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【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。  作者: 秋月 一花
4章:寵姫 アナベル
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寵姫 アナベル 6話

 あっという間にヴィルジニーは戻ってきた。三人の美女を連れて。


 パトリックがまぶしそうに目元を細め身体を硬直させたのを見て、「やだ、かわいい」と口にしているのを聞いて、アナベルは小さく口角を上げた。


「あたしたちをご指名って聞いたのだけどぉ、本当に?」


 疑うように鋭い視線でアナベルを見つめる娼婦たちに、怯んだ様子も見せずにただ微笑んで首を縦に動かす。


「とりあえず、寵姫さまの隣に立っても負けないくらいの子たちを選んできたよ。どうだい?」

「ええ、三人ともとても美しいですわ」


 満足げなアナベルの様子に、ヴィルジニーはちらりと娼婦たちの様子を(うかが)う。


「あなたたち、お名前は?」

「えっとぉ、どれが良いかしら~?」


 間延びするような話し方に、パトリックは眉間を押さえた。


「そうねぇ……。では、わたくしが決めても良いかしら。わたくしの護衛兼、専属のメイドになってもらおうと思うの」

「宮殿ってそんなに危険な場所なの?」

「危険な場所になる可能性があるってことですわ。安全は保障できません。ですので、高い報酬をお約束します」

「まぁ、いいけど~……。それじゃあ、あなたの呼びたいように呼んでちょうだい」


 そんなにあっさりと決めて良いのか、とパトリックが目を丸くしていると、一人の娼婦と目が合った。そして、彼女がパチンと彼にウインクをすると、ぱっとパトリックの顔が赤くなる。


 扇情(せんじょう)的な格好をしている彼女たちに、パトリックは目のやり場を困っているようだった。


「それじゃあ……あなたから、ロクサーヌ、イネス、カミーユと名付けるわ」


 アナベルが淡々と娼婦たちの偽名をつけると、彼女たちはうなずく。


「まだ準備が必要だから、その準備が終わり次第、声をかけますわね」

「……わかりました」


 ロクサーヌ、と名付けられた女性が神妙に首を縦に動かした。


 アナベルはソファから立ち上がり、パトリックに視線を向ける。


 彼はまだ視線をどこに向ければよいのか、困っていたようだった。


(本当に初心(うぶ)な方よねぇ……)


 女性と接することがあまりなかったのだろうか、と考えながらアナベルは「行きましょう、パトリック卿」と声をかける。


 パトリックはハッと我に返ったように視線をアナベルに移し、「はい」と答えた。


「では、また今度お会いしましょう」

「あ、ちょっと待って。その準備っていつ終わるんだい?」

「そうですね……一週間以内には終わらせるつもりです」

「わかった。それまで彼女たちはここにいるからね」

「ええ」


 ぺこりと頭を下げて、アナベルとパトリックは娼館をあとにする。


 帰る頃にはすっかりと日が暮れていて、アナベルは馬車に乗ると宮殿に帰るまでのあいだ、うとうととまどろんだ。


 ◆◆◆


 いつの間にか寝入っていたらしい。


 アナベルは目を覚ますと、宮殿近くにきていたことを知る。そして、なにやら騒がしさを感じた。


「アナベルさま、絶対に降りないでくださいね」


 パトリックの声が聞こえた。どうやら、何者かがアナベルたちを取り囲んでいるようだ。


(宮殿近くで待ち構えていたってことかしらね……?)


 アナベルは身を低くして、窓の外を見る。


 薄暗くてよく見えない。


 パトリックが剣を振るっているようだ。金属のぶつかり合う音が聞こえる。


 敵が何人いるのかもわからない。パトリックだけを戦わせて良いものかと悩んでいると、ガチャリと馬車の扉が開いた。


「――寵姫(ちょうき)、みぃーっけ」


 ニタニタと下品な笑みを浮かべる人物。


 誰なのかはわからないが、こちらに危害を加えようとしていることだけはわかる。


「どちらさまかしら?」

「知らなくても良いンだよ。どうせその命はもう終わるンだからよォ」


 喋り方に独特のアクセントがある。おそらく、ここ――王都の人間ではないことは確かだろう。


「ああ、でもその可愛いツラはもったいないなぁ。首をちょん切って、持って帰ろうかなァ……」


 恐ろしいことを言われて、思わず身震いをした。


 そんなアナベルを見て、にやぁと邪悪な笑みを深くする。


「――オレが怖いかァ。そうかァ。じゃあ、怖くないように、さっさと終わらせてやらンとなァ!」


 男の手がアナベルに伸びる。彼女は――ふっ、と笑みを浮かべた。


 その笑みに、男の手が止まる。


「なンだァ? 壊れちまったのかァ?」

「……ねぇ、甘いものは、お好き?」


 アナベルの問いに、男は怪訝(けげん)そうに彼女を見た。


 ぶわり、とアナベルから甘い香りが放たれる。


「わたくしは大好きよ。甘いものって、幸せを呼んでくれるから」

「あ……?」


 甘い香りにクラクラと眩暈がしたのか、男の身体が揺れた。


「そう思うでしょう……?」


 扇子を取り出して、甘い香りを男にいくように(あお)いだ。


「でもね、辛いものも好きなの」


 甘い香りが変化して、ツンと尖った香りになっていく。


「ぐ、ぅ……?」

「あなたは、どんなものが好きかしらっ?」


 ドン、と勢いよく体当たりをすると、男は馬車から転げ落ちた。


「アナベルさま!?」


 パトリックの焦ったような声に、アナベルはふわり、とドレスの裾をまくり上げ、太ももに取り付けていたナイフを取り出し、シュッと風を切るように投げる。


 襲撃者には当たらなかったが、威嚇(いかく)くらいにはなったはず。


「わたくしを狙った襲撃のようですわね」

「そんな冷静に言わなくても!」


 アナベルはにっこりと微笑んでみせた。馬車から降りて、伸びている襲撃者の一人である男の股間に足を置く。


「潰しちゃって良いかしら?」


 ハイヒールにぐぐっと体重をかけると、「ヒェェ」と下から情けない声が聞こえた。


「――これはいったい、なんの騒ぎだ!」


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪

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