聖女と勇者のお仕事
「このインチキ聖女! 皆を騙すのも今日までよ!! 原因不明の体調不良を治すだなんて詐欺よ詐欺!」
「お前も一緒だ! インチキ勇者! 討伐だ何だと言っているが、倒した化け物は消えるから証拠が無いだと? そんな事信じられる筈がないだろう!」
その日、ある国の王都でそんな声が響いた。広場に手を後ろ手に縛られた男女が跪き、叫ぶ二人を見上げている。それを囲む人間達はその二人を興味深げに、または笑いながら見ている。心配そうに見ていた何人かはすぐにその集団から逃げていった。
「何か反論があるのなら言ってみなさいよ!」
「そうだ。証拠があるのなら出してみろ!」
その国の次期国王とその婚約者は叫んだ。
この二人は幼い頃、神から祝福された二人だった。その二人が国を治める日を国民は心待ちにしていた。きっと国は発展し、皆幸せになるに違いない。それで? そのお二人が糾弾するなんて一体何をしたというのか。インチキ聖女とインチキ勇者?
「…証拠は無いですけど」
「別にお二人に迷惑を掛けてはいませんよね」
国が定めた訳でも支援している訳でもない聖女と勇者はぼそっと呟いた。そもそも聖女と勇者というのも周囲が勝手に騒いだだけのものだ。本人達は何も関与していないし、もっと言うなれば二人はただの平民である。それでもその現場に居合わせた人間は勇敢に戦う勇者と苦しむ人間を助けてくれた聖女を神様の様に崇めて賞賛していたという。それも面白くない王族と貴族の二人。
「だとしても危険人物を放っておけません!」
「そうだ! お前らのやっていることは世界を混乱させる!」
その言葉に聖女と勇者は肩を落として「はぁー……」と長いため息をついた。
「じゃあ確認すれば良いじゃないですか」
「現場に来れば見られますよ。化け物」
「患者もインチキかもしれないでしょう!?」
「化け物だって何だか分かったものじゃない!」
「認めて欲しければ自分から証拠を集めて持ってきなさい!」
「そうだ! できなければ詐欺師として捕らえる!」
その二人の言葉に、また聖女と勇者は「はぁぁー…」とため息をついた。そしてこんな事を言う。
「じゃ、辞めます」
「うん。もう辞めます」
「それで済むと思っているの!?」
「罪を償え!」
「分かりました」
と、聖女は頷いた。
「何の罪でどんな罰があるのか知りませんが、ちゃんと罪を償います」
「同じく。もう討伐にも行かないし、罪滅ぼしに肉体労働でも何でもします」
勇者もあっさり。
「…え?」
「は?」
弁解も無くそう言った二人に、二人は高笑いをした。
「本当に詐欺だったのね!? こんなあっさり認めるなんて!」
「もう良い。連れて行け! 地下牢に閉じ込めろ! 肉体労働で済むと思うなよ!?」
「はーい」
「すいませんでしたー」
「詐欺師!」
「くたばれ!」
「二度と地下牢から出てくるな!」
「次期国王万歳!」
「時期王妃様ー!」
罪を認めた二人に罵詈雑言が投げかけられる。そして未来のこの国の統率者である二人には賞賛を。それも重々しく受け止めて、二人は地下牢に向かう為、立って歩き始めた。
ばさぁ!! 不意にそこに大きな布をはためかせた様な音が響き渡る。見上げると黒い巨大な影の中に靄が降ってきて人々は目を丸くした。
「な、なんだあの化け物!」
「うわぁああー!!」
「…う……っ」
いきなり巨大なトカゲに羽が生えた様な化け物が現れ、混乱して悲鳴が響き渡ったそこは一瞬で沈黙した。靄を吸い込んでしまったり触れてしまった人々は、次々に胸を押さえて口を噤む。苦しい! 頭が痛い。内臓が暴れているように体も痛い!! 皮膚も焼けるようだ!!
その地獄絵図の中で立ったままの二人はこんな事を呟いた。
「地下牢って城の地下って事かな」
「そうじゃない?」
「とりあえず向かうか。先導さんも動けなさそうだし」
「そうね」
と、自分達の縄の先を持っていた兵が蹲ってその縄を手放したのを見て、それを回収しながら呟く。
じゃ、行こうか。と歩き始めた二人に声が掛かった。
「待て…っ! 聖女、と勇者! あの化け物を倒せ! 俺達を治療しろ!」
「そうよ! 何やってるのよ! できるんでしょ!?」
がらがらの声にも関わらず、死に物狂いで叫んだ次期国王とその婚約者に、元聖女と元勇者は首を振った。
「いえ。もう辞めたんで」
「やりません」
その言葉に二人だけでなく周囲の人間も青ざめた。
「ここで証明すれば許してやるって言ってるのよ!」
「いえ、結構です。罰を受けますって言ってますよね?」
その瞬間、オオトカゲが人々に接近した。必死に頭を低くしながら息も絶え絶え次期国王は叫ぶ。
「大体、お前ら二人だけ平気というのもおかしいだろう! お前達のせいでこうなってるんじゃないのか!?」
そうだそうだ! と、必死に足元で叫ぶ群衆に勇者ははっきりと言った。
「違いますよ」
「っていうか、そんな事できる筈が無いじゃんねー」
「うん」
と、聖女と頷いている。取り付く島もない。
「とにかく、何でも良いから助けろ!! 不問にしてやるから!!」
「こっちは不問にしなくて良いって言ってます」
「何が勇者と聖女だ! こんな薄情な人間が」
「そうだ! 助ける力を持っていたら助ける筈だ!」
「こいつらは極悪人だ!」
それでも全然OK! と、頷いて、じゃあお城に。と踵を返した二人にまたしても声がかかった。
――聖女。勇者。待ちなさい。
ぱぁあー…。と、天から光が落ちてくる。その光に驚いたオオトカゲは一旦去りかけたが、その光の外で機会を伺っている。恐怖も靄も無くなったおかげで、そこにいた群衆は少し立ち直った。そして天を見上げる。
「神様…!」
「ああ、あの化け物を遠ざけて下さい」
「この詐欺師の二人も」
「望むところだぜ」
「行くぞ聖女」
「おう」
と、光の外に出掛けた二人を天からの声が慌てて引き留める。
――待ちなさい。聖女と勇者。そして小さき者よ。二人を愚弄するでない。
「しかしこの者は群衆を混乱に陥れたのですよ!?」
「しかも解決する力があるとしたら、この惨状を見て助けないでいられる極悪人です!!」
「力が無いのなら詐欺師です!」
「どちらにしても最低な人間です!!」
「お前らがやるなって言ったんじゃん」
「証拠を見せれば認めてやると言っただろう!」
「あんたらに認めて貰わなくても結構なんで」
――聖女と勇者。そんな事を言うではない。
その天からの声に二人はむすっと口をへの字に結んだ。
「神よ! この二人が勇者と聖女というのは…化け物を消したり人を癒す力を持っているのは本当なのですが?」
次期国王は天に問い掛けた。
――本当だ。
「何故こんな二人に力をお与えになったのですか!? こんな人間ではなく、私がその力を持っていればこの国の為に尽くすのに!」
「そうです! 私もその為なら何でもしたのに!!」
婚約者も涙ながらに叫ぶ。その利他的な態度に群衆も涙した。ああ、何て素晴らしい。そして神は何故、力を与える人を間違えたのか。神も誤ることがあるのか。こんなにも明らかだというのに。
――…。
その声に神は答えなかった。代わりに聖女と勇者が額に血管を浮かべながら笑う。
「お前、今何て言った?」
「正気か? 正気で言ったんか?」
ずかずかずか。と、二人は二人の元に進んだ。そして勇者がぱーん! と縄を千切り、ついでに聖女の縄もぱーん! と千切り、仁王立ちした二人は言う。
「『ここに、ただ人の為だけに尽くす大きな仕事がある。それを一生をかけて成す気はあるか』」
「『その為に娯楽や趣味、周囲との共生、常識的な肉体や思考を捨てる気はあるか』」
「?」
「??」
その言葉に目を丸くした二人に聖女と勇者は更に笑った。あれー? もしかして忘れちゃいましたか?
「『人には理解できない次元の仕事は、憧れや尊敬、または幾多の誤解や僻みを生むだろう』」
「『もしかしたら羨望の的になる可能性もある。しかし卑下の対象となる可能性もある。それは神には操作できない。全ては運命の導きである』」
あれ? どこかで聞いた言葉。の気がする。と眉間に皺を寄せた次期国王とその婚約者の胸ぐらを、聖女と勇者はむんずと掴んだ。
「十年前に、一月一日生まれの八歳という理由だけで集められたうちら四人に天から与えられた言葉を覚えていませんか?」
「あ」
「お前ら二人、『面倒なのも辛いのも嫌。こいつらにやらせておけばいい』そう言ってさっさと帰りましたよね?」
「…」
思い出した。その出来事は、天から祝福されたとして記憶と記録の改竄をした後に二人が婚約をする理由の一つにもなったきっかけ。そう言えば他にもう二人いたな。
ごくり。と、風向きの変わってきた四人の様子を群衆は固唾を飲んで見守る。
「今からでもお望みなら交代してやるわ。化け物退治しに行ってこい」
「そうそう。チェンジで」
――あ…そんな…。
「何で? 別に構わないでしょう? 私達でなければならない理由も、強くしてもらったり特殊能力を与えられた訳でも何も無いんだから。ちょっと細工して貰えば誰にでもできる簡単なお仕事です」
「そうそう。どいつもこいつも面倒を関係ない俺らに押し付けて高みの見物だもんなー。やってらんねーわ」
え? そうなの? と、群衆も次期国王ペアも二人を見上げる。二人は親指で天を指さすとにっこり笑ってこう言った。
「化け物が残らないようには処理してくれますよ」
「めっちゃ苦しい思いをすれば人を助ける事もできますから」
さて。この二人が言っている事はどういう事なのか。簡潔に説明するとこうである。
神は、この世界と化け物が住まう世界を同時に創造した。そうしたら、ちょっとした手違いで一瞬世界が繋がってしまったそうだ。そして化け物がほんの僅かにこの世界に入り込んでしまった。気付いたものはその場ですぐに取り除いたけれど、隠れて見付からなくなってしまった何匹かがいた。それが森や川に潜み、繁殖をしていると気付いたのがずーっと前。何とかひっそりとちまちま処理をしていたけれど、繁殖が進んだせいか、あっちこっちに出現するわ、人間達もどんどん困難な場所に進出していくわで、いつあいまみえるかとどきどきしていたらしい。そろそろ文化の発達したこの世界に自分が直接手を加えるのも限界だなー。でも世界観の違う化け物をそのままにはできないし、よっしゃ。現場の事は現場で処理して貰おう。そう思ったのが十年前。
それじゃあ誰にするかって言うと…育ち切っている人間は生活や体が出来上がっちゃっているだろうし、あんまり幼くても話を理解してもらえない…。この話理解できるの…八歳くらいかなー。そして八歳児全部集めて話するのも無理だからこの国に限定して切りの良い一月一日生まれを集めたら…おお。丁度男女二人ずつ。しかも王族も貴族も平民も混ざってて良いじゃん良いじゃん。と、神様らしくさっきの天啓を与えたら即刻二人が逃げて行った。仕方が無いので残り二人に掻い摘んで状況を説明する。化け物の国から化け物と、化け物が生むこの世界の人間には有害な毒が入り込んでしまった。悪いけど対処して欲しい。でも、二人にだけ異能を与えると世界が混乱するから「自力」で。
残された二人も当然「ノー!」と答えた。けれど、ぱぁああー! と光の中からまずは男子に無理矢理に剣を与え、これで化け物を傷付けて貰えればこっちで消すから。どこで何が起こっているか、こっちもなかなか気付けなくてさー。ここにいるよって合図出して貰う感じで。ね。頼むよ。悪いね。次に、ぱぁああー! と女子が光に包まれたかと思うと神が言う。これでめっちゃ頑張れば化け物由来の毒素を消せるようになったから。でも、本当にめっちゃ頑張らないと消せないから。君をポンプ代わりに毒を吸い上げて化け物の国に送る感じだから。だから体鍛えて! がんがん圧をかけていこう! あ、靄にやられない強い体だけは特別進呈しようね。ぱああぁーー。因みに強いって言っても靄にやられないだけで、箪笥の角に小指ぶつければ激痛だし、化け物にやられれば普通に死ぬから気を付けて! 以上!! はい! 解散!!
そんな訳で勇者と聖女は「自力」で神様の尻拭いをしていた訳である。
「だからお前らにもできるって。この剣やるし。っていうかマジで要らねーし。どんな化け物も、こいつで傷付けるだけで消して貰えっから」
「こっちも所詮ポンプ機能が与えられただけなんで。外部からの圧が無いとうんともすんともなんですわ。だから肺活量筋肉精神その他、頑張って体中鍛えると良いよ」
「そ…そんな…」
「無理…」
――そう。無理…。
「うっせー!!! 無理じゃねーんだよ!! こっちがやってんだからできない訳ねーだろうがー!!」
「言いがかりつけてきた挙句、無理で済むと思ってんのか!? ちゃんちゃらおかしいわ!」
「お、俺は次期国王として…」
「そ、そうよ。人には適材適所が…」
「『こんな人間ではなく、私がその力を持っていればこの国の為に尽くすのに』?」
「『私もその為なら何でもしたのに』?」
うぐ。と、二人は黙った。だって、まさか自力だったとは思わなかったので。
「まさかと思うけど、黙ってて格好良く化け物倒せる力が貰えるとか思ってねーよな? 次期国王様?」
「まさかと思うけど、願えば格好良く浄化できるなんて想像してませんよね? 次期王妃様?」
しーん。と、神様も化け物も群衆も見守る中、そこは沈黙した。
「こちとら勇者なんて肩書にも化け物消す使命にも、八歳の頃から何の魅力も感じてねーんだわ。全部放棄するのもこの剣お前に渡すのも全然構わないんだが?」
「右に同じ。さっきうちらの事を薄情な人間と言ってたけど、命がけで働いていたあたし達を罵倒する人間は真っ当なのかよ。やってらんねーっつーの」
しーん。と、やはり周囲は沈黙。
――そう言わずに。もう皆分かっただろうから君達も機嫌を直してさぁ…。
「大体神様だって表に出てこれないからお前らやれって言った癖にのこのこ出てきて何なの?」
――あ、そ、それは…。
「そうそう。もう隠れる必要ない。大っぴらに害虫駆除すれば良い。俺達がやる必要ねーじゃん」
――でも…そんなにあっちこっち見きれないし…。
「…あれ? そう言えば、うちらが羨望の的になっても卑下の対象になっても、それは運命の導きで神様には操作できないんじゃなかったっけ? 本当に何で出てきたの?」
――だって…本当に辞めようとしてたから…。
「つまり大人しく仕事している内は俺らがどんな目に合っても構わないけど、辞められるのは困るから出てきたんか!?」
しーん。
そう。どいつもこいつも聖女と勇者におんぶに抱っこ。誰も彼らを非難する権利は持っていない。
…のに、その二人に酷い言葉を投げつけてしまった訳である。と、その場の全員がやっと理解した。
――ええと、今更だけど、ごめんね。大変な事を頼んじゃって。でも本当に感謝してますからこの通り。何とかこれからもお願いします。
神様、一番乗りで謝罪。だからと言って、やっぱり力を与えるでも優遇する訳でもない感じで話を終えた。それに聖女と勇者はぶちギレ。まだただ働きさせる気かよとお天道様を睨みつけている。
それを見て次期国王と婚約者は自分達が次にするべき事を理解した。神様まで謝ったんだから意地張らなくて良いよね。
「こ…この度は、本当にすまなかった」
「ごめんなさい。色々と」
そう呟いたら周りからも口々に謝罪の声が上がる。
「本当にすいませんでした」
「申し訳ございませんでした」
「どうか御慈悲を」
「何とか、また元のように助けて頂けませんか…」
ちっ。と、聖女と勇者は舌打ち。こっちが望んでいるのはそんな事じゃないんだが?
――じゃ…じゃあね。後はそっちでごゆっくり…。
すぅー…。と、光が消えて神様は去った。そんな…。神様ー!!
光が消えた瞬間、待っていましたとばかりに化け物がこっちに向かってくる。ぎゃーーー!! と、悲鳴が上がった瞬間に皆靄で倒れた。それを見ながら聖女と勇者がち切れ。お前ら本当に。
本当に、もおおぉぉ----!!
「おぉい!!」
再度靄のせいでがくがくの次期国王の胸ぐらを掴んで勇者は言った。
「お前ら、二度といちゃもん付けてくんなよ。分かったか!?」
「はい…」
「今度ふざけた真似をしたらただじゃおかないよ!!?」
姉御宜しく聖女も叫ぶ。
「はひ…」
二人が息も絶え絶え頷いた瞬間に靄は消え去り、体の不調も無くなった。代わりにぜーはーしている聖女の汗が半端ない。
が、その聖女はすーっと息を吸い込むと化け物にグーを向けて叫ぶ。
「行けーー!! 勇者!! あいつをぶっ飛ばせーー!!」
「うおおおおおーーー!!」
って言うか、今ここにいるよ合図いるー!!?? と叫びながら、二人はその場から物凄い勢いで走り去った。
そして聖女と勇者(と、ある意味もう二人)は伝説になった。