寵姫 アナベル 11話
アナベルの考えた、最悪の事態。
それは、自分が王妃イレインに捕らえられ、宮殿の執事やメイドたちが危険に晒されること。
イレインは寵姫には手を出すが、宮殿の執事やメイドには手を出さない。
寵姫以外の宮殿の者に手を出せば、すぐに調査が始まるからだろう。
アナベルがイレインの手に落ちれば、協力者の名を告げろと言われる可能性が高い。
(この人たちの家族を巻き込みたくない……)
そんな最悪のことを考えて、アナベルは目を伏せる。
「私たちのことを考えてくれるのはありがたいですが、アナベルさまが一番ですよ?」
「――ええ、ありがとう。さあ、この鬱々とした気分を変えるためにも! 剣の稽古をがんばりますわ!」
演習場に向かう前の廊下で話していたから、アナベルは窓の外に視線を移す。アナベルたちの気分とは裏腹に、まぶしい太陽がさんさんと光を降り注いでいた。
スタスタと早足で演習場へ向かい、パトリックの姿が見えたので声をかける。
「ごきげんよう、パトリック卿。昨日はありがとうございました」
「アナベルさま。……その、大丈夫……ですか?」
「……ご心配、ありがとうございます。大丈夫ですわ」
アナベルの表情をじっと見つめて、パトリックは吐息をもらす。
「それなら、良かった。では、今日も始めましょうか」
「はい、お願いします」
丁寧に一礼して、剣の稽古を始めた。
やはり、パトリックは強かった。勝てるようになるかはわからないが、彼の教え方はアナベルにとって、とてもわかりやすくてありがたいものだ。
「……本当は、アナベルさまに戦ってほしくはありません。しかし、昨日のことで考え方が少し変わりました。……想像以上に、王妃殿下は恐ろしい人です」
「あのあと、なにかありまして?」
剣の稽古を終えたアナベルは、タオルで汗を拭いながらパトリックに問う。
彼は少し考えるように唸ったが、「まあ、すぐに耳に入るでしょうし……」と頬をかいた。
「――あの男、あれから正気を取り戻して、再び尋問を行ったんですよ。王妃イレインも参加して」
「……え?」
王妃であるイレインが、尋問に参加した……? と予想外のことを言われて目を丸くするアナベル。すっと右手を上げて、「いったい、どんな尋問を……?」と聞いてみると、彼は眉を下げる。
「王妃陛下は、あの男の背中を鞭で打っていましたよ」
「む、鞭で?」
こくりと肯定するパトリックに、アナベルは動きを止めて昨日の男を思い浮かべた。
「背中から血が出ても、誰も王妃陛下から鞭を取り上げませんでした。というか、取り上げたら、次の犠牲者は自分だと気付いているんだと思います」
「お、恐ろしい人ね……」
「結局、王妃陛下の気が済むまでやっていましたからね……」
遠い目をするパトリックに、アナベルは眉を下げて言葉を呑み込んだ。
「……ただ単に八つ当たり……というかストレス発散? しているようにも見えました」
人の身体を鞭で打ってストレスを発散させる? とアナベルが眉間に皺を刻むと、それに気付いたパトリックは慌てたように両手を横に振る。
「アナベルさまが気になさることはありませんよ! あの男も自業自得です。我々に手を出そうとしたのですから」
「……そう、ですわよね。……ありがとう、パトリック卿」
「いえ……」
「とりあえず、わたくし、これから少し用がありますの。今日の宮殿の中で大人しくしていますわ」
「……そうですね、昨日の今日ですし……。なにかありましたら、すぐに知らせてください」
パトリックがアナベルに頭を下げる。彼女は「わかりました」と微笑み、自室に足を運んだ。
ドレスに着替え、ロマーヌのとこまで向かう。もちろん、王妃イレインからの手紙を持って。
「――カルメ伯爵夫人、いらっしゃいますか?」
扉をノックしてから声をかけると、「どうぞ」と返事が聞こえた。
「失礼します。ごきげんよう、カルメ伯爵夫人」
扉を開けて中へ入り、音を立てないように扉を閉める。
ロマーヌに近付くと、カーテシーをして挨拶をし、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「ごきげんよう、アナベルさま。……その手にしているものは?」
「王妃イレインからの、挑戦状……でしょうか」
くすり、と笑うアナベルに、ロマーヌは「……そうですか」と少し声のトーンを落とす。
「――王妃陛下の侍女……。どのような女性が来るのか、わかりませんね……」
手紙の内容をかいつまんで話すアナベル。
内容を理解すると、ロマーヌは額に手を当て、やれやれとばかりに頭を振る。
「わたくし、その侍女を受け入れるつもりです」
「……その理由を尋ねても?」
「その侍女はきっと、わたくしを狙うでしょう。ですが、わたくしには切り札がございます。わたくしの身はそう簡単に崩れたりしないということを、王妃イレインに示すため」
アナベルはまっすぐに、意志の強い瞳をロマーヌに向けている。彼女はその瞳を見て、アナベルとミシェルの姿が重なった。
(姿かたちは違えども、ミシェルの意志はあなたが継いだのね……)
「……それに、その侍女を保護したいのです。王妃側にいるよりも、こちらについたほうが安全だと、知ってほしい。……わたくしの身を崩せなければ、王妃イレインは……」
――その侍女を亡き者にするだろう。
言外にそう語るアナベルに、ロマーヌは目元を細める。
「……心底王妃側の女性かもしれませんよ」
「……構いませんわ。そのときは、わたくしの魅力で落とすまで」
胸元に手を当てて、自信満々に言い切るアナベルに、ロマーヌは目を丸くして……それから思わずというように微笑んだ。
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