踊り子 アナベル 5話
「記憶喪失の女の子かー。親戚とか思い出せないか?」
クレマンに問われて、アナベルは首を左右に振る。
親戚もなにも、あの村のこと知らなかったのでなにも言えなかった。
「そっかぁ……」
「ねぇ、座長。この子、行く場所がないなら、あたしたちの一座に加えようよ。あたしねぇ、前から可愛い女の子がほしかったんだぁ」
「簡単に言うなよ、ミシェル。はぁ、まったく。とりあえず、今日はここで野宿だ。準備しな、野郎ども!」
「あれ、良いんスか、いつもならもう少し歩くのに」
「良いんだよ、オレがそう言っているんだから」
「やったー! 確かこの近くに湖があったよね。みんなー、水浴びの時間だよ!」
きゃあきゃあと女性たちの歓喜の声が森の中に響く。
男性たちがテントを設営している最中に、女性たちはタオルと着替えを持って湖まで足を運んだ。アナベルもミシェルに連れられて湖にきた。
「……湖に入るの? 冷たいのに?」
「ふっふっふ、湖の一部をお湯に変えてしまうのさ。まぁ、見ててごらん?」
服を脱いで全裸になった女性たちを見ると、アナベルは顔を赤らめる。
恥じらうことなく堂々としているのを見て、動揺している自分のほうがおかしいのかな? とぐるぐる考え込んだ。
「いやぁ、魔法って便利だねぇ」
魔法でどんどんと、なにかが出来上がっていく。
女性たちが協力して、湖の一部を魔法で区切ったようだ。
ミシェルが近付いて、そっと湖の表面に触れると――湯気が立ち込める。
「えっ!?」
「さすがミシェル! さぁ、みんなで入るわよ!」
「やったぁ!」
「ミシェル最高ーっ!」
「はいはい、しっかり温まるんだよ!」
女性たちはとてもはしゃいでいた。お湯に浸かり「あぁ……」と気持ちよさそうに恍惚の表情を浮かべていた。
ミシェルの手によってアナベルも服を脱がされ、お湯に浸かる。
「……あれ?」
アナベルが自分の身体を見て、思わず目を丸くして声を上げた。
それに気付いたミシェルが、「どうかした?」と声をかけて顔を覗き込む。
「傷がない……?」
「ああ、回復魔法をかけたからね。回復魔法をかけても丸一日は目覚めなかったら、よっぽど疲れていたんだろうねぇ……」
よしよし、と頭を撫でられたアナベルは、他の人たちからも同情の視線を向けられていることに気付いて、女性たちを見渡す。
顔を隠すように、ぎゅっとミシェルに抱きついた。
「おや、どうしたの?」
「……どうしてみんな、アナベルを見るの?」
「ん~、そりゃあ拾った女の子が目を覚ませばねぇ……。でも、そうね。いきなりこんなたくさんの人たちに見られたら怖いよね。ごめんごめん。……そんなわけだから、あなたたちはこっちを見ないであっちを見てなさいな」
「えーっ、ミシェルだけかわいい子を独り占めなんて、ずるいわよぉ」
「そうよ、私たちだって仲良くしたいわぁ」
ミシェルはしっしっと視線を払うように手を動かす。すると、女性たちは唇を尖らせて文句を口にする。その様子はなんだか楽しそうで、アナベルは不思議な気持ちになる。
女性たちはアナベルの髪を洗ったり、顔を洗ったり、身体を洗ったりして、彼女のことをピカピカに磨いた。
そして、ピカピカになったアナベルを見て、頬に手を添えてゆっくりと息を吐く。
「……あらぁ、これは……とっても可愛いわぁ……」
「本当、まるで天使のようね」
「うーん、これは将来、絶対に綺麗になるわよぉ」
マジマジと見られて、アナベルは身体を隠すように縮こまる。
「ねえ、ミシェル。水浴びもしていい?」
「気をつけるならね」
「わかってるわ。ふふ、水浴びも気持ち良いのよねぇ」
楽し気に女性たちは湖の水に触れたり、寒くなったらお湯に戻ったりと、自由に移動して旅の疲れを癒していた。
「テント張り終わったぞー」
男性の声を合図に、みんな湖から上がり、バスタオルで身体を拭いたり髪を拭いたりしてから、服を着替える。
アナベルの服は誰が用意したのか、ぴったりな服が用意されていた。
「あ~ん、すっごく可愛い~! やっぱり女の子って可愛いわよねぇ」
ミシェルのはしゃぎように、アナベルは顔を赤くする。子ども用の服だ。水色のワンピースに白いエプロン。さらに、寒くないように、とふわふわの防寒着まで用意されていて、目を丸くする。
「風邪をひかないように、髪を乾かさないとね」
そっとミシェルのアナベルの髪に触れ、手櫛で梳かすように動かす。
アナベルの髪が一瞬で乾き、「これで仕上げよ」とヘアオイルをつけた。
「うん、髪もつやつや、ほっぺもぷるぷる。最高に可愛いわぁ!」
大袈裟なくらい褒め称えられて、アナベルはもじもじと両手の人差し指をつんつんと合わせる。みんな、アナベルの愛らしさを微笑ましそうに見ていて彼女は視線をあちこちに動かす。
「どれどれ、おお、本当に可愛いじゃないか。……さてと、いろいろ話したいところだが、その前に飯だ、飯」
クレマンがずいっとアナベルに差し出したのは、温かなスープとパンだった。
「移動の途中だから、こんなもんしか用意できなくて悪いな。本当は行くはずった村で、食料を買うつもりだったんだが……」
言葉を濁すクレマンを見て、アナベルはその村が自分の住んでいた村に違いないと確信する。
あの焼け方では、作物もなにも燃えてしまっただろう。
焼かれた村に残っているのは、灰だけだ。
「ちょっと問題が起きてな。もう少しすれば、別の場所にたどりつくはずだ。そのときにうまいもん食わせてやるから、今日のところはそれだけで勘弁してくれ」
「……アナベルが、食べてもいいの? これは、みんなのごはんでしょ?」
「良いんだよ、小さい子が遠慮すんなって。さて、オレらも食うか。それじゃあ、食事の前にお祈りだ!」
クレマンの言葉で、みんなにスープとパンが行き渡っていることを知った。みんな目を閉じて手を組み、祈りを捧げている。
アナベルも同じように目を閉じて両手を組み、祈りを捧げた。
カチャリ、と音が聞こえて目を開けると、クレマンがスープを口にしていた。アナベルもスプーンを持ち、スープを飲む。
温かなスープが喉を通り、胃の中に落ちていく。
ほぅ、と小さく息を吐いて、今度はパンを手にした。硬めのパンだ。
「硬いから、スープに浸して食べると良いわよ」
ミシェルが一口にちぎったパンを、スープに浸して柔らかくしてから口に運ぶ。
アナベルも真似して食べてみた。スープの水分を含んだパンは、とても食べやすかった。
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