紹介の儀 その後 4話
「……それ、本当の話なの……?」
青ざめた顔でアナベルが震える声を出すと、メイドは小さくうなずいた。
「私も最初に聞いたときは、自分の耳を疑いました。……ですが、王妃陛下のメイドたちがコロコロと入れ替わっているのは事実です」
「……そう。そうなのね……これは、確かめてみるしか、ないわよね……」
ぐっと拳を握って、真剣な目でつぶやくアナベルに、メイドたちは自分の手を重ねる。
「……我々も協力します。お力になれることがあれば、なんでもおっしゃってください」
「……ありがとう。それじゃあまずは、紙とペンを用意してくれる?」
アナベルの言葉に、彼女たちは目を丸くしたが「すぐにお持ちします!」と、パタパタと足音を立てて出ていった。
傍に残ったのは年長のメイドだけ。
「……本当に、王妃陛下と争うのですね」
「ええ。まずは、いろいろな証拠集めからしないといけないわねぇ……」
肩をすくめるアナベルに、「絶対に無理は禁物ですよ?」と心配するような声色で注意するメイドに、アナベルは「うん」と返事をした。
舞踏会のテーマも決まっていない。やることは山積みだ。
「……ここで働いていて、あなたたちの身は大丈夫?」
気になることを口にすると、メイドは「はい」と断言した。
「王妃陛下が危害を加えるなら、外ではなく中のものです。あそこでは、王妃陛下が無茶を言っても許されますが、ここは陛下の管轄ですから、手が出せないのです」
陛下の管轄? とアナベルは首をかしげる。
では、どうやってイレインは寵姫たちを亡き者にしたのだろうか、と。
「……宮殿に住んでいた寵姫たちは、王妃陛下の主催するお茶会の帰りに……。それも、わざわざホテルを貸し切ってのお茶会でしたから、寵姫たちは街で倒れ、金目の物は盗まれ散々な姿で発見されたと聞いております」
「……やることがえげつないわね……」
いやそうに眉根を寄せるアナベルに、メイドは「本当に」と同意した。
そんな会話をしていると、ペンと紙とインクを持ったメイドたちが戻ってきた。アナベルは静かにベッドから降りる。
(――大丈夫、動ける)
とはいえ、歩くのにかなり時間がかかってしまうが、なんとか歩き出す。
「ありがとう。ちょっと椅子と机を借りるわね」
椅子に座り、紙を広げた。インクの蓋を開け、ペン先をつける。
「とりあえず、情報を整理しましょう。王妃イレインの噂話を、なんでもいいから話してちょうだい」
「かしこまりました、アナベルさま」
メイドたちも椅子に座らせ、アナベルは彼女たちから聞いた話を書き込んでいく。
「そういえば、アナベルさまはどこで字を習ったのですか?」
「ミシェルさんたちが教えてくれたの。文字が読めるのと書けるのでは世界が違うのよって」
当時を思い出して、アナベルの心がほんのりと温かくなった。
ミシェルとの大切な思い出だ。
「アナベルさまは本当に、ミシェルさまがお好きなのですね」
目元を細めてはにかむメイドたちに、アナベルは照れたように頬をピンク色に染めて、肯定のうなずきを返す。
「ミシェルさんは、あたしの剣舞の師匠でもあったし……いろんなことを教えてくれた恩人なの。あたしを娘のように可愛がってくれて……」
――最期まで、アナベルのことを気にかけていたミシェルのことを思い出し、口を閉じた。
アナベルにとってミシェルは、一番尊敬できる人であり、姉であり、母だった。
「……王妃サマは、いったいどれだけの人を不幸にしてきたのかしらね……」
ミシェルのことを思い出し、止めていた手を動かす。
「――終わらせなくちゃいけないわ」
顔を上げて、意志の固い……力強いまなざしをメイドたちに向けるアナベル。
そのまなざしに、メイドたちは射抜かれたように息を呑む。
「……はい、アナベルさま。終わらせましょう」
年長のメイドの言葉に続き、メイドたちはうなずいた。
「――そして、始めましょう。脅威のない暮らしを」
柔らかい声色で続いた言葉に、メイドたちも微笑みを浮かべる。
王妃イレインの噂話を集め、その話がどうかを確認する。地道ではあるが、証拠を掴むためにも一歩ずつ進んでいくしかない。
(――それに、いざとなったらあたしの魔法がある)
幻想の魔法。
これをうまく利用できれば、役に立つだろうと考えてペンを置いた。
「それにしても……なんだかこの噂の内容って、まるで怖い話のようね……」
書き込んだ紙を見て、げっそりとした表情を浮かべて重いため息を吐く。
「そうですね。噂ですから脚色が強くなっているのかもしれません」
「実際はどうかわからないものね……」
「事実は小説より奇なり、かもしれませんよ?」
「これ以上の可能性もあるとは、考えたくないわぁ……」
じっと紙を見つめるアナベルに、メイドたちは「休憩しましょう」とお茶を用意した。手際よく淹れられたお茶を渡されて、一口飲む。
ほう、と息を吐くと、リラックスできたような気がした。
「おいしい……」
「ありがとうございます。お茶を淹れるのは得意なんです」
自慢気に胸を張るメイドに、アナベルは「すごいわねぇ」と声をもらす。
「何年もお茶を淹れ続けた成果ですわ」
嬉しそうに微笑むメイドに、アナベルは「なるほど」と納得した。
自分の剣舞だって、最初はとても人に見せられるものではなかった。だが、練習に練習を重ねた結果、人々を魅せるものになったと自負している。
(あたしにできること――……)
アナベルはもう一度ペンを手にし、紙と向かい合う。
真っ白な紙に、今後やりたいことを書き込んでいくと、メイドたちは興味深そうに書かれていく文字を眺めていた。
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