エピローグへの足音 3話
エルヴィスの宣言に、イレインの目が大きく見開かれる。
「ど、どういう意味でしょう、エルヴィス陛下。陛下を支え続けた私をお見捨てになるつもりですの!?」
カッと顔を赤らめて、イレインが抗議の声を上げる。アナベルはその様子をただ黙って見ていた。
「支え続けた……? 王妃という立場を利用して、散々と悪行をしていたことを、支え続けた、だと……?」
地の底に響くような低い声を出すエルヴィスに、イレインの肩がビクッと震える。
「まさか本当に、全部自分の思い通りになると考えていたの?」
くすっと笑われて、イレインはアナベルを睨みつけた。
「そんなこと、まかり通るはず、ないじゃなぁい?」
こてんと首をかしげて、アナベルは美しく微笑んだ。そして、そのままイレインに一歩ずつ近付いていく。
イレインはじりじりと後退り、近くにいる人たちに対して「私を守りなさい!」と叫ぶ。
だが、彼女の言葉を聞き入れる人はだれ一人としていなかった。
「言ったでしょう、王妃サマ。あんたの天下は今日で終わりだって。こっちはいろいろと証拠を集めたんだから。王妃サマが嬉々として拷問している場面もあるわよ?」
オーブで記録できたイレインの悪行は数多くあった。
彼女は知らない。そんなものが自分の住んでいる宮殿にまで置いてあったことを。
さらに、数ヶ月前に国王からの『贈り物』として、指定の場所に置かれていたことを。
「あらぁ? そんなに唇を噛んだら、血が出ちゃいますよぉ?」
アナベルが挑発するような軽い口調で笑えば、イレインは「うるさい!」と叫んだ。
会場内は戸惑っている人が多かったが、段々とイレインの不利を受けているようだった。
「そんな口調で! 卑しい踊り子が私に声をかけるな!」
「まだ、それを言うの? ほんっとうに残念な人ねぇ……」
ナイフの切っ先を向けたまま、アナベルは呆れたように息を吐いて、頬に手を添える。
「王妃イレイン、あなたが劣っていると思う人に、自分の存在を脅かされる気分はどう?」
アナベルの問いに、イレインは答えない。ただ、彼女のことを睨むだけだった。
「ふふ、残念だわ。出会い方が違えば、もっとあなたを苦しめられたのかもしれないのに。本当に残念だわ」
アナベルはタンっと床を蹴って、勢いよくイレインに突進する。
「きゃぁああッ!」
ドン、と体当たりをすると、イレインが倒れた。
しかし、アナベルの持っているナイフには血がついていなかった。
「本当に殺すわけないじゃない。あなたの罪をすべて裁くまで、生かしておくに決まっているでしょう?」
冷たく鋭い視線で、アナベルはイレインを見下ろした。
「あ、あ、あ……」
殺されるかもしれないという恐怖からか、イレインは意味のない言葉を繰り返し、怯えるように震えている。
「……ねえ、自分が死ぬかもしれないと思って、どう思った?」
にこにこと尋ねるアナベルに、イレインは恐怖のまなざしを向けた。
(――あなたが殺した人たちも、こんな瞳をしていたのでしょうね)
ガタガタと震えるイレインに、アナベルは彼女の犠牲になった人たちのことを考える。
「それにしても、こんな偽物のナイフに気付かないなんて……」
アナベルが持っていたナイフは偽物だった。鋭利な刃物ではなく、ナイフの部分を押せば引っ込む、ただのジョークグッズだ。
冷静に見ていればすぐに危険性がないとわかる品物だろうが、激昂していたイレインは気付かなったようだ。
「とりあえず、王妃サマの罪は法できっちりと裁いてもらいましょう。それでいいでしょ? エルヴィス陛下」
「……ああ、ベル。ご苦労だった」
エルヴィスはアナベルに近付いて、手を差し出す。その手を取って立ち上がる。彼はそっとアナベルの腰に手を添えてぎゅっと自分の胸に閉じ込める。
二人でイレインを見下ろすと、イレインは信じられないとばかりに目を瞠った。
「どうして、その女の隣に立つのです……! あなたの妻は、私でしょう……!?」
ようやく動けるようになったのか、イレインがゆっくりと起き上がった。だが、すぐにロクサーヌたちによってその身を拘束される。
「娼館の者が私に触れるなっ! 穢れるだろう!」
「やだぁ、イレインさまったら、ご冗談がうまいんですからぁ」
「そうそう、――だってご自分が一番、血で穢れているじゃないですかぁ」
くすくすと笑うイネスとカミーユ。その言葉に、ロクサーヌがただ嘲るように口角を上げた。
この国で、イレインよりも血に濡れた女性はいないだろう。
「たっぷりの血を浴びていたものね」
「あれは恐ろしい映像でしたわねぇ。……さて、エルヴィス陛下。この魔女はどこに連れていけば?」
「……地下の牢屋に連れていけ。イレインの物はすべて没収したのちに鑑定し、売れるものはすべて売却。……イレインに手を貸していた貴族たちもそれなりの覚悟をしてもらおう」
エルヴィスの鋭い視線で射抜かれたイレインと、イレイン派の貴族たちは国王が本気で自分たちを排除しようとしていることに気付き、息を呑む。
「へ、陛下――」
イレイン派の一人が、声をかけようとした。だが、エルヴィスはじろりと睨んだだけで、その人は「ひぃっ」と短い悲鳴を上げた。
「……さて、罪人には退場してもらおうか。連れていけ」
国王の命令に、ロクサーヌたちがうなずく。
そして、「後悔しますわよ! わたしに歯向かったこと!」と捨て台詞を放つイレインに、ただ冷たい視線を送り、会場から出ていったことを確認するとパンっと手を叩いた。
「突然のことで驚いただろう。私が即位してから、イレインのことを止められなくてすまなかった」
国王であるエルヴィスが頭を下げたことで、他の貴族たちはぎょっとしたように目を丸くする。
しかし、一人、また一人と拍手をし始め、エルヴィスはゆっくりと頭を上げた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪




