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【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。  作者: 秋月 一花
4章:寵姫 アナベル
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寵姫 アナベル 16話

 夜会では食事や談笑だけではなく、ダンスも楽しんでもらえるように音楽が流れている。


 注目を集めていたアナベルたちは、いろいろな人たちにダンスの相手を申し込まれ、彼女たちはその手を取って何度も踊った。


 マルトは壁の花になり、羨望のまなざしでアナベルたちを見ている。


「きみは踊らないのかい?」


 マルトに声をかけたのは、ダヴィドだった。


「――わ、私は、ダンス……苦手で」


 マルトはビクッと肩を跳ねさせ、さっと彼から視線をそらす。


 彼女の言葉が意外だったのか、「王妃陛下の侍女だったんだろう?」と不思議そうに尋ねるダヴィドに、マルトはぎゅっと拳を握り込んだ。


 それを見たダヴィドの目が、すぅっと細くなり、腕を組んで言葉を続ける。


「……きみは寵姫(ちょうき)に『しきたり』を教えるためにきたんだろう?」


 探るような物言いに、マルトは沈黙を(つらぬ)く。


「ま、あんまりアナベルちゃんを困らせないようにな?」


 軽く笑ってダヴィドはぽんぽんと、マルトの肩を叩いた。彼女はいやそうに眉根を寄せたが、無言のままだった。


 連続で踊り、休憩を申し出たアナベルたちがダヴィドとマルトに近付いていく。


「あら、マルト。デュナン公爵とお話ししていましたの?」


 アナベルがダヴィドに、「マルトの相手をしてくださってありがとうございました」とお礼を伝えると、彼はひらりと手を振った。


「いやいや、壁の花に徹していたからね。つい構ってしまった。それじゃあ」


 ダヴィドはアナベルたちがマルトの(そば)にいることを見てから、別の場所に向かう。その姿を見送って、マルトに問いかける。


「マルト、あなたは踊らなくても良かったの?」

「わ、私のことはお構いなく……っ」


 アナベルに顔をのぞき込まれて、マルトは慌てたように手を振った。


「そう? ……さて、と。そろそろ良い時間ね」


 ちらりと時計を確認すると、アナベルはコラリーに声をかける。


「すみません、わたくしたちはこの辺で……」

「あら、もう帰ってしまいますの? 残念ですわ。今度はぜひ、エルヴィス陛下と参加してくださいね」

「ええ、もちろんですわ。また誘ってくださいませ。……わたくしも、誘ってよろしいですか?」

「もちろんですわ! お待ちしております」


 ふふっと笑い合うアナベルとコラリー。それを見ていたロクサーヌたちも、コラリーに今日のお礼を伝えていると、不意に会場の扉が開いた。


 コツコツと靴音を響かせて入ってきた人物――エルヴィス。


 彼はアナベルたちのもとへ、迷わずに足を進めた。


「――ベル」

「エルヴィス陛下! 今日はお忙しかったのでは……?」

「ああ。だから……迎えにきた」


 ざわっと一気に会場内が騒がしくなる。


 わざわざアナベルのことを迎えにきたということは、彼女のことを本気で大事に思っている証拠だからだ。


「コラリー嬢、アナベルたちが世話になった」

「いいえ、エルヴィス陛下。……どうぞ、良い夜を」

「……ああ」


 コラリーが扇子を広げて微笑む。そして、意味深に言葉を放つと、エルヴィスは一瞬目を(またた)かせ、それからぐっとアナベルの細い腰に手を回してうなずいた。


 エルヴィスはアナベルの腰を抱いたまま歩き、アナベルはエルヴィスを見上げて微笑みを浮かべる。


 会場をあとにすると、アナベルはエルヴィスの乗ってきた馬車へ。ロクサーヌたちは最初に乗ってきた馬車に乗り込む。


 馬車の扉が閉まり、御者が馬を走らせるのと同時に、エルヴィスがじっとアナベルを見つめた。


「どうしました?」

「……いや、随分と扇情(せんじょう)的な格好だな、と」

「男性の視線も女性の視線も感じましたわ。うふふ」


 ダンス中でさえ、その視線を感じた。そのことを話すと、エルヴィスは面白くなさそうに仏頂面になったので、アナベルはくすくすと笑った。


「……イレインがよこした侍女は、動き出しそうか?」

「ええ、おそらく。いろいろと屈辱も感じたでしょうし、ね」

「一気に片付けるか」

「ええ。……そのために、彼女たちを雇ったのですもの」


 二人は顔を近付けて、視線を絡め合いながら言葉を交わす。


 宮殿に戻ると、メイドたちが「準備はできております」とアナベルたちに声をかけた。


「ロクサーヌ、イネス、カミーユ。それから、マルト。食堂まで一緒にいきましょう?」


 四人に向けてとびきりの笑顔を見せるアナベル。エルヴィスと腕を組んで、ロクサーヌたちと一緒に食堂まで歩いていく。


 食堂にたどりつくと、扉の前に執事が立っていて「お待ちしておりました」と胸元に手を置いて(うやうや)しく頭を下げ、扉を開いた。


 彼女たちの目に飛び込んできたのは、たくさんのごちそうだ。


「アナベルさま、これはいったい……?」


 マルトがぽかんと口を開け、ハッとしたように顔を上げてアナベルを見上げて問いかける。


 アナベルはエルヴィスから離れて、代わりにマルトの手を取って食堂の中に足を踏み入れた。


「今日はあなたたちの歓迎パーティーよ!」


 無邪気な笑顔を見せられて、マルトは言葉を()む。


 ロクサーヌたちを座らせて、エルヴィスとアナベルも席についた。


「わたくしがメイドたちにお願いしましたの。改めて、よろしくお願いいたしますわね」

「こ、こちらこそ……」


 美味しいごちそうと美味しいお酒やジュースを堪能(たんのう)しながら、今日の夜会のことで盛り上がる。エルヴィスが「最初から参加したかったものだ」とアナベルに甘く伝えるから、彼女はぽっと頬を赤らめる。


 すべてのごちそうやお酒、ジュースがなくなるまで、彼女たちの歓迎パーティーをした。


「んんん……」


 アナベルが眠そうに目元を(こす)ろうとするのを、エルヴィスが制する。


「ベル、眠いのなら運んであげようか?」

「……お願いしますわ、エルヴィス陛下」


 甘えたような彼女の声に、エルヴィスはふっと笑みを浮かべてふわりと抱き上げた。


「これから王城に戻らないといけないが……、ゆっくり休むんだぞ」

「はい、陛下……。寂しいけれど、我慢しますわ……」


 うとうととまどろみながらも、アナベルはふにゃりと笑う。


「あ、あの、アナベルのさまのお世話を、してもよろしいですか?」

「そうだな、頼む」


 マルトが立ち上がり、エルヴィスのあとを追って問いかける。彼はあっさりとアナベルのことを頼んだ。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪

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