異世界に来て最初の行動は……まさかの全裸疾走!!!
マジかよ……本当にありえないって!
まるで幼稚園の入園テストで、一問目から「ゴールドバッハ予想」を証明しろって言われるようなもんか!?
今、俺は見知らぬ空をボーッと見上げていた。
俺、桐谷 衡。ただの高校生だ。だけど、今、俺が直面している状況は、まったく普通じゃなかった。
事の発端は、数時間前。いや、別の世界の話しになるか……。
……期末試験?もちろん、学年トップに決まってるだろ。
余裕だぜ。
周りのクラスメイトたちが、「衡先輩、すげー!」「東大確定じゃん!」なんて、騒ぎ立てる声を聞きながら、俺は表面上はクールを装っていた。だけど、内心じゃ鼻が天を突き破る勢いだったぜ。
「いやいや、普通だよ、普通。もし本当に東大なんて入れたら、俺、今すぐトラックに轢かれて死ぬわ、マジで」
いいか、よく聞け。俺は当時4階にいたんだ。
教室の窓は確かに大通りに面してたけど、常識的、いや物理的に考えても、トラックに羽が生えるとか、魔法でも使われない限り、この「死亡フラグ」が回収されるはずがない。
……なのに。
まるで『ファイナルデスティネーション』の撮影現場から飛び出してきたかのような大型トラックが、大通りの上で突然、ふわりと宙に浮き上がりやがった!そして、まるで初恋の相手に突進するかのように、よろよろと俺たちの教室の窓めがけて突っ込んできたんだ!
窓際に一人、もたれかかっていた俺は、その重すぎる「愛のハグ」を一身に受ける羽目になったわけだ。
人生よぉ〜。今回だけは見逃してくれよぉ〜。来世こそは……。
……来世があるなら、てめぇのケツでも掘ってろ!
ふざけんな!こんなのありか!?物理学はどうした!?重力加速度はどこへ消えた!?まるで小説家が筆を折りかけて、主人公に無理やり「ニュース沙汰になるレベルの超絶馬鹿げた死に方」をプレゼントしたとしか思えねぇ!
俺の意識は、パニックに陥るクラスメイトたちの光景に釘付けになり、やがて視界がぼやけていった。
ああ、このままあの世行きか……。
待て!まだブラウザの履歴を消去してないんだが!?長年大事に保存してきた「秘密のサイト」!深夜に一人で探求し続けた「学術資料」が!
クソッ!まだ死ねない!止まるんじゃねぇぞ、俺のライフライン!
ベチャリ。
波乱万丈どころか、何の変哲もない17年の人生を振り返る間もなく、俺はどこかへ吹き飛ばされた。顔から地面に突っ込み、思いっきり土を食らっちまった!
「ぺっ!ぺっ、ぺっ!」
もがくように顔を上げると、ぼやけていた視界が次第にクリアになっていく。
青い空に、白い雲。そして、どこまでも広がる……草原?
身に着けているのは見慣れた制服。泥だらけだけど、破れたりはないみたいだ。
俺は誰?ここどこ?俺、何してるんだ?
まさか……ここが天国ってやつか?でも、俺が想像してた白い雲の仙境で、天使のお姉さんがフワフワ飛び交ってる光景とは、全然違うぞ。
恐る恐る、自分の頬をつねってみた。
ん……痛い。意識ははっきりしてる。体も無事だ……。
まさか……俺、異世界転生しちまったってわけか!?
「おい!誰かいるのか!?小道具さん?監督?これ、何のドッキリ番組だよ?隠しカメラはどこだ!?」
返事はなかった。
心臓がドクドクと激しく脈打つ。荒唐無稽だけど、アドレナリンが沸騰するような考えが浮かび上がってきた。
まさか……まさかまさか……。
俺の17年間の平凡(自称)な人生が、ついに巷の転生者の先輩たちが歩んできた「王道」を辿るってのか!?
異世界召喚!?トラック転生!?
おおおおおっ——!!!異世界だ!剣と魔法の世界だ!エルフ獣耳娘だ!スライムだ!冒険者ギルドだ!は……!
俺は興奮してその場でクルクル回りながら、俺の推測を裏付ける証拠を探した。
「おお、なんてこった!やっぱり俺のイケメンオーラが次元の壁を感動させて、俺を異世界に送り込んでくれたんだな!これぞまさにチート能力!トラック?ああ、あれはちょっとしたハプニングだろ、些細なことだ!ってか、もしかして、異世界の女神様の誰かが俺に一目惚れして、無理やり自分専属の勇者にしようとしてんのか?いやぁ、それはマジで興奮するな!もう彼女の愛を受け入れる準備はできてるぜ。あと、ごほん、もしかしたら、ちょっと『アレ』な試練も、な!」
その時、俺の視線が、少し離れた場所にある物に釘付けになった。
半透明で、プルプルとしたゼリー状。バスケットボールくらいのサイズで、ピョコピョコと跳ねながら俺に近づいてくる。
可愛い……。
この見慣れたフォルム、このクラシックな既視感……。
「へっ!やっぱり異世界か!初心者モンスターまで定番通りじゃねえか!スライムだ、スライム!」
こんなの、こんなヤツか?俺の一蹴りで……。
いや待て、念のためだ。俺は石を拾い上げ、そのゼリーの塊めがけて投げつけてみた。
石はゼリーにめり込むと、そのまま消滅した。泡一つ立てずに。
スライムは一旦ぴたりと動きを止め、まるで俺を「見」ているかのように、その内部で数個の記号が光った。
それは俺が知らない文字のはずなのに、なぜか意味が理解できる。
『オッカム』、『剃刀』、『実体の増加を避けよ』……幻覚か?
すると、そいつは突然加速し、ロケットのように俺めがけて飛んできた!
「うわああああっ!」
俺は悲鳴を上げ、慌てて後退する。
普段ああいうヌルヌルした生物の「裏ビデオ」は好きで見てるけど、実際に自分が「体験」するのは話が別だろ、おい!
振り返って逃げようとした時、興奮しすぎて足元に気づいていなかった。そこは緩やかな坂道だったんだ。
「待っ——!」
足が宙を掻き、体のバランスを失った俺は、見事に盛大に転倒。顔面から大地と二度目のディープキスを交わす羽目になった。
そのスライムは、すでに俺の目の前にいた。
攻撃してこない。触れもしない。
ただ、触手のようなものを一本伸ばし、俺の制服のブレザーにそっと触れただけだ。
ん?何だこれ?俺のブレザーに一目惚れでもしたのか?それとも……俺のルックスに!?変なことでもするつもりか!?
俺のブレザーは、触れられた部分から急速に透明になり、ぼやけ、そして突然、消滅した!
「はあ!?」
このクソスライム、マジで俺のルックスに興味を持ったってのか!?
おい!ここで俺の初めてを捧げる気はねえぞ!しかも、相手はゼリーの塊だぞ!?
俺が呆然としている隙に、そいつは今度は俺のTシャツに触れた。
Tシャツも消えた。
次はズボンだ。
「おい!待て待て待て!止めろ!この変態スライム!何をする気だ!?」
俺は残り一枚のパンツを隠そうと、慌てふためく。恐怖に駆られながら、ゼリーの塊がさらに近づいてくるのを睨みつけた。
そいつは俺のパンツに興味津々のようだ。
「だめだ!これだけは絶対にだめだ!これは俺の最後の砦だ!男の尊厳そのものなんだぞ!お、お前、これ以上近づいたら警察呼ぶぞ!異世界に110番とかあるのか!?痴漢だぞ!」
ってか、この世界に警察なんていたら、それこそ幽霊が出るぞ。
その時、スライムはぴたりと止まり、機械合成のような声を発した。
「目標分析:炭素基盤生命体。付着物:不明。判定:不要な実体。冗長。『オッカムの剃刀』原則を実行する。必要なければ、実体を増加させるな。クリア。」
「クリアってお前の頭をクリアしてやるぞ!」
俺は悲鳴を上げた。その触手が、俺のパンツめがけて伸びてくるのを、ただ見ていることしかできなかった。
股間を冷やりとした風が通り抜ける。
俺、桐谷 衡は、異世界に転生して10分も経たないうちに、完全に裸になった。
羞恥心?そんなもの、とっくに限界突破だよ!
「てめぇ……このクソッタレスライム!てめぇとはとことんやらせてもらうぞ!」
俺は怒りで体を震わせた。もう隠すとか構ってらんねぇ。地面に落ちていた石を掴み、そいつめがけて叩きつけまくった。
だが、そんな攻撃は無意味だった。
投げつけたもの全てが、そいつに「消化」されてしまう。
俺の攻撃など気にも留めず、そいつは再度俺を「見」た。内部の光が点滅する。
「目標生理構造の更なる分析。非効率な器官および組織を発見。生存効率を高めるため、最適化処理を推奨。優先処理目標:生殖関連器官。判定:繁殖効率が低く、生存に必須ではない。クリアプログラムを実行する。」
そいつは俺のデリケートな部分めがけて、その罪深い触手を伸ばしてきたんだ!
その瞬間、俺は全身に悪寒が走り、これまでにない危機感に襲われた!トラックに轢かれた時よりも、はるかに強烈な恐怖だ!
「最適化っててめぇの頭を最適化しろ!これが最適化できるかよ!これは最適解だろ!男のロマンだろ!命の源だろ!助けてくれええええええええっ!!!」
俺は文字通り弾丸のようにスタートを切った。もうプライドもイメージもかなぐり捨てて、股間を両手で覆い隠し、尻丸出しで異世界の草原を必死の全裸疾走だ!
風が唸り、俺の心も叫んでいた。
羞恥心?そんなもの、何処かへ吹き飛んでいった!今一番大事なのは、男として最後の尊厳!そして「大切なモノ」を守ることだ!
「何だよこれ!?このキチク異世界は!?全員変態なのか!?『オッカムの剃刀』って、俺のキンタマを剃るためかよ!?俺を転生させた神様に低評価をつけてやる!スーパー低評価!」
俺は走りながら罵倒し、涙が零れそうになっていた。背後のスライムは、いまだ悠然と追いかけてくる。この光景、まさに地獄絵図かよ!
終わった、終わった、もう終わりだ!俺の一世一代の英名(※ありません)は、この服を脱がせるのが好きで、さらに去勢まで企む変態の手によって葬られるのか!?俺の異世界ハーレム夢は、始まる前に去勢エンドになっちまうのか!?
「あら?そこの『存在』、どうやら理性的とは言えない困難に陥っているようね。ふふ、坊や、随分頑張って走っているわね。お尻の割れ目がプリプリと揺れて、お姉さん、私もう濡れちゃいそうよ。」
声が、その声が……ひどく奇妙で蠱惑的な女性の声が、空の向こうから響いてきた。
一条の銀色の光が閃くと、俺とスライムの間に、一つの人影が軽やかに舞い降りた。
現れた人物は、シルクのように滑らかな銀色の長い髪を持っていた。一切の乱れもなく整えられ、瞳は氷のように冷たく、顔立ちは精巧に作られた彫刻のようだった。
だが、そんなことはどうでもいい。
一番大事なのは、そのボディだ!これほどまでに罪深い「お山」が、一体どこにあるというのか!そびえ立つ二つの「お山」は、今にも破れそうな薄い布の束縛を弾け飛ばさんばかりに膨らんでいて、息をするたびにプルプルと揺れている!
しかも、その上半身は、大事な部分を辛うじて隠すだけの布の帯。なのに、下半身はゴシック調のロングスカートだ!この神聖さとエロさが入り混じったファッションは、一体どういうセンスをしてるんだ!
「恐れることはないわ、小猫ちゃん。普遍的な『絶対命令』の法則によれば、生命体がその自然状態ゆえに脅威に晒される光景は、あなたの『本質』も『現象』も不測の事態に見舞われたことを意味するわ。だから、そのような下の部分を排除する行為は、中止されなければならないわね。」
姉ちゃん、何言ってんだ?言葉の一つ一つはわかるのに、繋がると宇宙語かよ!それとも、なんかインテリ変態のセリフか!?てか、なんでお前、喋るたびに無意識に俺の……ごほん!俺の息子に視線を向けてんだよ!?
「あの……その、えーっと、『お山』のお姉さん?もっと人語で話してくれませんか?たとえば、『あなたを助けます』とか、『今すぐこのゼリーの塊を倒します』みたいな!」
「人語?ええ、そうね。簡単に言えば、子猫ちゃん、このヌルヌルした塊があなたに、あまりよろしくないことを企んでいたから、私の美意識に合わないと判断したのよ。特に……これほど可能性に満ちた創造物を破壊するなど、まさに理性への侮辱だと思わない?」
「思います!めちゃくちゃ思います!だから、その哲学談義は後にして、とりあえずそいつを何とかしてくれませんか!?できれば俺たちがちゃんと服を着てから!」
「ふふ、そんなに実践段階へ進みたいの?若者は活力があるわね。」
スライムはそんな会話など構わず、内部の光を狂ったように点滅させ、銀髪爆乳美女めがけて光線を放った!
銀髪美女は慌てることなく、手に持っていた本をペシリと叩いた。その巨大な「お山」も、それに合わせてぷるんと揺れた。
「先験理性において、ここより範疇を限定するわ——この領域内において、『傷害』、『露出』……ええと、『露出した雄の生命体』への傷害を禁じる。だって、あなた達肉体凡胎は、不注意に『剃刀』で傷つけちゃいけない部分を傷つけられたら、取り返しのつかない悲劇になってしまうもの。お姉さん、それは見たくないわ。」
刹那、彼女を中心に、目に見えない波動が拡散した。
スライムが放った光線は、その波動の範囲に触れた瞬間、まるで壁にぶつかったかのように、音もなく消え去った。
「矛盾!矛盾!論理エラー!」
そのスライムは、途切れ途切れの雑音を発し、その場でクルクルと回り続け、最後に「ぷっ」という音を立てて、本物のゼリーの塊と化し、ぴくりとも動かなくなった。
危機……解除されたのか?
俺は呆然と、そのゼリーの塊を眺めた。そして、前に立つ銀髪爆乳、奇妙な衣装を纏い、まるで詩人のようなことを語る命の恩人を見た。
「た……助かったのか?」
俺は足の力が抜けて、危うく地面に座り込むところだったが、何かを思い出し、慌ててデリケートな部分を隠した。
「ど、どうも!お姉さん、命の恩人です!(何言ってるか全然わかんなかったけど!)」
銀髪美女は振り返ると、その瞳には純粋な好奇心と探求心しか宿っていなかった。
「礼を言う必要はないわ、小猫ちゃん。理性の普遍的な法則を実践することこそが、私の存在意義だから。それにしても、あなた、この剥き出しの雄の生命体、その形態は随分と……ええ、直観的に『物自体』の特性を現しているわね。お姉さん、これほど原初的な『第一性徴』は久しぶりに見たわ。うん、なかなか……立派ね。」
そして、彼女の視線は、再び一瞬、下のほうへ漂った。
た、助けてくれ!この視線で犯されてる感は何だよ!スライムに追いかけられてた時より心臓バクバクじゃねぇか!まさか、俺、とんでもない変態に絡まれちまったのか!?
俺は慌てて股を締め、両手でより多くを隠そうとした。
「あの……服、服を一枚貸してくれませんか?何でもいいです!葉っぱでも、麻袋でも!お願いします!」
「ええ、そうね。『現象』と『本質』を、もう少し調和させるのも悪くないわ。だって、裸の物自体も魅力的だけど、自由意思による選択という審美眼の愉悦が、少し減ってしまうものね。でも、正直なところ、子猫ちゃん。あなたの『本質』がこれほど徹底的に露になるのは、お姉さん、私としては少し物足りないわ。もう少し、見せてくれる気はない?たとえば、体勢を変えてみるとか?」
まさにその時、別の声が、遠くから近づいてきた。少し焦ったような調子で。
「何事ですか!?今、異常な波動を感知しましたが……カント様?なぜ、このような場所に……」
少女が一人、ガチャンガチャンという金属が擦れる音を立てながら駆け寄ってきた。
少女は輝く金髪のポニーテール、氷のような青い瞳は鋭く、容貌は端麗だった。身に着けているのは、古びてはいるが磨き上げられたハーフプレートの鎧。腰には長剣を佩いている。
どう見ても真面目な人だ。
助かった!俺の騎士様が助けに来てくれた!
彼女の目が現場を掃討する。
一つの怪しい液体、銀髪爆乳で大胆な服装の女性、そして尻を晒し、変な体勢で大事な部分を手で隠し、股間が妙に湿っていた俺。
おい、これはヤバいぞ……どう見てもR指定の現場で、ちょうど終わった直後の状況にしか見えないんだが!?
金髪少女の顔は、目に見える速さで真っ赤になった。頭のてっぺんから湯気が立っているようだ。
「き、貴方!何という破廉恥な!なぜこのような場所で……赤裸々に!?カント様、あなたまで……こ、これは一体!?」
ん?俺、聞き間違えたか?今、カント様って言ったか?歴史の教科書に出てくる哲学者の『カント』か!?俺の隣のこの爆乳哲学お姉さんが、カントだと!?
「エリノア、恐れることはないわ。この方は、その自然状態をもって存在の意味を実践している最中で、ちょうど『冗長の排除』という脅威から免れたところよ。ああ、そんなに緊張しなくてもいいのよ、小エリノア。これは、認識論と実践理性に関する現場での教育に過ぎないわ。ほら、彼のこの先験的な裸は、物自体の原始的な衝動を、いかに完璧に表現していることか、そうでしょう?ええ、あの形而上の『柱』も、なかなか『立派』に見えるわね、ふふ。」
このセクハラ女、こんなに純粋で真面目な騎士様をからかって、いいのかよ!?
「し、しし自然状態!?形而上の『柱』!?」
エリノアと呼ばれた少女は、今にも気絶しそうだった。
「こ、こんなこと、あってはなりません!騎士の守則第三章第十五条には、公衆の面前で身なりを整えないことは、重大な失礼であると明記されています!ましてや、ましてや、完全に……!」
彼女は、その汚い言葉を口にすることができないようだった。
ああ、純粋!なんと稀有で高尚な美徳だろう!俺のいた世界では、もう絶滅危惧種寸前だったのに。
いや、「寸前」は要らないか。
ぷつ。
騎士様が言葉を半分まで言った時、俺の隣にいた銀髪美女の姿が、一瞬閃光のように揺らぎ、何の前触れもなくその場から蒸発した。
「えっ?」
逃げたのか?たった今俺を助けてくれた、とてつもなく強そうに見える爆乳哲学美女が、まさかこんな風に消えるなんて!もしかして、俺の胴体があまりにも風紀を乱しすぎて、運営から強制ログアウトでもさせられたのか!?何なんだよこのワケわかんねえ展開は、おい!
俺は心の中で狂ったようにツッコミを入れていたが、表面上は、ただ気まずくも礼儀正しい笑みを保つことしかできなかった。
エリノアはカント(カント)が消えた場所を見つめ、顔が赤くなったり白くなったりしていた。
結局、騎士としての素養(多分)が彼女に深呼吸を促した。彼女はできる限り俺に視線を合わせないようにして、仏頂面で尋ねた。
「貴方は誰ですか?なぜこのような荒野に、しかも、そのような格好で?」
俺は誰?俺の名前は桐谷 衡……だけど、今、その名前はダサすぎねぇか?
「だめだ、もっと『innovation』な名前を考えねぇと。」
「イノウィン?奇妙な名前ですね。私はエリノア・フォン・テッカーシュタイン。見習い騎士です。貴方が何に遭われたかは存じませんが、この地は危険です。よくロソファイが出没します。早急に立ち去ってください。」
姉ちゃん、人にそんな勝手な名前つけるのかよ?それ、英語だよ!英語知らないのかよ!?
まあ、いいか。そんなことより、今はもっと切実な問題が山積しているわけで……。
「ま、待ってくれ!エリノアさん、だろ?俺のこの状況見てくれよ!どうか俺を連れてってくれませんか?せめて人里に着くまででいいから、服を見つけさせてくれ!」
まるで死んだ魚でも見るような目つきで俺を見るの、やめてくれねぇか?
「私には任務があります。素性の知れない方と同行することはできません。ましてや貴方は……」
彼女の視線が、またも無意識に下へ泳ぎ、そして火傷でもしたかのようにサッと逸らされた。頬が赤く染まる。
「俺は善良な市民です!優等生です!見てくれよ、こんな俺に何の脅威があるっていうんだ!?ただの可哀想な被害者だぜ!」
俺は必死にワニの涙を二滴絞り出した。
エリノアはひどく葛藤しているようだった。騎士として、困っている人間を見捨てるわけにはいかないだろう、と。
少しばかりの道徳的なハラスメントかもしれないが、今は命が一番だ。プライドなんて後回しでいい!
もしかしたら俺の脅威度を確認するためか、彼女は精神を集中させ、小声で唱えた。
「絶対命令において……」
ブゥン。
先ほど消えた銀髪爆乳美女が、今度こそは彼女の傍らに瞬間移動で現れた。布から溢れんばかりの彼女の「お山」は、その出現とともに、再び波打った。
何だよこれ!?召喚獣か?英霊か?まさか歴史上の偉人、カントだと?俺、まさか『聖〇戦争』の現場に迷い込んじまったのか!?
「エリノア、あなたの理性は、どうやら激しく動揺しているようね。ええ、まるで『弁証法』の両極が、あなたの体の中で激しく摩擦し合っているかのようだわ。私があなたのために、先験的な分析をしてさしあげましょうか?それとも、この裸の生命体への庇護を続けるべきかしら?だって、彼のあの客体の顕現は、私たちが深く議論するに値すると思わない?」
いや、結構です、カント様。検診は後でいいです。俺は貞操を守りたいんで!
「い、いりません!まったく必要ありません!」
エリノアは悲鳴のような声で彼女の言葉を遮った。顔はもう、茹でダコみたいに真っ赤だ。
なんなんだよもう!この異世界は、成分が複雑すぎるだろ!?
最終的に、エリノアは長くため息をついた。
「わかりました。ここから少し先に、エシュタートという街があります。貴方、異邦人。私について来なさい。」
彼女は、ほぼ同じ手足を動かしながら、自分の荷物から予備の粗末な麻布の服を取り出し、俺に投げつけると、すぐさま背中を向けた。
「は、早く着なさい!こんな格好でどうするつもりですか!」
「ありがとうございます!女神様!あなたは神か!仏か!」
俺は宝物でも手に入れたかのように、慌ててその粗末な麻布の服を身に着けた。
事実、羞恥心なんて、全身を紙やすりでゴシゴシ擦られているような感触に比べたら、ずっと優しいものだと証明されたぜ。
ひぃ……俺の「至宝」が!このズボン、なんでこんなに下半身を集中攻撃してくるんだよ!?キンタマがヒリヒリする!
エリノアは俺が服を着た気配を察し、ようやく少し安堵したようだったが、やはり振り返ろうとはしなかった。
「ついて来なさい。余計な動きや質問はなしです!エシュタートに着いたら、そこで別れます!」
彼女は歩み始め、ほとんど同じ手足を動かしながら前に進んでいく。銀髪のカントは彼女の傍らに付き従い、時折、どこか含みのある、からかうような視線で俺を振り返って見ていた。
やめてください、カント様。ゾクゾクします。
俺は慌てて彼女に続いた。草原の地面を深く踏みしめたり、浅く踏みしめたり。粗雑な麻布が肌に擦れ、最悪の感触だった。
これが異世界ってやつか?開幕全裸で、変態スライムに遭遇。別の変態に助けられ、最後は爆乳の哲学者を召喚するような真面目な女騎士と同行する羽目になるなんて!
「うん、体脂肪率は低め、筋肉量も不足気味ね。日照不足の兆候が明らかだわ。どうやら長期間室内で机にかじりついて仕事をするタイプのようね。でも、一部の部位の発育は、意外にも……うふふ。」
「カント様!言葉遣いにお気をつけください!それから貴方も、イノウィン!動かないで!そして……返事もしないでください!」
俺の異世界生活は、もしかして最初から何か間違っていたんじゃないか?これはもうアンチテーゼとかいうレベルじゃない。もはや人類への冒涜だろ、これ!
とりあえず、まずは生き残ることだ。それから、普通の服を手に入れて、この世界の常識を理解するんだ。
ああ、そうだ。家に帰る方法も探さないと。
この世界は、どうにも……ええと、やたらと「イノベーション」が過ぎるみたいだけどさ。