01:世界からの依頼
世界は時に、魔法使いに依頼をする。
『継母と義理の姉から冷遇される哀れな少女シンデレラを助け、王子と結婚し、末永く幸せに暮らせるように導け』
黄金色の文字で綴られた世界からの依頼書。一枚目には厳格な文面が記されている。
二枚目は白紙だ。だが紙がインクが滲むように黄金色の文字が現れ、一文字また一文字とスルスルと流れるように文面を繋げていった。あっという間に用紙は文字で埋まり、依頼内容の詳細を示してくる。
舞踏会への参加を許されなかったシンデレラを魔法で助け、彼女に美しいドレスを着せて舞踏会に送り届ける。舞踏会でシンデレラは王子と踊るも一度別れ……、と、指示の内容は随分と細かい。
「これが世界からの依頼……、初めて見ました」
「そうか、シンシアは初めてか。世界からの依頼は滅多に来ないし、僕もこれで二度目だ。以前は三百年前か四百年前、もっと前だったかな」
「そんなに昔なんですね」
「言うほど昔とは思わないけどな。それに、これでも二度目は早い方だと思うよ」
依頼書を封筒に戻しながら話すのは魔法使いテオフィル。世界に名立たる魔法使いである。
彼を師に持つシンシアは手渡された封筒をじっと見つめ、「受けるんですか?」と尋ねた。
「世界からの依頼をかい? もちろん。魔法使いならば受けるのは義務だ」
「それなら人間と接するんですよね? 私も行って良いですか!?」
「シンシアは相変わらず人間が好きだな。まぁ、いつかはシンシアにも依頼が来るだろうし、良いよ、参考がてらついてきなさい」
肩を竦めながらのテオフィルの返答に、シンシアは思わず「やった!」と声をあげかけ……、慌てて「学ばせて頂きます!」と弟子らしい返事に変えた。ーー「やっ」まで発してしまったので無駄な訂正な気もするがーー
◆◆◆
魔法使いは人間と共に生き、それでいて、彼等とは少しずれた世界で生活している。
一つでありながらもけして同じとは言い切れない世界。薄い壁で隔てられているような、どこまでいっても『隣』でしかないような、そんな世界だ。魔法使いから人間の世界に行くことは出来るが逆は叶わない。
そして魔法使いは人間を認識しているが、人間の中で魔法使いの存在を認識している者は僅かだ。
実際に魔法使いと接した事のある者か昔話や童話を信じ込む夢見がちな者。昔はもっといたらしいが、人間達の文化が進むにつれて次第に数が減っていったという。
「いずれ人間達は私達の存在を忘れてしまうんでしょうか?」
そうシンシアが訪ねたのは、件の少女シンデレラに会いに行く準備の最中。
人間に扮しても気付かれないよう彼等の服装に着替え、鞄や小物も彼等と同じものを……、と準備をしている中、ふと考えたのだ。
洋服も、靴も、鞄も、小物も。人間達が使う物は目まぐるしく進化している。何百年もローブを纏い同じ道具を使う魔法使いとは大違いだ。――魔法使いが遅れているわけではない。むしろローブも道具も、人間達の進化では到底追いつけそうにない代物である。強いて言うならば、魔法使いは進化とは別の次元、『不変』なのだ――
「忘れるって、突然どうしたんだ?」
「前に着た人間達の服と今の服じゃだいぶ違うじゃないですか。服も、鞄も、文化も、彼等は瞬く間に物事を変えていく。だから滅多に姿を現さない私達の事なんて忘れてしまうんじゃないかって思って」
「忘れることは流石に無いだろう。せいぜい、『魔法使いは物語の中の存在』と考える者だけになるだけだ。最近はそういう考えの人間が殆どだって言うじゃないか」
「……それってなんだか寂しくないですか?」
「寂しい?」
シンシアの言葉にテオフィルが首を傾げた。
訝しげとまでは言わないが、シンシアの言葉が理解出来ないと言いたげな表情だ。
次いで彼は「あぁ、そうか」と合点がいったと言いたげに呟いた。
「シンシアは人間が好きだからそう思うのか。僕は人間には興味が無いから、彼等にどう思われようとどうという事は無いな。人間は短命で目まぐるしく、見ているだけで疲れてくる」
淡々と話すテオフィルの口調には嫌悪感こそないが、同時に遠慮もない。心からの本音なのだろう。
元よりテオフィルは……、否、殆どの魔法使いは人間に対して興味を持っていない。彼等の文化や進化は魔法使いからしたら鼻で笑い飛ばすようなもので、人間達はそんな微々たる進化を必死に進め、短命ゆえにあっという間に命を散らしていく。
横暴と言うなかれ。人間が十数年かけてようやく実現させた技術も、魔法使いは片手で楽にこなしてしまうのだ。仕方ないと言えば仕方ない。
だがシンシアだけは師の言葉に同意は出来ず、自分の身を包むワンピースに視線を落とした。
そうして人間達の服装に身を包み、向かったのは一軒の家。
豪華な屋敷とまでは言わないが相応に立派な家屋だ。庭もあり、そこでは一人の少女が洗濯物を干していた。
金色の髪が美しい少女だが、纏っている服には解れやつぎはぎが目立ち、みすぼらしさを感じさせる。白い三角巾とエプロン姿でせかせかと動く姿はまるで家政婦のようではないか。
だが彼女こそ、この家の娘シンデレラだ。
「元々はこの家に見合った豊かな暮らしをしていたらしい。だが母親が亡くなり父親が再婚、継母と連れ子の姉妹とはそりが合わず、父が国外で働き出すと家を乗っ取られて……。と依頼書に書いてあったが、その通りのようだな」
「良い所のお嬢さんだったろうに。顔色も随分と悪いですね」
「境遇のせいだろう。まぁ、近いうちに王子と結婚出来るんだから、彼女にはもう少し耐えて貰って……」
テオフィルが言葉を止める。む、と眉間に皺を寄せて庭を歩くシンデレラを凝視しだした。
つられてシンシアも視線でシンデレラを追う。線の細い彼女の足取りはふらりと力なく、歩いているというよりは風に吹かれて舞う木の葉のようではないか。儚いを通り越し薄幸、危うさすら感じさせる。
シンデレラはそんな足取りで庭の隅にある井戸へと近付いていった。
水でも汲むのだろうか。
そう考えてシンシアが見つめていると、シンデレラは身を乗り出すように井戸の底を覗き込み……、
瞬間、彼女の身体が井戸に吸い込まれるように傾いた。
「うわぁぁ! 駄目、待って!」
「おい、待て、待ちなさい!!」
シンシアとテオフィルが同時に駆けだし、今まさに吸い込まれようとしていたシンデレラの身体を抱き着くようにして引き留める。
だが引き留めたは良いものの勢いを殺せず、そのまま三人揃ってその場に倒れ込んだ。