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【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。  作者: 秋月 一花
5章:エピローグへの足音
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エピローグへの足音 6話

 そして、(またた)く間にイレインの斬首刑の執行日になった。


 イレインは普段の派手なドレスではなく、みすぼらしい格好になっていた。化粧もしていないため、誰だかわらないくらいになっていた。


 アナベルはその顔を見てゾッと背筋が寒くなる。


 美しいと言われていたイレインの美貌(びぼう)は、たった三日でかなり劣化していたからだ。


(若い女性の血を、浴びなかったから……?)


 そう考えて、アナベルはぶるりと震えた。自分を抱きしめるようにぎゅっと二の腕を掴み、(さす)る。


「寒いのか?」

「あ、いえ……。彼女の美貌が、あまりにも……」

「ああ、一気に老け込んだな。たった三日で、このようなことになるとは……」


 どうやらエルヴィスも意外だったらしい。


 アナベルはエルヴィスに近付くと、彼はそっと自分のマントを彼女に羽織らせた。


「斬首刑だ。見なくてもいいんだぞ」

「……いいえ、わたくしには見届ける義務があります」


 首を緩やかに横に振り、アナベルは真っ直ぐにエルヴィスを見上げた。この計画に参加した自分には、彼女の最期を見届ける義務があるのだと、固い決意を宿した瞳で彼を見つめ続ける。


「……そうか。……では、刑を執行しよう」


 エルヴィスがすっと片手を上げた。


 イレインが断頭台へ連れていかれ、そこに姿を見せる。


 王妃が処刑されることを知った民衆は、その姿を一目見ようと集まっていた。


 ――民衆たちは、小さな悲鳴を上げる。


 噂に聞いていたイレインの美貌とは違い、この世のすべてを恨むようなその表情は、悪魔を連想させた。


「これより、刑を執行する」


 死刑執行人が、静かに声を出す。


 イレインは黒服を着た人たちに身体を押さえられ、穴の中に頭を入れられた。彼女は自分を化け物のように見る民衆に、表情を歪める。


「なにか言い残すことはあるか?」


 イレインはなにも言わなかった。なにも言わず、ただ目を伏せた。


 刑は、静かに執行された。彼女の首は刎ねられて、ごろりとその首が落ちた。――アナベルは、しっかりとその姿を目に焼き付けた。


 ◆◆◆


 イレインが処刑され、残された彼女に仕えていた者たちには選択肢が与えられた。このまま王宮で働くか、ここから去るか。


 全員、去ることを選んだ。


 イレインが住んでいた宮殿には、捕らえられていた少女たちがいた。全員孤児院にいた少女だったらしく、彼女の生贄として暮らしていたらしい。


「……これで終わった、のよね……」


 ぽつり、とアナベルが言葉をこぼした。


「……ああ。これから少し忙しくなるが……」

「ねえ、エルヴィス。あたしはどうなるのかしら?」


 軽く首をかしげて問うと、エルヴィスはぽんと彼女の頭に手を置いて撫でる。


「心配しなくてもいい」


 エルヴィスが優しく言葉を発する。アナベルはエルヴィスを見上げて、小さく眉を下げた。


「……ねえ、エルヴィス。あたしね――……」


 アナベルはゆっくりと言葉を紡いでいく。エルヴィスはその言葉をしっかりと受け止め、彼女のことを強く抱きしめる。


 そして、名残惜しそうに、エルヴィスはアナベルから離れた。


「……これ、返すわ」

「……いや、ベルが持っていてくれ」


 以前渡されたブローチをエルヴィスに返そうとすると、彼はそれを断った。アナベルが視線で「なぜ?」と問いかけると、彼はすっと彼女の手を取り、手の甲に唇を落とす。


「私の心は、きみのものだ。――愛している、ベル」

「大変ご無沙汰しております。エルヴィス……」


 アナベルはブローチをぎゅっと包み込みように握り、小さくうなずいて微笑みを浮かべた。


「――あなたがあたしの、最愛の人よ……」


 そっと、アナベルの頬にエルヴィスが触れ、二人の距離が縮まり、唇が重なる。


 アナベルは目を閉じて、彼の唇の感触を忘れないように、しっかりと心に刻み込んだ。


「……また会おう、アナベル」

「ええ、またね、エルヴィス陛下」


 アナベルから離れて、エルヴィスは彼女から去っていく。彼女は胸元に手を置いて目を閉じ、息を吐いた。


 ぐいっと目を擦り、空を見上げる。


 ――空の青さが目にしみた。


 アナベルは一度宮殿に戻り、部屋に閉じこもった。


 翌日、荷物をまとめたアナベルは、宮殿の人たちにひどく驚かれた。


「あ、アナベルさま? どちらに向かわれるのですか?」

「村に行くのよ。あれから一度も戻れていないから……ごめんね、もしも次に会うことがあったら、そのときこそ、名前を教えてね」


 自分の荷物なんて、ほとんどない。


 アナベルは旅芸人だったのだから、本当に必要なものを詰め込んで、宮殿を去っていく。


 ――自分が使っていた部屋のナイトテーブルの上に、ブローチは置いてきた。


 置手紙を用意して、自分の想いを託した。ロクサーヌたちは娼館をやめ、アナベルについていくと言ってくれたので、ありがたくその提案を受け入れて四人で村まで向かう。


 一週間ほど時間をかけて、やっと村にたどりついた。


 記憶の中の村よりも、もっとひどいことになっていたが、アナベルは真っ直ぐに自分が暮らしていた家まで歩き、座り込む。


「――終わったよ、みんな……。みんなの仇、取れたよ……!」


 イレインはもういない。きっと今頃、地獄に落ちているだろう。


 アナベルが静かに涙を流していると、懐かしい声が聞こえた。


「……アナベル?」


 クレマンの声だった。旅芸人の仲間も、アナベルに気付くと一斉に「どうしてここへ?」と問いかける。


「あたし、復讐が終わったから報告に……」

「ついに魔女は退治されたのか、良かった……。これで、ミシェルも安心できるな、きっと」

「……そうね。……ところで、どうしてここにいるの?」

「いや、それが……」


 クレマンは後頭部をガリガリとかいて、説明を始めた。それを聞いて、アナベルは目を丸くする。


「村の、復興のため……?」

「ああ。旅芸人の仲間も増えたからな。拠点を持っても良いんじゃないかって話し合い、この場所にしようと思ったんだ」

「どうして? こんなに……焼かれて、なにもない……場所なのに」

「……だからだよ。一から作り出すんだ。みんなで。アナベルはどうする?」

「……参加していいの?」

「もともとこの村に暮らしていたのは、お前だろう?」


 クレマンの言葉にアナベルは小さく笑って、それから「参加するわ」と元気に答えた。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪

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