1:裏通りのゴーゴークラブ
蒸し暑い夜。ネオン輝く繁華街に姿を現した一号。
すれ違う若者が次々に頭を下げる。
「一号さん、お久しぶりっす!」「またウチの店に来てくださいよ。」
そんな男たちに軽く手を上げて応じながらゆっくりと街を歩いていた。
「あいかわらず、この街は元気やな。」
今夜は特に目的があって来たわけではない。気が向いたら面白そうな店に入るし、そうでなければいつもの仲間の店で一杯やって帰るつもりだった。
「ど~も~、一号さん。どこで浮気してたんですか~?」
「なんや、お前か。」
顔なじみの客引きの男が話しかけてきた。
一号はあまりこの男を好きではなかった。
「いい娘がいるんですよ。先日『月光の森』に入った娘なんですがね。」
「…あの店か。」
ろくでもない店ほどろくでもない客引きを雇っているものだ。
サービスも女性の質もてんでお話にならないその店は強引な客引きと悪質なピンハネで有名だった。
「オンナは間にあっとる。」
「まあそんなこと言わないで。いやね、その娘『なんでもするから雇ってください』って来たんですけど、これがまたどこをどういじっても見栄えのしない娘でしてね。」
「なんやそれ。」
「顔は中の下。スタイルもぼちぼち。おまけに卑屈で無愛想。んなもんでオーナーもクビにしようとしたんですが、ひとつだけ取り柄があるんですよ。」
「ん?」
「客の言うことには絶対逆らわないんです。どんな申し出もOK。どっすか、一号さん。普通のプレイでは飽き飽きしてるんじゃないんですか?やり逃げ上等。文句は言わせません。」
「なっ…お前っ!」
女を買ったことがないわけではない。それでもこの男の下種な表現には怒りを禁じえない。
客引きはそんな一号の怒りを無視するかのように話を続けた。
「それともうひとつ、あの娘の背中には…おっと、これは見てのお楽しみということにしときましょうか。」
「誰も行くとは言っとらん。」
「まあまあ、見るだけならタダですって。ほら。」
強引に話を進められる。ちらりと腕時計を見る。知り合いの店に行くにはまだ早い。
「…見るだけやぞ。」
「はい、一名様ごあんなーい。」
一人呼んでいくらの客引き稼業だ。自分が生きるために周りが見えなくなっている哀れな男。
ノルマを達成した喜びで満たされた客引きに連れられて一号は店に入っていった。
「で、どの娘なんや。」
「ほら、あそこですよ。」
客引きが指差した先にその娘はいた。カウンターの隅でほおづえを突いてぼんやりとしている。
タバコと香水の匂いが漂う店内を進んで一号は娘の横に座った。
「ここ、ええか。」
「…どうぞ。」
水割りを頼んで腰を落ち着ける。背後で怪しげな音楽と女たちの嬌声が聞こえる。
「お前もなんか飲むか?」
「いえ…」
それっきり黙ってしまう。話のきっかけを作ろうと一号は店の中を見渡した。
「お前は踊らんのか?」
「はい…下手なので。」
「さよか…」
「お客さん、あたしを買うの?」
「そうやな…」
短い会話の中で一号はこの娘に不思議な違和感を感じていた。
無愛想な表情。似合わない化粧。しかし、夜の女によくある疲れた感じは見受けられない。
そしてなにより、話すときにじっとまっすぐこちらを見るその目が彼をひきつけた。
「客引きの男に聞いた。お前、客の言うことなら何でも聞くそうやな。」
「…それが、仕事だから。」
「まあ、それはそうやろうけど。」
遠くで女たちが囁きあってるのが聞こえる。
「あの子、また新しい客がついたみたいだね。」
「あんな女のどこがいいんだろうか。」
「よほどアッチのサービスがいいんだろうよ。見上げた根性だよ。」
「そうよ。アイツの体なんてさ…」
クスクスと笑い声が広がる。この店の中で彼女の居場所はこのカウンターだけのようだ。
一号はこの娘のことがもっと知りたくなった。
水割りを飲み干してボーイを呼び、二言三言言葉を交わしていくばくかの金を渡す。
「話はついた。今夜はワイがお前の客や。」
「わかりました。」
「早速最初の指令や。店を出るで。こんなうるさい店では話もできん。」
「…はい。」
娘は何の感情も表に出さず黙ってついてくるだけだった。