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【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。  作者: 秋月 一花
4章:寵姫 アナベル
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寵姫 アナベル 15話

(王妃陛下、どうして私はここにいるのでしょうか……)


 ガタンゴトンと揺れる馬車の中、アナベル、ロクサーヌ、イネス、カミーユ……それともう一人、王妃イレインから『差しあげる』と書かれていた侍女――マルトが乗っていた。


「エルヴィス陛下はいらっしゃるのですか?」

「どうかしら、お忙しい方だから……。あら、マルト、そんなに緊張しなくても大丈夫よ?」


 アナベルに微笑みかけられて、マルトはびくっと身体を震わせる。


 ――王妃イレインからいただいた侍女、マルト。彼女は挨拶もそこそこに着せ替えられて馬車に押し込まれ、現在に至る。視線をあちこちに飛ばして、顔をうつむかせてしまった。


「ごめんなさいね、慌ただしくて。わたくし、夜会に参加するのは初めてなので……いろいろ教えてくれると助かりますわ」


 口元で指を合わせて目をキラキラと輝かせるアナベルの表情は、まるで夢見る少女そのもの。


「え、あ、はい……」


 マルトは歯切れの悪い言葉を返した。それを見ていたロクサーヌは、(あわ)れむようにマルトを見る。


(王妃イレインと、寵姫(ちょうき)アナベル。どちらにつくかを考えているのかしら。それとも――……)


 目元を細めるロクサーヌに、マルトは顔をこわばらせた。


「……どうかした?」

「いっ、いえ……」


 鋭い眼光に射貫(いぬ)かれ、怯えたようなマルトに、アナベルはふふっと笑い声をもらす。


「大丈夫ですわよ、みんな優しい人たちですから」

「は、はぁ……」


 おどおどしているマルトを見て、アナベルはイレインの考えていることを想像する。


 年の若い、貴族ではない少女。


 ……おそらく、あの孤児院から引き取った少女だろう。


 確かに少女の見た目は愛らしいが、アナベルたちに比べると地味な印象を受ける。


「それにしても、王妃陛下が年若い少女を贈るとは意外でしたわ」


 イネスがそう切り出した。彼女の話題に乗るのはカミーユだ。


「私も。しきたりを教えるって書いてありましたから、もっと年配の方がいらっしゃるのかと。私たちよりも若い少女がくるとは、意外でしたわ」


 にこやかに、穏やかに話しているが、マルトには負担だったのだろう。うつむいたまま顔を上げない。


(――王妃陛下……どうしてですか……?)


 ぐっと唇をかみしめるマルトに、アナベルはすぅっと目を細めた。


「……あ、ついたみたいですわね。それではみなさん、夜会を楽しみましょうか」


 目的地につくと、アナベルたちはルサージュ伯爵邸へ足を運ぶ。


 ――中は、とても賑わっていた。


「さすが、ルサージュ令嬢の夜会ですわね」


 感心したようにつぶやくアナベル。


 アナベルたちがルサージュ伯爵邸に入ると、その場にいた全員の目を奪うことに成功した。


 事実、彼女たちはとても目立っていた。


 アナベルを筆頭(ひっとう)に、ロクサーヌ、イネス、カミーユの姿を見た貴族たちは、その美しさに言葉を失い魅入(みい)っている。それと同時に、彼女たちの近くにいる少女にも気付き、首をかしげる。


 なぜアナベルたちと一緒にいるのか、と――……


 そのうちに、名前を呼ばれた貴族たちは、夜会の会場に足を踏み入れる。段々とこの場にいる人数が減っていく。


 アナベルは、コラリーに一つ、お願いをしていた。


 自分たちを呼ぶのは、最後にしてほしい、と。


 アナベルたちは厚手のコートを脱ぎ、一瞬その美しさに目を(みは)る使用人に対し、妖艶(ようえん)に微笑む。


 我に返った使用人がコートを預かり、ついにアナベルの名が呼ばれた。


 会場内に入ると、先程よりももっと視線が彼女たちに集中する。


 今日のアナベルのドレスは、身体のラインを強調するようなマーメイドドレスだった。


 ロクサーヌたちも、それぞれアナベルと同じようなマーメイドドレスを着ていた。ただ一人、マルトだけは別のドレスだ。


 マルトのドレスは、王妃イレインが渡したものであった。


 会場内を歩き、コラリーの姿を探す。そのあいだ、会場はとても静かだった。自分たちに視線が集中していることに、アナベルは周りに対してにっこりと微笑みを浮かべる。


「――美しい人魚のようだね、アナベルさま」

「ありがとうございます」


 その静寂を破ったのは、ダヴィドだった。彼も招待状を渡されていたようだ。


「それに、彼女たちも美しい。いやぁ、目の保養に良い美女揃いだ。……それにしては、彼女の系統が違うようだが……?」


 ちらり、とマルトに視線を落とすダヴィド。マルトはびくっと身体を震わせる。


「ご紹介しますわ、ダヴィドさま。この子はマルト。王妃陛下がわたくしにくださったのです」

「へえ、王妃陛下が、ねぇ……」


 なにかを見極めるようにマルトを眺めるダヴィドに、アナベルは彼女の肩に手を置き「ほら、デュナン公爵にご挨拶を」とうながす。


「ご、ごきげんよう、デュナン公爵」


 ぎこちなくカーテシーをするマルトに、ダヴィドは「ああ、よろしく頼むよ」と微笑んだ。


「ちなみに、後ろの人たちも紹介してくれるのかい?」

「もちろんですわ。ロクサーヌ、イネス、カミーユ」


 彼女たちの名を呼ぶと、彼女たちは(あで)やかに美しく口元に弧を(えが)き、それぞれ挨拶をする。


 ――蠱惑(こわく)的な微笑みを見た貴族の男性たちは、思わずというように喉を鳴らした。


「王都にこれだけ美しい人が揃うとは……」


 ダヴィドの言葉に、アナベルは扇子を広げ口元を隠す。


「美しいでしょう? 彼女たちもわたくしの侍女ですの」

「へえ、それはぜひとも仲良くしたいね」


 パチンとウインクするダヴィドに、アナベルは「うふふ」と声を出して笑った。


「それは、ダヴィドさま次第ですわ」

「それじゃあ、がんばってしまおうかな?」


 ちらりとダヴィドが狙いを定めるかのように、彼女たちに視線を巡らせる。


 すると、後ろから声がかかった。


「――デュナン公爵、相変わらず女性に目がないようですわね?」

「おっと、コラリー嬢。本日は招待してくれてありがとう」


 背後にコラリーが、どこか呆れたように腰に手を添えて立っていた。


 くるりと向きを変えて、ダヴィドは自分の胸に手を置いて彼女に挨拶する。


「ごきげんよう、アナベルさま。今日は楽しんでいってくださいね。……ダヴィドさまも」

「ありがとうございます、コラリーさま。たくさん楽しませていただきますわ」

「あれ、もしかしてついで扱い?」


 ダヴィドが「まいったなぁ」と、まったくまいっていない顔で笑った。それにつられて、アナベルたちも口元を隠して笑う。


 初めての夜会は、様々な視線を集めたが、案外楽しい時間を過ごせた。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪

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