寵姫 アナベル 4話
アナベルはミレー夫人に話すことで、自分がどんな慈善活動をしたいのか、ぼんやりとしたものが固まっていく気がした。
「誰にでも、いろいろなチャンスがあるはずです。それを掴めるかどうかは本人次第ですが……わたくしは、そのチャンスを逃してほしくないのです」
ミレー夫人はアナベルの言葉を真剣に聞き入り、ふっと表情を和らげる。
「……心優しい方ですのね」
「そんなことは……。ただ、わたくしがそうしたいと考えているだけですわ」
アナベルは視線を落としてはにかむ。お茶を一口飲んで、小さく息を吐いた。
「……あの子たちは、様々な理由で孤児になった子たちです」
すっとミレー夫人が窓の外へ視線を移す。アナベルは彼女の視線の先を追い、庭できゃあきゃあとはしゃぐ子どもたちの姿が視界に入る。
「アナベルさまの提案、主人と検討してみます」
「よろしくお願いいたします」
ぱぁっと表情を明るくして、アナベルは深々と頭を下げた。
孤児たちにも、未来を自分の手で掴み取ってほしい。
その思いが通じた瞬間だった。
ミレー孤児院をあとにし、別の孤児院に向かう。
アナベルはパトリックとともに、王都の孤児院を歩き回った。
ミレー孤児院で提案したことを伝えると、好意的に受け取る人、怪訝そうに眉をひそめる人、それよりももっと待遇をよくしてほしいとねだる人――……様々な反応だった。
特に、最後に関しては、子どもたちはボロボロの服を着ていたのに、孤児院の院長と子どもたちを世話している人たちは、上質な絹のワンスピースを着ていたことが心に引っかかる。
「パトリック卿。あの孤児院、寄付金を横領しているのでは?」
「……やっぱり、そう思います?」
こくりとアナベルは首を縦に振った。
「前から気になってはいたんですが、あそこは王妃陛下が一番目をかけている場所で……」
「王妃サマが?」
確かにあの孤児院の子たちの顔は、とても可愛らしかったり整っていたりと、将来美人や美形になると思われる子どもたちが多い。
(未来のメイドや執事候補……?)
いや、そんなまさか。
アナベルはその考えを振るい払うように頭をぶんぶんと横に振った。
「気になりますわね……」
「そうですね」
パトリックは本当に気にしているのか、いないのか、良くわからない口調で同意する。
「……パトリック卿はあまり、この孤児院に関わりたくないのですか?」
「ええ、まあ。王妃陛下が贔屓している孤児院ですので、アナベルさまが関わるとどう出るか……」
自分の身を案じてくれているのか、とアナベルが目を丸くすると、パトリックは後頭部に手を置いて眉を下げた。
「なんせ、エルヴィス陛下が本気で恋に落ちた女性ですからね。できるだけ危険には近付けさせたくないというのが本音です」
「エルヴィス陛下のお心ですか?」
「いいえ、私の勝手な判断です」
それを聞いて、アナベルはふふっと笑った。彼の気遣いが、とても嬉しかったから。
「大丈夫ですわ、パトリック卿。わたくし、エルヴィス陛下とともに戦うために、ここにいるのですもの」
自分の胸元に手を置いて微笑むアナベルの姿を、パトリックはまぶしそうに目元を細めて眺めていた。
そして、二人は最後に娼館へ足を運んだ。
娼館に行きたい、と伝えたときのパトリックの顔には困惑が隠しきれていなかった。
『アナベルさまがそんなところに行かなくても……』
と、弱々しく言葉を紡いでいたが、アナベルは『どうしても行きたいの!』と押し切ることに成功し、王都で一番知られている娼館の前に立っている。
パトリックは、落ち着かないのかソワソワしながら辺りを見渡していた。
「ごきげんよう、マドモアゼル!」
アナベルは扉を大きく開いて、娼館に響くように大声を発する。
娼婦たちはびっくりしたように肩を揺らした。
「なんだい、いったい……。こんなところで大声を出さないでおくれ……って、おや? ずいぶんとかわいい子が訪ねてきたもんだ」
奥から娼館のオーナーらしき人物が姿を現した。アナベルに気付くと、じろじろとその姿を頭のてっぺんから足のつま先まで見て、ふんっと笑う。
煙管を咥えて吸うと、ゆっくりと息を吐いて煙を出す。
「ごきげんよう、あなたがここのオーナーかしら?」
アナベルはその煙を払うように扇子を取り出し、広げた。
軽く扇いでから口元を隠すように、扇子で覆う。
「なんの用だい? ここはお嬢ちゃんみたいな子が来るところではないよ」
「あなた方に提案がございますの。……宮殿で暮らしてみませんか?」
「はぁっ?」
アナベルはにっこりと笑う。娼婦たちは「宮殿?」と興味深そうにアナベルの言葉に耳をかたむけていた。
「『黄金のりんごには秘密がある』、と言ったほうよろしいかしら?」
ぴくり、とオーナーの眉が動く。
「そういうことなら、話を聞こうじゃないか。ついておいで」
「はい」
パトリックはアナベルとオーナーを交互に見て、ぽかんとしていた。
「行きますわよ、パトリック卿」
「あ、は、はい……」
アナベルに声をかけられ、パトリックは慌てて彼女のあとを追う。娼館の奥、もっといえば地下室へ続く階段を下りて、広い部屋に案内された。扉を閉めると同時に、オーナーが振り返る。
「――それ、誰から聞いたんだい?」
「もうこの世にいない方から、ですわ。良かった、通じて」
アナベルはソファに座り、彼女を真っ直ぐに見つめた。
こちらを警戒するような鋭い眼光を受け、目元を細める。
「で、望みは?」
「娼館から、腕を立つ人物をお借りしたいの。わたくしの護衛として。そうね、美しい方が良いわ。わたくしと並んでも負けないくらいの、ね」
「ずいぶん自分の容姿に自信があるようだ」
「ええ、自信ありますわよ。わたくしの容姿、そしてこの肉体は武器ですもの」
踊り子としての武器。それはアナベル自身だ。
しなやかな身体も、誰もが見惚れる顔も、彼女にとってはかけがえのない武器の一つ。
「いったい、なにがしたいんだい?」
「知らないほうが良いと思いますけれど……?」
「知らなきゃ、うちの可愛い子を貸せるわけ、ないだろう」
「愛情深いのですね」
くすくすと鈴を転がすように笑う彼女に、オーナーは深々とため息を吐いた。
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