09:巨大カボチャとその道のプロ(中)
昼食は市街地の喫茶店で摂り、時間があるので図書館へ向かった。
人間の本は興味深い。歴史書や研究書もあれば、娯楽に徹した本や特定の趣味に特化した本もある。幼い子供向けの本は絵が大きくイラストも内容も愛らしく、年代が上がるごとに娯楽性が強くなり冒険や恋愛が強くなっていく。その変化すらも面白い。
対して、一部の者向けは裸体や性的な事について書かれていてうっかり開くとぎょっとしてしまう。
本と言えば研究書のみ、知識を書き記すだけの魔法使いとはこの点でも違う。
「あんな家に居たって良い事なんてないし、舞踏会までは図書館通いでもしようかな。あ、でも継母と姉達に多少なりカボチャ畑の報復をしておかないと」
『眼球をくりぬいてやろう!!』
「またそうやって恐ろしいことを……」
鞄からヂュウヂュウと鳴き声があがる。
このネズミ達が血の気が多いのか、それともネズミという生物が血の気が多いのか。もしも後者の場合、舞踏会に行くための御者と馬は別の生き物にした方がいいかもしれない。カピバラあたりが良いだろうか。
そんなやりとりをしつつ広場のテントに向かう。
時刻は二時少し前。正解を見るためかテントを中心に人だかりが出来ているが、先程の青年の姿は見つけられない。
彼は背も高いし見目も良かった。人だかりの中に居ても目につくはずなのに……。
「まだ来てないのかな? もしかしてカボチャ関係のアクシデントがあって遅れてるのかも。それともやっぱりその道のプロで、プロの参加がバレちゃったとか」
「あの、すみません」
「いや、善人だと信じ切るのも危ないか。その道のプロと言えども悪人かもしれない。悪い方面の道のプロで、警備に捕まって来られないのかも。さっきも逃げるように別れたし。……ふむ、この説が一番濃厚かな」
「す、すみません。聞こえてますか……?」
「え、私?」
横から控えめに声をかけられ、シンシアははたと我に返るとそちらへと振り返った。
見覚えのある女性が困惑している。重さ当ての箱を回収していた女性だ。
「先程の……、あの、お、男の方から言伝と預かりものがあります」
「先程のって、その道のプロ?」
「……はい。『多分、僕のことを『その道のプロ』って呼ぶと思う』と仰ってました。その方から」
女性が一枚の紙を手渡してきた。
これはカボチャの重さ当ての用紙の半分。申し込んだ者が手元に残しておく控えだ。
曰く、その道のプロことあの青年は急用が出来てこの場に来ることが出来ず、女性にその旨の言伝と、この用紙を託したのだという。
「自分の申し込みの権利を貴女に譲る、と仰っていました」
「譲るって、私も申し込んでいるんだけど、そんなこと出来るの?」
「そんなにしっかりしたイベントではありませんので、一人二人程度なら問題ありません」
たとえば家族で来て家族全員が挑戦したり、恋人同士や友人同士で挑戦して当たったら相手に譲ったり。そういったことはよくあるのだという。
結局のところ当たったところで巨大カボチャだ。嬉しい人も勿論いるが、どちらかと言うとカボチャ目当てではなく参加することそのものを楽しむ人が大半だという。
過去には、実際に当たったは良いがカボチャの使い道に困り辞退した者も数人いたらしい。
「食べられないわけではないんです。でも通常のカボチャに比べて水分が多く味が薄いので、美味しく食べるには手間なんですよ。料理が得意な方はパイやジャムにしたりするんですけどね」
「なるほど。こんなに大きく育つとカボチャと言えども食べるのにあんまり向かないんだ。やっぱり乗り回すために育ったカボチャか」
「……乗り回す?」
「いやこっちの話なのでお気になさらず。でも、不正ってわけじゃないなら彼の引換券も貰おうかな。その道のプロなら当たってるかもしれないし」
時間に迫られて当てずっぽうで書いた自分より、その道のプロの方が正解している可能性は高い。
そんな期待を抱けば、女性が楽しそうに微笑み「当たると良いですね」と残して去っていった。
「カボチャの味は乗り心地には関係ないだろうけど、水分はどうかな。少しウェットな方が肌が乾燥せずに良いかも。……ん?」
渡された用紙の裏に何か書いてある。
走り書きだが、それでも随分と達筆だと分かる文字……。
『カボチャのきみへ
どうかきみに幸運が舞い降りますように
そして願わくば、僕にももう一度きみと出会える幸運が与えられますように
その道のプロより』
彼からのメッセージだ。
きっと急用ができたタイミングで急いで綴ったのだろう。凝っているのかいないのか微妙な文面だ。
だが伝えようとしている内容は分かる。要約すれば『当たるといいね、また会いたいな』である。
「連絡事項を洒落た文面で綴るのも人間らしい。嬉しいな、人間からの手紙だ」
これは今回の一件が終わって元の生活に戻っても大事に取っておこう。
そう考えて引換券を鞄にしまおうとした瞬間……、鞄からヂュッ!と鳴き声が上がった。
『シンシア! 正解だよ、この紙でカボチャ貰えるよ!』
『ほら、シンシア見て! あの掲示板!!』
「えっ!?」
ネズミ達に促されてテントの方へと見れ、テントを囲んでいた者達が盛り上がりを見せていた。
どうやら正解が発表されたようで、楽しそうに一人また一人と用紙を確認しては「残念だったね」「惜しかったね」と話しながら去っていく。外れても誰もが笑っており落ち込んでいる者が一人もいないあたり、やはり参加者の目当てはカボチャではなく参加することだったのだろう。
そんな客達の隙間から、正解者が書かれた用紙がちらりと見えた。
用紙に書かれている数字は……、つい今しがたその道のプロから譲られたばかりの引換券と同じだ。
「やっぱりその道のプロだったんだ!」
シンシアが感動して譲られた引換券をぎゅうと握れば、鞄の中からヂュウヂュウと歓喜の声があがった。