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【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。  作者: 秋月 一花
2章:寵姫になるために
24/62

寵姫になるために 6話

 ステージの上にいる人たちも起き上がり、パーティー会場の人たちに頭を下げる。


 すると、盛大な拍手が再び起こった。


 その音が大分小さくなったとき、カツリ、と音を鳴らしてエルヴィスがステージに近付く。


 彼がステージに近付いていくことに気付いた人たちは、拍手をやめて興味深そうに視線で追っていた。


 しんと静まり返った会場内。用意されたステージに、エルヴィスがひょいと上がった。そのことに目を見開いて息を()む貴族たち。


 ただ、ダヴィドだけが口角を上げていた。


 笑っていることを気付かれないように、シャンパングラスに口をつける。


 エルヴィスはアナベルの前に立ち、自身の胸元に手を添えた。


「美しい人。名を、教えてくれるか?」

「――アナベル、と申します」


 にこり、とアナベルは微笑む。


 その笑みが見えた人たちは、ほぅ、と小さく息を吐いた。


「アナベル、か。良い名だな。――ぜひ、私とともにきてほしい」


 エルヴィスの言葉に、一気に会場内がざわめく。


 耳を澄ませると、「寵姫(ちょうき)にするつもりなのかしら?」や「踊り子から寵姫へ……?」と女性たちがひそひそと話しているのが聞こえた。


 男性たちからも「……確かにあの美しさなら(そば)に置きたい」やら、「王妃陛下よりも美しいんじゃないか?」という声も耳に届く。


 アナベルは、じっとエルヴィスを見つめた。


 たった数秒。


 だが、それが数分にも感じられるほどに、緊張感が(ただよ)っていた。


「……よろしくお願いします」


 アナベルの返事に、またざわめきが強くなる。


 エルヴィスはすっと手を差し出し、彼女はその手を静かに取った。ゆっくりと、手の甲に唇が落ちるのを見て、貴族の女性たちがキャア! と黄色い悲鳴を上げた。


 どこからか、拍手の音が響く。


 拍手の音を辿るように顔を上げると、ダヴィドがにんまりと笑みを浮かべて手を叩いていた。


 それを見た人たちも、パチパチと拍手をし始める。


 アナベルとエルヴィスは顔を見合わせ、指を絡め合うように繋ぎ直し、にっこりと微笑んでみせた。


 エルヴィスとアナベルはステージを下りて、ダヴィドに近付く。


「とても素晴らしいものを見せてもらった。旅芸人の一座には、これほど美しい女性がいるのだな」

「まぁ、美しいなんて……うふふ」


 嬉しそうに目元を細めるアナベル。


 どんな会話をしているのかと、耳を澄ましている人たちに聞こえるように、アナベルの美しさを話すエルヴィス。


 そわそわと彼女たちに近付いてきた人たち。どうやら声をかけたいようだ。


「――おや、これはブトナ男爵。久しいな」


 まさか自分に声をかけられるとは思わなかったらしい彼は、アナベルとエルヴィスを交互に見て、「いやぁ、お久しぶりでございます」と頭を下げる。


(――先日、教えてくれた人ね。ブトナ男爵は、王妃サマ(イレイン)側。早速様子を探りにきた……ってところかしら?)


 アナベルは一歩前に出て、汗をかいているブトナににっこりと満面の笑みを浮かべてみせた。


 ――彼女には、自分の笑みに自信がある。


 だからだろうか、ブトナはぶわっと顔を耳まで真っ赤に染め、すいっと視線をそらす。


 ハンカチを取り出して汗を拭き、ふう、と息を吐いたブトナは、エルヴィスを見上げた。


「へ、陛下。彼女を寵姫にするおつもりですか?」

「ああ。これだけの美しさだ。機会を逃せば二度と手に入らないかもしれないだろう?」


 エルヴィスは繋いでいた手を離し、アナベルの腰に手を回して、ぐいっと引き寄せる。


 アナベルは目を丸くしてエルヴィスを見上げ、それから艶妖(ようえん)に微笑んだ。


 そっと彼に身を預けるように、頭をかたむける。


「――さて、用がそれだけならば、私はここで失礼しろう。ダヴィド、彼女をこのまま(さら)っても?」

「彼女が良ければね」


 ちらりとアナベルを見るダヴィド。アナベルは目元を細め、口を開いた。


「――攫ってくださる?」

「――貴女(あなた)のお望みのままに」


 甘えるような声を聞き、エルヴィスは彼女の髪にちゅっと唇を落とす。


 パーティー会場内の女性たちは「まぁ、本気なのですね……!」と黄色い声を上げていた。


 ドラマチックね、なんて声も聞こえてくる。


 アナベルとエルヴィスは互いに視線を(まじ)えて、小さくうなずき……そのままパーティー会場をあとにした。


「――大成功、といっても良いかしら?」

「そうだな。今日パーティーに参加した貴族たちには、印象深いものになっただろう」

「はぁ~……、緊張した!」


 パーティー会場から遠ざかり、二人きりになってからアナベルが問いかける。


 エルヴィスがうなずいたのを見て彼から身体を離すと、ぐーっと伸びをした。


 緊張で身体に力が入りすぎていたようで、やっと緊張の糸が切れてほっと安堵の息を吐く。


「それにしても、本当に美しいな」

「これ? 急いで作ってもらったのよ」


 スカートの裾を持ち上げて、そのままくるりと回転してみせた。


 ふわりと広がるスカートに、エルヴィスが感心したように拍手を送る。


「これをあの数日で? よく間に合ったな……」

「そりゃあ、旅をしていたもの。あたしだってほんの少し刺繍をしたけれど、剣舞の確認もあったから、ほとんど衣装係の人が作ってくれたんだけどね」


 舞っていたときの高揚感を思い出して、アナベルの声が弾んだ。


「……エルヴィス陛下。あたしを次の舞台に上げてくれるのは、いつになりそう?」

「すぐにでも、と言いたいところだが、ダヴィドに頼んだ家庭教師から許可がもらえたら、になるな。アナベルには教養をつけてもらう」

「教養……」

「そうだ。マナーや貴族の立ち振る舞いを、完璧に覚えてもらわないといけないだろう」

「……それは……燃えるわね」


 彼女の言葉が意外だったのか、エルヴィスは目を丸くして――ふっと表情を(やわ)らげた。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです♪

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