04:代理シンデレラの生活
「シンデレラ! シンデレラ! さっさと降りてきなさい!」
階下から聞こえてくる声に、シンデレラもといシンシアは目を覚ました。
見覚えのある自室、……ではない。薄暗い一室。壁紙はなく木の板が露見しており、大きな箱が端に積まれている。明かりはランタンと小さな窓から差し込む日の光のみ。おかげで晴れた日中だというのに薄暗い
屋根裏部屋。
ここがシンデレラの自室であり、十日前に入れ替わってからはシンシアが自室として使っている。
かつては階下に立派な自室があったらしいが、姉に取られてこの部屋に追いやられたのだという。
だが『取られた』と言っても大きなこの家には他にも空き部屋がある。それでもわざわざ継母と姉達はシンデレラを屋根裏部屋に追いやるのだから、底意地の悪さが窺える。
「寝心地最悪と思ったけど意外と眠れるもんだなぁ」
ふわと欠伸をしつつ薄っぺらい布団から出る。これしか与えられていないらしいが、冬はさぞや寒かったろう。
そうして寝起きの気怠さを感じつつ階段を下りれば、一人の女性が苛立たし気に立っていた。
長い黒髪。きつい目元。年は四十台手前だろうか。棘のある美しさの女性だ。
自宅だというのにバッチリと化粧をし派手な衣服を纏っている。その姿はよく言えば華やかだが、逆に華美すぎて場違いとも言える。
彼女がシンデレラの継母だ。その背後に立つのは二人の娘。こちらもまた派手な服装をしており、居丈高にこちらを見る様はまさに親子。
「シンデレラ、いったい何度呼ばせるつもり? 呼んだらすぐに来なさいって言ったでしょう」
「すみませんでした。ちょっとお昼寝していたもので」
「なんなのその態度! 母に対する態度とは思えないわ、本当、育ちの悪い娘はこれだから嫌ね」
継母が嫌悪を露わに睨みつけてくる。侮蔑の意志すら感じさせる冷ややかで鋭い視線だ。
そんな継母の言葉に、「そうよそうよ」と姉達が続いた。
「シンデレラってば、最近凄く生意気なのよ。この前なんて、私が部屋の掃除と靴磨きをお願いしただけなのに『自分でやったら?』って言ってきたの。ちょっとお願いしただけなのに酷い言い草じゃない」
「私だって、スカートの裾が解れたから縫っておいてってお願いしたら針と糸を渡されたのよ。私、裁縫なんてしたことないのに。もしも針で指を突いて怪我をしちゃったらどうするのよ。あんまりだわ」
二人の姉が交互に不満を訴えてくる。それを聞く継母は「可哀想に」だの「なんて酷い」だのと完全に姉達の味方だ。
もっとも、姉達の不満も、合間に挟まれる継母からの指摘も、どれもがお門違いなものである。『シンデレラにお願いした』と言ってはいるものの、実際は命令口調だった。そもそも姉達が自分でやるべき事である。
それを断られて母親に告げ口。しかも自分が被害を受けた側のような言い分……。
呆れてシンシアが溜息を吐けば、継母がギロリときつく睨みつけてきた。
「シンデレラ、今の態度はどういうことかしら」
「あらお母様、私ちょっとばかし深めに溜息を吐いただけでございますのよ」
「また変な言葉遣いを……! 貴女、少し前から様子がおかしいわよ。前はのろまで使い物にならなかったけど、それでも私達の言う事は聞く従順だけが取り柄の娘だったのに。まるで中身が変わったみたい」
「気のせいですわお母様。それより、私お庭のカボチャに水やりをしてまいりますわ」
ごきげんようー、とシンシアが華麗にその場を去っていく。
背後から継母と姉達の不満気な訴えが聞こえてきた気がするが、それは無視しておいた。
「あんな環境にいたならシンデレラの自己肯定感が低くなるのも仕方ないね」
そうシンシアがぼやきながら庭のカボチャ畑に水をやる。
周囲には誰も居らず独り言。……ではない。シンシアの言葉に対して『そうだね』『まったくだよ』と高い声が返ってきた。
豊かに実ったカボチャの影から顔を覗かせているのは茶色のネズミ達だ。彼等がチィチィと高い鳴き声を上げつつ同意してくれている。
このネズミ達はシンデレラの友達らしい。シンシアが入れ替わった直後こそ動物の勘で警戒していたが、事情を知ると色々と教えてくれた。
シンデレラのこと、人間の生活のこと、そしてこの家のこと……。
『シンデレラの本当のお母さんは凄く優しい人だったんだよ。シンデレラの事を大事にしていたんだ』
『それなのにあの母親はシンデレラに冷たく接してさ。シンデレラのお父さんが仕事で遠くに行くとすぐにシンデレラを屋根裏部屋に追いやって! シンデレラがお父さんに手紙を出すのも禁止して、自分は贅沢してるくせにシンデレラの手紙は無駄遣いだって破いて暖炉で燃やしちゃったんだよ!』
『自分達は一日中遊んで、家のことはぜーんぶシンデレラに押し付けて。シンデレラも最初は母親と姉達と仲良くしようとしていたのに、シンデレラの気持ちを踏みにじって、許せないよ!』
ネズミ達の鳴き声が高くなっていく。それほどご立腹なのだ。
シンシアも同感だと頷こうとし……、聞こえてきた足音に気付いて「隠れて!」とネズミ達に告げた。
小さな姿がササッとカボチャの影に隠れていく。一匹、長い尻尾をはみ出させていたが、それは水を数滴掛けることで気付かせた。
「シンデレラ、まだ水やりなんてしていたの?」
「本当、とろくって嫌になるわ」
「お姉様達、いったい何の用でしょうか?」
愛想良く……、はさすがに出来ないながらも、努めて冷静にシンシアが問う。
対して二人の姉は不満気な表情を取り繕うこともせず、「何の用ですって?」と嫌味たらしく告げてきた。
「頼んでおいた紅茶はどうなったの? 用意しておいてって言ったでしょう?」
「お湯なら沸いてますよ」
「なによそれ、私達に自分で淹れろって言うの? 生意気よあんた!」
姉の一人がカッとなって声を荒らげる。
もう一人に至っては我慢が出来なくなったのか、「いい加減にしなさいよ!」と怒鳴ると共にドンとシンシアの肩を突き飛ばしてきた。
「……っ!」
まさか突き飛ばしてくるとは思わず、不意を突かれたシンシアはバランスを崩して畑に尻もちをついてしまう。
水やりをしたばかりで土がぬかるんでおり、地面についた手がぬちゃりと音を立てた。
「やだ、転んでる! 本当間抜けねあんた!」
「灰被りじゃなくて土被りじゃない! お似合いよ!」
畑に尻もちをつくシンシアの姿が面白かったのか、二人の姉が笑い出した。ケラケラと品の無い、ひとを馬鹿にする笑い方。
対してシンシアはゆっくりと立ち上がり……、
そのまま流れるような華麗な所作で二人の姉の頬を引っ叩いた。
静かな日中の庭先に、乾いた音が二発響く。
「なっ……、なに……、シンデレラ! あんた、私達のこと叩いたわね!!」
「あらお姉様ってば『暴力を振るうのは暴力を振るわれる覚悟がある者のみ』って言うじゃありませんか」
「言わないわよ!」
「あれ、言わない……? これって人間の常識じゃ……」
「どこの常識で生きてきたのよ! お母様! お母様ぁ! 私達なにもしてないのにシンデレラが叩いてきたの! お母様ぁ!!」
甲高い声をあげて姉達が走り去っていく。
明らかな逃げだ。その背を見届け、シンシアは一息吐くと水やりを再開した。
今はやかましい姉達よりも、いずれ馬車になってくれるカボチャの方が大事だ。
それと、『いいぞよくやった!』『もう一発くれてやれ!』とカボチャの影から歓声をあげる、些か血の気の多いネズミ達も大事である。