寵姫になるために 6話
ステージの上にいる人たちも起き上がり、パーティー会場の人たちに頭を下げる。
すると、盛大な拍手が再び起こった。
その音が大分小さくなったとき、カツリ、と音を鳴らしてエルヴィスがステージに近付く。
彼がステージに近付いていくことに気付いた人たちは、拍手をやめて興味深そうに視線で追っていた。
しんと静まり返った会場内。用意されたステージに、エルヴィスがひょいと上がった。そのことに目を見開いて息を呑む貴族たち。
ただ、ダヴィドだけが口角を上げていた。
笑っていることを気付かれないように、シャンパングラスに口をつける。
エルヴィスはアナベルの前に立ち、自身の胸元に手を添えた。
「美しい人。名を、教えてくれるか?」
「――アナベル、と申します」
にこり、とアナベルは微笑む。
その笑みが見えた人たちは、ほぅ、と小さく息を吐いた。
「アナベル、か。良い名だな。――ぜひ、私とともにきてほしい」
エルヴィスの言葉に、一気に会場内がざわめく。
耳を澄ませると、「寵姫にするつもりなのかしら?」や「踊り子から寵姫へ……?」と女性たちがひそひそと話しているのが聞こえた。
男性たちからも「……確かにあの美しさなら傍に置きたい」やら、「王妃陛下よりも美しいんじゃないか?」という声も耳に届く。
アナベルは、じっとエルヴィスを見つめた。
たった数秒。
だが、それが数分にも感じられるほどに、緊張感が漂っていた。
「……よろしくお願いします」
アナベルの返事に、またざわめきが強くなる。
エルヴィスはすっと手を差し出し、彼女はその手を静かに取った。ゆっくりと、手の甲に唇が落ちるのを見て、貴族の女性たちがキャア! と黄色い悲鳴を上げた。
どこからか、拍手の音が響く。
拍手の音を辿るように顔を上げると、ダヴィドがにんまりと笑みを浮かべて手を叩いていた。
それを見た人たちも、パチパチと拍手をし始める。
アナベルとエルヴィスは顔を見合わせ、指を絡め合うように繋ぎ直し、にっこりと微笑んでみせた。
エルヴィスとアナベルはステージを下りて、ダヴィドに近付く。
「とても素晴らしいものを見せてもらった。旅芸人の一座には、これほど美しい女性がいるのだな」
「まぁ、美しいなんて……うふふ」
嬉しそうに目元を細めるアナベル。
どんな会話をしているのかと、耳を澄ましている人たちに聞こえるように、アナベルの美しさを話すエルヴィス。
そわそわと彼女たちに近付いてきた人たち。どうやら声をかけたいようだ。
「――おや、これはブトナ男爵。久しいな」
まさか自分に声をかけられるとは思わなかったらしい彼は、アナベルとエルヴィスを交互に見て、「いやぁ、お久しぶりでございます」と頭を下げる。
(――先日、教えてくれた人ね。ブトナ男爵は、王妃サマ側。早速様子を探りにきた……ってところかしら?)
アナベルは一歩前に出て、汗をかいているブトナににっこりと満面の笑みを浮かべてみせた。
――彼女には、自分の笑みに自信がある。
だからだろうか、ブトナはぶわっと顔を耳まで真っ赤に染め、すいっと視線をそらす。
ハンカチを取り出して汗を拭き、ふう、と息を吐いたブトナは、エルヴィスを見上げた。
「へ、陛下。彼女を寵姫にするおつもりですか?」
「ああ。これだけの美しさだ。機会を逃せば二度と手に入らないかもしれないだろう?」
エルヴィスは繋いでいた手を離し、アナベルの腰に手を回して、ぐいっと引き寄せる。
アナベルは目を丸くしてエルヴィスを見上げ、それから艶妖に微笑んだ。
そっと彼に身を預けるように、頭をかたむける。
「――さて、用がそれだけならば、私はここで失礼しろう。ダヴィド、彼女をこのまま攫っても?」
「彼女が良ければね」
ちらりとアナベルを見るダヴィド。アナベルは目元を細め、口を開いた。
「――攫ってくださる?」
「――貴女のお望みのままに」
甘えるような声を聞き、エルヴィスは彼女の髪にちゅっと唇を落とす。
パーティー会場内の女性たちは「まぁ、本気なのですね……!」と黄色い声を上げていた。
ドラマチックね、なんて声も聞こえてくる。
アナベルとエルヴィスは互いに視線を交えて、小さくうなずき……そのままパーティー会場をあとにした。
「――大成功、といっても良いかしら?」
「そうだな。今日パーティーに参加した貴族たちには、印象深いものになっただろう」
「はぁ~……、緊張した!」
パーティー会場から遠ざかり、二人きりになってからアナベルが問いかける。
エルヴィスがうなずいたのを見て彼から身体を離すと、ぐーっと伸びをした。
緊張で身体に力が入りすぎていたようで、やっと緊張の糸が切れてほっと安堵の息を吐く。
「それにしても、本当に美しいな」
「これ? 急いで作ってもらったのよ」
スカートの裾を持ち上げて、そのままくるりと回転してみせた。
ふわりと広がるスカートに、エルヴィスが感心したように拍手を送る。
「これをあの数日で? よく間に合ったな……」
「そりゃあ、旅をしていたもの。あたしだってほんの少し刺繍をしたけれど、剣舞の確認もあったから、ほとんど衣装係の人が作ってくれたんだけどね」
舞っていたときの高揚感を思い出して、アナベルの声が弾んだ。
「……エルヴィス陛下。あたしを次の舞台に上げてくれるのは、いつになりそう?」
「すぐにでも、と言いたいところだが、ダヴィドに頼んだ家庭教師から許可がもらえたら、になるな。アナベルには教養をつけてもらう」
「教養……」
「そうだ。マナーや貴族の立ち振る舞いを、完璧に覚えてもらわないといけないだろう」
「……それは……燃えるわね」
彼女の言葉が意外だったのか、エルヴィスは目を丸くして――ふっと表情を和らげた。
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