06:シンデレラと魔法使い(後)
シンデレラのドレスの面影を残しつつ、それでも形を変えた一着。
変わらぬ青い布、白い刺繍は銀色の糸に変えられており、より華やかさを増させている。
肩とデコルテを出した大胆なデザインではあるが、過剰な露出に感じさせないのは胸元に重ねられたレースのおかげだろうか。
元のドレスよりもスカートは豪華に膨らんでおり、きっと歩くだけでふわりふわりと揺れて周囲の目を奪うに違いない。
豪華であり優雅なドレス。
それでいて、シンデレラと彼女の母親が大事にした元のドレスの名残りはしっかりと残している。
このデザインは見事としか言いようがなく、今までドレスに関心の無かったテオフィルでさえ感嘆の声を漏らしてしまうほどだ。
「凄いな、さすがだ」
「素敵……。こ、このドレスを私が着るんですか?」
「あぁ、これを着て舞踏会に出席して、王子と一曲踊ってもらう。……このドレスで」
ふと、テオフィルはドレスからシンデレラへと視線を向けた。
目の前のドレスを自分が着るということにピンときていないのか、シンデレラはドレスを眺めつつ「これを……」と呟いている。
彼女がこのドレスを着たらさぞや美しいことだろう。金色の髪は青いドレスに映え、どちらもより輝きを増すはず。
淑やかに微笑めば大人びて美しく、朗らかに笑えばあどけなく愛らしい。もしかしたら王子どころか会場中の男からダンスに誘われるかもしれない。いや、きっと誘われるはずだ。これほど魅力的な彼女を世の男達が放っておくわけがない。
そうしてシンデレラは王子の手を取り踊る。
自分ではなく、王子と。
鐘の音が鳴り、一度別れ、再び出会い、末永く幸せに暮らす。
自分ではなく、王子と。
「…………」
「……テオフィル様? あの、テオフィル様」
「あっ、す、すまない、考え事をしていた」
数度シンデレラに名を呼ばれ、テオフィルははたと我に返った。
いったい何を馬鹿な事を考えていたんだ。そう心の中で自分に言い聞かせ、雑念を払うように軽く頭を振る。
「考え事をされていたんですね。邪魔をしてしまい申し訳ありません」
「いや、良いんだ。考え事といっても大事なことじゃない。ただ……、そう、どうやってこのドレスを考え付いたんだろうなと思って。それで、何の話だったか」
「舞踏会でのことについてです。ドレスなんて着慣れていないから、こんな凄いドレスを着て踊れるかどうか……」
「それは大丈夫だろう。仮にも相手は一国の王子なんだし、ダンスのリードには慣れているはずだ」
「そ、そうですね……。でも、私やっぱり不安で……」
話すシンデレラの口調は随分としどろもどろだ。
不安の表れだろうか。
だが考えてみれば不安を抱くのも当然である。シンデレラの家は裕福ではあるが貴族ではなく、ドレスはもちろん舞踏会だって慣れていないはず。とりわけ今は継母達に自尊心を折られている状態なのだから、会場でダンスを、それも王子となんて不安要素の積み重ねでしかない。
「そこまで不安ならドレスか靴にでも魔法を掛けておこう」
「魔法って、ダンスの魔法ですか? そんな事が出来るんですか?」
「そんなに大層なものじゃない。たった一晩、それもそつなくダンスをこなせるようにする程度の魔法だ」
王子のリードに合わせて動けるように身体能力とバランス感覚を少し強化するか、いっそ靴が自動的にダンスのステップを踏むようにしてもいい。世界に名立たる魔法使いだ、どちらの魔法も造作ない。
そうテオフィルが得意げに話す。
だがシンデレラはまだ不安が残るようで、「でも」と食い下がってきた。随分と必死に……。
「ま、魔法で体が動いても……、その、私自身が魔法に驚いちゃうかもしれません……。だから、あの……、れ、練習したいんです……」
「練習?」
「……はい。このドレスを着て、ダンスの練習を。……もし付き合って頂けるなら、テオフィル様に教えて頂きたいんですが」
遠慮がちに、それでもシンデレラはテオフィルの名を口にした。まるで願い乞うような声色。
恥ずかしいのだろう俯きがちに少し顔を伏せている。だが相手を見なくてはとも思っているのか、視線だけを向けてきた。
自然と上目遣いになる。不安気な表情と合わさって、彼女の表情は弱々しく儚くテオフィルの目に映った。
いかに世界に名立たる魔法使いといえど、これを断れるわけがない。
そもそも、テオフィルの頭に『断る』なんて選択肢は欠片も浮かばなかった。代わりに緊張と期待が湧いて心臓が跳ねる。
「そう、だな……。確かに、魔法のサポートがあるとはいえ慣れないドレスで踊るのは大変だろう。体が動いても表情や態度に余裕が無いと周りから変に思われるかもしれないしな」
「……そ、そうですよね! ちゃんと練習しないと、変に目立って、王子様の護衛の方達に怪しまれてもいけませんし」
「練習は必要だし、万全の体制にしておくに越したことはない。……それじゃあ、さっそく練習しようか」
話しつつテオフィルがそっと手を差し出せば、シンデレラが嬉しそうに手を重ねてきた。
指が細くしなやかな小さい手。ほんのりと暖かい。
その感覚を愛おしむようにテオフィルが優しく握れば、シンデレラが頬を染めながら微笑んだ。