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【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。  作者: 秋月 一花
5章:エピローグへの足音
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エピローグへの足音 5話

 エルヴィスは目元を細めてイレインを見た。彼女が「なんですって?」と顔をしかめる。


「私を魔物討伐に行かせたのは、イレインだろう。そのあいだに子どもを作り、産んだ。――ああ、その子は孤児院に預けることになっている。もう二度と、会うことはないだろう」


 イレインの子どもを孤児院に預けることに決めたのは、せめてもの慈悲だった。彼女の子は乳母がずっと育てていて、母親であるイレインはあまり関わりを持っていなかった。


「――どうして、そんな非道なことができるのですか!」

「非道はどちらだ? ……まったく、ここまで反省のない人間は初めて見る。……ああ、いや、考えてみれば魔女であったな」

「良い魔女に失礼ですわよ、陛下」


 くすっとアナベルが笑った。そして、イレインに一歩近付く。


「――でも、悪い魔女の結末なんて、いつも一つ。火あぶりになって終わりですわ。斬首刑よりも火あぶりのほうが良かったかしら?」

「バカなことを言わないで! 私は魔女なんかじゃないわ!」


 イレインの悲鳴にも似た声が地下牢に響く。


「――それを決めるのはお前じゃない。我々だ」


 エルヴィスの冷たい声と態度に、イレインは鉄格子を握りしめてわなわなと震えた。


「さて、娘との別れは済んだか?」

「はい、陛下。お心遣いをいただき、感謝しております。先程、娘にも伝えましたが、イレインとは縁を切りました」

「そうか、それはつらい決断だったろう。……貴殿たちは娘との縁を切り、どうするつもりだ? このような娘を王妃に推した責任は?」

「……陛下が許してくださるのであれば、我々は政治から撤退し、田舎で余生を過ごそうかと……」

「それはダヴィドと決めてくれ。私は王ではなくなるのだから」


 さらりと告げられた言葉に、イレインの目が大きく見開く。信じられないことを耳にした、とばかりに。


「どういうことですのっ?」

「どうもこうもないさ。私は王位を降りる。それだけのことだ」


 エルヴィスがきっぱりと言い切ると、イレインが「なぜですか!?」と声を荒げた。


「なぜ? ……私はお前のことを止められなかった。それが理由だ」


 イレインがポロポロと涙を流す。自分が守ってきた王妃という地位を、エルヴィスの宣言によって失うことになったから。


「……身勝手な人ね」


 ぽつり、とアナベルが言葉をつぶやく。


「あなたに苦しめられた人がどれだけいると思うの? わたくしもその一人。ミシェルさんもマルトも……あなたに関わった人も、関わらなかった人も。自分に都合の良い人物しか残さなかった、あなたの失態ね。……せめて、本気であなたを(いさ)めることができる人がいれば良かったのだけど」


 アナベルはちらりとイレインの両親に視線を向ける。彼らはバツが悪そうに、彼女から視線をそらした。


「我らはもう、なににも手出しをしません。それでよろしいでしょう?」

「それを決めるのもダヴィドだな」


 エルヴィスは両肩を上げて重々しく息を吐く。


 実際にはダヴィドと話し合って処遇を決める予定だが、娘――イレインと縁を切れば自分たちは助かる、という考え方が彼には気に入らなかった。


「……」


 忌々しそうにエルヴィスを睨みつけるイレインの両親に、彼はただ笑う。それを見て逃げるように去っていく両親を見たイレインは、手を伸ばして両親に追い縋った。だが、彼らは一度も彼女を振り返ることなく、地下牢をあとにする。


「……なん、なのよ……!」


 イレインは力を失ったかのようにその場に座り込み、カタカタと震えている。そんな彼女の姿を見たエルヴィスとアナベルは、――なにも、感じなかった。


「お前と話すのはこれで最期だろう。――さようなら、イレイン」

「……」


 アナベルはちらりとエルヴィスを見上げた。彼はただ、冷たい視線でイレインを見ていた。その瞳に一切感情は見えず、アナベルは彼の腕をぐいっと引っ張る。


「ベル?」

「行きましょう、エルヴィス陛下。わたくしたちがここにいる理由なんて、もうないでしょう?」

「……そうだな」


 二人はちらりとイレインに視線をやってから、地下牢から離れた。


 アナベルが暮らしている宮殿に戻り、エルヴィスとともに少しのあいだ、静かな時間を過ごそうと部屋に向かう。


「……エルヴィス」


 エルヴィスとアナベルはソファに座り、アナベルがぽんぽんと自分の膝を叩きながら彼の名を呼ぶ。


「顔色が悪いですわ。少し、休んでくださいませ」

「……ああ、そうだな。そうさせてもらおう……」


 アナベルの言葉に素直に従い、エルヴィスは彼女の膝を枕にして眠りについた。


 彼の眠りを邪魔しないように、アナベルはそっと息を吐く。


(――終わった……のよね……?)


 イレインのことを思い浮かべたアナベルは、緩やかに首を振る。まさか自分の両親に見捨てられるとは思わなかっただろう。


(これから、どうしようかしら……)


 このまま、ここで暮らすわけにはいかないだろう。


 ダヴィドが王になるということは、新たな寵姫(ちょうき)が呼ばれることになるだろうから。


(でも、せめて今だけは――……)


 エルヴィスを見つめて、起こさないようにそっと頬に触れる。すやすやと眠っているエルヴィスを見て、アナベルは小さく口角を上げた。


(あなたの隣にいたいのよ、エルヴィス……)


 たとえ離れ離れになるときがきたとしても。


 アナベルはそっと心の中でつぶやいて、自身の目を閉じた。


 これからのことを想像して、自分がどうすれば良いのかを考え始めた。


 もとの計画からはだいぶ離れてしまったが、イレインがやってきたことを思えば自業自得だろう。


廃妃(はいひ)にするつもりだったのに、斬首刑になったものね……)


 遅しいほどに、自分の美貌ばかりを気にかけていたイレイン。


 その犠牲になった人たちを思い、アナベルは――どうか安らかに、と祈ることしかできなかった――……


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪

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