寵姫 アナベル 16話
夜会では食事や談笑だけではなく、ダンスも楽しんでもらえるように音楽が流れている。
注目を集めていたアナベルたちは、いろいろな人たちにダンスの相手を申し込まれ、彼女たちはその手を取って何度も踊った。
マルトは壁の花になり、羨望のまなざしでアナベルたちを見ている。
「きみは踊らないのかい?」
マルトに声をかけたのは、ダヴィドだった。
「――わ、私は、ダンス……苦手で」
マルトはビクッと肩を跳ねさせ、さっと彼から視線をそらす。
彼女の言葉が意外だったのか、「王妃陛下の侍女だったんだろう?」と不思議そうに尋ねるダヴィドに、マルトはぎゅっと拳を握り込んだ。
それを見たダヴィドの目が、すぅっと細くなり、腕を組んで言葉を続ける。
「……きみは寵姫に『しきたり』を教えるためにきたんだろう?」
探るような物言いに、マルトは沈黙を貫く。
「ま、あんまりアナベルちゃんを困らせないようにな?」
軽く笑ってダヴィドはぽんぽんと、マルトの肩を叩いた。彼女はいやそうに眉根を寄せたが、無言のままだった。
連続で踊り、休憩を申し出たアナベルたちがダヴィドとマルトに近付いていく。
「あら、マルト。デュナン公爵とお話ししていましたの?」
アナベルがダヴィドに、「マルトの相手をしてくださってありがとうございました」とお礼を伝えると、彼はひらりと手を振った。
「いやいや、壁の花に徹していたからね。つい構ってしまった。それじゃあ」
ダヴィドはアナベルたちがマルトの傍にいることを見てから、別の場所に向かう。その姿を見送って、マルトに問いかける。
「マルト、あなたは踊らなくても良かったの?」
「わ、私のことはお構いなく……っ」
アナベルに顔をのぞき込まれて、マルトは慌てたように手を振った。
「そう? ……さて、と。そろそろ良い時間ね」
ちらりと時計を確認すると、アナベルはコラリーに声をかける。
「すみません、わたくしたちはこの辺で……」
「あら、もう帰ってしまいますの? 残念ですわ。今度はぜひ、エルヴィス陛下と参加してくださいね」
「ええ、もちろんですわ。また誘ってくださいませ。……わたくしも、誘ってよろしいですか?」
「もちろんですわ! お待ちしております」
ふふっと笑い合うアナベルとコラリー。それを見ていたロクサーヌたちも、コラリーに今日のお礼を伝えていると、不意に会場の扉が開いた。
コツコツと靴音を響かせて入ってきた人物――エルヴィス。
彼はアナベルたちのもとへ、迷わずに足を進めた。
「――ベル」
「エルヴィス陛下! 今日はお忙しかったのでは……?」
「ああ。だから……迎えにきた」
ざわっと一気に会場内が騒がしくなる。
わざわざアナベルのことを迎えにきたということは、彼女のことを本気で大事に思っている証拠だからだ。
「コラリー嬢、アナベルたちが世話になった」
「いいえ、エルヴィス陛下。……どうぞ、良い夜を」
「……ああ」
コラリーが扇子を広げて微笑む。そして、意味深に言葉を放つと、エルヴィスは一瞬目を瞬かせ、それからぐっとアナベルの細い腰に手を回してうなずいた。
エルヴィスはアナベルの腰を抱いたまま歩き、アナベルはエルヴィスを見上げて微笑みを浮かべる。
会場をあとにすると、アナベルはエルヴィスの乗ってきた馬車へ。ロクサーヌたちは最初に乗ってきた馬車に乗り込む。
馬車の扉が閉まり、御者が馬を走らせるのと同時に、エルヴィスがじっとアナベルを見つめた。
「どうしました?」
「……いや、随分と扇情的な格好だな、と」
「男性の視線も女性の視線も感じましたわ。うふふ」
ダンス中でさえ、その視線を感じた。そのことを話すと、エルヴィスは面白くなさそうに仏頂面になったので、アナベルはくすくすと笑った。
「……イレインがよこした侍女は、動き出しそうか?」
「ええ、おそらく。いろいろと屈辱も感じたでしょうし、ね」
「一気に片付けるか」
「ええ。……そのために、彼女たちを雇ったのですもの」
二人は顔を近付けて、視線を絡め合いながら言葉を交わす。
宮殿に戻ると、メイドたちが「準備はできております」とアナベルたちに声をかけた。
「ロクサーヌ、イネス、カミーユ。それから、マルト。食堂まで一緒にいきましょう?」
四人に向けてとびきりの笑顔を見せるアナベル。エルヴィスと腕を組んで、ロクサーヌたちと一緒に食堂まで歩いていく。
食堂にたどりつくと、扉の前に執事が立っていて「お待ちしておりました」と胸元に手を置いて恭しく頭を下げ、扉を開いた。
彼女たちの目に飛び込んできたのは、たくさんのごちそうだ。
「アナベルさま、これはいったい……?」
マルトがぽかんと口を開け、ハッとしたように顔を上げてアナベルを見上げて問いかける。
アナベルはエルヴィスから離れて、代わりにマルトの手を取って食堂の中に足を踏み入れた。
「今日はあなたたちの歓迎パーティーよ!」
無邪気な笑顔を見せられて、マルトは言葉を呑む。
ロクサーヌたちを座らせて、エルヴィスとアナベルも席についた。
「わたくしがメイドたちにお願いしましたの。改めて、よろしくお願いいたしますわね」
「こ、こちらこそ……」
美味しいごちそうと美味しいお酒やジュースを堪能しながら、今日の夜会のことで盛り上がる。エルヴィスが「最初から参加したかったものだ」とアナベルに甘く伝えるから、彼女はぽっと頬を赤らめる。
すべてのごちそうやお酒、ジュースがなくなるまで、彼女たちの歓迎パーティーをした。
「んんん……」
アナベルが眠そうに目元を擦ろうとするのを、エルヴィスが制する。
「ベル、眠いのなら運んであげようか?」
「……お願いしますわ、エルヴィス陛下」
甘えたような彼女の声に、エルヴィスはふっと笑みを浮かべてふわりと抱き上げた。
「これから王城に戻らないといけないが……、ゆっくり休むんだぞ」
「はい、陛下……。寂しいけれど、我慢しますわ……」
うとうととまどろみながらも、アナベルはふにゃりと笑う。
「あ、あの、アナベルのさまのお世話を、してもよろしいですか?」
「そうだな、頼む」
マルトが立ち上がり、エルヴィスのあとを追って問いかける。彼はあっさりとアナベルのことを頼んだ。
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