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【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。  作者: 秋月 一花
1章:踊り子 アナベル
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踊り子 アナベル 7話

 その日から、一座の座員はアナベルにいろいろなことを教え始める。


 いろいろな芸を見せて、アナベルが一番気に入ったものを中心に教えることになり、彼女はミシェルが見せてくれた剣舞を選んだ。


 他にも様々な世渡り方法を教えてもらったり、料理を教わったり、魔法の使い方も教わる日々が続く。


 特に、ミシェルは熱心に教えてくれた。厳しいときもあったが、裏を返せばそれだけアナベルに期待していることだ。


「……今日もくたくたになるまでやっちゃったぁ……。アナベルちゃん、あたしのこと嫌いになってないと良いけど……」

「だったら、どうしてあんなに厳しく教えているんだ?」

「だぁって、あの子の目、なにかに囚われたままなんだものぉ。せっかくあんなに可愛いのに、もったいないじゃなぁい? 身体を動かすことで、少しでも発散できたらなぁって思っていたんだけど……」

「まぁ、あの年齢じゃ身体を動かすくらいでしか、発散できないか」

「大人になれば、もーっと良い方法があるんだけどねぇ? 気持ち良くて真っ白になっちゃう、発散方法が……」


 ぎゅっとクレマンの腕に、自分の胸を押し当てるようにぴたりと寄り添うミシェルに、彼はくしゃくしゃと彼女の頭を撫でる。


 ミシェルはムッとしたように唇を尖らせて、クレマンの手を掴んだ。


「ひどーい、セット、大変なのよぉ?」

「はいはい。ま、その発散方法は追々教えてやれ」

「……教えられたら、ね……」


 ぐっすりと眠るアナベルを見て、ミシェルは小声でつぶやく。ゆっくりと息を吐いて、自身のお腹に手を乗せる。


「……もしも生きていたら、この子くらいかなぁ……」


 お腹をさすって、目元を細めた。アナベルを放っておけなかったのは、自身の子の姿を重ねたから。


「……ねぇ、旅芸人のもう一つの仕事、アナベルちゃんにさせないでね。あたしがいなくなっても。お願いよ」

「……努力はするさ。幸い、アナベルの魔力はそこそこ高そうだから、幻想の魔法でも教え込んで、身を守ってもらうしかないな」

「……そうね、それしかないよね……」


 旅芸人のもう一つの仕事――……


 芸を見せたあとで、客に声をかけられたら拒むことは許されない。


 それは男女ともに、だ。


 一夜の……とびっきり最高な夢を見せてあげる。それが彼らのもう一つの仕事だ。


「あと、この子結構、剣術向いているかも。本格的に教えてあげても良いかもよ?」

「剣術を教えられるのなんて、うちの一座じゃ一部だけだろ……。ま、考えてはおく」

「うふふ、さすがクレマン。この子のこと、よろしくね」


 ミシェルはふわりと花がほころぶようにはにかみ、クレマンの頬にキスをすると、アナベルの隣に入り込んで目を閉じた。


 ――そしてそれから十五年後、アナベルは一座のトップで輝くことになる。


 ◆◆◆


 ――アナベルが一座に加入してから、十五年の月日が経った。


 そのあいだに、様々な人が入り、抜けて、を繰り返しながら旅を続けている。


 アナベルは昔、自分を花嫁にしようとしていた貴族、ジョエルが何者かによって殺されていることや、北部の村が焼かれていた事件について耳にすることがあった。


 そのどれもが信憑性(しんぴょうせい)の薄いものだったが、彼女はたくさんの噂を集めた。そのうちのどれかが、当たりであることを願って。


「アナベル、準備は良いか?」

「大丈夫よぉ、座長。あたしの準備はバッチリ!」


 ウェーブがかかったプラチナブロンドは(つや)があり、ポニーテールで緩やかにまとめられていた。


 アメシストの瞳は、誰をも魅了しそうな輝きを発していた。ピンク色のグロスで色づけられた唇はぷるんとしていて、男性たちの視線を釘付けにするだろう。


 すらりと伸びた手足、形の良い胸、丸くてきゅっと上がったお尻。


 ――そのすべてが、アナベルの武器だ。


 アナベルは剣きゅっと(にぎ)る。


(見ていてね、ミシェルさん)


 天を仰ぐように空へと顔を向けてから、前を見据えて歩き出す。


 今日は、この街で最後のパフォーマンスだ。


 ステージにアナベルが立つと、途端にヒューヒューと口笛が聞こえた。


 音楽が鳴り始め、アナベルはそっと剣を抜き、鞘を大きく空へと放つ。


 落ちてくるあいだにも、ステップを踏み、剣舞を披露(ひろう)する。――あの日、ミシェルが見せてくれたように。


 リズムに乗ってステップを踏み、剣を振るう。


 上空に放った鞘が剣に吸い込まれるようにぴたりと収まり、もう一度剣を抜き、今度は鞘も握ったままステップを踏んだ。


 音楽は過激さを増していく。


 それに合わせるようにアナベルの動きも大胆な動きになり、ステージを見ている人たちの欲望を煽るようだった。


 最後まで踊りきり、大きく両手を広げてからすっと頭を下げる。


「アナベルちゃん、最高ーっ!」

「すっげぇセクシーだったよー!」


 そんな声が投げかけられて、アナベルは自分の唇に人差し指と中指を当て、チュッっと音を立ててキスを飛ばし、ウインクをした。


 アナベルの剣舞はミシェルのものだ。彼女が一生懸命に教えてくれたもの。


 そして、アナベルがステージで演じる人物像も、ミシェルそのものだ。


 ミシェルは、アナベルが十五歳の頃に亡くなってしまった。もとからあまり身体が丈夫ではなかったそうで、このまま旅を続けていたらいつ亡くなってもおかしくない、と街の医者に宣言されていた。


 それでもミシェルは、旅を続けていた。一日でも長く、アナベルの(そば)にいたかったから。


 だが、無理がたたったのか途中で倒れてしまい、近くの町で看病をしたがそのまま亡くなった。


 そのときに、アナベルはミシェルの手を握って、何度もお礼と謝罪を伝えていた。


『謝らなくていいのよぉ、アナベルちゃん……。これからは、あなたが一座のスターになってね。……でも、自分の身体は売っちゃダメよ。大切にしなさいね……。……そうね、できれば初めては……素敵な人が、良いわよねぇ……』


 力なく笑うミシェルと、そう約束したのだ。


 だから、アナベルは客に誘われても幻想の魔法を使い、その人の都合の良い夢を見せることで、自身を守り続けた。


 その後、座長からミシェルの過去を断片的に伝えられた。彼女はずっと、アナベルを守ってくれていたのだと知り、彼女の剣舞を広めようとアナベルは決心し、現在に至る。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪

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