寵姫 アナベル 1話
アナベルが正式に寵姫となってから、早三日。
朝起きたら朝食を摂り、動きやすい格好をしてから外へ向かう。
メイドたちも一緒に向かい、宮殿の玄関に立っているエルヴィス陛下の護衛であるパトリックがアナベルに気付き、丁寧に頭を下げた。
「ごきげんよう。本日もよろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
アナベルはパトリックに剣術を習い始めた。
エルヴィスはアナベルとの約束を覚えていたらしく、こうして時間を見つけて稽古をつけてくれる。
「なんだか、宮殿の外とはいえ、訓練のためにここにくるのは不思議な感じです」
パトリックが肩をすくめて眉を下げる。アナベルは口元に手を添えて「ふふっ」と笑った。
「わたくしは助かりますわ。身を守る術はありがたいですもの」
「……なにかあったのですか?」
「旅芸人の一座として各地を巡っていれば、いろいろと、ね……」
昔のことを思い出して、アナベルは目元を細める。
本当にいろいろなことがあった。ここにいること自体が夢なのではないかと思うくらいに。
玄関を出て演習場に向かう。メイドも一緒だ。
「アナベルさま、こちらを」
「ありがとう」
メイドが持ってきていた剣を受け取り、鞘から抜く。
きらめく刀身を見て、うっとりと恍惚の笑みを浮かべるアナベルに、パトリックは少し困惑したように声をかけた。
「そんなに剣が好きなんですか?」
「だってこの剣、とても綺麗ですもの。稽古で使うのがもったいないくらいですわよ?」
刀身を眺めたまま言葉を紡ぐと、「本当に好きなんですねぇ」と感心したようにパトリックがつぶやく。
そして、剣を構える。アナベルも同じように構えた。
「――では、どこからでも、どうぞ」
「――ええ。今日もよろしくお願いします」
タンッと地面を蹴ってパトリックに近付く。キィン! と金属のぶつかり合う音が鳴り響き、メイドはぎゅっと両手を組んで見守っている。
剣の稽古を始めてから、アナベルは一度も彼の足を動かせていない。
何度も挑戦しているが、手も足も出ない。そのことを痛感している。
「軽くは習っていたんですよね?」
「ええ。でも、こんなに動かない人は初めてですわ」
「まあ、そこら辺は追々……。舞とはいえ剣を扱っていたからか、慣れていますよね」
「そこそこにねっ!」
何度も攻撃をしているが、やはりパトリックは一歩も動かない。まるで、そこに引き込まれるように攻撃をしてしまう。
「……わたくしの攻撃って、そんなに単純なのかしら……?」
「まぁ、ええ、……わかりやすいと言えばわかりやすい、ですから……」
相手は何年も剣術を磨いていた相手だ。
納得したように息を吐き、諦めないとばかりに鋭い眼光を向けると、彼は苦笑を浮かべた。
「大丈夫ですよ、そんなに気を張らなくても。ほら、肩に力が入ってる」
「――難しいわぁ……!」
パトリックに指摘されたことを意識すると、余計肩に力が入る。
カァン! と乾いた音が響いて、アナベルは剣を落とした。
「……今日も動かせなかったわ……!」
悔しそうに拳を握るアナベルに、パトリックが眉を下げる。
「これまでもかなり手加減していますからね。アナベルさんが『戦うための剣』に慣れるまで、動きはありませんよ」
「……? それはどういうこと?」
アナベルが剣を拾ってから、パトリックに問いかけた。
「アナベルさんの剣は、戦うためではなく、自らを輝かせるための動きですから……。自分の魅力を最大限に活かしているというか……」
しどろもどろになりながらも、彼は答えをくれた。それを聞いて、アナベルは「うーん」と考えを巡らせる。
(剣舞の癖が出ているってことかしら?)
「あ、それとアナベルさま。敬語が抜けたので、カルメ伯爵夫人の宿題倍増です」
メイドに伝えられた言葉に、アナベルはその場に座り込んでがっくりと肩を落とす。
カルメ伯爵夫人は、彼女を徹底的に『貴族の令嬢』、そしてエルヴィスに似合う『寵姫』としての勉強をさせていた。
剣術を習いたいというのはアナベルの強い願いで、そのことに関しカルメ伯爵夫人はあまり快く思っていなかったようだが、すぐに考えを改めたようだ。
もともと、アナベルは踊り子。
それも、剣舞で人々を魅了するほどの実力を持っている。
もしかしたら、なにかの役に立つかもしれない。そう答えを導き出したカルメ伯爵夫人は、アナベルに『剣術の稽古のときは、怪我をしないように気を付けること』と口酸っぱく言い聞かせていた。
紹介の儀も終わり、本格的に剣術の稽古が始まった。
どうしても紹介の儀が終わるまでは慌ただしく生活していたから、なかなか剣を握る機会がなく、触れたとしても素振りくらいしか出来ず、上達の道は遠いと感じていたことを思い出し、アナベルは小さく笑う。
「……? どうしました?」
「いいえ。ただ、この恵まれた環境に感謝しているだけですわ」
とはいえ、アナベルは現在、たった一人のエルヴィスの『寵姫』。
彼女宛ての招待状がわんさかと届いていた。
それはお茶会だったり、夜会だったりと様々なものだ。
メイドたちが仕分け、どのお茶会や夜会に参加するかを真剣に検討してくれた。
貴族のことに疎いアナベルのために、メイドたちががんばってくれている。
「お茶会と夜会、どちらに参加したほうが良いのかしら?」
「日にちがずれていますから、どちらも参加したほうがいろいろ見えると思いますよ。どちらが王妃派で、どちらが陛下派か」
「……そんなもの?」
こくりとうなずくパトリックに、アナベルは「うーん」と首を捻った。
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