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3/6

冒頭からギルドに巨額の債務を負い、無理やり「人身契約」を締結させられて冒険者になることになる

 あのクソ真面目な騎士さん、エリノア・フォン・テッカーシュタインは、俺にそこそこマシな服を一着買い与えてくれた後、さっさと別れを告げた。


「私は騎士団の練兵場に出頭せねばなりません。見習い騎士の日程は厳格に定められており、一分の猶予も許されません。イノウィン、それと……そちらのお嬢さん、ご自愛ください」


 彼女は俺の後ろに立つセシィにちらりと視線を送った。何か言いたげだったが、結局は飲み込んだようだ。


「くれぐれも、『エスタット市民行動規範』を遵守し、面倒事は起こさぬように」


 そう言い残し、彼女はほとんど駆け足で去っていった。


 ちっ、唯一の長期的な食券(黒パン限定)兼、臨時のボディーガードが行っちまった。後に残されたのは、この俺と、得体が知れない上に俺のケツを齧った経歴を持つ陰鬱女だけ。


 俺は顔よりも綺麗な懐を探る――エリノアさんが買ってくれたこの布の服、ポケットの一つも付いてやがらねえ。


「で……さっき、名前なんて言ったっけ?」

「セシィ」

「ちっ、俺の記憶力も大したことねえな。セシィか……良い名前だ。それで、セシィさんよ。金目のモンとか持ってねえか? まずは何か食って、寝床を確保しねえと」


 セシィはもぞもぞと、その黒いローブの内側を探り始めた。見えないローブの中で手が動く様は、なぜか妙に想像力を掻き立てられる。いやいや、今はそんな場合じゃねえ。


 やがて彼女が取り出したのは、空っぽのポーション瓶、奇妙な乾燥ハーブが数枚、それに黒パンの欠片(エリノアさんのより硬そうだ)だった。


「研究素材。食用には不適。最後の備蓄食糧は、先ほど消費した」

「さっき消費したって……まさか俺のケツを齧った一件か? あれが『備蓄食糧』だと? 俺のケツはいつからお前の非常食になったんだよ!?」

「タンパク質含有量は基準値に達すると推定。さらなる分析の価値あり」

「分析するかっつーの! いいか、セシィ・ラヴクラフトさん! よく聞け! 俺の体は! どの部位たりとも! お前の非常食じゃねえんだよ! わかったか!」

「理解した。サンプリングには書面での許可が必要」

「許可の問題じゃねぇだろぉが!」


 俺は絶望して顔を覆った。

 やっぱりだ! わかってたさ! こいつは純度100%のトラブルメーカーだ! 俺の生存難易度と血圧を上げる以外に何の役にも立たねえ!


 この俺、イノウィンの異世界ライフは、物乞いか強盗(そして衛兵に捕まる)で幕開けだっていうのか? 転移者としての面汚しにもほどがある!


 待てよ。ここは異世界……そうだ! 冒険者ギルドだ!

 数多のラノベ、アニメ、ゲームを摂取してきた俺の直感が告げている。そここそが転移者のチュートリアルであり、スタート地点だと!


 依頼を受けて、金貨を稼ぎ、人生の勝ち組へ!

 まあ俺はビビりだが(自己分析は完璧だ)、戦闘不要の雑用くらいあるだろ? 迷子の猫探しとかさ。欲を言えば、豊満な貴婦人のマッサージとか、お嬢様の『身の回りのお世話』係とか、そういう美味しい依頼はないものか……へへへ……。


「行くぞ! セシィ! 金が手に入る場所に案内してやる!」

 俺は瞬時に気力を取り戻し、まるで希望の光が見えたかのように声を張り上げた。

 セシィは特に反応もなく、ただ黙ってついてくる。その瞳は相変わらず虚ろで、天国へ行こうが地獄へ行こうがどうでもよさそうだ。


 道行く人に適当に尋ねると、冒険者ギルドはすぐに見つかった。

 建物は周囲の民家より、ほんの少しだけ「豪華」だった。

 同じ白い石造りだが、一回り大きく、入口には見るからに凶悪な顔つきをした騎士の石像が二体。台座には「論理と勇気は常に共に」と小さな文字が刻まれている。

 なかなか、まともそうだ!


 俺はエリノアさんに買ってもらったばかりの、まだマシな服の襟を正す。馬子にも衣装って言うだろ?(ん? このことわざ、こういう時に使うんだっけ?)

 ゆっくりと、ギルドの重い扉を押し開ける。


 ガヤガヤ、ザワザワ……。


 ようやく死んだような静けさから解放された! 内部は広々としており、様々な出で立ちの、武器を携えた冒険者たちが集っている。空気には不快ではない程度の酒と革の匂いが漂っていた。

 喧騒とまではいかないが、外の図書館みたいな静けさに比べれば、ずっと人間味がある。


 だが……俺の視線は自動追尾ミサイルの如く、カウンターの向こうにいるお姉さんにロックオンされた。


 揺れる金色のツインテール、宝石のように輝く碧眼、最強の黒パンすら溶かしちまいそうな甘い笑顔!

 そして何より、パッツンパッツンのギルド制服! 布地が悲鳴を上げ、その『人間凶器』と呼ぶべき壮観な双丘を必死に包み込んでいる! カントさんと同じレベルじゃねえか! 小さなボタンたちがいつ殉職してもおかしくないその様は、もはや芸術の域だ。


 おおおおお! これだよ! これこそが異世界に存在するべき美しい風景だ! 今までの不幸は全部事故! これが正史! 俺の魂が燃え上がる!


 俄然やる気に満ちた俺は、一も二もなくカウンターへ突撃した。


「どーも、お姉さん! 依頼の受付ってここですか?」

 お姉さんは顔を上げ、さらに笑みを輝かせた。

「はいですぅ~♡ エスタット冒険者ギルドへようこそ! 私、受付のイヴェットと申します。どうぞよろしくですの~♡ お客様は、登録済みの冒険者様でしょうか?」

「あー、いや、まだです。それで、戦闘なしで、簡単で、金払いが良い……じゃなくて、初心者向けの依頼とかってあります? 迷子の猫探しとか」

「猫ちゃん探しの依頼ですね? もちろんございますよぉ~」


 イヴェットさんの笑顔は甘いまま。そして……彼女は屈んだかと思うと、カウンターの下から人の背丈の半分はあろうかという羊皮紙の束を抱え出してきた。


 ドンッ!!


 カウンターに叩きつけられた書類の山が、派手な音と共に埃を舞い上げる。

 俺の顔から笑顔が消えた。


「お客様はまだ未登録でいらっしゃいますので。えーっと、『エスタット市における非在籍者向け臨時任務受注管理法』第十七条修正案、第三章第九項に基づき、まずはこちらの書類にご記入いただく必要がございますぅ~。『臨時任務受注申請書』、『身元背景に関する一次報告書』、『任務遂行中の行動保証契約書』、『安全規範遵守確認書』、『不慮の事故及び財産損害に関する免責同意書』、『個人情報の利用に関する許諾書』……えっと、基本的なものはこれくらいですねぇ~。よくお読みになってご記入くださいね。もし書き損じますと再発行になりますので、用紙代として一枚につき5クーパー頂いておりますぅ~」


 俺は自分の頭より高く積まれた書類の山を見上げ、目の前が真っ暗になった。

 これ、任務の受付か? それともお役所の公務員試験か何かか!? こんなもん、読み終わるだけで一日かかるだろ! しかも有料かよ! ふんだくる気満々じゃねえか!


「ちょ、ちょっと待ってください! 猫を探すだけですよ!? こんなに面倒なんですか!?」

「はいですぅ~♡ すべての行動が論理と規範に則っていることを保証するためですので! ご理解とご協力をお願いしますねぇ~♡」


「観測記録:非効率の極み」

 お前までツッコミ始めたのかよ!? っていうか、いつの間にメモ帳なんて取り出してやがるんだ、こいつ!?


「そちらのお嬢さんは面白いご意見ですわね。でも、規則は規則ですので」

「規則は効率に奉仕するために存在する。形骸化したそれを存続させるのは無意味。プロセスの再構築を提言する」

 俺は慌ててセシィの口を塞いだ。

「す、すみません! こいつ、腹が減ってておかしいこと口走ってるんで! 気にしないでください!」

「いえいえぇ~♡ ギルドは建設的なご意見を歓迎しますわ。こちらの『正式な提案書』にご記入の上、審査委員会にご提出いただけますよぉ~。一部お持ちしますか? 用紙代はたったの2クーパーですぅ~♡」


 ……今の話は聞かなかったことにしてくれ。


「あの……もし、冒険者として登録したら? そしたら毎回こんなに書かなくていいんですか?」

「はいですぅ~♡ 登録であれば、一度『冒険者登録申請書』、『能力測定同意書』、『ギルド規約遵守確認書』、『年会費支払契約書』……えっと、十数枚の書類を書いていただくだけで済みますし、登録が完了すれば、D級及びE級任務であれば、『任務受注票』と『完了報告書』の二枚だけで済むようになるんですよぉ。とっても便利でしょう?♡」


 便・利・な・わ・け・あ・る・か・ぁ・ぁ・ぁ・ぁ・っ!

 この世界の規則ってのは在庫処分セールか何かか!? わかったぞ、お前らのギルド、書類の売上で成り立ってんじゃねえのか!?


 俺がちゃぶ台をひっくり返す勢いで帰ろうとした、その時。イヴェットさんが付け加えた。

「それとですねぇ、未登録の方が任務をお受けになる場合、保証金が必要になりますぅ。猫探しの任務ですと、保証金は1フリシルですね。任務完了後にご返金いたします」


 金まで取るのかよ!? しかも1フリシルだと!? エリノアさんの話じゃ、一般家庭の一ヶ月分の食費じゃねえか! どこの誰から盗んでこいってんだ!

 俺は完全に絶望した。この世界は、面倒くさがりで貧乏な引きこもりにはあまりにも優しくない。


「やってられるか! 冒険者なんて誰がなるか!」

 だが、このまま引き下がるのはあまりにも悔しい! カウンターのお姉さん一人に完膚なきまでに叩きのめされるなんて!

 去り際に、一矢報いたい! ほんの少しでいいから!


 俺の視線は、無意識のうちにイヴェットさんの甘いマスクから、ゆっくりと下へ……あの驚異的な胸部を通り越し、カウンターに隠された、想像力を掻き立てるスカートの下の領域へと落ちていく。

 よく言うだろ、男と少年の違いは、女を見る時の視線の高さにある、ってな。

 現実がこれほどクソなら、せめて美しいものを見て心の傷を癒したってバチは当たるまい!

 例えば……パンツとか? 異世界の美少女のパンツってどんなんだろうな? しまパン? レース? それとも……へへへ……。


 よし、踵を返すふりをして、足がもつれてカウンターにぶつかる。その勢いで屈み込むんだ。

 完璧だ!


「おっと!」

 俺は何かに躓いたふりをして、よろめきながらカウンターに向かって倒れ込んだ。

 計画通り! 俺の計画は……ん?


 ゴンッ!


 この感触……おかしい。

 床のように硬くもなく、肌のように柔らかくもない。


「お? 大丈夫か、坊主。足元見て歩けよ!」

 野太い声が頭上から響いた。

 俺は鼻を押さえて顔を上げ、ちびりそうになった。

 そこに立っていたのは、半端なく屈強な、筋骨隆々の赤毛のおっさん。使い古された革鎧を身につけ、背には山でも断ち斬れそうな巨大な戦斧を背負っている。

 ぎょろりとした目でこちらを見下ろしているが、口調は荒くないものの、その体格がもたらす圧迫感は尋常じゃない。

 隣には、痩身の黒髪の男が立っている。

「バートン、ギルドでデカい図体で道を塞ぐなと何度言えばわかる」

「俺は動いてねえ! こいつが勝手にぶつかってきたんだ!」


 俺が即座に繰り出したのは……長年の研鑽が実を結んだ奥義――『土下座』!


「も、申し訳ありませんでした! おじ様! 俺が前を見ていませんでした! 本当にすみません!」

 周囲がシンと静まり返る中、俺の額からは冷や汗が噴き出した。

 やべえ! 俺の異世界ライフ、今日ここで筋肉ダルマに殴り殺されて終わるのか!?


「おう、気にすんな! 俺様、『赤斧』のバートンはそんな小せえことで怒ったりしねえよ! 見ねえ顔だな、新入りか? 冒険者にでもなりにきたのか?」

 隣の痩せた男も溜め息をついた。

「俺は『黒爪』のナッシュだ。こいつは気にするな。頭の中は筋肉と喧嘩のことしかない。何か困っているようだが?」

 おい、「喧嘩のことしかない」ってのも大概物騒な単語なんだが!


「まあ……依頼を受けたいんですけど、手続きが面倒すぎる上に、金もなくて」

 俺は俯いたまま、泣き言を漏らした。

「はっはっは! わかるぜ! このギルドは規則が多すぎんだよ! ナッシュが止めなきゃ、俺はとっくに……」

「そして俺たちは全てのギルドから永久追放され、路地裏で餓死する、バートン」

「……だから何もしてねえだろ」

「あの、『赤斧と黒爪』……って」

「おうよ! 俺たちは……」

「ただの通り名だ。主にこいつが稼ぐより速いペースで問題を起こすからな。お前たち、エスタットに来たばかりか?」

「ええ、一文無しで、連れが……まあ、一人」


 セシィの視線が、バートンの巨斧とナッシュの腰の短剣を捉えた。

「冷兵器。鍛造技術は旧式。エネルギー効率は低い。アップグレードを推奨する」

 バートン:「???」

 ナッシュ:「ほう? 嬢ちゃんは武器に詳しいのか?」

「自明の理」

「いや、その、お二人の武器はとても……歴史の重みが! そう、歴史を感じるって意味です!」

 俺が必死にフォローしていると、背後から天使のような、悪魔のような声が聞こえた。


「お客様♡ 先ほどの行為ですが、ギルドの『施設内行動規範』補足条項によりますと……えーっと……ともかく、女性職員のプライバシーを覗き見ようとした廉で、ギルドのイメージ及び私個人に多大なる精神的苦痛を与えたと判断されますわねぇ」


 ば、バレてた!? なんでだよ! 俺がぶつかったのはバートンのおっさんだろ!


 イヴェットさんは、その豊満な胸の谷間から分厚い本を取り出し(そのページは多分白紙だ)、指で特定の箇所を指しながら厳かに告げた。

「規定に基づき、罰金として……5フリシルを申し受けますぅ♡ ただいま、こちらでお支払いくださいね」


 5フリシル!? ぼったくりにもほどがあるだろ! その本、本当にギルド規約か!? 六法全書かなんかじゃねえのか!


「ま、待ってください! 俺は見てない! 何も見てません! 不可抗力で転んだだけです!」

「あら、そうですかぁ?」

 イヴェットさんの笑みは一層甘くなったが、その瞳は獲物が罠にかかったのを見た猟師のように爛々と輝いている。

「お客様の視線の軌跡と身体の傾きを分析しますと、不適切な観測行為を意図していた可能性が極めて高いと判断できますぅ~。入口に設置してある『留影水晶』で確認いたしますか? もし事実と確認された場合、罰金は10フリシルに増額され、ギルドのブラックリストに載る可能性もございますけどぉ♡」


 この女! 甘い仮面の下は悪魔だ! 俺はこの世界を甘く見すぎていた!


「おいおい、イヴェットちゃんよぉ。そんなにカリカリすんなって。この坊主も金がなさそうじゃねえか……」

「バートンさん。先月ツケにされた麦酒3杯と焼き肉セット、合計18クーパーのお支払いはいつ頃になりますでしょうか? もし今お支払いいただけない場合、規定により、あなた様のパーティーは今月、C級以上の任務を一切受注できなくなりますけどぉ」


 バートンの顔がみるみるうちに青ざめ、すごすごと一歩下がり、同情的な視線を俺に送ってきた。

「……坊主、健闘を祈る」


 ここでヘタレるなよ、バートンのおっさん!

 あの怖いもの知らずのバートンですら一撃だと!? この受付嬢、何者なんだ!?

 ナッシュはやれやれと肩をすくめ、俺に「助けられない」とジェスチャーした。

 俺は泣きたくなった。無一文の俺が、5フリシルもの大金を背負わされただと?


「もちろん♡ もし今すぐのお支払いが難しいようでしたら、ギルドでは『労働による賠償』プランもご用意しておりますの。冒険者として登録し、ギルドにその身を捧げ……三ヶ月以内に十分な価値の任務をこなしていただければ、この罰金は分割で相殺できますわ。それに、冒険者になれば任務の受注もずっと楽になりますし。どうです? とっても合理的なご提案でしょう?♡」


 彼女は大きな瞳をパチクリさせ、「あなたのためを思って言っているのよ」という顔をしている。だがその口調は、純情な少年に身体で借金を返す不道徳な契約を迫っているようにしか聞こえない。

 わかったぞ! こいつ、遠回しに脅したり賺したりして、結局は営業成績のために俺を冒険者にさせたいだけじゃねえか!


 俺に何ができる? 絶望するしかないだろ! 登録しなけりゃ莫大な借金を背負い、牢屋にぶち込まれるかもしれん。


「……登録、します」

 歯の隙間から、まるで身売り契約書にサインでもしたかのように、その言葉を絞り出した。

 身体中の力が抜けていくようだ。


「よかったですぅ~♡ 冒険者の仲間入り、心から歓迎いたしますわ!」

 セシィがすっと近づき、申請書の一枚を手に取った。

「情報収集の範囲が遺伝病の病歴及び性的指向にまで及んでいる。論理的関連性に疑問」

「冒険者様の健康状態を包括的に把握するためですぅ~。万が一の時に備えましてね♡」

「万が一ってなんだよ!? 依頼を受けるのに男が好きか女が好きか報告する必要があんのか!?」

「もしかしたら、色仕掛けが必要な任務があるかもしれませんでしょう? ギルドは、所属する皆様一人一人の『潜在的価値』を評価する必要があるんですの♡」

「今から脱退できますか?」

「違約金は10フリシルになりますぅ♡」

「書きます!」


 書けるか、こんなもん!


「お名前は?」

「イノウィン」

「性別は?」

「男」

「ご年齢は?」

「17」

「ご職業は?」

「高等学生……?」

「『高等学生』? 何かの新しい哲学の流派ですか? それとも『高所』を専門に研究される学者様でしょうか?」

「いや、そういう……学習途上の人類、みたいな」

「なるほど! 『知識の求道者』ですのね! 素晴らしいご職業ですわ!」

「……あんたがそれでいいなら」

「学習効率に疑問。観測対象の知識量、論理的思考能力は平均を下回る」

「お前は黙ってろ!」

「ロソフィ、その他の哲学的実体との親密な接触の経験は?」

「……あった、かな?」

「まぁ! 具体的にどのような『親密な接触』でしたの? 詳細な記述をお願いします!」

「そいつが俺の身体構造を最適化しようとしまして」

「どの部分をですの?」

「……下半身を」

「かしこまりました! 『特異的誘引』体質、とメモしておきますね!」

「待て! そういう引力じゃねえから!」

「個体イノウィンは特定のロソフィに対し異常な誘引作用を示す。要追加研究」

「研究するな! お前ら二人ともいい加減にしろ!」


「そうですわ。冒険者になられたからには、これも一応……」

 イヴェットさんは、透き通るような水晶玉をカウンターに置いた。

「こちらに手をかざしてください。魔力量の測定をいたします」


 キタキタキターーー! 異世界の王道イベント! さんざんコケにされてきたが、ついにこの時が来た! 俺って実は、万に一人の魔法の天才だったりして? 隠されたチート属性が今、覚醒するのか!?

 今に見てろよ! 俺の真の力を見せつけて、お前ら全員に土下座させてやるからな!


 俺は緊張と期待に胸を膨らませ、まるで初恋の相手に触れるかのように、そっと冷たい球体に手を置いた……。


 ……

 …………

 ………………


 水晶玉は、ピクリともしない。屁の一つもこかねえ。


「はい、ありがとうございますぅ。お客様の魔力、ほぼゼロですねぇ。残念ですけど、気を落とさないでくださいね。今の時代、魔法が力の全てではありませんから……」


 ゼロ? 皆無だと? 少しはサービスしてくれてもいいだろ! これ、壊れてんじゃねえのか!? 絶対そうだろ!


 俺、イノウィン。元・高等学生、現・異世界不法滞在者。職業:戦闘力5のゴミ。


「……こちらの嬢さんは、全属性に適性あり、ですね。ただ、数値はどれも低いですが……」

 俺が呆然としている間に、いつの間にかセシィが測定を終えていた。


 おい! なんでこいつには数値があんだよ! 低くてもあるだけマシだろ! このクソ水晶、転移者差別か!?


「はい、こちらが冒険者カードになります。これからは依頼をこなして、どんどんランクを上げてくださいね! お二人はFランクからのスタートです。Sランク目指して、ご武運を!」


 セシィは面倒くさそうにカードを受け取った。

 俺はまだその場に立ち尽くしていた……魂はとっくにどこかへ行っていた。


 前途多難どころか、真っ暗じゃねえか! クソが!

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