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【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。  作者: 秋月 一花
5章:エピローグへの足音
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エピローグへの足音 2話

 会場内は困惑のざわめきが強くなっている。


 それに気付いているのかいないのか、イレインはアナベルをきついまなざしで睨み続けていた。


「そう、そうよ。卑しい踊り子が、(わたくし)の椅子に座るなんて、間違っています。さあ、すぐにそこからどきなさい」


「お断りしますわ、イレイン王妃。わたくしは陛下に望まれてこの場所に座っているのですから」


 アナベルは美しく、妖艶(ようえん)に微笑む。


 イレインの言葉など気にしていないように見えた。


「――踊り子を卑しい、なんて。そうせざるを得なかったわたくしたちに対して、失礼だとは思いませんか?」


 貴族に売られ、村を焼かれ、村のものすべてがなくなった。大好きな家族を失い、生き残る(すべ)など持たないたった五歳の少女。


 ――それが、アナベルだった。


「わたくしは故郷を焼かれ、帰る場所を失いました……」


 すっと目を伏せて、一粒の涙をこぼす。


「わたくしを助けてくれたのは、旅芸人たち。彼らは仕事に誇りを持って生きていました。――そんな彼らを侮辱(ぶじょく)するというのなら、わたくし、おとなしく聞いてはいられませんわよ?」


 淡々とした口調でイレインに告げるアナベルに、彼女は苛立ったように「ハッ!」と言葉を放つ。


「聞きまして? エルヴィス陛下。彼女は踊り子。そんな下賤(げせん)なものが陛下の隣に座るのは、国民に対して失礼だと思わないのですか!」

「――まったく思わないな。むしろ、国民を(ないがし)ろにする国母のほうが、国民に対して失礼だろう」


 イレインは大きく目を見開いた。


 エルヴィスが冷めたまなざしをイレインに向ける。


 貴族たちは、ただ呆然と彼らのやり取りを見ていた。


 そして、どちらにつくべきかをすぐに考え始める。


「――数ヶ月前、面白いものが撮れた。見てみるか?」


 エルヴィスは長い足を組み、パチンと指を鳴らした。


 記録用のオーブがふわふわとエルヴィスのもとに飛んでいき、彼はがしっとオーブを掴む。


「これは、お前が送った侍女がベルを襲った記録だ――……」


 怒りに震えるような、重低音。


 オーブが再生され、あの日のことが会場内の全員に見えるように映し出された。


 アナベルが眠っていると思っていたマルトが、彼女のベッドを何度もナイフで刺している姿。


 顔は隠されているが、必死なのが伝わってきた。


「あのときは本当に驚きましたわぁ……」

「……」


 イレインは忌々しそうに、その映像を見つめている。


「これだけでは、私が指示したかどうかさえ、わからないではありませんか」


 しかし、やがて落ち着いたのか、くすっと笑いながら首を横に振った。


「それに、この映像ではただベッドを刺しているだけ。これだけなら、いくらでも作り出せるでしょう?」

「……では、こちらはどうだ?」


 エルヴィスが別のオーブを再生する。


 それは――王妃イレインの不貞を映したオーブだった。


「イレイン。お前の子は私の血を引いていない。そうだろう?」


 イレインは顔を青ざめたり、赤くしたりと忙しい。


 そんな彼女の様子を見て、アナベルはしみじみと息を吐く。


「……王妃陛下は欲求不満だったのですか?」


 くすりと笑うアナベルに、イレインは鋭い眼光を向けた。


「こんなもの! 私だという証拠になりませんわっ!」


 捏造しようと思えばいつでも捏造できるものだと、イレインは叫ぶ。


「まぁ、そうだろうな。だが、これは?」


 また別のオーブを取り出し、映像を見せる。


 ――それは、イレインが血を浴びている姿だった。


「ヒッ!」


 会場内の誰かが悲鳴を上げる。血を溜めたバスタブに入り、恍惚(こうこつ)の表情を浮かべている王妃の姿を見て、みな、恐ろしいものを見たかのように硬直する。


「なっ――……!」


 イレインがエルヴィスに近付こうとしたのを、アナベルが止めた。


「よくもこんなに恐ろしいことが、できますね……」


 呆れたような……いや、どちらかと言えば憐れむような声で口にするアナベルに、イレインは唇をかみしめる。


「――若い女性の血を浴びて、若返りの効果はありましたか?」


 アナベルはイレインに近付いて、ひそりとつぶやく。


 バシッと乾いた音を立て、イレインはアナベルを扇子で殴った。


「アナベル!」


 アナベルの頬が真っ赤に染め上げられた。――彼女はすっと目元を細めて、口角を上げる。


「これで正当防衛確定だねぇ?」


 右手の甲で頬を(こす)り、楽しそうに声を弾ませる。アナベルはドレスの裾をまくり上げてナイフを取り出し、その切っ先をイレインに向けた。


 誰も、動かなかった。


 そのことがイレインには信じられなかった。


 どうして誰も助けないの、と周りの人たちに視線を巡らせる。


 だが、イレインを助けようとする人は、一人もいなかった。


「……無駄さ、王妃サマ。……あんたの天下は、今日で終わりだ」


 しんと静まり返った会場に、アナベルの声が響いた――……


「……あなたこそ、なにを言っているのかしら? 私の天下が終わるわけ、ないでしょう?」


 イレインは不敵に笑う。


「ああ、あなたはわからないでしょうけれど。王妃という立場は、強固なものですのよ」

「……飾りの王妃が?」


 エルヴィスが立ち上がり、アナベルの隣に立った。


「飾りだなんて! 私、自分の責務はきちんと果たしておりましてよ?」


 ピクリとエルヴィスの眉が動く。


「ほう?」

「あなたに代わり、政をしたことだってあります」

「私を追い出して、な」

「……だってあなたはまだ幼かったから」

「――王族を築き上げてきたものを、台無しにしたのはお前だろう」


 エルヴィスは冷たい口調で淡々と話していた。


「まぁっ、私の努力をなんだと思っておりますの!?」

「……白々(しらじら)しい。王妃イレイン。――いや、魔女イレインよ、本日限りで私との関わりを一切()たせてもらう!」


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪

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