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【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。  作者: 秋月 一花
4章:寵姫 アナベル
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寵姫 アナベル 8話

「この魔法、わたくしの思い通りの効果が得られるのです。甘い香りで相手を油断させたい、と思えば……その通りの効果が。辛い香りで泣かせたいと思えば、その香りを嗅いだ人は涙を流します」


 ぽつぽつと、隠していたことを話すアナベル。


 この魔法は彼女のオリジナルだから、他に使える人はいない。


 それゆえに、クレマンはアナベルに『隠しとけ』と真剣な表情で言ったのだ。


 あまりにも、彼女の魔法は自由だった。


 そして、それは研究材料にもなりそうだ、と。


 クレマンはアナベルの身を案じて、能力を隠すように伝えていた。


「……それは、すごいな……」


 感心したようにアナベルを見つめるエルヴィス。


「幻想の魔法の他に、香りの魔法とは……。きみは面白い魔法を使うんだな」

「気が付いたら使えるようになっていて……不思議なんですけれど……」


 使えるようになったきっかけだって、ミシェルの愛用していた香水の香りを身にまといたいから、という幼心だ。


 自分の香水は減っていないのに、アナベルから似たような香りがすることに気付いたミシェルが、クレマンに相談したのだ。


「……なので、この魔法は私にとって、武器になるかな、と……」

「確かに、効果は絶大のようだな」


 地面に転がっていた男の表情を思い出し、エルヴィスは顎に指をかける。


「……それと、エルヴィス。お願いがあるのですが……」

「お願い?」

「はい、実は――……」


 アナベルは今日のことを詳しく話した。孤児院でのこと、娼館でのこと。


 特に娼館のことについては、彼が動揺したように瞳を揺らした。


「知っていたのか、あの娼館のことを」

「ミシェルさんに聞いていて……。親友が働いているはずだって」

「娼婦を親友と……?」


 こくりとうなずいたアナベルは、昔を懐かしむように目元を細めた。


「男爵家の令嬢だったそうです。ですが、親がギャンブルにはまり、娼館に売れていった、と。その後、彼女は娼館のオーナーになり、『なんでも屋』も始めたって聞きました」

「……なるほど。それで、そこから護衛を雇った?」

「はい。エルヴィスも先程の襲撃で、わたくしに専属の護衛が必要だと思ったのではありませんか? 自分の護衛は自分で決めたかった。それに……彼女たちにとっても、この宮殿で働くことはマイナスにはならないはずです」


 アナベルはまっすぐにエルヴィスを見つめて、彼の手をぎゅっと握る。


「――お願いします、エルヴィス。彼女たちを雇わせて?」

「……きみのお願いなら、仕方ないな……」


 その言葉を聞いて、アナベルはぱぁっと明るい表情を見せた。


「だが、一つだけ約束してほしい」

「約束、ですか?」

「……きみが無理や無茶をしないこと。いいかい、ベル。誰の命も、代わりはないんだ」


 エルヴィスの真剣な表情と言葉に、アナベルは大きく目を見開き、ゆっくりと首を縦に振った。


「エルヴィスも、無理や無茶はしないでくださいね。あなたになにかあったら、わたくし……どうすればよいのか、わかりませんわ……」


 アナベルはそっと彼の手を持ち上げて、きゅっと指を絡ませる。


 それを合図にしたように、エルヴィスとアナベルの唇が重なる。触れた場所から感じる体温に、アナベルは目を閉じた。


 エルヴィスがアナベルのことをベッドに押し倒そうとした瞬間、部屋の扉がノックされた。


 ぴたり、と動きを止める二人。


 エルヴィスはゆっくりと彼女から離れて、髪を掻き上げた。


「……誰だ」

「エルヴィス陛下、先程捕らえた人物なのですが……?」


 パトリックの声が聞こえて、アナベルはハッとしたように顔を上げる。


「魔法、解いたほうが良いですよね?」

「持続性があるのか?」


 首肯するのを見て、エルヴィスは立ち上がってアナベルに手を差し出す。


「一緒にいこう」

「はい」


 アナベルはその手をとって、エルヴィスとともに扉に足を進める。


 扉を開けて、パトリックの姿を見ると、彼は二人が手を繋いでいるところを見て、「お邪魔でしたか?」と小声で尋ねてきた。


「今はそれよりも、捕らえた相手のもとへ」

「あ、はい。地下牢に入れています」


 パトリックの案内で、地下牢へ移動する。地下牢の最奥に、一人の男がぼうっと焦点の合わない目を彷徨わせている。


 未だに夢と現実の境目にいるようだ。


 アナベルがパチン、と指を鳴らす。ふらふらと揺れていた身体がびくっと跳ね、辺りを見渡し始める。


「……アァ? なンだァ、ここは……?」


 さっきまで外にいたはずなのに、殺風景な場所にいることに気付いた男は、そこが牢屋だと気付くと一気にうろたえた。


「あ、て、テメェッ、このアマ! オレになにした!?」


 アナベルの姿に気付くと、威嚇(いかく)するように大声を上げる。


 そのつんざくような声に表情をしかめるアナベルを見て、エルヴィスが彼女の前に出ると、男は怪訝そうにエルヴィスを見上げた。


「私の寵姫(ちょうき)を襲った理由は?」

「ハンッ! そンなの教えるワケねェだろ!」

「口の中に仕込まれていた毒薬は、すべて取り除きました。自害しようとしても無駄です」

「……あの、エルヴィス。わたくしが少し、試しても良いかしら……?」


 エルヴィスの袖を引っ張って、アナベルが問う。彼はその前に、パトリックに記録用のオーブを持ってくるように伝えた。


 パトリックは「かしこまりました」と、すぐに記録用のオーブを持ってくるために足早に去っていく。


「記録用のオーブ?」

「魔道具だ。最近、研究がうまくいってな。オーブがあれば、どんな些細なことも記録できるんだ」


 ひそひそと小声で話し合うエルヴィスとアナベル。男はイラついたように、


「なンなンだよ、テメェらは!」


 と怒鳴った。


「――この国の王と、私の愛する寵姫だが?」


 男に見せつけるように、アナベルの細い腰を抱く。


 男は「ケッ!」と悪態をつくと、どっかりと座り込んだ。


 口の中に仕込んでいた毒薬は取り除かれ、武器も取り上げられてなにも持っていない。


「お待たせしました」


 パトリックが持ってきた記録用のオーブをエルヴィスが受け取り、アナベルに対して「では、始めようか」と声をかけた。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪

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