寵姫になるために 5話
ざわざわと人々の声が聞こえる。
アナベルは深呼吸を繰り返して、隣で硬い表情を浮かべているクレマンに、小さな声で尋ねた。
「緊張してる?」
「まぁ、それなりに。デュナン公爵のところで芸を見せるなんて、さ。考えたこともなかったからなぁ……」
クレマンはしみじみと、感慨深そうに会場を見渡す。
アナベルたちの出番はまだ先だ。
会場内は和気あいあいと賑やかであり、いかにも高そうな宝石やドレスを身にまとう女性たちや、シャンパングラスを片手に話し込んでいる男性たちが良く見える。
「人生なにが起きるか、わかったもんじゃあないわねぇ……」
「本当にな……」
アナベルとクレマンがしみじみと話していると、ダヴィドが声をかけてきた。
「やぁ、お二人さん。どうだい、このパーティー会場は?」
「デュナン公爵、改めて、この素晴らしいパーティーに我が一座をお招きいただき、感謝しております」
ダヴィドが「楽にして」と軽く手を振る。
「挨拶回りがやっと終わったからね。ちょっと休憩にきたんだ。きみたちの様子を見がてら、ね」
パチンとウインクを一つ。
アナベルは口角を上げる。クレマンもパーティー会場を見渡してから、ダヴィドに微笑みを見せた。
不敵な笑みだ。この場で芸を披露できることに、喜びを感じている表情。
「……うーん、さすが。クレマン率いる旅芸人たちは、良い顔をしている」
「ありがとうございます。自慢の仲間です」
クレマンは心底嬉しそうに表情を明るくし、アナベルはその言葉にほんのりと頬を赤くさせた。自分たちのことを『自慢の仲間』だときっぱり断言してくれたことに、身体が震えるくらいの歓喜を覚えた。
ダヴィドは数度うなずいて、アナベルの姿を頭の天辺から足のつま先まで眺める。
「――さて、レディ。心の準備は?」
「いつでもできているわ。それより、どうかしら? この衣装」
くるりと一回転してみせるアナベル。
彼女の頭には銀色の髪飾りと薄いベールが付けられていて、髪飾りに埋め込まれたサファイアがきらりと光る。唇にはピンク色のグロスが塗られ、彼女の容姿も相まって愛らしい雰囲気を演出していた。
しかし、衣装は異国風のものだ。トップスは短く、胸が隠れるほど。スカートは足首まで隠れるが動くたびにふわりと広がり、軽やかさを見せている。
「それ、エルヴィスの髪色に合わせたの?」
「ええ。とはいえ、真っ黒ってわけでもないのだけど……」
トップスにもスカートにも、金色の刺繍がされていて、照明の下で輝いていた。
「色白なきみだからかな? とても綺麗だと思うよ」
「……それを聞いたら、なんだか自信が持てたわ。――さて、そろそろあたしたちの出番かしら?」
――今日のサプライズゲストが到着したらしく、会場内が一瞬静まり返り、それからゲストに近付いていく人だかりを確認してから、アナベルが悪戯っぽく笑う。
ダヴィドもクレマンも、彼女を見つめて大きくうなずいた。
アナベルはぎゅっと剣の柄を握り、目を閉じて深呼吸を繰り返す。
目を開けて、復讐の炎を宿した瞳で前を見据え、歩き出した。
(――さぁ、行こう!)
自分に向けて心の中でつぶやくと、背を真っ直ぐに伸ばして会場へと足を踏み入れる。
きらびやかな空間は、自分が知っている世界ではないように見えてまぶしい。
アナベルたちが姿を見せたことで、パーティー会場にいる人たちの好奇の視線が集まった。
ふわり、と花が綻ぶように笑みを浮かべると、パーティー会場にいる人たちが頬を染めた。男性も女性も関係なく……
「エルヴィス、よく来てくれた」
「ああ。……今日はずいぶんと珍しいものが見られそうだな?」
エルヴィスが旅芸人たちを見渡す。
全員、今日のために身体も芸も磨いた。
数日間しか準備期間はなかったが、いつもの芸をデュナン公爵邸という大舞台でやるのだから、後悔は残したくないと張り切った結果だ。
「ああ。巷で噂の旅芸人一行を招いた。本日は、彼らのショーを楽しんでほしくてね」
ちらりとクレマンに視線をやるダヴィド。
クレマンはにっと口角を上げて、大きく腕を広げた。
「このような大舞台で芸を披露できる機会を与えていただき、誠にありがとうございます。ぜひ、楽しんでください」
パチン! とクレマンが指を鳴らす。
それと同時に、一座の男性がステージへ駆け出し、タンっと床を蹴って飛び跳ねる。くるくると二回転をしてから、綺麗に着地した。
「まぁ、とても身軽なのね」
「他の人たちも、こういうことができるのか?」
興味津々、とばかりに周りの人たちが口にする。
視線はステージにいる男性たち。彼らはキラキラと輝くストーンを衣装につけていた。
その輝きにも負けないくらいの笑顔で宙を舞い、周囲の視線を釘付けにする。
(――さすがだわ)
くいっと腕を引かれた。
アドリーヌが「行きましょ」とステージを指すのを見て、アナベルはこくりとうなずく。
ダッシュでステージまで向かい、スカートが広がるように計算して飛ぶ。
アナベルの手をステージの男性が取り、そのままステージに上がった。
すっと鞘から剣を抜き、天井に剣を掲げるときらりと白刃が輝く。
彼女は目元を細め、くるりと振り返り周囲を見渡す。
それを合図に、男性たちがアナベルとアドリーヌ向かって剣を抜いた。
剣があたりそうなギリギリのところで避け、剣を振るう。
決められたパターンがあり、アドリーヌも同じように剣を使って周りを魅せた。
剣がぶつかり合う金属音。すれすれで躱す緊張感。
アナベルたちに向けられる、熱気ある視線。
男性たちはステージの上で倒れ、ステージ上に立っているのはアナベルとアドリーヌの二人だけ。
ふわり、とアドリーヌが微笑み、アナベルから離れた。
タンタン、タタン!
アナベルが靴を鳴らす。
スカートの裾を持ち、いつもの剣舞が始まった。
宙に剣を放り投げ、ステップを踏む。そして、ステップの最後の一歩のところで、腕を伸ばして横を向く。顔だけ正面を向けると、空中に放った剣が鞘に収まる。
一瞬の静寂のあと――盛大な拍手がパーティー会場に響いた。
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