寵姫 アナベル 15話
(王妃陛下、どうして私はここにいるのでしょうか……)
ガタンゴトンと揺れる馬車の中、アナベル、ロクサーヌ、イネス、カミーユ……それともう一人、王妃イレインから『差しあげる』と書かれていた侍女――マルトが乗っていた。
「エルヴィス陛下はいらっしゃるのですか?」
「どうかしら、お忙しい方だから……。あら、マルト、そんなに緊張しなくても大丈夫よ?」
アナベルに微笑みかけられて、マルトはびくっと身体を震わせる。
――王妃イレインからいただいた侍女、マルト。彼女は挨拶もそこそこに着せ替えられて馬車に押し込まれ、現在に至る。視線をあちこちに飛ばして、顔をうつむかせてしまった。
「ごめんなさいね、慌ただしくて。わたくし、夜会に参加するのは初めてなので……いろいろ教えてくれると助かりますわ」
口元で指を合わせて目をキラキラと輝かせるアナベルの表情は、まるで夢見る少女そのもの。
「え、あ、はい……」
マルトは歯切れの悪い言葉を返した。それを見ていたロクサーヌは、憐れむようにマルトを見る。
(王妃イレインと、寵姫アナベル。どちらにつくかを考えているのかしら。それとも――……)
目元を細めるロクサーヌに、マルトは顔をこわばらせた。
「……どうかした?」
「いっ、いえ……」
鋭い眼光に射貫かれ、怯えたようなマルトに、アナベルはふふっと笑い声をもらす。
「大丈夫ですわよ、みんな優しい人たちですから」
「は、はぁ……」
おどおどしているマルトを見て、アナベルはイレインの考えていることを想像する。
年の若い、貴族ではない少女。
……おそらく、あの孤児院から引き取った少女だろう。
確かに少女の見た目は愛らしいが、アナベルたちに比べると地味な印象を受ける。
「それにしても、王妃陛下が年若い少女を贈るとは意外でしたわ」
イネスがそう切り出した。彼女の話題に乗るのはカミーユだ。
「私も。しきたりを教えるって書いてありましたから、もっと年配の方がいらっしゃるのかと。私たちよりも若い少女がくるとは、意外でしたわ」
にこやかに、穏やかに話しているが、マルトには負担だったのだろう。うつむいたまま顔を上げない。
(――王妃陛下……どうしてですか……?)
ぐっと唇をかみしめるマルトに、アナベルはすぅっと目を細めた。
「……あ、ついたみたいですわね。それではみなさん、夜会を楽しみましょうか」
目的地につくと、アナベルたちはルサージュ伯爵邸へ足を運ぶ。
――中は、とても賑わっていた。
「さすが、ルサージュ令嬢の夜会ですわね」
感心したようにつぶやくアナベル。
アナベルたちがルサージュ伯爵邸に入ると、その場にいた全員の目を奪うことに成功した。
事実、彼女たちはとても目立っていた。
アナベルを筆頭に、ロクサーヌ、イネス、カミーユの姿を見た貴族たちは、その美しさに言葉を失い魅入っている。それと同時に、彼女たちの近くにいる少女にも気付き、首をかしげる。
なぜアナベルたちと一緒にいるのか、と――……
そのうちに、名前を呼ばれた貴族たちは、夜会の会場に足を踏み入れる。段々とこの場にいる人数が減っていく。
アナベルは、コラリーに一つ、お願いをしていた。
自分たちを呼ぶのは、最後にしてほしい、と。
アナベルたちは厚手のコートを脱ぎ、一瞬その美しさに目を瞠る使用人に対し、妖艶に微笑む。
我に返った使用人がコートを預かり、ついにアナベルの名が呼ばれた。
会場内に入ると、先程よりももっと視線が彼女たちに集中する。
今日のアナベルのドレスは、身体のラインを強調するようなマーメイドドレスだった。
ロクサーヌたちも、それぞれアナベルと同じようなマーメイドドレスを着ていた。ただ一人、マルトだけは別のドレスだ。
マルトのドレスは、王妃イレインが渡したものであった。
会場内を歩き、コラリーの姿を探す。そのあいだ、会場はとても静かだった。自分たちに視線が集中していることに、アナベルは周りに対してにっこりと微笑みを浮かべる。
「――美しい人魚のようだね、アナベルさま」
「ありがとうございます」
その静寂を破ったのは、ダヴィドだった。彼も招待状を渡されていたようだ。
「それに、彼女たちも美しい。いやぁ、目の保養に良い美女揃いだ。……それにしては、彼女の系統が違うようだが……?」
ちらり、とマルトに視線を落とすダヴィド。マルトはびくっと身体を震わせる。
「ご紹介しますわ、ダヴィドさま。この子はマルト。王妃陛下がわたくしにくださったのです」
「へえ、王妃陛下が、ねぇ……」
なにかを見極めるようにマルトを眺めるダヴィドに、アナベルは彼女の肩に手を置き「ほら、デュナン公爵にご挨拶を」とうながす。
「ご、ごきげんよう、デュナン公爵」
ぎこちなくカーテシーをするマルトに、ダヴィドは「ああ、よろしく頼むよ」と微笑んだ。
「ちなみに、後ろの人たちも紹介してくれるのかい?」
「もちろんですわ。ロクサーヌ、イネス、カミーユ」
彼女たちの名を呼ぶと、彼女たちは艶やかに美しく口元に弧を描き、それぞれ挨拶をする。
――蠱惑的な微笑みを見た貴族の男性たちは、思わずというように喉を鳴らした。
「王都にこれだけ美しい人が揃うとは……」
ダヴィドの言葉に、アナベルは扇子を広げ口元を隠す。
「美しいでしょう? 彼女たちもわたくしの侍女ですの」
「へえ、それはぜひとも仲良くしたいね」
パチンとウインクするダヴィドに、アナベルは「うふふ」と声を出して笑った。
「それは、ダヴィドさま次第ですわ」
「それじゃあ、がんばってしまおうかな?」
ちらりとダヴィドが狙いを定めるかのように、彼女たちに視線を巡らせる。
すると、後ろから声がかかった。
「――デュナン公爵、相変わらず女性に目がないようですわね?」
「おっと、コラリー嬢。本日は招待してくれてありがとう」
背後にコラリーが、どこか呆れたように腰に手を添えて立っていた。
くるりと向きを変えて、ダヴィドは自分の胸に手を置いて彼女に挨拶する。
「ごきげんよう、アナベルさま。今日は楽しんでいってくださいね。……ダヴィドさまも」
「ありがとうございます、コラリーさま。たくさん楽しませていただきますわ」
「あれ、もしかしてついで扱い?」
ダヴィドが「まいったなぁ」と、まったくまいっていない顔で笑った。それにつられて、アナベルたちも口元を隠して笑う。
初めての夜会は、様々な視線を集めたが、案外楽しい時間を過ごせた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪




