エピローグへの足音 4話
「そして一つ、報告することがある。――ダヴィド」
名を呼ばれたダヴィドは、エルヴィスに近付いた。
「わたしは 国王の座を降り、ダヴィドに王位を譲る」
きっぱりと、言い切る。
それに驚いたのは会場の人たちだけではない。アナベルも彼らと同じように驚いた。
「え、エルヴィス陛下……?」
「……ずっと、考えていたのだ。私のようにイレインを諫めることができなかった王が、このままでいいのか、と。ダヴィドと私は従兄弟だ。王家の血を引いたダヴィドなら、不満はあるまい。もちろん、魔物が出たら私が討伐に向かう。国民のことを守りたい。そのためには――こうしたほうが良いと、考えた」
「そういうわけで、譲渡が済めばこのダヴィド・B・デュナンが王となる。いろいろ大変のことになると思うが、まあ、お互いがんばろう。この国を、より良くするために!」
ダヴィドの明るい声に、会場内にいる貴族たちは呆気に取られていた。
アナベルも呆気に取られていた一人で、ダヴィドとエルヴィスを交互に見る。ダヴィドはパチンとウインクをして、エルヴィスはただ微笑んでいる。
「――ど、どういうことなの……?」
状況が飲み込めずに、アナベルが眉を下げてエルヴィスの袖を引っ張り、小声で尋ねた。
「――ダヴィドと昔から話し合っていたんだ。私は国を治める力がないと、実感していたから。だが、ダヴィドなら……まあ、問題なくやっていけるだろう」
「……エルヴィス陛下は、本当にそれでよろしいのですか?」
「もちろん。どこかに縛られているよりは、自由に歩けるほうが向いている。……ああ、だが……」
そっとアナベルの髪に触れて、そっと毛先を持ち上げると唇を落とす。
「ベルになら、束縛されてみたいものだ」
彼の瞳に奥にある、確かな独占欲の炎。それを感じて、アナベルは顔を真っ赤にさせた。
「お二人さん、いちゃつくのはダンスの時間にしてくれないかな?」
「……なんだ、見ていたのか」
「見えるっての。それじゃあ、エルヴィス……」
「ああ。行こう、ベル」
二人は微笑み合い、会場の中央まで移動する。
すると、エルヴィスがパチンと指を鳴らした。
会場内の花がすべて凍り、一気に会場の中が寒くなる。
「さあ、熱いダンスで氷花を溶かそうではないか!」
音楽が始まった。甘く、熱く、ロマンチックな音楽が流れ、アナベルとエルヴィスはダンスを始めた。
凍った花々にはリボンがつけられていて、リボンも凍っている。
舞踏会のコンセプトを理解した貴族たちは、それぞれのパートナーとダンスを始めた。
会場内のダンスの熱気で、エルヴィスが凍らせた花が段々と溶け、リボンから雫を垂らす。
――その日の光景を、アナベルは胸に刻んだ。
◆◆◆
捕らえられたイレインは、地下牢に入れられた。王妃が地下牢に入れられるのは、レアルテキ王国の歴史で初めてのことだ。
そんな彼女のもとに、両親が現れる。
「お父さま! お母さま!」
カシャンと牢の鉄格子を掴み、イレインが泣きそうな表情で両親を呼んだ。そんな娘を見たイレインの両親は冷たい瞳を彼女に向ける。
いつも愛情に満ちたまなざしを向けられていたイレインは、そんな瞳を向けられたことに「お父さま……?」と弱々しく声をかけた。
「バカ娘が……」
「浮気だなんて、なにを考えているの!」
「……え?」
両親の口から出た言葉に、イレインは身体を硬直させる。
「すべて、エルヴィス陛下から聞いた。そして、その証拠も見せてもらった。……私がお前に言ったことを、まったく理解してなかったのだな」
「バカな子……。あんなに派手にやれなんて、言っていないじゃない」
二人から投げかけられる言葉に、イレインは耳を疑った。いつだって自分を優先し、甘やかしていた両親の言葉だとは思えなかった。
「どうして、そんなことを言うの……? エルヴィスが私を罠にはめたのよ!」
「あの舞踏会には王侯貴族がいたのだぞ!? そんな中でお前の悪行が知れ渡り、お前の評判は地に落ちたも同然! 我らは、エルヴィス陛下から『無傷でいられるとは思うな』と忠告されたのだぞ!」
「そこで、わたくしたちはあなたとの縁を切ることにしました」
イレインはその場に崩れ落ちた。両親が自分を助けるつもりがないことを、知ったから。
「どうして……?」
「ここまで派手にバラされては、もうお前が助かることはないだろう。陛下は、お前の死をお望みだ」
「……ッ!」
イレインが絶望の表情を浮かべた。
「私がなにをしたというのです! エルヴィスをこんなにも支えたというのに……!」
「本当にエルヴィス陛下を支えたのなら、大切にされていたでしょうに」
コツコツと足音を響かせて、呆れたように言葉を発する女性――アナベルが姿を現した。エルヴィスとともに。
「……どうして、ここに」
「罪人の顔を見たくて、エルヴィス陛下にお願いしましたの」
すっとエルヴィスの腕に自分の腕を絡ませるアナベルに、イレインは憎悪の表情を隠さず立ち上がった。
「私はただ、美しくありたかっただけ……! それを罪だというの!?」
「その美しさのために、どれだけの人が犠牲になったのでしょうか」
アナベルは淡々と言葉をこぼす。
「わたくしが住んでいた村を焼き払ったり、気に入らないことがあればすぐに人を殺したりするなんて、恐ろしいですわ……」
ぎゅっとエルヴィスの腕にしがみついて、アナベルはイレインを睨みつける。
――焼き払われた家を、村を、忘れたことなどない。
「イレインは斬首刑になった。明後日に執行される」
「そんなっ、あまりにも早くありませんか!?」
「貴族たちがお前の悪行を知り、『こんな王妃がいては安心してくらせない』とな。気に入らない貴族も手をかけていたらしいな。あのあと、証言が山のように出てきたぞ」
「……私だけが悪いわけではないでしょう。私のことを放っておいたのは、エルヴィス、あなたでしょう!」
「よく言う。私を遠ざけていたのはイレイン、お前だろうに」
ここまで読んでくださってありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪




