可憐な暗殺者と麗しの騎士
かるく性的描写があります。苦手な人は逃げてください。バッチコイ。BLスキーな方はどうぞお進みください。
華やかな舞踏会の裏。
外の喧騒ぶりとは打って変わって静かな一室。
そこで密やかに絡み合う男女がいた。
「子爵さま。わたくしにご奉仕させてくださいませ。ねえいいでしょう?」
甘えたように言って、艶やかにほほえむ女はまだ年端もいかぬ少女だった。
明るい金色の透き通るような髪。雪のように白い肌。肉付きの薄そうな身体に深紅のドレスをまとった一見清廉そうな美少女。だがただよう雰囲気は妖艶で、相手の男はごくり、と唾を飲み込んだ。
「も、もちろんだ…」
男のほうはでっぷりと腹を突き出し、髪も薄く、気持ち悪いカエルのような男だった。その目は爛々と輝き、少女の身体を忙しく行き交い視姦しているのがみてとれる。
「ではすこし、しずかに……ね?」
少女はそんな視線にも気づかぬようで、満面の笑みを浮かべながら小首を傾げる。興奮で鼻息の荒い男が何度もうなずいているのを見て、少女はハンカチを男の口にあて、もう片方の手を―――
勢いよく胸元に振り落とした。
ぐちゃ、という音とともに赤い液体が少女に返る。男は口元の布に悲鳴を吸い込まれ、無言のまま絶命した。
「あーあ、また返り血浴びちゃった。着替えんのめんどくせー」
ずぶり、と男の胸元から抜けた手には白く煌めくナイフが握られていた。
「まっ、悲鳴も押さえられたし、今回は上々だろ」
少女は先程の妖艶さはかけらもない、晴れやかな顔でベットから降りる。
そしてそこでバサリとドレスを脱ぎ捨てた。闇のなか、白く浮き上がる華奢な裸体の下半身には女性にないものがあり、胸元は薄すぎる。彼は少女ではなく女装した少年だった。
彼は後ろの死体を気にせずパッパッと着替えていく。
「髪まとめてかんせー!っと」
サラサラとした髪を纏め上げ、ニコリとほほえむ彼はどこからどう見ても美しい貴族の令嬢にしかみえない。しかしそのドレスの下には先程男の命を奪ったナイフが隠されているのだ。
少年の名前はミレイ。ミレイは暗殺者だった。依頼を受ければ誰でも殺す、暗殺者ギルドの最年少暗殺者。その少女めいた容姿から、よくこういう依頼はミレイにまわされていた。ミレイも仕事なので文句は言わないが内心不満たらたらだった。
(オレもスリルがあってやりがいがある仕事したいなー。上流社会のお貴族様って警戒心なくてすぐ殺せるからつまんねー)
ミレイは部屋のバルコニーに向かい、そこから軽やかに飛び降りた。せいぜい二階だ。ドレスであってもなんてことはない。あとはこのままこの屋敷を抜け出せばいいのだが―――。
(げ。人がいるし)
ミレイは眉間に皺をよせる。ギルドの情報だとここに護衛は配置されていないはずなので、舞踏会の客が出てきて迷ったのだろうとミレイは検討をつけた。
別の道は護衛がいるから迂闊に通れない。とりあえず話しかけて油断させ、騒がれても困るので殺してここを通ろうとミレイは考え、目の前の男に近寄った。
だんだんはっきりと男の全貌が見えてくるとミレイは目を見張った。
流れるような美しい藍色の髪を後ろに一本で束ね、ミレイの髪色より濃い黄金色の目には何の感情も浮かんでおらず、人形のように精巧な顔つきは神秘的な雰囲気までただよわせる。
まるで作り物のような美貌の、どこか他の貴族とも一線を画したような男だった。
彼は横からやってくるミレイに気がついたようで、顔だけ振り向いた。
「誰だ?」
その低い声に一瞬聞き惚れて、ぽーとしたがあわてて相手が好感を持つような作り笑いを返した。
「すこし、あそこから離れたくて……。あなたもでしょう?」
男の問いにあいまいな返事を返し、より自分を可憐に見せる笑顔を浮かべる。すると今まで表情を変えなかった男はミレイの言葉にフッ、と苦笑した。
(あ、わらった)
ミレイはすこし驚愕した。たったひとつの動作で、さきほどの作り物めいた神々しい美貌に生気が宿る。人形のような男かとも思ったが違うようだ、とミレイは思った。
「そうだな。……今宵は人が多すぎる」
男はそう言うと、また無機質な顔に戻った。
(ふーん。予定へんこー)
ミレイはこの美貌の男に少しの好奇心と哀れみの念を抱いた。ほんとうは近づいてさっくり殺す予定だったが、いい気分であの世に送ってやってもいいかもしれない、と考えた。
ミレイはさっと男に近づき、男を上目遣いで見上げた。
「……だったら、舞踏会が終わるまでわたくしと遊んでくださらない?」
「子供の遊びには興味ないな」
男の台詞にミレイは頬を膨らましてみせた。
「わたくし、もう立派な淑女でしてよ。子供ではありませんわ。……ねえ、わたくしと遊んでくださいな」
最後に艶をふくんだ笑みをみせると男の無機質な目に少し欲が灯るのを見て取れた。
※※※
(ちょろい……)
ミレイは男が無言で自分を押し倒すのを見て笑いをかみ殺すのに必死だった。これなら予定を変更させずに殺したほうがよかったかもしれない。所詮、貴族。この男も先程殺した男と変わらない生き物だ。
「どうした?」
男はミレイの心ここにあらずといったような様子に気がついたのか、ドレスの上から身体をなぞる手をとめる。ミレイはニッコリ笑うとその手を取り、体重をこめて男を押し倒した。男は抵抗しなかったので楽に押し倒せた。ミレイは馬乗りになったまま、とった手の指先をぺろり、と舐めた。
「…お前が奉仕してくれるのか?悪いが主導権を握られるのは好みじゃないな」
男はミレイの腰を引き寄せ、耳元でそう囁いた。欲を滲ませた低い声にミレイは身震いする。そのことにいささか動揺したが、すぐに切り返した。
「いいではありませんか。……今夜だけ。…わたくし、いっぱいあなたに尽くしたいんですの」
(ふん。その今夜があんたの命日になるからな。そのままいい思いしながら死になよ)
ミレイは本音を心中で呟きながら男のなめらかな頬に手を滑らせ、互いの吐息が感じられるほどに近づく。そしてドレスのスカート部分から鋭利なナイフを取り出し、その刃を胸に突き立てようと―――
「その程度か」
突然視界が反転した。
「…は、」
気がついたら体勢が逆転していた。それに動揺して一瞬スキが出る。男はそれを見逃さず、ミレイが逃げ出せないようにサッと急所に体重をかけた。ミレイはそんなそつのない動きに気がついてももう遅い。どうがんばっても抜け出せない。これはただの貴族にできる仕業ではなかった。
(騎士か―――!!)
それも、訓練された暗殺者を簡単に封じ込められるほどの実力者。ミレイはギリ、と唇を噛み締めた。いまならはっきりとわかる。巧妙に隠された目の奥の殺気。それは生ぬるい貴族にはとうてい持ち得ないもの。
(油断した…!)
まさかこんな小規模な舞踏会で位持ちの騎士がいるなんて思わなかった。ミレイが言う『位持ちの騎士』とは貴族でありながら騎士になった者を指す。騎士とは名誉ある職で、ほとんどの人間が一度は憧れる職業。しかし、騎士になれるのはほんとうに実力のあるものしかなれず、甘ちゃんの貴族にはどうやっても実力がたりない。けれどそんな中にも騎士の才能がある貴族もいて、その少数派は国の精鋭、第一騎士団にいる。
そしてミレイが知る限り、そんな騎士たちは爵位が高いものたちが多い。王都で開かれているといっても位の低い貴族のパーティーである。そんな爵位の低い貴族に位持ちの騎士を呼べるなど、到底思っても見なかった。
「殺気が隠しきれていなかったぞ。……史上最年少天才暗殺者が得意なのは男に媚びる仕方だけだったようだ」
男は忍び笑いながらそうミレイを挑発する。その発言にミレイは顔色を失った。
(バレてる!!)
しかもその挑発に冷静であろうとするのだが、男の小馬鹿にしきった態度についカッとなって睨みつけてしまった。
男はその涼しげな目を楽しそうに細めてミレイを見た。
「威勢はいいな」
「っ!離せっ」
「嫌だ」
男はミレイの両手を片手で纏め上げると、もう片方の手でミレイの髪を一房手に取る。するとそのまま口づけた。
(なっ―――!!)
ミレイの顔が羞恥で朱に染まる。その顔を見て、男は目を丸くした。
「なんだ。色仕掛けが得意なくせに、初心だな。……まさか、経験がないわけでもないんだろう?」
男の問いかけに、ミレイは赤くなった顔を隠すようにプイッと横を向いた。
「ほんとうに経験がないのか」
男があきれたように溜め息を吐くのを聞いて、ミレイは怒りで身体を震わす。
(うるさいっ。オレが相手をする前に相手を殺せたんだ!)
ミレイの標的はだいたいが腐れきった貴族である。無防備な標的にミレイが相手をするまでもなく、すぐに殺せたのだ。それに訓練でも、こういうことは本番で学んだ方が経験になるいって知識だけを教えられていた。つまり、ミレイの身体はいままで性的な行為を受けたことがなかったのだ。
「なら、教えてやろう。気に入ったしな」
「は?」
気に入ったって何が?と聞き返す間もなく、男の手はドレスのスカートの下に滑り込む。
「何すんだっ!オレ男だぞ!」
「知っている」
ミレイの焦る声に普通に返す男の台詞に、一瞬絶句する。そこまで正体を知られているなんて思わなかった。まさか今回の仕事の内容が漏れていたのだろうか。ミレイの動きが止まったところを男は見逃さず、ミレイのドレスを器用に脱がしていく。
「……や、やだ、離せっ!!」
それに気づいたミレイはいやいやと首を振る。そんな姿をゆっくりと楽しむように見ながら男は優しくほほえんだ。
「大丈夫だ」
その優しげな笑顔にミレイは事を忘れて見惚れる。月をバックにほほえむ美貌の男の、なんともいえない色香に惑わされる。
「初めてなんだろう?優しくしてやる」
その甘く掠れた声に、どうしようもなく胸が高鳴る。そして男の顔がゆっくりと近づいて来るのを見て、ミレイはぎゅっと目をつぶった。
(もうこれは、腹をくくるしかない!……べ、べつに仕方なくなんだからな!)
一気に鼓動が早くなったのを知らんぷりして、ミレイは男のキスを受け入れた。
「ん、ふぅ…ン、ぅ―――」
身体が痺れるような、甘い感覚にミレイは身体を震わせる。それは今まで経験したことがない感覚だった。
しばらくしたあと、男はやっとミレイから顔を離した。男は濡れた唇を拭い、ミレイを見下ろした。
荒く息を吐き、頬を赤く染め、目尻には涙まで浮かんでいる。小さく震えながら、期待と悔しさを瞳に滲ませこちらを見るミレイは今まで見たなかで一番美しく妖艶だった。
ドレスはぐちゃぐちゃにはだけ、白い肌が見え隠れする。本人にその気はないにしろ、否応なしに相手の熱を煽る。
男は思わずおもいっきり吸い付いてやりたい衝動に駆られたが、内心の動揺を隠し、余裕を見せつけるかのようにペロリ、と自らの唇を舐めた。
「もったいないな。今まで殺された奴らは。この肌にふれることすらできなかったのか」
首筋をなで、その白くまろやかな肩を甘噛みするとおもしろいように反応が返ってくる。男はこの愛らしい少年をさてどうやって虐めてやろうかと考えながら、もう一度その唇に噛みついた―――。
***
人で賑わう大通りのはずれ。裏道の奥に進むと隠れるようにその店はあった。一見ふるびた雑貨屋だが、その道のプロならだれでも知ってる情報屋の店だった。
その店のドアを乱暴にひらき、入ってくる少年を見て店主は柔和な笑顔を浮かべた。
少年の歳のころは十四から十五くらいだろうか。光り輝く太陽のような色の髪はほとんどが灰色のフードにかくれ、翠の光彩が入った碧の瞳は復讐の炎を燃やしている。
「いらっしゃい。ミレイくん。今日はどうしたの?」
店主の言葉に答えず、ミレイは足音荒くカウンターに近づき、ドンッとお金が入った革袋を置いた。
「人捜しだ。……藍色の長い髪をひとまとめにした金色の瞳の、ムカツクくらい綺麗な男。たぶん貴族で騎士」
(でもってオレみたいな少年を陵辱する変態…!)
ミレイは心の中で付け加えた。店主はミレイの言葉に目を丸くする。
「藍色の髪で金色の瞳……。知ってるよ」
「教えて!!」
店主はミレイの剣幕に困ったように苦笑した。ミレイはその顔を見て、苦虫を噛み潰したような顔をする。店主の容姿は悪くない。濃い青色の髪と同じ色の瞳の爽やかそうな好青年だ。けれど、その年齢不詳気味の美しい容姿と相手を煙に巻く話し方や笑顔がミレイは苦手だった。なのであまりこの店には近づかないようにしていたのだが背に腹は代えられない。ここに来るまであの男の手がかりを知るものは誰もいなかったのだ。
「でも死にたくなかったら近づかない方がいい。僕はミレイくんに死んで欲しくないな」
急に真剣な顔をして言う店主にミレイは睨みつけた。
「なに。オレじゃ敵わないって言うつもり?」
ミレイの脳裏にあの夜のことが浮かぶ。最後には許してと請うて相手をたやすく受け入れた浅ましい身体。事が終わると嘲笑うように消えていったあの男。なにより屈辱だったのはあの夜を思い出して熱く疼く今の自分の身体だった。相手の力量に敵わないのはわかっている。だがこの屈辱を晴らすにはあの男を殺さねばおさまらない。ミレイの山のように高いプライドが許せないのだ。
渋る店主に必死に食い下がり、ミレイが決して下がらないとわかったのか店主は諦めの溜め息を吐いてミレイに情報を教えた。次あの男がでる舞踏会やその日時だ。ミレイはそれを聞くと風のように素早く店を出て行ってしまった。
どうやら店主はひさしぶりに会いに来てくれたお気に入りの少年を、おしゃべりをする前に取り逃がしてしまったらしい。店主は溜め息をついた。
「…兄上のせいで世間話もできなかったじゃないですか」
「私のせいではない。そう怒るなキール」
キールと呼ばれた男―――店主はその言葉にムッとして相手を睨んだ。
相手の男はミレイから見えない柱の影に気配を殺して立っていた。艶やかな藍色の髪を一房たらし、金色の瞳を愉快そうに細めていた。その顔の作りはキールすらも霞んでみえるほど神々しく美しい。
男の名前はユフィール・エル・アドニウス。伯爵の地位を賜っており、第一騎士団団長を務める国一番の剣の使い手。キールの腹違いの兄である。
「兄上のせいですよ。まったく、すぐ僕のお気に入りに手を出すんだから……」
「しかたあるまい。お前と私の好みは似ているんだ。あきらめろ」
しれっと言う兄にキールは脱力したように椅子にもたれかかった。
(なにしたのかなぁ。あの子の様子だと、相当プライドに刺激したことしたんだろうな。僕の兄上様は……)
キールは今までの兄の所行を思い出して遠い目をし、もう一度、先程より深い溜め息を吐いた。
「兄上、あの子のこと……殺すんですか?」
「さて…な」
先程のくたびれた様子から一転。低い声と鋭い眼光でキールはユフィールを睨みつける。が、ユフィールは飄々とした態度を崩さず、おもしろそうにくつくつ、と喉で笑った。
それを見て、キールはホッと胸をなで下ろした。
兄は言葉も態度もハッキリしている人物だ。たとえ弟のお気に入りでも殺すときは殺す。先程の言葉のようにはぐらかすことはない。つまり、はぐらかすということはミレイを殺す予定はない、とキールは結論付けた。まったく性格の悪い兄だ、と胸をなで下ろす。
「なに、自分好みに育ててみるのも一興か……」
「兄上……」
本気とも冗談ともとれる兄の態度に、キールはあきれたように半目で流し見た。
(うーん。ずいぶん気に入られたんだなぁ。ミレイくん)
兄がそんな風に相手を言うのを聞いたことがなかったキールは遠い目をしてミレイの無事を祈った。まぁたぶん無理だろうけれど、と心の中で合掌しておく。
(僕にもおこぼれ……ないよなぁ)
なんだかおもしろい展開になってきたとキールは静かに笑みをこぼした。
ミレイ逃げて(笑)
ミレイに かんきんフラグが たった