紹介の儀 3話
イレインが会場から去り、残されたアナベルたち。
ちらりと窺うように彼女たちに視線を向けていた貴族たちを見て、アナベルはエルヴィスから離れて彼を見上げる。
エルヴィスの口が動くのを見て、アナベルは貴族たちを見渡した。
「さぁさ、みなさま。せっかくこうして出会えたのですもの。わたくしとお話をしてくださいませんか」
アナベルが片腕を広げて凛とした声を出すと、誘われるように貴族たちが近付いてきた。
貴族たちの探るような視線を受けても、アナベルは動じない。
むしろ、自分に興味を持ってくれて良かったと、安堵していた。
(――それにしても、王妃サマは確かに美しかったけれど、あの美しさはどうしてこんなにも怖いの――……?)
イレインの『作られた美』が恐ろしく感じる。
踊り子の仲間が化粧をして、どれだけ美しくなろうが、恐怖を感じたことなど一度たりともないのに――……
アナベルが思考を巡らせていると、周りにいた貴族たちは、カクテルを片手に話しかけてきた。
「エルヴィス陛下とは、デュナン公爵のお屋敷で出会ったのですか?」
一人の女性が、目をキラキラと輝かせて尋ねてきた。
アナベルは小さくうなずき、カクテルを一口飲む。
それから、口付けたグラスの縁をなぞるように人差し指の腹で触れると、顔を赤らめた。
「――実は、子どもの頃にも出会っておりましたの。陛下が視察にきた村で……十五年の月日を経て、再び出会うとは思いませんでしたわ」
「まぁ! それでは二人は出逢うべくして出逢ったのですね! ロマンチックですわぁ」
うっとりとしたように、女性が頬に手を添える。
――社交界で絶大な人気を保つ、コラリー・U・ルサージュ。
彼女がアナベルに話しかけたことで、会場内は少しざわついた。
ルサージュ伯爵家――古くから続く魔法研究の一族だ。
その功績を考えると、いつ陞爵してもおかしくないと言われるほど。
ルサージュ伯爵家の一人娘であるコラリーは、社交界デビューを華々しく終え、女性たちはもちろん、男性たちからも一目置かれる存在となった。
それはともかく、そんな彼女が友好的にアナベルと話しているのだ。
「そのドレスも素敵ですわね。極上のシルクとお見受けしましたわ」
「さすがですわ、ルサージュ伯爵令嬢! こちらはクレマン座長がくださいましたの」
シュミーズドレスの裾を持ち上げて、くるりとその場で回転した。
ふわりと軽やかに広がり、貴族たちの目を奪う。
「私のことはコラリーとお呼びください。……令嬢のことはどうお呼びすれば良いかしら?」
「――アナベル、とお呼びください。この名は亡くなった両親が贈ってくれたものですから」
自分の胸元に手を置いて、にこりと微笑む彼女に、周りにいた人々は魅了されたかのようにぽうっと赤くなった。
「では、アナベルと呼ばせていただきますわね。……少し、疑問に思っていたのですが、ケープを羽織っているとはいえ、シュミーズドレスは寒くありませんか?」
「あ、それ私も気になっていました。この国は寒いでしょう? 身体が冷えるのでは……?」
他の女性たちも興味深そうにシュミーズドレスを眺めていた。
アナベルは視線を落として自身のシュミーズドレスを見て、小さく首を左右に振る。
「このドレス、触れてみていただけませんか?」
「よろしいの?」
「もちろんですわ」
コラリーにそう声をかけると、彼女は目を瞬かせて首をかしげた。
アナベルの首が縦に動くのを見てから、そっと彼女のドレスに触れる。
「あたたかい……?」
シュミーズドレスに触れて、手に伝わるじんわりとした温かさに目を丸くするコラリー。アナベルは得意げに「でしょう?」と笑った。
「このシルク、魔力を秘めておりますの。このままだと寒いだろうから、とエルヴィス陛下が自ら付与魔法をかけてくださいましたの!」
「まぁっ、陛下自ら? あら? ですが陛下が得意なのは氷の魔法なのでは……?」
アナベルに近付いてきたエルヴィスに、貴族たちの視線が集中する。
他の貴族たちも、アナベルのドレスを見ようと彼女たちに近付いてきた。
「……なにか誤解があるようだが、一応他の魔法の適性もあるぞ、私は」
魔力を少しでも持っていれば、魔法は使える。
使い方は人それぞれだが、大体が生活に役立つ魔法を使う。
そして、その魔法の使い方は、親が子どもに教えるものだ。
孤児であれば、孤児院の大人たちに。
だからこそ、この国の人たちは魔法を当たり前のように使っている。
しかし、エルヴィスの使う『氷の魔法』だけは扱いが違う。
王族――それも適性のある者にしか扱えない。さらに、扱えるようになるには『覚醒』が起きなければならない。
エルヴィスがその力に目覚めたのは、十五歳のときだった。
「……王族の方はてっきり、氷の魔法しか使えないかと思っていましたわ……」
ぱちくり。
目を丸くするコラリーに、エルヴィスは「なぜ?」と不思議そうに首をかしげる。
「……エルヴィス陛下とお話しする機会が、少ないからではありませんか?」
アナベルが頬に人差し指を添えてエルヴィスを見上げる。彼は意外そうに目を見開いた。
コラリーは、「確かに陛下とお話しする機会はありませんね」と納得したようにつぶやく。
十五歳で覚醒したエルヴィスは、魔物討伐に赴くことが多く、こうして貴族たちが集まる場所に顔を出すことは滅多になかった。
「今までの紹介の儀でもそうだったろ?」
「……そう、だったか……?」
ダヴィドに言われて、眉間に皺を刻んで考え込むエルヴィス。
「――……確かに、そうだったかもしれない……」
はぁ、と小さく息を吐いたエルヴィスに、アナベルはそっと寄り添った。
「でしたら、陛下。アナベルのわがままをお聞きください」
アナベルは、愛らしく笑った。
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