Lost Child
小説を書くのは初めてです。
初めてなので無難に短編にしました。
初心者故、文章もおかしい部分が多々あると思いますが大目に見てください。
「はぁ……あいつ怒ってんだろうなぁ」
そんなことを呟きながら俺は今、デパートの中を全速力で走っている。
目的地はデパート中央に位置する時計台。
そして約束の時間はとっくに過ぎている。
「ま、まさかもう帰ってたりしてないよな?」
沸点の高い彼女に限ってそんなことはしないとはわかっているが、結局その可能性も捨てきれなかったりする。
――もし怒って先に帰っていたらどうしよう。どう謝ればいいだろうか。
そんな不安が脳を支配する。
遅刻とは大抵自分に原因がある。
寝坊だとか、途中でトラブルにあっただとかその理由は様々であるが、今日の俺の場合は単に寝坊だった。
連絡すべきだったのは十分承知だ。
しかし、家に携帯を置いてきてしまったため現在彼女に連絡を取ることは出来なかった。
彼女の電話番号もうろ覚えだった。
途中でトラブルにあったなら彼女も多少は考慮してくれただろうと思うが、現実は非情である。
ここまで何も問題は生じなかった。
「はぁ……はぁ……」
流石に疲れた。
俺は立ち止まり、息を整えるために壁にもたれかかる。
そして大きく深呼吸をする。
デパートの中のモワッとした空気と、正面に見えるコーヒーショップから漂うコーヒーの独特な香りが全身に染み渡る。
こんな空気でも酸素は足りているらしい。
息は整い、身体もすぐに楽になった。
俺は壁から離れ、時計台のある方を向く。
それと同時に自分の時計を確認し、あと何分で目的地に着くのか計算する。
急げば数分で着きそうだった。
「さて、出発しようかな」
体制を整え、真っ直ぐと目の前に広がる長い道程を見据える。
もう古いデパートなので、通行人も少なく全速力で走っても人とぶつかることはなさそうだった。
走り出そうと足を踏み出した――その瞬間。
「――すいません。この辺りで小さな女の子を見かけませんでしたか?」
突然後ろから声をかけられた。
同時に俺の身体はビクッと体を震わせる。
家族公認のビビりである俺はこういう状況に弱い。
叫びこそしなかったものの、心拍数は相当上がっているはずだ。
バクバクと血液を必死に送り出す心臓を抑え、軽く深呼吸をする。
ふぅ……焦ったぜ。
今の自分の顔を見られたくないのですぐにでもこの場を去りたかったが、流石に無視するわけにはいかないので声がした方を振り返る。
そこには二十代後半かと思われる女性が一人立っていた。
「えっと……小さな女の子ですか」
「はい、私の娘なのですが先程この辺りではぐれてしまって――五歳位の子です」
自分の記憶を探るがそんな女の子は見ていない。
「いえ、見ていませんが」
「そうですか……すみません、引き止めてしまって」
女性の顔は青く、まるで大切なものを目の前で失ったかのような悲しみに満ちていた。
本当に困っている人なら手伝ってあげたかった。
しかし自分にも予定というものがある。
今は時計台に一刻も早く向かわなければならなかった。
現実は非情である。
…………非情?
俺はふと、先程考えていた言い訳を思い出した。
――途中でトラブルにあったなら多少は考慮してくれただろう――
もしこの女性を助けていたと言ったら、今時計台で寂しく待ってるかもしれない彼女に許してもらえるだろうか。
要はアリバイ作りである。
……そんなことを考える俺はつくづく最低だと思う。
しかし、別に俺と彼女は恋人ではないのだ。
多少時間にルーズになっても大丈夫だろう。
彼女が怒って帰ってしまったとしても後で言い訳すればいい。
俺は自分の中でこの問題を無理矢理解決させた。
「ちょっと待ってくださ~い!」
思いついたらすぐ行動。
俺は、この場を去り既に十メートル程遠くに離れていた女性を大声で引き止める。
人が少ないとはいえ大声はまずかったかもしれない。
気付いたらその場にいた人が一斉にこちらを見ていた。
女性も振り返りこちらを不思議そうに見つめている。
もう後戻りは出来ない。
俺は周囲の視線に戸惑いながらも女性の元へ向かった。
そして――
「娘さん探しに俺も手伝わせてください!」
俺は女性に頭を下げた。
人が頭を下げるのはお願いする時と、謝罪する時だ。
使い方は恐らく間違っていない。
しかし、女性の反応は芳しくなかった。
何も言わずポカンと口を開けている。
「あ……あのー」
暫くの沈黙の後、たまらず俺は口を開く。
これは流石に女性も反応してくれた。
「……じゃ、じゃあお願いしてもいいですか?」
「はい!」
よっぽど娘のことが大事なのだろうか。
藁にもすがりたい思いだったのだろうか。
自分で言うのも変だが普通は断ると思う。
俺だったら断る。
他人に迷惑を掛けたくないからだ。
「私は神田と言います。えっと……貴方は」
「俺は上野です」
「上野君ね。申し訳ないけど娘を見つけたら私に連絡してくれるかしら」
そういって彼女はメモとシャープペンシルを取り出し、何かを書き始めた。
多分電話番号や娘の特徴を書いているのだろう。
俺は記憶力が弱いのでメモに必要なことを書いてくれると非常に助かる。
…………
二分位待っただろうか。
ようやく彼女はメモを引き剥がし俺に手渡す。
「ここに電話番号と娘が着ている服の特徴が書いてあるので、もし見かけたらこの電話番号で私に場所を教えてください」
受け取ったメモを見ると一番上に電話番号が書いてありその下に事細かく、娘が着ているであろう服の特徴について書かれていた。
これだけ書いてあれば見間違いは絶対にあり得ないと思う。
それだけ書かれている内容は鮮明だった。
暫くメモを読んでいると俺はあることに気が付いた。
娘の名前が書いていなかったのだ。
名前がわかれば、呼び止めることも出来るし、誘拐犯だと間違われる可能性も幾らか減るだろう。
俺はすぐに彼女に聞いた。
彼女も書くのを忘れていたらしく快く教えてくれた。
「娘の名前は――」
…………………………
……………………
………………
…………
「キョーコ?」
「うん。私はキョーコ」
今、私の目の前には一人の少女が立っている。
いや、少女というより幼女と言った方が的確か。
キョーコと名乗るその幼女は私がこの時計台に着いた時には既にいた。
誰かを待っているのだろうか。
「ねぇ、キョーコちゃん。どうしてここにずっといるのかな?」
「キョーコは今は迷子中なんだぁ。迷子になったら動いちゃダメだってお母さんに言われたの」
なるほど。
迷子だったか。
それにしても中々しっかりした考えを持った子だ。
迷子になったら動かないようにするのは実に効率的な対処法だと思う。
私は迷子になったことはないので本当に効率的かどうかはわからないけど。
時計台からゴーンと定時を知らせる音が鳴った。
実は私も長い間この時計台で待たされている。
連絡も報告もない。
ここまでくると、私の方が間違っているかもしれないと考えてしまう。
「まさか忘れてたりしてね」
思わずため息が出る。
今日は彼と二人で買い物をする予定だった。
そしてファッションセンスの乏しい私に代わって彼には服を選んでもらうはずだった。
つまり彼は今日の買い物には必要不可欠だったということ。
もしかしたら、急いでこっちに向かっているかもしれない。
そう思ってこの時計台でずっと彼を待っているのだが一向に来る気配はない。
私が途方に暮れていると、そばに居たキョーコが私に話しかけてきた。
「ミキお姉ちゃんも迷子なの?」
ちなみに私の名前は北島美希だ。
我ながら結構気に入っている。
「いいえ、私は人を待ってるの」
「人? んーお母さん?」
「違う違う――でも大切な人なの」
「そっかぁ~、じゃあ待ってあげないとね」
自己紹介に始まり先程から何度か会話を交わしているが、彼女と話していると自然と私も笑顔になりつい時間を忘れてしまう。
話の内容が面白いというよりも彼女自身に惹きつけられてしまうのだ。
これが若さの力というものだろうか。
かくいう私も未成年なので若さにはまだ自信はあるが。
…………
更に時間が経った。
堪忍袋の緒は既に切れかけている。
つま先で床を蹴る回数も増えた。
ふと、私はキョーコの方を見る。
彼女は苦しそうに腹をさすっていた。
長い間人混みの中にいるせいで体調が悪くなってしまったのだろうか。
私がそばに駆け寄ると彼女の腹はグーッと音を鳴らした。
「あ……ミキお姉ちゃん。キョーコはお腹が空いちゃったみたいです」
必死に笑顔を作っているようだが顔色は悪い。
たかだか腹が空いた程度なのだが彼女……いや、この位の歳の子には結構深刻な問題なのだろう。
そろそろ彼女も限界が近づいていたようだ。
私は彼女を迷子センターに連れて行くことに決めた。
最初からそうするべきだったのかもしれない。
持ってきたカバンから携帯を取り出し素早く文章を打って行く。
宛先:上野伸也
件名:遅いっ!
本文:貴方が全然来ないので私はもう帰ります。
言い訳なんか聞かないからね。
今から迷子センターに向かうことは伏せておこう。
変な風に追求されても答えるのが面倒だしね。
「送信っと……」
…………………………
……………………
………………
…………
「何処にも居ませんね」
俺と神田さんは一度合流していた。
かれこれ一時間程捜し続けていたのだが、何処を探しても見つからなかった。
時計台も一応見に行ったが既に誰もいなかった。
「ど、どうしましょう。もし誘拐にでもあっていたら――」
彼女の顔は一時間前より更に生気を失っていた。
「もっと細かい場所まで捜しましょう。まだこのデパートの中にいるはずです」
「そうね……。上野君、もう少しの間だけ付き合ってくれるかしら」
「見つかるまで付き合いますよ」
本音だ。
今更断れないのもそうだが、今は純粋に彼女に協力してあげたい。
当初の目的なんてとっくに忘れていた。
「自分の娘を一人にしてしまうなんて親として失格ね」
「そんなことはないですよ、迷子なんて小さい子にはよくあることです」
自分は子供を持っていないので彼女の心情を完全に理解することは出来ないが、それでも彼女の抱える心の苦しみは痛いほどわかった。
「私ね……親に酷いことされて育ってきたから、自分が子供を持ったら絶対にそんなことをしない親になりたい、沢山の愛情を注いであげるんだ、そう思っていたの」
「そうだったんですか……」
「それに私の親は最後に――いえ、今はこんなことを話している場合じゃないですよね」
彼女の目からは既に涙が出始めていた
彼女がどれだけ娘のことを愛しているのか、俺には想像がつかない。
想像がつかない程、娘に対する彼女の愛情が深いのだ。
彼女は本当に良い親だと思う。
その後、長話するわけにもいかないので、すぐに捜索を再開した。
……………………
………………
…………
……
私たちは今、迷子センターへ向けて歩いている。
迷子センターは時計台からはあまり遠くないのだが、暫く歩いていると疲れたのかキョーコは床に座り込んでしまった。
「ミキお姉ちゃん、お腹空いたよぉ〜」
「もうちょっと我慢して。もうすぐ迷子センターに着くから、ね」
「一歩も動けないよぉ〜」
「……」
何というか――こういうところはちゃんと五歳児だ。
泣き出さないだけまだマシだろう。
「……ねぇ、キョーコちゃん。何か買ってきてあげようか」
彼女の目は途端に輝きを取り戻す。
そしてキラキラと目を輝かせこちらを見つめてくる。
何か高いものを買わされるのではないだろうか。
私は身構える。
「ポテト! ポテトが食べたい!」
……何だポテトか。
身構えていた分力が抜けた。
ポテトはこの近くで売っていただろうか。
辺りを見回すとファーストフード店が近くに見つかった。
「キョーコちゃん。あそこのお店に入ろうよ」
「ポテト食べれるの?」
「食べれ――」
彼女は私の言葉まで聞かず店に走って行ってしまった。
腹が空いて一歩も動けないのではなかったのだろうか。
離れてしまうと危険なので私もすぐに彼女を追いかけた。
「ちょっとキョーコちゃん。先行ったらダメでしょう」
「ポテトっ、ポテトっ」
店の中で座っていた彼女を見つけた。
既に彼女はポテトの世界に入ってしまっている。
私は「待ってて」と一言残しポテトを買いに行った。
もう私が保護者のようだ。
財布を取り出し残金を確認する。
流石にポテトくらいは買えそうだった。
私は列に並び、ポテトの値段を確認しながら注文が出来るのを待った。
幸いお昼時は過ぎており店にはそれほどの客はいない。
ふと、一度キョーコが座っている席を確認する。
素直に待っているようだ。
そうこうしてるうちに私の注文の番になったのでポテトを二つ頼んだ。
店員がテキパキとポテトを持ってくる。
私は素早く代金を支払い、ポテトをその手に小走りでキョーコの元へ向かう。
彼女は――ちゃんと待っていた。
「ポテト買ってきた?」
「買って――あっ!」
彼女は既にポテトを袋から出して、口に入れていた。
また話を最後まで聞かずに……
怒りが込み上げてきたがまだ小さいので許す。
「キョーコのお母さんはポテトも食べさせてくれないんだぁ……」
「えっ……」
突然のことなので驚いた。
まさか私に彼女の母親に対する愚痴をぶつけてくるとは。
「それどころか、毎日キョーコのこと脚で蹴るんだよぉ。すぐに怒るし、タバコばかり吸ってるし」
言葉が出ない。
この子は親に虐待でもされているのだろうか。
だとすればどうすればいい。
――答えは簡単だった。
私に出来ることは何も無い。
彼女の家庭事情がどうであれ、赤の他人である私が介入することは出来ない。
私が今、彼女に出来ることは迷子センターに連れて行くことだけ。
たったそれだけだ。
「ミキお姉ちゃん。行こ。」
「う……うん」
そんなことを考えているうちに彼女はポテトを食べ終えたようだ。
私の分まで食べてしまったところを見ると余程腹が空いていたのだろう。
彼女の満腹そうな笑顔を見ていると、私は心配になってきた。
このまま彼女を迷子センターに連れて行ってもいいのだろうか。
もし、彼女が虐待を受けているのなら元の親に返す訳にはいかない。
返す……訳には……いか……な……。
…………
相手は親だ。
やはり返さなければならない。
赤の他人にはやはり何もできないのだ。
グイグイ。
キョーコが袖を引っ張ってきて私は我に返る。
考え事に集中しすぎてたようで、いつの間にか私は立ち止まっていた。
「ゴメンね。じゃあ出発しようか」
「はーい」
私たちは、改めて迷子センターに向けて歩き始める。
そして、それに合わせたかのように館内放送が流れようとしていた。
「ピンポンパンポーン!
……………………
………………
…………
……
迷子のお知らせを致します。只今迷子センターにて、五歳の雪ちゃんをお預かり致しております。お連れ様は至急迷子センターまでお越し下さいませ」
俺と神田さんはこの館内放送に反応した。
「神田さん! 雪ちゃんって――」
「ええ、私の娘だわ。迷子センターで保護されているようね。きっと親切な方が送り届けてくれたんだわ」
彼女はハンカチで涙を拭いている。
娘が見つかったという安心感で涙腺が緩んでしまったようだ。
「すぐにでも向かった方がいいです。雪ちゃんは貴方のことを待っています」
「勿論そのつもりよ、そして雪にはちゃんと謝らなければならないわ」
神田雪。
それが今まで探していた彼女の娘の名前である。
一時間以上探しても見つからなかったのに、今までどこに居たのだろうか。
五歳児だと体が小さいはずなので案外何処かに隠れていたのかもしれない。
ともかく見つかってよかった。
「上野君、手伝ってくれて本当にありがとう。私は今から迷子センターへ向かうわ」
そう言って神田さんは財布から5000円札を取り出す。
「い……いいですよ、お金なんて。俺はただ純粋に手伝いたかっただけなんですから」
嘘は言っていない。
途中からは純粋な気持ちで動いていた。
が……最初は邪念にまみれていたと思う。
こっちは棚に上げておく。
俺はお金は受け取らず、神田さんとはその場で別れた。
別れ際の彼女の顔は優しさに満ち溢れていた。
本当に表情に表れやすい人だと思う。
さて、俺も帰らなければならない。
待ち人は既に時計台にはいなかったからだ。
早くこの”実話に基づく言い訳”を熱弁してやらねばならない。
実話だからアリバイとしては完璧だろう。
何も問題はないはずだ。
俺はデパートを出る。
辺りは赤く色づき、夜が近いことをを知らせているようだった。
……そういえば、彼女との会話の中で一つだけ気になることがあった。
「それに私の親は最後に――いえ、今はこんなことを話している場合じゃないですよね」
彼女は一体、過去に何があったのだろうか。
親に何かされたようだが、今更それだけを聞きに戻ることも出来ない。
それに、こういうことはかなりプライベートな問題なので聞くべきではない。
しょうがないので俺はそのまま帰ることにした。
……………………
………………
…………
……
「中々こないねぇーお母さん」
「……」
私はキョーコを迷子センターに送り届けた後、彼女にずっと付き添っていた。
館内放送をかけてもらってから既に数時間は経過している。
そろそろ閉店の時間になる。
私にも門限があるためキョーコとも別れなければならなかった。
「ミキお姉ちゃん、帰っちゃうの?」
「ゴメンね、私にも待っている人がいるの」
キョーコは半分涙顔だった。
そんな顔を見ているうちに、私の彼女の親へ対する怒りがどんどん溜まっていった。
何故、彼女の親は来ないのか。
結局、色々と考えているうちに閉店の時間になってしまった。
私は彼女に手を振りデパートを出る。
その日は寝るまで彼女の顔を忘れることが出来なかった。
次の日。彼女は警察に渡されたが、それから親が現れることはなかったそうだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
思いつきで突っ走った結果がこれ。
作者である私でさえ分かりにくいと思う。
まあ、何はともあれ(短編だけど)完走しました。
次はちゃんと連載もの書くぞぉψ(`∇´)ψ
感想等お待ちしております。