紹介の儀 その後 2話
「いったい、なにをするつもりだい?」
「……慈善活動、かしら? 王妃サマ、一応やっているだろうけど……別の視点から、ね」
エルヴィスは興味深そうにアナベルを見つめる。
彼女はもう一口ワインを飲むと、じっとエルヴィスと視線を絡めた。
見つめ合うこと数十秒。
互いにプッと噴き出した。
紹介の儀で張り詰めていた緊張感が、ようやく切れた気がする。
アナベルはワイングラスをローテーブルに置くと、胸元に手を置いた。
「ところで、エルヴィス陛下。わたくしがどうしてここへ来たと思いますか?」
ソファから立ち上がり、ゆっくりとベッド近くへ移動する。
「……私は言ったはずだぞ?」
エルヴィスもワイングラスをローテーブルに置き、ベッドの前に立ち彼に背を向けているアナベルに近付き、その細い肩に触れた。
彼の体温を感じて、アナベルは顔を上げ、そろりと視線を移動させる。
ぎゅっと後ろから抱きしめられた。アナベルは目を伏せて、彼の腕に自分の手を重ねた。
「――一度だけしか言わないから、よく聞いてね」
ゆっくりと、アナベルが声を出す。その声は緊張からか少し震えていた。
「――どうか、わたくしを陛下のものにして」
――身も心も、あなたのものに。
エルヴィスは目元を細めて、彼女を抱きしめる力を強めた。
ゆっくりと力を抜いて、アナベルから少し離れると、彼女はエルヴィスと向かい合うように身体を動かし、それからふんわりと微笑む。
「――……」
その笑みを見て、惹き込まれるようにエルヴィスが手を伸ばし、アナベルの頬に触れた。
緩やかに近付いてくるエルヴィスに、彼女は静かに目を閉じる。
思っていた場所ではなく、額に唇が落とされた。その感触にぱちり、と目を開けると、意地悪そうに目元を細めたエルヴィスと視線が交わった。
「――っ」
子ども扱いを受けているような気がして、アナベルは彼の頬を両手で包む。
エルヴィスは彼女の行動に目を大きく見開き、目元だけで笑った。
背伸びをして、自ら口付けようとしたアナベルだが、身長差でうまくいかない。
彼が「――ちょっと待って」と彼女の手を掴んで、自らベッドに座り、自分の膝の上にアナベルを乗せた。
「さぁ、どうぞ?」
からかうような……それでいて真剣さを含んだ声。すっと目を閉じるのを見て、アナベルは再び彼の頬に手を添えて、ゆっくりと顔を近付けて唇を重ねる。
ちゅっ、ちゅっ、と愛らしいリップ音を響かせながら何度か唇を重ね、彼の様子を窺うように離れると――エルヴィスがアナベルの身体を抱きかかえるように腰に手を回し、自分のもとに引き寄せた。
「――後悔はしないな?」
「しない。だって、あたしが選んだの。――あなたを」
顔を赤らめながらも、しっかりとした口調でそう伝えるアナベルに、エルヴィスは「そうか」とどこか嬉しそうに微笑む。
アナベルの髪にキスをしてから、彼女をベッドに押し倒し、唇を深く重ねた――……
◆◆◆
翌朝。
いや、すでに太陽は高く昇り、昼前のようだった。
アナベルはぼんやりとした頭で天井を見上げ、「……あれ?」と小さくつぶやく。
そして、自分の隣にエルヴィスがいることに気付き、昨夜の記憶が一気によみがえり顔を真っ赤にさせた。
(……寝ているの、かしら……?)
目を閉じたままのエルヴィスをじっと見つめる。
……あまりにも静かに眠っているように見えて、思わず呼吸を確かめるように手を口元に近付けると、手首を掴まれた。
えっ? と思う間もなく引き寄せられ、抱きしめられたアナベルは目を丸くして「え、エルヴィス陛下!?」と慌てたような声を上げる。
「……おはよう、ベル。いや、もう昼だから……おはよう、ではないか」
くすりと笑う声。
(――面白がっているわね!)
アナベルはムッとしたように唇を尖らせ、エルヴィスを睨む。彼は彼女を抱きしめたまま、甘く蕩けるような声でこう言った。
「――はじめてだ、こんな感情は」
「……え?」
「満たされている、というのは……こういう感じなのかもしれないな……」
「……陛下……」
「名を……私の名を呼んでくれ、ベル」
甘えるようなエルヴィスの様子に、アナベルは目を伏せて一度深呼吸をしてから彼の名を口にする。
「エルヴィス」
たった一言。アナベルが名前を呼ぶだけで、エルヴィスの胸に甘く広がった。
「……もっと、呼んでくれないか?」
「あなたが望むのなら、何度でも」
アナベルはエルヴィスが満足するまで、何度も彼の名を呼んだ。しばらく甘さに浸ってから、彼はベッドから起き上がる。
「……さて、今日はこのまま休んでいてくれ。私は少し、用事を済ませてくる」
「えっ」
「今日は無理をしないこと。いいな?」
有無を言わせない口調と表情で、エルヴィスがアナベルに手を伸ばし頭を撫でてから微笑み、そのまま部屋をあとにした。
(――ッ、……ま、まあ、確かに動くのは大変だと思うけれど……)
昨夜のことが再びよみがえり、枕に顔を押し付けて足をぱたぱたと動かしていると、扉がノックされる音が耳に届く。
「は、はい」
反射的に返事をすると、メイドたちが数人、部屋に入ってきた。
「アナベルさま、身体の調子はいかがですか?」
「こちらを着てください。今日はゆっくりとお休みしましょうね」
てきぱきと衣服を整えられ、混乱している中、メイドたちの意味深な微笑みが視界に入る。
その笑みを見て、悟った。
――昨日、アナベルとエルヴィスが結ばれたことを、彼女たちは知っている――……と。
真っ赤になったアナベルに、メイドたちが「可愛らしい寵姫ですね」なんて朗らかに言われ、赤面した顔を隠すように両手で覆った。
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