紹介の儀 4話
顎の下で両手を合わせ、エルヴィスを見上げて楽しそうに声を弾ませ、
「舞踏会を開いてくださいませ!」
と、エルヴィスを上目遣いで見上げながら可愛らしくお願いをした。
「舞踏会?」
エルヴィスは目を丸くした。よく観察すれば、他の貴族たちも呆気に取られた表情をしていたので、彼女の言葉はそれほどまでに意外だったらしい。
「はい。わたくし、みなさまともっとお話ししたいと思っておりましたの。そして、エルヴィス陛下がどんな方なのか、いろんな方に知っていただきたいの! もちろん、わたくししか知らないことをあるでしょうけれど……」
きゃっと両頬を包み込むように手を添えるアナベルは、恥じらうようにエルヴィスから視線を外した。
エルヴィスはふっと表情を綻ばせると、アナベルの髪を少し手に取り、ちゅっと音を立てて口付ける。
「――私はあまりダンスが得意ではないのだが……きみが望むのならば」
「お優しいエルヴィス陛下、大好きですわ」
彼の口から望んでいた言葉が聞けて、アナベルは笑みをより一層深めた。
「……そういえば、アナベル、さんは踊り子でしたね。やはりダンスが得意なのですか?」
近くにいた男性がアナベルに話しかけてきた。彼女は男性のほうを見ると、困ったように眉を下げる。
「――実は、社交ダンスを習い始めたばかりですの」
ほんの少し悲しそうにうつむく。質問をした男性は、慌てたように「そ、そうでしたか」と後頭部に手を置いて言葉を紡いだ。
「その、美しい女性なので、陛下と踊ったら絵になるだろうと思い……」
「うふふ、ありがとうございます。舞踏会までカルメ伯爵夫人に教わって、完璧に仕上げてみせますわ」
カルメ伯爵夫人、と聞いてざわついていた会場が一気に静まり返った。
「か、カルメ伯爵夫人に習っているのですか?」
おそるおそる……というように女性が尋ねる。アナベルがこくりと首を動かすと、どこか同情したかのように憐みの視線を注がれた。
(――マナーの鬼、らしいもんねぇ……)
一ヶ月。
紹介の儀はなるべく早く、とのエルヴィスとダヴィドの要望に応えるため、カルメ伯爵夫人は宮殿に泊まり込み、徹底的にアナベルにマナーを教え込んだ。
そのあいだにダヴィドがアンリオ侯爵に連絡を取り、アナベルはミシェルの家族と会うことになった。
(ミシェルさんはお父さま似だったのね)
そのときのことを思い出して、小さく口角を上げる。
アナベルはカクテルをもう一口飲んで、ゆっくりと息を吐いた。
「みなさま、カルメ伯爵夫人をご存知なのですね」
「……彼女くらい、マナーをしっかりと守っている女性も珍しいくらいだからね」
どうやら苦手意識があるようだ。
確かに厳しかったが、イレインへの復讐に燃えているアナベルにとっては、ちょうど良い刺激だった。
「……いろいろあったのですね」
アナベルが眉を下げて微笑む。会場の人たちはこくりとうなずく。
(いったいどんなことをしていたのかしら、カルメ伯爵夫人……)
少し気になったが、そこを追求するのはまた今度にして、アナベルは声色が明るくなるように意識して「そうだ!」と手を合わせた。
「みなさまは、どんな舞踏会が良いと思いますか? わたくしは舞踏会に参加した経験がありませんので……ぜひ、教えてくださいませ」
踊り子としてステージで踊ったことはあるが、貴族が集まる舞踏会には行ったことがない。
コラリーが考えるように顎に指をかけ、「そうですわねぇ……」と小さく言葉をこぼす。
「どんなテーマにするかを決めてから、どんな会場にするのかを考えたほうが良いと思います」
「テーマ、ですか?」
コラリーはアナベルを見てこくりとうなずいた。
「そうです。舞踏会にはハッキリとしたテーマが必要ですわ。例えば、一年前に開かれた舞踏会では『花』がテーマでした」
そのときのことを思い出しているのだろう。
うっとりと恍惚の笑みを浮かべて、声が甘くなっている。アナベルは「素敵ですね」と言ってエルヴィスと腕を組んだ。
「本当に素敵な会場でした。『花』がテーマでしたから、至るところに様々な花が飾られていましたの。それだけ花が多いと香りが混ざり大変なことになるのではないかと思っていたのですが……」
そこで一度言葉を止めて、頬に手を添えるコラリー。
アナベルはワクワクとした表情を隠さずに彼女を見た。
彼女は大袈裟なほどに両腕を広げ、
「会場内はとても良い香りに包まれていましたの! なんと調香師が花の香りが混じり合っても良い香りになるように、いろいろと試したんですって! でしょう? デュナン公爵?」
熱く語ってから、くるりとダヴィドに身体を向けるコラリー。
アナベルは目を瞬かせて、「えっ」と思わず声を出した。
「あれは苦労したなぁ。人を不快にさせない香りにするために、どれだけ調香師と話し合ったかわからないよ」
ダヴィドが肯定したことで、その舞踏会は彼が主催者だったことを知った。
「――人々への配慮、ですわね」
「ああ。ちなみに紳士は胸元に花を一輪飾り、女性たち花冠を乗せて舞踏会に参加してもらったよ」
「それはとても華やかそうですわ」
「ええ。とても華やかで楽しい時間を過ごせました。あのときは本当にありがとうございました」
コラリーがダヴィドに笑みを見せると、彼は胸元に手を当て、「こちらこそ、参加してくださりありがとうございました」と人懐っこそうに笑い、和やかな雰囲気が流れた。
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