バイオレット・ヴェノム 一回目の生涯 ~転落の幕開け~
バイオレットの悪評は公にされることはなかった。
ただ、学園に通う子供たちの親には当然耳に入るので、バイオレットは高等部に在籍しているにもかかわらず、婚約者が一向にできなかった。
貴族の令嬢は、高等部を卒業すると同時に結婚をすることがほとんどだった。
両親が見つけてくる場合がほとんどで、幼いころから婚約者がいるものも多く、そうでないものは高等部に上がるころには茶会や夜会に出て婚約者を見つける者もいた。
アルベルトはバイオレットが幼いうちは無理に婚約者を決める必要はないと思っていた。
何せ、我が娘は二人といない美人だし、我が家は王家ともつながりが深い公爵家。
相手はすぐ見つかるだろう。
高等部に進んでからゆっくり婚約者を探すまで、掌中の珠として可愛がり倒したかったこともあり、婚約者なんてすぐ見つかると高を括っていたのだ。
美人が際立つ中等部になってからは、数多申し入れられる婚約話を断るシミュレーションまでしていた。
だが予想に反して、婚約どころかお見合いすら申し込まれない。
それを家名とアルベルトの異名だけが際立ってしまい、恐れられてると勘違いしてしまったのもバイオレットの婚約者探しの出遅れに繋がったのは言うまでもない。
娘可愛さに目が眩んでいたアルベルトは、一肌脱ごうと家格のつり合う家にそれとなく婚約の打診をしても「うちの倅じゃお宅の娘さんは勿体ない」とやんわり断られてしまっていた。
アルベルトは焦っていたが、もっと焦っていたのはバイオレットだ。
「なんで私には婚約もお見合いすらの申し込みもないの?!」
バイオレットはよく自分にくっついてくる令嬢たちに相談をしたが、彼女たちは
「バイオレット様のお父様が余りに才知ある方で引け目に感じるのですわ。」
「バイオレット様が美しすぎて気後れしてしまっているのですわ。」
などと、役にも立たないことをつらつらと言ってくる。
公爵令嬢として焦っていることをおくびにも出さずにいるが、周りは当てにならない。
追従してくる令嬢たちですら全員婚約者がいるものだから、雑談の中の話題も婚約者の話や婚約者の家の話がちらほら出ることもある。
ただ、話が盛り上がるとご令嬢たちはバイオレットに遠慮して、無理な話題転換をすることが多く、バイオレットはその腫れ物に触るような扱いも気に食わなかった。
ある時、ほかの令嬢といるのが煩わしく感じたバイオレットは、授業をサボり、学院の中庭のガゼボにいた。
普段は生徒たちで賑わうガゼボだが、今は授業中のため誰もいない。
そよぐ風が気持ちよく、降り注ぐ太陽も木立で所々光っており、静かで落ち着ける空間となっていた。
来年は学院を卒業。今まで生きてきた17年で一番悩んでいた。
タタタッ。
そんな中、ガゼボに一人の少女が飛び込んできた。
授業中の今、建物の外にいる生徒なんて自分くらいだろうと思っていたバイオレットはびっくりしてその少女を見た。
少女もまさか人がいると思ってなかったのか、バイオレットを見ると驚いた顔をしていた。
「わっ!すみません!まさかどなたかいらっしゃるとは思わなくて!」
少女はそういうと、身を翻してガゼボを出ていこうとする。
バイオレットはゆっくり声をかけた。
「別にいいわよ。一人でぼんやりしていただけですから。あなたもこちらにいらしたら?」
普段なら声をかけないが、少女が泣き腫らした顔をしていたことと、自分の見知った顔でない者と話がしたかった。
「あ・・・。じゃあお言葉に甘えさえてください・・・。」
少女はバイオレットの隣に座ると、流れてきそうな涙を無理やり止めようとしているのが見て取れた。
「何かお辛い事でもありましたの?」
少女は無言のままうつむいてしまう。
貴族社会は下の者から上の者へ最初に口を開くことはない。
うつむいていたのも、高位の者と目を合わせないという貴族のルールに従ったのだろう。
バイオレットは貴族の中でも最も高位の公爵家なので、大抵一番に名乗りを上げて直答を許す立場だったのを思い出した。
「私はバイオレット・ヴェノム。ヴェノム公爵家の長女よ。あなたは?」
「私はアリッサ・ノームと申します。ノーム男爵家の次女です。」
「ああ。ノーム商会の?」
ノーム男爵家はアリッサの父が商会を成功させ、一代で富を築いた。
王家御用達の商品が多く、城に出入りさせるために王家が男爵位を授けた新興貴族だ。
口さがないものは「金で男爵位を買った」と噂している。
「はい。ノーム商会はもともと父で三代目なのですが、父が大きくしました。
最近貴族の仲間入りさせて頂いたため、私はなかなか馴染めません。」
「まあそうよね。立場が違うと何をどうしていいのかわからなくなってしまうでしょうね。」
「バイオレット様でも悩みがおありなのでしょうか?
素敵なご両親とお兄様、美しい美貌をお持ちなのに。」
どうやらアリッサは泣き止んだようだった。
元来朗らかな性格なのだろう。
最初はバイオレットを見てびくびくしていたが物怖じせずこちらをしっかり見ながら話している。
貴族の礼儀には反するが・・・。
「私も自分の家族は素晴らしいと思うわ。もちろん誇りに思っております。
ただ、そのせいなのか、お恥ずかしい話、私にはまだ婚約者がいないの。
来年は卒業だというのに。」
こんな話は誰にもしたことがなかった。
見知った顔ではないのと、一人になり油断していたところのイレギュラーが舞い込んだためなのか。
するとアリッサは少し驚いた顔をして手を取ってきた。
「バイオレット様がですか?
実はわたしも先月まで婚約者がいなかったのです!
ですが、あるものを手に入れたら瞬く間に婚約してくれる男性が現れたのです!」
藁にもすがる思いだったバイオレットは、持ち前の素直な性格もありアリッサの話に興味を惹かれた。
「あるものって何かしら?」
「『出会いの石』という宝石なんです。」
「『出会いの石』?聞いたことがないですわ。」
「はい!隣国のヴェルツナー王国から発掘される宝石で、その石を手に入れると望む人と出会えるというものなんです!」
なんでもアリッサの話によると、その『出会いの石』はとても貴重で、唯一発掘されるヴェルツナーでも中々採れないとのことだ。
数年前まではヴェルツナーも国外との取引を行っていたが、今はほとんど出回ることがないそうだ。
ヴェルツナーに直接買い付けに行っても、国外に持ち出すのは何種類も許可書が必要となり、買い付けの契約をしてから数年経たないと手元に来ないらしい。
希少価値が高いうえに、石自体の特徴も珍しく、角度や光の反射によって色がかわるのだそうだ。
「その希少価値が高い宝石を、なぜあなたが手に入れることが出来たのかしら?」
「それは、父は商人なので特別な取引ができるのです。
あのもしご興味があるようでしたらバイオレット様もお取引の様子をご覧になりますか?
怪しいと思ったり、値段が見合わないと思ったら購入しなくてもいいんですよ。」
「私もそこに入れるのかしら?」
「ええ。当商会の名前を出していただければ。
ただ、バイオレット様だからお教えしました。
ほかの方には例えご家族様にもお知らせしないでほしいんです。
商人は信用が一番で、信用を失うのはすべて失うのと同じなので。」
アリッサがバイオレットに対して早まってしまったような不安な顔を見せたので、バイオレットは貴族特有のアルカイックスマイルで安心させた。
そうなってくると話はどんどん進んでいく。
取引は直近で明日の夜。
その後は1か月後となってしまうらしい。
幸い手元の資金は豊富にあるため困ることもないだろう。
バイオレットは早くその石を見て、購入したかったので、アリッサに商談に連れて行ってもらうようお願いした。