミラーを見ていた。隣のユイは喋ってます。まるで機関銃のように。


 あ…ルームミラー越しに目が合った。

 すぐさま視線を戻し、赤信号で止まり、もう一回サキちゃんを。あれ~、目ぇ合ってるよな~っと考えていると、ユイの会話に巻き込まれた。コイツはずっと喋っているが俺に話し掛けていたのか? それともサキちゃんか?


「去年の花火大会もママリン都合悪くて行けなかったの。まだサキちゃんも一緒に住んで無かったし」

「うん、まだ前の街でお父さんと暮らしていたからね」

「あ~~、去年は行けなかったのか。姐さん忙しそうだもんな」


 あれ…まだ目が合う。


「シグ君って、お姉ちゃんの事、ネエサンって呼ぶ時あるんだ。不思議と違和感ないよね」

「なんかさ~、使い分けてるっぽいよ。ますみさんって呼ぶ事あるもん。…イ・ト・テ・キ」

「シグ君って兄弟いるの?」

「うん、姉が一人ね」


 あーー分かった。目が合ってる事をイマイチ理解していないのかも。鏡越だし自分からしか見えてないって思ってるのかな……


「え~~? そしたらね、2人をネエサンって呼んでるの?」

「う~んとね、ますみさんはアネサンって書くネエサン」

「え…アネサン??」


 どうもピンときてないようなサキちゃんにユイが説明している。


「あれあれ、極道の妻たちって映画に出てくる~、女親分みたいな人だって」

「ゴ・ク・ド・オ……??」


 今度は極道を説明している。


「えええええ?! ユっちゃん、どうしてそんな事知ってるの?」

「どうしてって聞かれても……知ってんだもん」


 知らない方が不思議だ。姐さんと同じ家で育ったんだよな? とにかく、とんでもないほどの御嬢さんと言うか、箱入りで育てられたらしい。母親代わりだったますみさんに。



 予定の駐車場に着きました。ここからは歩いて行きましょう。


「シグ君、ここに停めて大丈夫?」

「ああ、大丈夫。ここってアネキがやってる店の駐車場だから」


「あら、丞之介」


 ―――っと、本名で俺を呼ぶ奴。そう、アネキの登場です。とにかく俺はこの名前が気に入らない。人前で下の名前で呼んでほしくない。


「あ~~ねえちゃん。ここに停めても大丈夫だろ」

「いいよ。…あら、お友達? 丞之介の姉でカヨです」


 サキちゃんとユイの2人を見つけた姉貴が俺を押しのけるように挨拶を始めやがった。


 ユイが見たこともないようなお利口さんの笑顔で、「近所に住んでる、ユイでーーーす」っと。サキちゃんは見る見る顔を赤くさせ、「……ぇ…カヨ…さん……サキです」と、深々と頭を下げている。


 ひぇぇぇぇ、急に現れるなよな。「い…急ぐから行くわ」と告げる俺を無視して、「サキさんとユイちゃんね。可愛い浴衣、とってもよく似合うわね。丞之介がいつもお世話になってます」と、ゆっくりと頭を下げ、ギロっと俺を睨みつける。「ちょっとアンタ、もう行くの。ちょくちょく顔出しなさいよ」と低い声で、まるで脅すように言いながら。



 三人で横並び歩いてます。サキちゃんを真ん中にして。

 なんとなく三人ともが心ここにあらずって感じだ。ユイが俺の顔をしげしげと見上げながら―――


「シグマとお姉さんって全然似て無い。顔も身体つきも……背もウチより小っちゃかった」

「あ~、確かに姉弟と思われた事ないな。アネキだけを知ってる人は、かわいらしい弟を想像するらしくって………デカい俺を見てギョッとする」

「でも、物凄い美人」

「そうかね」


 それまで黙っていたサキちゃん。「シグ君…カヨさんの弟なんだ…」と、ボソっと言っている。まいったね、アネキの存在って面倒だ。前に、むこうの姐さんから聞かされた事、どうすりゃ~いいんだ? とりあえず、とぼけて知らないフリを続けましょう。


「あねきこと知ってんの?」

「う…ん……2っつ先輩」


 ユイが興味深々と言った具合だ。放っておいてほしいのに。


「そうなんだ。高校の時から、あんなに美人?」

「うん、中学の時から凄く目立ってた」

「へ~~。さっき着てた真っ赤なワンピー。あんな派手な服に負けない人って居るんだね~~。初めて見たかも」

「あ~、女性服の専門店やってるからだろ。客が欲しがるように自分が着るって言ったからな」

「高校の時より一段と凄くなってた……妖艶って言うか…ビックリしちゃった」

「サキちゃんの方がフランス人形みたいで、ずっといい」


―――っと、ぶっきらぼうに言ってしまった。ユイが、「なになに? ちょっと聞こえなかった」と食いついてきてます。サキちゃんはというと、前を見ながら真っ赤な顔。


「ああああああああああ! シグマ、サキちゃんにHなこと言ったんでしょ! ダメなんだからね! サキちゃん純情なんだからーーーー!」


 そんな事を言いながら、身体を割り込ませてきたユイ。俺とサキちゃんの間に。


「Hなことって……バーロー! 言ってないわ!」


 サキちゃんを見ると、赤い顔なのは変わっていなかったが、ちょっと俯き加減で微笑んでいた。



 

 河川敷に近づくにつれ人がどんどん増えてきた。とても横並びで歩ける状況ではない。こりゃ無限だな。

 見ると、ナンパしている輩がそこらじゅうに居る。女の子が一人で歩いていたら、かなり危なっかしい。この時期だけなんだろうが、見知った街が違って見える。ファミリー的な雰囲気が無くなってしまっていた。


「ユイ、はぐれるんじゃないぞ。俺の手を握ってろ」

「見失ったって携帯あるじゃん。シグマって見かけによらず心配性? でも手は握る」

「……あれ? サキちゃん何処よ?」

「え?! いない……はぐれた。携帯、携帯……サキちゃん」


 携帯を耳にあてるユイの顔が、だんだん強張ってきた。


「出ない……サキちゃん携帯持って来なかったのかな……」

「それって、結構あるのか?」

「うん、ある」


 ここで暫く待った方がいいのか。


「ねぇ……警察にいった方が?」

「ただの迷子だって言われるのがオチだ」


 結果的に10分は待った。俺の顔を見ては辺りを見渡しているユイが、今にも泣き出しそうになってきた。


「サキちゃんらしくない。絶対に勝手なことする人じゃないのに。何かあったんだ」

「ユイ、あそこのコンビニの中に居ろ。窓際だ。いいな。探して来るから」

「うん、分かった。シグマ、すぐに見つけて。……この街に住んでんだから大丈夫だよね? 心配ないよね? でも…世間知らずっぽいとこあるし……どうしよう…見つからなかったら。シグマ……悪い人って居るの? 怖い人とか…この街には居ないよね? サキちゃん泣いてるかもしれない……早く見つけて!!」



 俺は走り始めた。

 サキちゃんだって23だ。ガキじゃない。おかしな奴に声掛けられても、ちゃんと突っぱねること出来るよな。

 自分自身を安心させようとしても、焦りがどんどんと募る。

 くっそーーー! いつからはぐれちまったんだ。すぐに気が付かなかった。どうしてだ? 俺は何を見てた。サキちゃん……。ユイの事も気がかりだ。まだ中2だぞ。とにかく早く見つけて戻んなきゃ。人が多すぎる。邪魔だ! どけ! 畜生!


 来た道を引き返すが、人の波は全部が河川敷へと流れてゆく。走り難い。そこらじゅうで立ち止まっては仲間と大声で喚いている輩が多い。見落としたらマズイ。いったい何処から人が湧いてくるんだ。真っ直ぐ歩く事も困難なほどに次から次へと押し寄せてくる人…人…人。


「もし! ユイか」


俺はユイに電話を掛けていた。


「見つかった?!」

「まだだ。ユイ、10分おきに俺に電話を掛けてこい」

「そんなのいいから!! 早く見つけてって!!」

「黙って言う通りにしろ」

「ぇ……うん……わかった」



 ピンク色の浴衣を着て、背が高いから目立つはずだ。…ダメだ。これだけ男が居れば潜っちまう。


「あ!」


 それらしい浴衣の女性が目に入り、なんとか追いついて手を掛けた。


「え…??」

「す…すまん…人違いだ」


 辺りを見渡しながら走り続けた。幼い顔の女の子にまで声を掛けてる男がいる。なに…あれって中学生じゃないのか?


「シグマ、居た?……10分経過…だけど…」

「まだだ、お前の方は何ともないのか?」

「うん、平気…」

「おかしな奴に声かけられたら、10分関係なしに電話よこせ」

「うん、分かったけど、どうすんの?」

「ぶっ殺しに戻る」

「……うん」



 ダメだ人が多すぎる。ちょっと冷静に考えよう。

 友達に声を掛けられたか? いや、それなら俺たちに紹介するはずだ。

 どこかの店に入ってることは? 自分勝手な事をするタイプじゃない。

 やっぱり、声を掛けられたとしか思えない。相手が一人なら何とかできるはずだし、これだけ大勢の中だ。嫌がるかもしれない女に声を掛けてくる奴は、絶対に一人じゃない。複数の男にナンパされかかったと思った方が間違いないな。このメイン通りから枝道に外れる事は? いや、抵抗するはずだ。


 数人の男に声を掛けられ振りほどけない。この通りに居るはずだ。


 ちょっと離れた場所にピンクの浴衣が見えた。男3人に囲まれている。強引に割り込んで行った。


「ぁあああ? 何だ?」


 女が振り向いたが、全然違った。

 男たちの声が聞こえる。


「なんだあの野郎、ぶつかってきやがった」


 男3人で1人をナンパかよ。どうでもいい。

 その後、ユイからの電話が2回。マジかよ……気づいてから30分も経つのか。

 更に人が増えてきた。逆行している俺は、とにかく走る事もままならない。

 向こうの方にピンクの浴衣が僅かに見える。背が高い。枝道に入ろうとしているようだ。目の前の人を押しのけるように進むと腕を掴まれ、その腕を振りほどくと肩を掴まれ振り向かされた。


「おい、こら。人にぶつかっといて、謝りもしないで逃げようってか」

「シゲちゃん、こんな奴やちゃいなよ」


 ちらっと見えていたピンクの浴衣が人波に飲み込まれてゆく。

 肩を掴む誰かの腕を払いのけるといきなり殴られた。その反動で仰け反るように一歩下がる。痛みは感じなかったが左頬が熱い。


「人を探してんだ! 俺に構うな!」


 人の波が割れ、俺とそいつの周りだけがスッポリと空く。

 今度は右頬に拳が飛んできたが下がらずに受けた。そんな俺を驚いたように見ている奴。ジーンズを腰パンにした―――高校生のようなあどけなさが残る顔。連れの女の子にけしかけられ、いきなり殴りかかってきやがった。


「聞こねぇのか! 忙しいしんだよ!」


 無意識に身体が動いていた。腕を捻じり、右肩の関節を極めていた。


「これ以上つっかかって来るんだったら、肩外すぞ。可愛いおねえちゃんの前でションベン垂らしてぇぇか!!」


 俺はそいつを地面に押し倒し、人波の中へと走っていた。

 曲がって行ったと思われる枝道に入ると、騒ぎが聞こえたのかピンクの浴衣を着た大柄な女性が驚いた顔で立っていた。デカ過ぎる。俺といい勝負なほどにデカイ。

 腹立ちまぎれに見渡すと。あーーーーーーーーーーー居た! 間違いない。道路の反対側だ。

 誰だアイツら? 男2人に声をかけられ俯いてる。野郎、引っ張って行こうとしてんのか。


「サキーーーーーーーーーーーーーー!!」


 俺の声が聞こえたのか、顔を上げて辺りを見渡している。


「こっちだーー!今行くーーーーーーーーーーー!」


 もし泣いてたら、あのガキ絶対許さんぞ。

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