エピローグへの足音 1話
その日は晴天だった。
透き通るような青空の晴天。
アナベルはまぶしそうに目元を細めて、メイドたちと準備を始める。
極上のシルクで作られたドレスは肌触りがよく、アナベルにとても似合っていた。
髪を結い上げ、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
化粧をした鏡に映った自分の姿は、完璧な貴族の淑女だった。
「……今日で、すべてを終わらせるつもりです」
アナベルの近くにいたメイドたちは、ぴたりと動きを止め――神妙な顔でうなずく。
「はい、アナベルさま。私たちは、アナベルさまを信じます」
メイドを代表するように、年長のメイドが柔らかい口調で頭を下げた。
アナベルは眉を下げて、それから美しく、微笑む。
「……ありがとうございます。わたくしを信じてくれて。必ず、戻ってきますわ」
――信じてくれたこの人たちを、裏切る結果にはしない。
ロクサーヌたちは、すでに会場に向かっている。
そろそろ自分も向かおうと玄関まで歩いていると、エルヴィスが彼女を迎えた。
「ごきげんよう」
「――ああ。……良く似合っているな、そのドレス」
「軽くて動きやすいので、とても気に入りましたわ」
にっこりと笑ってドレスの裾を持ち上げるアナベルに、エルヴィスは「それは良かった」と優しい口調で言葉をかけ、アナベルに手を差し出す。
「――行こうか、すべてを終わらせに」
「はい、エルヴィス陛下」
二人はうなずき合い、舞踏会の会場である王城に向かった。
王城は活気に溢れているはずだ。舞踏会を開くことになり、各地の貴族たちも参加しているこの会場で、王妃イレインはどのような末路を迎えるのか――……
アナベルは馬車の窓から外を眺めながら、口角を上げる。
「……楽しそうだな?」
「ええ、まあ。わたくし、一応、『重傷者』になっていましたでしょう?」
マルトはアナベルを殺すことに失敗した。
彼女はアナベルの問いかけに対し無言を貫いていたが、どちらをとっても自分はもう殺される運命なのだと涙を流していた。
だが、アナベルは彼女を殺そうとは考えていなかった。
自分の味方になればよし。
ならなくても、最悪閉じ込めるだけにすればよいと考えていたからだ。
(王妃サマには、殺すことはできなかったが、重症の傷を与えたと手紙を出させたのよね。王妃サマ、ご機嫌だったみたい)
これ以上、刺客を送らなくても良いと判断したのだろう。
マルトのことはそのまま放置され、彼女はアナベルにつくことを決めた。
自分の命を失いたくないという理由だった。
アナベルに止めを刺さずにいるマルトを、イレインは始末するだろう。
ロクサーヌにそう伝えられ、マルトは生きたい、と願った。
「それにしても、よくそんな嘘を思い付いたな?」
「嘘も貫き通せば真実と変わりませんわよ、陛下。数ヶ月後とはいえ、『重傷者』が舞踏会でピンピンしているのを見て、どんな顔をするのかが楽しみですわぁ」
声を弾ませるアナベルに、エルヴィスは両肩を上げた。
会場までつき、馬車を降りる。
差し出された手を取り、エルヴィスを見上げると彼はこう尋ねた。
「――覚悟はできたか?」
「あら、陛下。覚悟なんて――この話を受けたときからありますわ。楽しみですわね、彼女がどんな反応をするのか」
エルヴィスはふっと目元を細めてうなずいた。彼にエスコートをされながら歩く。
国王陛下が到着したことを知らせる音楽が流れ、扉が開かれた。
会場に集まっている貴族たちが、エルヴィスたちに視線を集中させる。
王妃イレインではなく、寵姫とともに入場してきたエルヴィスに、彼らは戸惑いを隠せないようだった。
先にきていたロクサーヌたちは、アナベルたちの姿を見て微笑む。
(――堂々としているわね)
綺麗に着飾ったアナベルたちを見て、貴族たちは息を呑んだ。
愛おしそうにアナベルを見つめ、会場へ足を踏み入れたエルヴィスは、迷うことなく、真っ直ぐに自分が座るべき場所へと歩む。
階段の上に、国王夫妻が座る椅子が用意してある。しかし、王妃の姿はない。
それどころか、エルヴィスはアナベルに王妃イレインが座る場所を指し、座らせた。
「どういうおつもりですか、エルヴィス陛下! 王妃である私を差し置いて、その女をパートナーにするなど!」
「そう怒るな、イレイン。――私はお前を誘ってはいなかったろう?」
くつくつと喉を鳴らしながら笑うエルヴィスに、イレインは苛立ったように睨みつける。
イレインは一人でこの会場にやってきた。
綺麗に着飾り、口紅はお気に入りの赤色。
会場に入れば、誰もがイレインに見惚れる――そう考えていただけに、この現状が信じられなかった。
注目を集めているのは、アナベルのほうだった。
そして、自分は困惑や好奇の目に晒されていることに気付いたイレインは、アナベルに視線を向ける。
彼女は微笑む。誰をも魅了するような、愛らしさで。
――もちろん、自分の容姿の強みを知っているから、できることだ。
「――こうしてお話をするのは、初めてかもしれませんね。紹介の儀では、すぐに帰られましたし」
当時を思い出して、アナベルは肩をすくめる。
「ああ、マルトは元気に働いていますよ。彼女は、わたくし側につくそうです」
美しい微笑みのまま、淡々と言葉を紡ぐアナベルに、イレインはマルトが自分を裏切ったことを知った。
(――なんですって?)
重傷と手紙に書いたマルトは、すでにアナベル側についていた……と理解したイレインは、唇をかみしめる。
だが、すぐに気を取り直して扇子を取り出して広げると、口元を隠す。
「なんのことでしょう? さっぱりわかりませんわ」
「そうですか。……まぁ、証拠はありますので、構いませんが」
ツカツカと足音を響かせながら、イレインは自分が座るべき場所に近付いていく。
「――わたくしは、あなたがどんなことをしてきたのかを知っていますわ。イレイン王妃。……あなたは、わたくしのことをご存知ですか?」
「卑しい踊り子が、話しかけないで!」
イレインのその言葉が、会場に響いた。
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