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はじまりはいつも追放コレクション  作者: m


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3/3

③エルスペス編

追放って一体どこへ?


「本日をもって、お前を国外へ追放する」



 自分にそう告げるエリック第一王子の声を聞きながら、エルスペスは頭を垂れた。


 その言葉の前に語られたエルスペスの悪行…王子の婚約者候補の一人である男爵令嬢へ、自身が行っているらしい虐めの数々、その令嬢が怯えていることからの追放処分エトセトラ。

 その他にも色々と喋っていたようだが、それらは全て瑣末なことである。

 やってもいない冤罪に対しての釈明や申し立て等、無駄口を叩くつもりは一切なかった。

 けれど唯一、エルスペスには聞かねばならぬ事がある。


 スッと顎を上げ、豊かに波打つ自慢の黒髪を背中に流し、侯爵令嬢として培った全てでエリックの顔を見据える。


「追放については承知いたしました。それで殿下、私の追放先はどちらでしょうか?」 


 

 

 エルスペスの問いに、長広舌を振るって満足したらしいエリックが口を開く。


「罪人とは言え、私の婚約者候補であった其方だ、その誼で特別に教えてやろう」


 告げるのが余程嬉しいらしく、聞かずとも答えんばかりの様子だった。

 普段はエルスペスに言い負かされているところを、いつもと違い、殊勝な態度のエルスペスに、気が大きくなっているのもあるだろう。

 それが何故かということには思い至らぬのが、見目ばかりが高貴なエリックらしい。


「隣国のオードウェルだ。国境門までは見張の騎士が連れて行くから逃げられぬぞ」


「オードウェルでございますか…。殿下、恐れながらそれは難しいかと」


「なんだと?罪人風情が選り好み出来る立場だと、」


「いいえ、そうではございませんわ」


 ちらりとエリックの横に控えている側近の者に視線を移す。

 エリックと然程歳の離れていない青年は、恐らく、婚約者候補であったエルスペスのように、側近候補として選定中の者だろう。

 茶色の髪の柔和そうな相貌が、今は強張った表情を浮かべている。


「どういうことだ、トマス」


「は、恐れながら申し上げます。ラングレイ侯爵令嬢様の仰る通り、オードウェルは難しいかと存じます」


「何故だ?理由を言え!」


 気分を害した様子でイライラと、エリックがトマスに詰め寄っている。


「はい、オードウェルは先日、我が国と国交を回復したばかりでございます。このタイミングでの追放者の受け入れは、その…少し、障りがあるかと」


 要するに、こちらの願い事をするには関係が浅いのだ。

 トマスの言葉に一応察したのだろう、エリックが短く唸る。


「そうであったな。あの国はこれから寒さがキツくなる故、罰には丁度良いと思ったのだが。では西のランガはどうだ?」


 この国の西に位置する大国である。

 オードウェルとは違い、暑さの厳しい、砂漠を有する国だった。


「…恐れながら殿下、ランガも難しいかと存じます」


「なんだと?」


「あの国からは先月、通行税を引き上げると通達を受けております。それについての抗議を、我が国が正式に出している最中かと。あまり事を荒立てない方が良ろしいのではと存じます」


 大人しそうな見た目のトマスだが、臣下として言わねばならぬと覚悟があるのだろう、イラつく王子を前にして、怯まぬ態度は立派であった。


 国の外交に関わる部分は父王の領分であるから、エリックも強くは出られないはずだ。

 このエルスペスの追放劇自体が多分に、愚かな王子の独断だろうから。


「ううむ、ではその隣のバーレイはどうだ?あそこは小国だろう?」


 確かにバーレイは、我が国よりも領土の狭い小国である。けれど、


「殿下、バーレイは来月姉姫様が嫁がれる国でございます。罪人を押し付けたとあっては、この慶事に水を差すようなことになりませんでしょうか」


「くっ、そうであったな」


 この国では、女子に王位の継承権が認められていない。

 エリックの姉である、聡明な第一王女殿下が国外へ嫁がざるを得ないことは、この国にとって多大な損失であった。


 エルスペスは、目の前の王子によく似た面差しの、美しい友人の姿を思い浮かべる。

 幸い、王女の婚姻相手であるバーレイの王子は聡明で、良く出来た人間性で知られている。

 友人の未来が明るいことだけは救いであった。


「通達をするからややこしいのだ!南の小国のいずれかの、国境付近の森にでも、適当に捨て置けば良いではないか」


「恐れながら殿下、他国へ無断に自国民を放逐したとあっては、国交のある国であれば非難の的となりましょう。そうでない国には、要らぬ火種を撒くことになりかねません。あの辺りは先日、国境線を巡ってまた衝突があったばかりですから」


 南に連なる小国は、小国同士でその領土を巡り、絶えず小競り合いが頻発している。

 そこへ首を突っ込むのであれば、それ相応の火種を被る覚悟が必要だろう。

 場合によっては周辺国にまで、漁夫の利を狙った簒奪の意思あり、とも取られかねない。


「なんと言うことだ…それでは、一体何処へ追放すれば良いのだ!」

 

 堪えきれずにエリックが声を荒げるが、先程から、トマスはなんら間違った事は言っていない。 

 人一人を他国に捨て置くと言うのは、そう簡単なことではないのだ。


 国境を通過する為には、それぞれの国毎に定めたルールや、場合によっては入国税も発生する。

 明確な理由のないただの旅行者には厳しい国もあるし、国境門前で、許可が下りない場合だってありうる。

 そしてエルスペスはただの平民ではない。

 この国でも指折りの、伝統ある貴族家の令嬢なのである。

 それも第一王子の婚約者候補とあっては、スパイであるとも受け取られかねない。

 

 形ある人間を一人、他国へ追放するということは。

 実際には、面倒臭いことこの上ないのである。



 けれど、ここでエルスペスの追放を諦めさせる訳にはいかないのだ。


(絶対に、追放していただかなくては)


 国王の不在を待っていたのはエリックだけではない。

 全てこの日の、この瞬間を待っていた。


「いずれ王となられます、エリック王太子殿下に申し上げます。最後に、不肖の婚約者候補であったエルスペス・ラングレイより、奏上させていただきたく」


「許す、申してみよ」


 いつも勝気なエルスペスの、言葉の白々しさには気付かぬエリックが、にやにやと笑みを浮かべて答える。

 その隣ではトマスが、怪訝な面持ちでこちらを見つめていた。

 その目には、こちらの言動に緊張している様子が窺える。


 そう、未だ王太子でもないエリックが、この国の王となる未来など一生来ないことを、きっと彼も分かっている。


「殿下の広き御心に感謝いたします。恐れながら追放先に一つ、心当たりがございます」


「何だと?何処だそれは」


「アイゼンヴァルドでございます」


「アイゼン…何だその国の名は、そのような国があったか?」


 顔を少し伏したまま、エリックの問いにエルスペスは答える。


「ご存知ないのも無理からぬことです殿下。先ごろ先王が斃れ、国の名が変わったばかりの小国でございます。政情も不安定故、長らくこの国と国交もございませんでした」


「何故その様な国を其方が知っている」


「屋敷に亡命者がおりました故に。このことは陛下もご存知でいらっしゃいます」


 昔、誰かが言っていた。

 詐欺の論理では、真実を偽らないのがコツなのだと。

 その亡命者が何者であるのか、この場ではただ、口にしないだけ。


「その者の縁者として口利きを頼みます。亡命先からの帰還であれば、恐らく、許可も下りるかと」


「むぅ…、しかし罰を受ける当人の提案を入れたとあってはな…示しがつかぬのではないか?」


 眉間に皺を寄せたエリックが、傍に立つトマスの方を見遣る。

 些か強張った面持ちで肯首した青年が、慇懃に言葉を継いだ。

 

「恐れながら殿下、ラングレイ侯爵令嬢様のご助力なくば、解決せぬ問題かと存じます。…国王陛下のご帰還まで、あまり時間がございません」


 最後に付け足された言葉は、気の利いた一押しだった。

 僅かに視線を上げてトマスを見れば、静かな灰色の瞳と視線が交わる。

 その瞳の中に、ある種の憐れみと同志のような連帯があるのを、束の間、互いに認め合った。


「そうか、では仕方が無い。エルスペス、すぐにそのように手配致せ」


「承知いたしました。では殿下、愚かな私がその命令を違えぬよう、この場で書面になさるのがよろしいかと」


「確かにそうであるな。トマス、すぐに用意を。王子の印章も持って参れ」


「はい、承知いたしました」


 こちらの意図を悟っているであろう優秀な青年が、すぐに文書作成に取り掛かるのを、エルスペスは内心で喝采を上げながら見守っていた。


 彼が今後、この国で進退に迷うようなことがあれば、その時はきっと助力してやろうと心に誓って。 

 


 

「という訳でこの国へ参りましたの」


「その王子馬鹿なの?」


 追放の経緯を話し終えたエルスペスの前で、話の途中から渋面を作っていたディートがそう言い放った。

 甘い顔立ちのディートが不機嫌な顔をしていると、それだけで何とも言えない迫力がある。


「傑作じゃねぇか。是非その場で見ていたかったものだ、なぁディート」


 そしてその後ろで爆笑しているのが、このアイゼンヴァルドの国王陛下である。

 黒髪の美丈夫が豪快に声を上げて笑う様子は壮観だった。

 今回の訪問で初めてお会いした王は、国の重積を担う者とは思えぬほど、陽気で気さくな方だった。

 そして何よりも目を引くのがその若さである。


 先ごろ、長年悪政を敷いていた前王家が斃れ、代わりに王として立ったのが、まだ齢二十五歳のガレルド・レオ・アイゼンヴァルド国王であった。

 民と共に戦ったという王は臣民と距離が近く、旧来の王家らしい威厳や伝統は塗り替えられて、何とも庶民的な王家の誕生となったのだ。

 あの国では殿上人のような王家も、この国では王座に座るだけの代表のようだった。

 

「馬鹿の顔を見る趣味はありません。まぁ、その馬鹿のお陰でエルが国を出られたのは良かったですが」


 相手が王でも遠慮の無い、ディートの口の悪さは相変わらずだった。

 遠縁であったラングレイ家へと亡命して来たディートとの出会いはもう十年前、二人が八歳の頃のこと。

 その頃から少女のように可愛らしかった幼馴染は、一年ほど前、最後に会った時よりも随分背が伸び、体つきや顎のラインに甘さがなくなっていた。

 今はこうしてアイゼンヴァルドの中枢で、若き王の右腕となって働いている。


「何はともあれ、ラングレイ侯爵令嬢に来てもらえるとは。我が国にとっては僥倖だな」


「恐れ入ります、私のことはどうぞエルスペスと」 


「エルスペス嬢本当に良いのか?うちは今、何もかもが足りていない。きっとお前にも、色々と担ってもらうことになるだろうよ」


 面白そうに、若き黒髪の王が尋ねてくる。

 

「ええ、構いません。問題を解決するのは得意ですの」


 エルスペスが、あの国でエリックの婚約者に内定していた理由がそれだった。


 幼い頃から、父の仕事の手伝いや、令嬢達の派閥争いの中で、逆境であればあるほどエルスペスの手腕は光る、というのが大人達の中で評判となっていた。

 そうして決まったのが、成長ごとにその足りなさが目立ってきた、第一王子の穴埋めとしての婚約である。

 婚約者候補が集められていたのは建前で、内内にはもう、エルスペスがそうなるのは決まっていたことなのであった。

 

 けれど実際にエリックと相見えて、エルスペスはこれは駄目だと悟ったのである。 

 脆い砂の上に、堅牢な城を築いて何になるだろう。

 自国への愛があればこそ、エルスペスの力で無能な王を立てる訳にはいかないのだ。


「今頃あちらは青い顔をしているだろうな。有能だと評判の姉姫を失って、弟王子達もまだ幼い、さてこれからどうなるか」


 くっくっと笑うガレルドは楽しそうだ。

 そんな主人を横目に見て、ディートが冷静な顔で告げてくる。


「エル、とりあえず帰化申請を進めよう。あの馬鹿の書状にどれだけ効力があるか分からないから、少しでも早い方がいい。まぁ一番早いのは婚姻だけれど」


「ああ、それはいいな、結婚しておくといい」


 にこやかに同意したガレルドが、この地を平定したその威厳でもって、


「ディートリヒ・ラウグナーに婚姻を命ず。エルスペス嬢を迎える為に、望みの爵位と領地をやろう。今は好きな所が選び放題だからな」


 それは確かに、思わず地に伏したくなるような偉大なる王の命令だった。


「ディートリヒ・ラウグナー、しかと承りました」


「エルスペス・ラングレイも承りましてございます」


 前王家の血を引くディートとしては複雑だろうが、その辺りはきっともう、この王の下で働くにあたって、すでに飲み込んでいるに違いない。

 顔を上げてこちらを見たディートは、僅かに頬を赤くして、昔の、まだ幼かった頃の様な笑みを浮かべていた。

 それはまさに、画家が絵に残したいのはかくやと言わんばかりの美貌ぶりだった。

 過酷な運命故か、いつだってどこか斜に構えた幼馴染が幸福であるなら、


(嬉しそうだから、良しとしましょう)



 全ての憂いを吹き飛ばすような豪快な主人を戴いて、この混沌とした国でやれることをやっていこう。


「ガレルド陛下、実は一人、優秀な文官で推薦したい者がおりますの」


 エルスペスの家族が移住してくる頃にはきっと、自分はラウグナー夫人となっているだろう。

 冤罪からの追放と、愛娘への仕打ちを決して許さない様子の家族達に、あの場で一役買ってくれたトマスへの計らいは頼んできた。

 彼がどう返事をするかは分からないが、あの時の、諦めが混ざった視線を思い出す。


(運命を嘆くのはまだ早くてよ)


 聡い彼のことだ、沈みかけの泥舟と運命を共にするよりも、自分の力で漕ぎ出す大海の方がきっと魅力的だと気付くだろう。


 トマスがアイゼンヴァルドに来たら、あの時のことを笑って話そう。


 そして追放された令嬢は、自らが選んだ地で堂々と、この上なく、幸福になってみせるのだ。



追放について真面目に考えたらこんな話になりました。

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