空腹は最高の調味料だが、無料の食事こそ究極の救いである!
ぐぅぅぅぅぅぅぅ……。
腹の虫が、やけに長く鳴いた。静まり返った貧民街の路地裏に響き渡るその音は、まるで絶滅危惧種の蛙が上げる、最後の断末魔みてえだった。
「セシィさんよ、生きてるか? おい、生きてんなら返事くらいしろ」
俺は力なく、隣で壁に寄りかかって蹲っている陰鬱女をつついた。
「エネルギー不足。低電力モードに移行する。速やかな食料の補給を推奨……」
「人語を話せ……」
「腹が、減った」
見ろ。普段は『面倒くさい』以外に人語を発しないこいつですら、俺たちの共通の窮状を、かくも簡潔に表現してやがる。
二日だ! 丸二日! あのクソみたいな倉庫の依頼の後、俺とセシィは風餐露宿の悲惨な生活を送り、まともな飯にありつけていねえ!
二日連続で腹を空かせた俺は、飢えに狂った連中がゴミ溜めを漁る姿を目の当たりにし……胃に残っていたわずかなパン屑を、全部リバースした。
今となっては、イヴェットが俺たちにあの依頼を勧めたのは、絶対にわざとだと確信している。あの女、悪魔だ!
「クソったれな哲学世界! クソったれなロソフィ! クソったれな宝箱怪! クソったれなイヴェット……そしてこのクソ忌々しい空腹感!」
「それと、貴方が作った得体の知れない料理」
「うるせえ! あれはタダだったんだぞ! それにお前に言われる筋合いはねえ! 誰だよ、本を見つけた途端に理性を失って、宝箱怪におやつにされかけたのは! 俺の機転がなけりゃ、お前は史上初の『宝箱怪に食われて死んだ奴』になってたんだぞ!」
「知識は、プライスレス……」
声に、力がない。
「で、セシィさんよ。お前、前は何やってたんだ?」
「我が生は……」
「これ以上ポエムを垂れ流す気なら、今日の晩飯は二人でゴミ箱漁りだぞ」
「……錬金術師」
「錬金術師……? 俺の知ってる錬金術師ってのは、もっとこう、元気いっぱいで、むっちりした太ももが魅力的な……はは、気のせいだよな。で、食いもんとか錬成できねえの?」
「……材料が、ない」
「だよなぁ……ううううっ!」
話しているうちに、涙が溢れてきた。
「静粛に! 閑人、退避! 騎士団の巡回である!」
大通りから、やけに響く声が聞こえた。
俺は重い瞼をこじ開け、ピカピカの銀鎧に身を包んだ騎士の一団が、機械みてえな足取りで通り過ぎていくのを眺めた。
「ちっ……」
俺は鼻を鳴らした。
「見栄っ張りどもが。見た目だけは立派だが、どうせ王様の犬っころだろ! 俺、イノウィンは! たとえ餓死しようが! ここからゴミ溜めに飛び込んで生ゴミを食らおうが! 断じて貴様らから施しは受けん!」
「聖理教会及び市庁の命により、これより救済食糧を配給する! 一人一品限り! 列を作り、静粛に待て!」
…………。
…………食い物?
…………無料の食い物だと?
なんだ? 俺は低血糖で幻聴でも聞いたか?
いや、マジだ! 騎士たちが荷車からデカいカゴを降ろし始めた。中には黒パンとチーズが山積みになっている! 空気中に、安っぽいが致命的な麦の香りが一気に広がった!
その瞬間、死んだように静かだった貧民街は、熱した油に水をぶち込んだみてえに爆発した。人々が津波のように、その広場へと殺到していく。
で、俺は?
まあ、なんだ。理想は理想、現実は現実だ。
ちくしょう! このパン、めちゃくちゃいい匂いがしやがる!
「セシィ! 飯だ! 目標、黒パン!」
「プロセスが煩雑。高強度の物理的対人折衝を要する」
「うるせえ! 餓死するよりマシだろ! 行くぞ、奪い取れ!」
その瞬間、高校生としての矜持も、転移者としての尊厳も、全て彼方へ吹っ飛んだ。頭の中には、ただ一つの思考だけが残っている。
突撃! 食って食って食いまくれ!
俺はセシィの手を掴むと、人生で一度も出したことのないような速度で、野犬みてえな勢いで人混みに突っ込んだ。
「どけ、どけぇ! こっちは死人が出るんだ! これ食わねえとマジで昇天すんだよ!」
何の説得力もない叫びを上げながら、必死に中へ割り込んでいく。
現場はカオスだ。肘! 膝! 誰のかもわからねえ臭え足! だが知ったことか! パンの香りが俺を呼んでいる!
俺はスライディング……いや、足をもつれさせて、二人のゴロツキの隙間をすり抜けた。
食糧を配給している騎士まで、あと数歩!
その時、隣にいた痩せた男がぐいっと前に出て、俺を追い抜こうとした。
駄目だ! これは生存競争! 食物連鎖の頂点を決める戦いだ!
俺はどこからそんな知恵が湧いたのか、無意識に……そいつの足に自分の足をそっと引っ掛けた(我ながらクズい!)。
男はよろめき、危うく顔面から地面にダイブするところだった。怒りに満ちた目で俺を睨みつける。
「どこのクソ野郎だ! うちの嫁と子供は腹空かせて家の柱齧ってんだぞ! これが頼みの綱なんだよ!」
その怒鳴り声には、悲痛な響きがあった。俺の胸が、ちくりと痛んだ。
うっ……罪悪感が……ちくしょう、なんでこんな時に良心が仕事しやがるんだ?
「す、すまん!」
俺は思わず謝り、手を差し伸べた。
だが、男は俺の善意など無視し、その手を利用して体勢を立て直すと、逆に俺を突き飛ばした。
「どけ、邪魔だ!」
そう言って、さらに狂ったように前へ進んでいく。
突き飛ばされた俺はよろめき、心に芽生えた僅かな罪悪感は、一瞬で生存本能に押し潰された。
知るか! みんな大変なんだよ! さっきの謝罪は撤回だ、おっさん!
「クソッ! やってやる!」
俺は再び頭を下げ、猛然と突進した。
偶然か、さっき俺を突き飛ばした男が、また後ろから押されてバランスを崩した。俺は「うっかり」そいつにぶつかり、今度こそ男は地面に突っ伏した。
「てめぇ……」
男の呪いの言葉は、人々の喧騒に掻き消されていった。
すまん、アニキ! パンを手に入れたら、パン屑を分けてやるから! 心の中で謝りながらも、俺の足は止まらない。
ついに! 最前列にたどり着いた! 白い手が、黒パンを差し出している。
「聖理の光の賜物に感謝を。理性が汝を導かんことを」
配給係の騎士が、感情のこもっていない棒読みで決まり文句を口にする。
「あざっす! 理性最高! あなた、いい人だ!」
俺はひったくるようにパンを受け取り、支離滅裂に応えた。
この騎士の声、どこかで……?
俺は無意識に顔を上げ、この大善人の顔を見ようとして……。
金髪、碧眼、透き通るような白い肌……。
俺の顔から、笑みが消えた。
エリノア・フォン・テッカーシュタインの碧い瞳が、俺をまっすぐに見ていた。その瞳には、驚きと、困惑と……そして、隠す気もない侮蔑の色が浮かんでいた。
「イノウィン?」
「あー、いやあ、奇遇だなエリノアさん。いい天気で……パンの配給、ご苦労様です」
俺は気まずい世間話で誤魔化そうとしながら、無意識にパンを口に詰め込んだ。
「なぜ貴方がこのような場所に? しかも、その無様な姿は……」
「んぐんぐ……(見りゃわかんだろ、腹が減ってんだよ)……」
口の中はパンでいっぱいで、何を言っているかわからない。それでも、俺は食べ続けた。
知るか! 天だろうが地だろうが、飯が一番偉いんだ! 王様が来たって、この一口が終わるまでは待ってもらう!
俺がなりふり構わず貪り食う姿を見て、エリノアさんの顔の侮蔑の色が、さらに深くなった。
ついに、彼女は我慢の限界に達したらしい。俺の襟首をひっ掴むと、まるで子猫でもつまみ上げるように、騒がしい人混みの中から俺を引きずり出した。
「え!? ちょ、俺のパン! 俺の生命線が!」
セシィはどこだ? 振り返ると、あの陰鬱女はいつの間にか自分の分を確保し、隅っこでちびちびと齧っていた。俺が連行されるのを見ても、ただちらりと視線を寄越しただけで、またパンに顔を戻した。
この恩知らずが! 仲間を売る早さだけは一流だな!
エリノアさんは俺を比較的静かな路地の角まで引きずっていくと、ようやく手を離し、品定めするような目で俺を上から下まで眺めた。
「説明なさい、イノウィン。なぜこのような有様に?」
「見りゃわかるだろ! 貧乏だよ! 俺たちはただ貧乏なだけだ! 腹が減って死にそうなんだよ! 全部あのクソ依頼のせいだ! 金が手に入らなかったどころか、ギルドに借金まで背負わされたんだぞ!」
「依頼の失敗と債務問題は、『冒険者ギルド紛争処理規定』に基づき、正式に申し立てを行うべきです。このような場所で醜態を晒すなど……」
「申し立て? 誰にだよ! あの笑顔の悪魔、イヴェットにか? 申し立てなんかしたら、借金が倍になるのがオチだ! そしたらマジでケツを売るしかなくなるんだぞ!」
俺は悲憤のあまり、パンに再びかじりついた。
俺がさらに文句を言おうとした、その時。隣の路地から、何やら言い争う声が聞こえてきた。
「ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさと金を出せ、ジジイ!」
「若い衆。暴力は、最も効率の低い資源獲得手段です。話し合いましょう……」
「話すか、ボケ! 金だ!」
いかにもなチンピラが老人をカツアゲするっていう、テンプレみたいな展開じゃねえか。
おいおい、ベタすぎるだろ。
エリノアさんの注意が、一瞬でそちらに向いた。彼女は俺の襟首を掴んでいた手を離し、声のする方へ歩き出す。
「『エスタット市治安管理条例』第三章第十二条に基づき、公然たる金品の強要は、即時制止の対象である!」
そう言って、彼女は剣の柄に手をかけた。
「おいおいおい! 待てって!」
俺は慌てて彼女を止めた。冗談だろ、相手はガタイのいい男が三人だ。こっちは腹ペコの役立たずと、どう見ても実戦経験のなさそうな見習い騎士。そんなことに首を突っ込んで、相手が刃物でも持ってたらどうすんだ? 俺たちは戦闘力ゼロだぞ! 首を差し出しに行くようなもんじゃねえか! ケツもな!
だが、俺が言い終わる前に、カツアゲされていた老人が、再び落ち着き払った声で言った。
「皆様、まあお気を静めて。現金での強奪は、効率も悪くリスクも高い。ご覧なさい、私が着ているこのベスト。金糸で織られておりましてね、見た目よりずっと価値がある。これを城東の『アダム商会』にいるニールという受付嬢に渡し、『アダム氏からの現物支給だ』と伝えなさい。そうすれば、直接奪うより遥かに多くの金貨が手に入ります。これぞ長期的、安定的かつリスクを最適化した収益方式です」
「はあ? ボロ切れ一枚がそんなに高く売れるかよ」
「ええ。しかも、これは一度きりではない。もし貴方がたと彼との間に安定した『供給』ルートを確立できれば、その長期的利益は……」
???
なんだ、こいつ? カツアゲされてんのに、恐怖のかけらもなく、逆に相手に効率的な強盗の仕方をレクチャーし始めてやがる。新しいタイプのストックホルム症候群か? それとも、こいつ、強盗養成学校の校長かなんかか?
俺は好奇心に負け、路地を覗き込んだ。そこには、ダークスーツを着こなし、白髪混じりで、金の片眼鏡をかけた中年紳士が、三人のチンピラに囲まれていた。
だが、その男はまるで交渉の場にでもいるかのように、落ち着き払っている。
チンピラのリーダー格が、じれたように男を突き飛ばした。
「うだうだ言ってんじゃねえ! こっちは今すぐ金が欲しいんだよ!」
「暴力は、不必要な取引コストと安全保障上のリスクを増大させるだけです。長期的視点に立てば、極めて不合理な選択と言えましょう」
「ああ!? 人の言葉がわかんねえのか!」
チンピラはついに堪忍袋の緒が切れ、拳を振り上げた。
「そこまでです! 騎士の名において、その方への暴力を禁じます!」
エリノアさんがついに我慢できなくなり、剣を抜いて飛び込んでいった。
俺は顔を覆った。終わった。面倒なことになった。
案の定、三人のチンピラは、鎧を着て剣を持った女の乱入に一瞬怯んだものの、すぐさま凶悪な笑みを浮かべた。
「よう、お嬢ちゃん騎士か? おせっかいはよせよ」
「なかなかいいタマじゃねえか。こいつも一緒にいただいちまおうぜ」
「破廉恥な! 貴方がたの言動は、著しく『治安条例』に違反しています! 即刻、投降を! さもなくば、正義の名の下に、制裁を加えます!」
彼女は標準的な構えを取ったが、ストリートファイトに慣れたゴロツキ三人に勝てるとは、到底思えなかった。
もはや乱闘は避けられない。そして、腹ペコで非力な俺にできることと言えば、後ろで応援するか、さっさと逃げるか……。
クソッ! 本当に、ツイてねえ!
俺は深呼吸すると、自分でも胡散臭いと思うような笑顔を浮かべて、前に出た。
「まあまあ、アニキたち、落ち着いて!」
俺はエリノアさんの前に立ち、チンピラたちにへこへこ頭を下げた。
「なにも、刃物沙汰にしなくたっていいじゃないですか。ね?」
「あんだ、てめえは? この女の仲間か?」
「いえいえ、通りすがりの者です。ただ、思ったんスよ。この旦那さんの話、結構、的を射てるんじゃないかって」
「はあ?」
「考えてみてくださいよ。一回カツアゲして、いくらになるんです? しかも、衛兵に捕まるリスクもある。大損じゃないスか? でも、ビジネスなら話は別だ! この旦那さん、見るからに成功者じゃないスか? チップで100クーパーくらいポンと出しそうな、超大物! きっと、金儲けのノウハウをたくさん知ってるはずだ! どうやったらもっと効率よく稼げるか、教えてもらえば、これぞまさに継続的かつ安定的な収入源! 一攫千金も夢じゃない!」
俺は喋りながら、必死に商人に目配せした。
頼む! 乗ってくれ、オヤジ!
さすがは商人、察しがいい。
彼はすぐに話を合わせた。
「その通り! こちらの若者は、実に慧眼をお持ちだ。私なら、基本的な市場の需要と供給の原理、価値法則、そして『ターゲット顧客の選定』といったスキルを、貴方がたに伝授できます。一度きりの暴力的な略奪より、遥かに将来性がありますよ」
チンピラたちは顔を見合わせ、俺たちの連携プレーに戸惑っているようだった。
リーダー格が顎をさすりながら、半信半疑で尋ねる。
「マジか? 俺たちに金儲けを教えてくれるってのか?」
「「もちろんです!」」
俺とアダム・スミス(仮)の声が、綺麗にハモった。
「でもよぉ……そういうのって、字が読めたり、頭使ったりしなきゃなんねえんだろ?」
「まあ、理論上は……でも、知識は力ですよ!」
三人のチンピラの顔が、一瞬で曇った。
「ちっ! やっぱり勉強かよ! 俺、本読むの一番嫌いなんだよ! 頭痛くなる! そんな暇があったら、カツアゲしてる方がマシだ!」
「だよな! めんどくせえ!」
「行くぞ! 今日のシノギは終わりだ! ケッ、ついてねえ!」
三人のチンピラは悪態をつきながら、なんと、そのまま去っていった……。
……去っていった? おい、マジかよ。もう少し粘るとか、ナイフをちらつかせるとか、そういう展開はねえのかよ。
エリノアさんは剣を抜いたまま呆然とし、商人は歪んだ襟を直しながら、ほっと息をついた。そして、好奇の光を宿した目で、俺の方を見た。
「若い君、先ほどは助かりました。私、アダム・スミスと申します。貴方の説得方法は、非常にユニークで効果的でした」
「ははは、どうもどうも。基本ですよ」
俺は頭を掻いた。正直、自分でも何を言っていたのかよくわかっていない。
「特に、『持続可能性』といった言葉には感銘を受けました。私と思想が近い。失礼ですが、どこでそのような知識を?」
俺の心臓が、ドクンと跳ねた。やべえ、またこの世界にそぐわないこと言っちまったか?
「いやあ、生まれつきの勘ってやつで! うち、先祖代々商人の家系なもんで!」
商人は何か考えるように頷くと、懐から一枚の金属製のカードを取り出して俺に差し出した。
「感謝の印です。お受け取りください。これは私どものアダム商会のVIPカード。当商会のどの店でも、二割引でご利用いただけます」
VIP! 二割引!
金はねえが、これは実質的な利益だ!
「ありがとうございます! 旦那、あんた、いい人だ! 今すぐこれでパンを二個もらえませんかね?」
「これは公正な取引の対価です。当然の権利ですよ。ところで、皆様、少々お困りのご様子。何か手伝えることがあれば、商会へお越しください」
チャンス到来!
「スミスさん! 実は、俺にはこの世界、少なくともエスタットの食文化を変える、偉大なアイデアがあるんです!」
「ほう?」
「知ってますか? この世界の飯は、特に主流の料理は、食材に対する冒涜だ! 革命が必要なんだよ! イノベーションが!」
「そして俺は、遥か東方の神秘的な調理法をマスターしている! 焼く、煮る、揚げる、蒸す! 例えばそうだな……炭火でじっくり焼いた香ばしい『焼き鳥』! 秘伝のタレに漬け込んでカラッと揚げた『唐揚げ』! ふわふわとろとろの『だし巻き卵』! 濃厚なスープと麺が絡み合う『ラーメン』! 甘辛いタレで煮込んだ肉と卵が白飯にのった『カツ丼』! これこそが、食のあるべき姿だ! 俺と組んでレストランを開けば、絶対に街一番の人気店になる! 金貨が雨のように降ってきますよ! 俺への投資は、絶対に損させません!」
俺は一気にまくし立て、期待の眼差しでアダムを見た。
彼は静かに俺の話を聞き終えると、優雅な微笑を崩さずに言った。
「非常に興味深い。確かに、斬新なアイデアですね、イノウィンさん」
いける!
「ですが、市場調査とリスク評価に基づくと、現状のエスタット市場において、それほど急進的かつ未知の食文化を導入するのは、投資回収率に大きな不確実性を伴います。まずは、試作品をいくつか作り、小規模なテストマーケティングから始めてみてはいかがでしょう? 市場の反応が良ければ、またお話を」
試作品? 小麦粉と油を買う金もねえんだよ、こっちは!
はい、終了。
俺の飲食王への道は、始まる前に終わった。
結局、アダムは再び礼を言うと、去っていった。
「騎士の誉れとは無縁のやり方でしたが、危機が去ったのは事実です。『騎士行動規範』第百八条に基づき、貴方がたを安全な場所まで護送します」
「つまり、今夜の宿は確保してくれるってことか?」
エリノアさんは一瞬固まり、すぐに嫌そうな顔でそっぽを向いた。
「冒険者ギルドの宿舎の入口まで、送り届けるだけです!」
まあいい。少なくとも野宿は免れる。それに、腹も満たされた。
待ってろよ、異世界! この俺、イノウィンが資金を貯めた暁には、思い知らせてやるからな! 何が本物の『飯』ってもんかをよ!