寵姫 アナベル 6話
あっという間にヴィルジニーは戻ってきた。三人の美女を連れて。
パトリックがまぶしそうに目元を細め身体を硬直させたのを見て、「やだ、かわいい」と口にしているのを聞いて、アナベルは小さく口角を上げた。
「あたしたちをご指名って聞いたのだけどぉ、本当に?」
疑うように鋭い視線でアナベルを見つめる娼婦たちに、怯んだ様子も見せずにただ微笑んで首を縦に動かす。
「とりあえず、寵姫さまの隣に立っても負けないくらいの子たちを選んできたよ。どうだい?」
「ええ、三人ともとても美しいですわ」
満足げなアナベルの様子に、ヴィルジニーはちらりと娼婦たちの様子を窺う。
「あなたたち、お名前は?」
「えっとぉ、どれが良いかしら~?」
間延びするような話し方に、パトリックは眉間を押さえた。
「そうねぇ……。では、わたくしが決めても良いかしら。わたくしの護衛兼、専属のメイドになってもらおうと思うの」
「宮殿ってそんなに危険な場所なの?」
「危険な場所になる可能性があるってことですわ。安全は保障できません。ですので、高い報酬をお約束します」
「まぁ、いいけど~……。それじゃあ、あなたの呼びたいように呼んでちょうだい」
そんなにあっさりと決めて良いのか、とパトリックが目を丸くしていると、一人の娼婦と目が合った。そして、彼女がパチンと彼にウインクをすると、ぱっとパトリックの顔が赤くなる。
扇情的な格好をしている彼女たちに、パトリックは目のやり場を困っているようだった。
「それじゃあ……あなたから、ロクサーヌ、イネス、カミーユと名付けるわ」
アナベルが淡々と娼婦たちの偽名をつけると、彼女たちはうなずく。
「まだ準備が必要だから、その準備が終わり次第、声をかけますわね」
「……わかりました」
ロクサーヌ、と名付けられた女性が神妙に首を縦に動かした。
アナベルはソファから立ち上がり、パトリックに視線を向ける。
彼はまだ視線をどこに向ければよいのか、困っていたようだった。
(本当に初心な方よねぇ……)
女性と接することがあまりなかったのだろうか、と考えながらアナベルは「行きましょう、パトリック卿」と声をかける。
パトリックはハッと我に返ったように視線をアナベルに移し、「はい」と答えた。
「では、また今度お会いしましょう」
「あ、ちょっと待って。その準備っていつ終わるんだい?」
「そうですね……一週間以内には終わらせるつもりです」
「わかった。それまで彼女たちはここにいるからね」
「ええ」
ぺこりと頭を下げて、アナベルとパトリックは娼館をあとにする。
帰る頃にはすっかりと日が暮れていて、アナベルは馬車に乗ると宮殿に帰るまでのあいだ、うとうととまどろんだ。
◆◆◆
いつの間にか寝入っていたらしい。
アナベルは目を覚ますと、宮殿近くにきていたことを知る。そして、なにやら騒がしさを感じた。
「アナベルさま、絶対に降りないでくださいね」
パトリックの声が聞こえた。どうやら、何者かがアナベルたちを取り囲んでいるようだ。
(宮殿近くで待ち構えていたってことかしらね……?)
アナベルは身を低くして、窓の外を見る。
薄暗くてよく見えない。
パトリックが剣を振るっているようだ。金属のぶつかり合う音が聞こえる。
敵が何人いるのかもわからない。パトリックだけを戦わせて良いものかと悩んでいると、ガチャリと馬車の扉が開いた。
「――寵姫、みぃーっけ」
ニタニタと下品な笑みを浮かべる人物。
誰なのかはわからないが、こちらに危害を加えようとしていることだけはわかる。
「どちらさまかしら?」
「知らなくても良いンだよ。どうせその命はもう終わるンだからよォ」
喋り方に独特のアクセントがある。おそらく、ここ――王都の人間ではないことは確かだろう。
「ああ、でもその可愛いツラはもったいないなぁ。首をちょん切って、持って帰ろうかなァ……」
恐ろしいことを言われて、思わず身震いをした。
そんなアナベルを見て、にやぁと邪悪な笑みを深くする。
「――オレが怖いかァ。そうかァ。じゃあ、怖くないように、さっさと終わらせてやらンとなァ!」
男の手がアナベルに伸びる。彼女は――ふっ、と笑みを浮かべた。
その笑みに、男の手が止まる。
「なンだァ? 壊れちまったのかァ?」
「……ねぇ、甘いものは、お好き?」
アナベルの問いに、男は怪訝そうに彼女を見た。
ぶわり、とアナベルから甘い香りが放たれる。
「わたくしは大好きよ。甘いものって、幸せを呼んでくれるから」
「あ……?」
甘い香りにクラクラと眩暈がしたのか、男の身体が揺れた。
「そう思うでしょう……?」
扇子を取り出して、甘い香りを男にいくように扇いだ。
「でもね、辛いものも好きなの」
甘い香りが変化して、ツンと尖った香りになっていく。
「ぐ、ぅ……?」
「あなたは、どんなものが好きかしらっ?」
ドン、と勢いよく体当たりをすると、男は馬車から転げ落ちた。
「アナベルさま!?」
パトリックの焦ったような声に、アナベルはふわり、とドレスの裾をまくり上げ、太ももに取り付けていたナイフを取り出し、シュッと風を切るように投げる。
襲撃者には当たらなかったが、威嚇くらいにはなったはず。
「わたくしを狙った襲撃のようですわね」
「そんな冷静に言わなくても!」
アナベルはにっこりと微笑んでみせた。馬車から降りて、伸びている襲撃者の一人である男の股間に足を置く。
「潰しちゃって良いかしら?」
ハイヒールにぐぐっと体重をかけると、「ヒェェ」と下から情けない声が聞こえた。
「――これはいったい、なんの騒ぎだ!」
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