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08:巨大カボチャとその道のプロ(前)

 

 広場に設置されたテントの一つ。

 そこに置かれた巨大なカボチャを見て、シンシアは目を輝かせた。


「乗り心地が良さそうな立派なカボチャ!」

『他の馬車にぶつかっても負けなさそうなカボチャ!』

「あれだけ元が大きければきっと豪華な馬車になるね。もしかしたらリクライニングシートかもしれない!」

『あれならきっと他の馬車をぶっ飛ばせるよ! スピードも出そうだし峠を攻めよう!』


 期待を抱き――ネズミ達の期待は聞き流し――さっそくとカボチャが飾られているテントへと向かう。

 大人の太腿ぐらいまで高さはあるだろう。比較用に普通のカボチャが並べられているが、その差はまるで大人と子供だ。通常のカボチャがミニチュアの玩具のように見えてくる。


「凄い、こんなに立派なカボチャは初めて見た。これはどうやって買えば……、売ってる人は? 競り?」


 周囲を見回してみるも八百屋らしき人物はいない。テントの中にあるのは巨大カボチャと比較用の普通カボチャ、それと木の箱と、紙の束とペン。

 紙に金額を書いて競るのだろうか。そうシンシアが疑問を抱いていると、背後から「重さを当てるんだよ」と声が聞こえてきた。


「重さ?」

「そう、重さ」


 突然の答えに振り返れば、そこには一人の青年。金色の髪に翡翠色の瞳、整った顔付きとスラリとした身体つきの、まさに美丈夫という青年だ。

 質の良い服をそつなく着こなしているあたり相応の身分の出だろうか。あるいは見目の良さのなせるわざか。佇む姿も絵になっている。

 そんな青年は穏やかに微笑みながらシンシアの隣までくると、「今年も立派だ」とカボチャを眺めて目を細めた。


「カボチャの重さを予想して紙に書いて、一番近かったひとが貰えるんだよ」

「なるほど、賞金ならぬ賞カボチャ」

「毎年この時期に行われているんだけど、知らないということは旅行者かな?」

「えっと……、実は少し離れた場所に住んでいて、……この時期はあまり外に出なくて」


 だからカボチャのことは知らなかった。そう誤魔化せば、青年は疑うことなく「そうなんだ」と信じてくれた。


「このイベントは年に一回だし、知らないのも仕方ないね」

「そうそう、仕方ない。それでこのカボチャなんだけど、つまり重さを当てないと貰えないんだよね」


 これは難しい、とシンシアは改めて巨大カボチャを見つめた。

 普通のカボチャの重さならおおよその予想はつく。だが今目の前にしているカボチャはあまりに巨大すぎて見当が付かない。

 中味がどうなっているかも分からないのだから、単純に隣にある平均的なカボチャと大きさを比較して計算するのも正しいとは思えない。中味がみっちりであれば単純計算よりも重くなるだろうし、意外と中はスカスカで重さはそこまでかもしれない。

 そう考えてみると『触るのは禁止』と張り紙が貼ってあるところも怪しい。


「敢えて重さを当てさせるということは、意外と軽いのかも……。いや、でもこの大きさならたとえ中がスカスカでもそれなりの重さはあるはず。皮と実と種の比率でも変わってくるかな」

「随分と真剣に考えてるね」

「もしかしたら隣にあるこのカボチャは誘導で、実は普通のカボチャよりも大きいのかもしれない。……むしろ『巨大カボチャ』という考え自体が罠で、実はカボチャじゃない可能性も?」

「真剣に考えるあまりカボチャそのものを疑い出したね」

「そもそもカボチャとは、いったい何をもってして『カボチャ』と定義するのか……。カボチャとはなんぞや」

「哲学的に悩み始めたところ悪いけど、そろそろ時間切れだよ」


 ほら、と青年が張り紙の一枚を指差す。

 そこには応募期間が書かれており、青年が懐中時計を見比べるように軽く掲げて見せてきた。


「あと二分くらいかな。あぁほら、回収の人がきた」

「えっ、どうしよう! ええい、もうこうなったら勘でいくしかない!! 最後に頼れるのは己の勘!」


 魔法使いとしてどうなのかと言われそうなことを高らかに口にし、シンシアは手にした紙に重さを書き込んだ。

 書いた数字はすべて当てずっぽうだ。

 青年が「僕も挑戦しようかな」と楽し気に一枚書く。


「紙の真ん中に線が書いてあるだろう? そこで切って、重さを書いた方を箱に、もう片方を自分の控えに取っておくんだ。だから無くさないようにね」

「なるほど、これが証明と引換券になるんだね」


 重さを書く用紙には上下に同じ番号が書かれており、これが申し込み番号になる。そして正解が発表されると同時に正解者の番号が掲示され、正解者は半券でカボチャを受け取るのだという。

 よく考えたものだとシンシアは感心して用紙を見つめた。

 魔法を使えば用紙と書いた者を紐付けるのは簡単だ。だが人間は魔法を使えない。それでもこうやって方法を見つけるのだから、やはり人間は面白い。


 そうシンシアが感心していると、回収係の女性が「終わりましたか?」と声を掛けてきた。

 だがすぐさま何かに気付いて「えっ!?」と声をあげてしまう。こちらを……、というよりは青年を見て。

 そんな女性に青年は穏やかに微笑み、応募は既に終えていると告げた。


 ……人差指を己の唇に当てながら。


「何かを隠されている気がする」

「気のせいじゃないかな」

「……もしかして、このカボチャの生産者?」


 生産者が挑戦するのはズルではないだろうか。なにせその道のプロだ。

 そうシンシアが勘ぐって青年を見据えれば、どういうわけか彼は楽しそうに笑い出した。疑われているのに笑うとは不思議な話だ。 

 対して回収係の女性はどうしたものかと困惑し、挙げ句にそそくさと箱を片付け始めてしまった。


「で、では、正解の発表は二時からになりますので、しばらくお待ちください。正解した場合、カボチャの引き換えは四時からになりますので用紙の半分をお忘れなくお持ちください」


 深々と頭を下げて女性が去っていく。その背が焦って見えるのは気のせいではないだろう。


 なぜ焦っているのか?

 考えるまでもない、シンシアの隣に立つ青年だ。彼が何かを隠そうとしているため、あの女性はこの場から逃げてしまった。


 ならばこの青年は何を隠しているのか。


「やっぱりカボチャの生産者だ」

「残念だけど、僕は生産者じゃないよ」

「それならカボチャの重さ当てのプロか……。まさかその道のプロが参戦するなんて」


 これではカボチャは青年のものだ。

 思わずシンシアが悔やめば青年はまたも楽しそうに笑い出した。どうやらカボチャの重さ当てのプロでもないらしい。

 ならばいったい何かと問うが、青年は穏やかに微笑むだけだ。


 怪しい。とシンシアが凝視するも、彼はどこ吹く風で「それより」と話を変えてきた。


「発表の二時まで時間があるけれど、きみは何をするつもりなんだい?」

「私? お昼がまだだから、どこかでご飯でも食べようかなと思ってるけど」

「それならこれも何かの縁だし一緒に……、あ、しまった」


 広場の先を見た青年が何かに気付き顔を顰めた。


「えぇっと、せっかくだし一緒にと思ったんだが、急用を思い出してしまった」

「カボチャ絡みの? その道のプロはやっぱり忙しいんだね」

「いやカボチャ絡みじゃないんだけど。とにかく、そういうわけだから失礼するよ。もしも君さえよければ、二時にここで」

「構わないけど」


 シンシアが応じれば、青年がパッと表情を明るくさせた。麗しい顔がより美しさを増す。

 そうして「また」と再会を求める言葉を残して青年が去っていった。回収係の女性のように、どことなく焦るように……。


 いったい何だとシンシアは首を傾げつつ、青年が見ていた方向へと視線をやった。

 彼はそちらを見て顔を顰めた。「しまった」とはっきりと口にしていたあたり、なにか都合の悪いものがあったのだろう。

 だが彼が見ていたのは広場の出入り口で、そこでは変わらず人が行き交っているだけだ。楽し気に話しながら歩く者や、それに声を掛ける商人。そして市街地の警備をしているのか、畏まった制服の者。


「回収係のひともその道のプロも、いったい何があったんだろうね?」


 人間は謎だらけだ。だけど興味深い。

 そうシンシアは鞄の中のネズミ達と話し、昼食のお店を探そうと広場を後にした。





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― 新着の感想 ―
青年はひょっとして王子様かな? (*´ω`*) 巨大かぼちゃって中身どうなんでしょうね? 通常サイズの外は緑色のかぼちゃしか食べたことないので、中の詰まり具合も味も想像つかないです。 (^~^;)ゞ
ま、まさかこの男性が…?
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