寵姫になるために 7話
「燃える?」
「ええ。だって、それをクリアすれば、王妃サマに近付けるんでしょ?」
アナベルはスタスタと歩き、くるっとエルヴィスに身体を向けて大きく腕を広げる。
「――あたしの復讐が、幕を上げるのよ」
ギラギラとした炎を宿した瞳を見て、エルヴィスは言葉を呑む。まぶしいものを見たかのように目を細めて、彼女に近付いた。
「……そうだな。とりあえず、きみの住む場所に案内しよう。その恰好では、寒いだろう?」
エルヴィスは上着を脱いで、ふわりとアナベルにかけた。
彼女は彼の温もりが残っている上着に袖を通し、ぶかぶかな上着を見て「あったかーい」と頬を染めて笑う。
「さぁ、行こうか。私のパートナー」
差し出された手を取り、アナベルたちは用意されていた馬車に向かった。
念のためにと二台用意してあり、エルヴィスが魔法を使った。どうやら霧を出しているようで不思議そうに霧を眺めるアナベルは彼へ視線を移す。
「魔法ってそんなこともできるのね」
「ああ。便利だろ?」
「……あたしも少し、いいかしら?」
アナベルはそっと幻想の魔法を使った。
「ちょっとした賭けではあるのだけど……」
万が一、アナベルたちのことを追ってきた人がいる場合を考え、二台の馬車それぞれに人が乗ったように見せる幻想の魔法だ。
「幻想の魔法は、そんなこともできるのか」
「魔法の使い方は人それぞれだけど……、ハズレを引いてくれることを祈るしかないわね」
くすっと笑うアナベルに、エルヴィスは大きくうなずき馬車に乗った。どうやら御者とはすでに話を通してあったらしく、アナベルたちの馬車が動き出すと、二台目も走り出す。
「さて、襲撃はあるかしら?」
「物怖じしないな、きみは」
「か弱いレディってわけじゃないもの」
肩をすくめるアナベルに、エルヴィスは「そうだな」と小さくうなずく。
――自分で言っておいて、同意を得ると少し悲しそうに目を伏せる彼女に、くつくつとエルヴィスが喉を鳴らして肩を震わせた。
「あ、ひどい!」
「いや、すまない。……ところで、これからのことなのだが」
「はい」
少しだけ頬を膨らませたアナベルだが、エルヴィスが真剣な硬い声を出すと、表情を引き締めて彼を真っ直ぐに見る。
「親愛感を出すためにも、私は『ベル』と呼ばせてもらっても良いか?」
「構いません。あたしも愛称で呼んだほうがいいですか?」
「いや、呼びづらいだろうから……」
否定はしなかった。
こうして隣にいるだけでも胸はドキドキと高鳴り、心身ともに緊張してしまう。
なんでもないように振舞ってはいたが、内心いつも鼓動は早鐘を打っていた。
――どのくらい、時間が経っただろうか。
ふと、エルヴィスが顔を窓に向ける。
「……どうしたの?」
「いや、これは……」
襲撃か、とアナベルも警戒するように窓の外を見る。すると――馬に乗っている人が、ひらひらと手を振っているのが視界に入った。
(――あ、陛下の護衛の……)
ホッとしたように息を吐く。そして、彼に見えるように振り返した。
「護衛と一緒だったのね」
「パトリックは私のほう、レナルドは別の場所の様子を見にいっている。すべて手筈通りだ」
満足げにうなずくエルヴィスに、アナベルは眉を下げる。
それに気付いたエルヴィスが「どうした?」と首をかしげた。
アナベルは緩やかに左右に首を振り、頬をかいて微笑む。
「なんでもないの。安心しちゃって……やっぱり少し、怖かったから」
踊っていたときの高揚感は、馬車に揺られているうちにしぼんでいった。
だからこそ、アナベルは心底安堵したのだ。どうやら襲撃の危険はないようだ、と。
「旅芸人の一座で各地を巡っていたけれど、魔物や盗賊……山賊? ってあまり遭遇しなかったから、戦い慣れていないのよね……」
「……そうか。それは、こちらの配慮が足りなかったな」
アナベルはあわあわとエルヴィスの手を握り、彼と視線を合わせた。
「……そんなことないわ」
そう口にしたと同時に、馬車が止まる。
どうやら目的地についたらしい。
馬車の扉が開き、エルヴィスが先に降りてアナベルに手を差し伸べる。
彼の手を取り、馬車から降りたアナベルは、眼前に広がる光景に「わぁ……」と小さな声を上げた。
「素敵な場所ですね」
「今日からきみが住む宮殿だよ、ベル」
アナベルの目の前には、とても広い宮殿。そして、その宮殿で働ているであろう人たちがずらりと並んで、宮殿の主を迎えるために立っていた。
「初めまして、アナベルさま。デュナン公爵からの依頼で、家庭教師を引き受けたロマーヌ・クレマンス・カルメと申します」
優雅にカーテシーをする家庭教師――ロマーヌに、アナベルはハッとしたように彼女に声をかける。
「あ、えっと。あたしはアナベルと申します。今日からよろしくお願いいたします」
と、自分のスカートの裾を掴み、カーテシーをした。
(――あら?)
しん、と静まり返った……と、思ったら、すぐにロマーヌが姿勢を正して小さく微笑みを浮かべた。
「はい、よろしくお願いいたします。きれいなカーテシーですね。誰からか習ったのですか?」
「え、と、はい。少し……」
旅芸人の一座に入ったばかりの頃、練習ばかりだと大変でしょ? というミシェルの一言で『お姫さまごっこ』が始まったのだ。
「――では、その話は夕食をいただきながらにしましょう。陛下、陛下の分も用意いたしました」
「ああ、では私もいただこう」
エルヴィスの声に、その場にいる人たちは嬉しそうに微笑んで、「ぜひ!」と力強くうなずく。
アナベルは戸惑いながらも、エルヴィスと一緒に宮殿へ足を進めた。
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