踊り子 アナベル 10話
アナベルはそれを聞いて、ゾッとして背筋が寒くなる。
悪い噂が流れていてもおかしくない人物なのだ、と。
「ジョエルがあの村にきた理由は……?」
「イレインにそそのかされたのだろう。ジョエル亡き今、わからないがな」
「……あたしが、王妃サマよりも若かったから……?」
「それに、イレインよりも美しい。それが理由だったのだろう」
「理解できないね! どんなに若くて美しくても、歳を取ればしわくちゃのおばあちゃんになるもんじゃないのかいっ?」
抑えられていた感情が爆発するかのように、アナベルが声を荒げる。
そんな理由で村が焼かれたとなれば、ふつふつと腸が煮えくり返る思いだ。
クレマンが、そんな彼女の怒りを抑えるように、背中をぽんぽんと叩く。
「……なんで、みんな死ななきゃいけなかったの……っ!」
ボロボロと、彼女の瞳から大粒の涙が流れた。
顔を覆って泣く彼女を見て、エルヴィスの手が伸びて、そっと彼女を包み込みように抱きしめる。
子どものように泣きじゃくるアナベルは、やがて泣きつかれて気を失うように眠りについた。
心身ともに疲れていたのだろう。
エルヴィスに身体を預けるように眠る彼女を抱き上げて、置かれているベッドへと運んだ。
「……なんというか、すごい巡り合わせですね」
「……そうだな」
涙の痕をなぞるように、エルヴィスの指が彼女の頬から目元へ動く。
そして、「本当に……美しく成長したものだ」とつぶやいた。
アナベルを休ませるために、エルヴィスとクレマンはテントから出る。
人気のない場所で情報交換を始め、それをアナベルが知ることになったのは、翌日だった。
――目が覚めたアナベルは、昨日のことを思い出し、ハッとしたようにベッドから跳ね起きた。それと同時に声をかけられる。
「おはよう、アナベル。目が覚めたか」
「座長……。あれ、あの人は?」
「オレのテントで休んでもらった。まだいると思うぞ」
「……そう。……昨日のこと、夢ではないのね……」
「……ああ。しっかし、まさかこんなところで会うとは思わなかった。護衛のヤツ、かなり大変そうだったぞ~」
「護衛?」
「そりゃ連れているだろう。陛下になにかあったら大変だからな」
それじゃあ、とアナベルは額に手を置いた。
エルヴィスは護衛から逃げ回っていたということか、と重く息を吐くとクレマンが肩をすくめる。
「とりあえず、陛下も一緒に行動することになった。護衛たちも一緒にだ」
「ええ、良いの、それ……?」
「ああ。どうせ向かう場所は王都ティオールだからな。恩は売れるときに売っておけ、がオレのモットーだ」
クレマンは両腰に手を置いて、豪快に笑った。
アナベルは「そう」と呆れたような視線を彼に向けた。とりあえず、身支度を整えないといけない。
ベッドから抜け出すと、クレマンが「またあとでな」とアナベルのテントから出ていった。彼女は一度大きく深呼吸をしてから、身支度を整えた。
身支度を整えてから、クレマンのテントへ向かう。
「あの、起きてる……?」
とりあえず声をかけてみたが、返事はない。
こっそりとテントの中に入り、きょろきょろと辺りを見渡した。
ベッドに人が寝ているようだった。起こさないようにそうっと足を進ませて、その端正な顔を見つめる。
(本当……綺麗な顔……)
幼い頃のエルヴィスの姿は、今でも鮮明に思い出すことができる。その姿を目にしたのはほんの少しだというのに。
アナベルの視線に気付いたのか、エルヴィスがゆっくりとまぶたを上げる。
人の気配に敏感なのかもしれないと、慌てて離れようとしたが、ぐっと手首を掴まれた。
「……ああ、きみか。昨日はいきなりすまなかったね」
「いーえ、陛下のような美形の寝顔を見られただけでお釣りがくるってもんさ。あたしのほうこそ、ごめんなさい、世話をかけたよね」
昨日の自分のことを思い出して、アナベルは恥ずかしそうに頬を染める。
子どものように泣きじゃくり、泣き疲れて寝てしまうなんて、成人してから初めてのことだったから、顔から火が出そうだ。
「いや、ずっとつらい思いをしてきたのだろう。少しはスッキリできたかい?」
「おかげさまで。今ものすっごく恥ずかしいけどね……」
赤くなった頬を隠すように、視線をそらす。
エルヴィスがくすりと笑った気配がして、アナベルの手を離すと「先にテントから出るよ」と足早に去ってしまった。
アナベルは自分の感情を落ち着かせるために何度も深呼吸を繰り返してから、クレマンのテントを出たところで、中の一人に声をかけられた。
「おはよう、アナベル。よく眠れたか?」
「おはよう、よく眠れたよ」
「……ん? なんか目が腫れぼったいけど、どうした?」
「えっ? あー、どうしたんだろ、懐かしい夢でも見ちゃったのかな?」
慌てたように目元を擦るアナベルに、「ミシェルの夢でも見たのか?」と尋ねられたが、「夢の内容なんて覚えてないよ」と両肩を上げる。
そのうちにみんなが起き始め、それぞれ朝食の支度をし始めたときに、クレマンがエルヴィスを連れてきた。護衛の人たちも一緒に。
「あー、首都ティオールまで、この人たちも一緒に行くことになった。悪いが、よろしく頼む」
「やだー、すっごく格好良い人たちじゃない?」
「本当、なんだか女慣れしていない人もいそうね、可愛い~」
「おお、こわ……。喰われないといいけど、あの人たち」
そんな声が上がっていたが、エルヴィスはじっとアナベルを見つめていた。
朝食を食べ終えてから、エルヴィスはアナベルに近付いてきた。昨夜、彼女が追い払った護衛を連れて。
「……昨日は本当に申し訳ないことを……」
「気にしないで。あなた……彼の護衛って聞いたけれど、女性慣れしていないようね? あなたのような人は、うちの女性陣にモテると思うから、気をつけたほうが良いわよ?」
「えっ? 気をつけたほうが良いとは……?」
アナベルはつん、と彼の胸元を突いて、それから下に指を動かす。
つつーっとなぞられるような動きに、男性が身体を硬直させた。
「精を絞りつくされるわよって、コト。うちの女性陣は初心な反応の男性……大好きだから、ね」
ぴしりと石化したかのように動かなくなった護衛の男性に、アナベルはくすくすと笑った。それを見ていたエルヴィスが彼女に問いかける。
「きみは違うのか?」
「さぁ、どっちだと思う?」
ちらりと流し目でエルヴィスに視線を送ると、彼は肩をすくめた。
みんなで力を合わせてテントを片付け、ベッドなども収納魔法でしまい、旅立つ準備を終えた旅芸人一行は、王都ティオールに向けて出発する。
護衛の人たちは案の定、女性陣に囲まれていたが、囲んでいたうちの一人がアナベルに対して「そっちの美形はアナベルに話があるみたいだから、しっかり相手しなさいね」とウインクをした。
アナベルは眉を下げて微笑み、うなずきを返してからエルヴィスの隣を歩き、他愛のない会話を弾ませる。
「……ところで、本当に一緒に歩いて良いもの? あとで罰せられない?」
「国王の隣を歩いたものとして?」
こくりとうなずくのを見て、「大丈夫だ」とエルヴィスはふわりと微笑む。
その笑顔があまりにも綺麗に見えて、アナベルは自分の顔に熱が集まっていくのを感じた。
(――他の男性を見たときと、全然違う……。ミシェルさん、これがあたしの『素敵』なのかなぁ……?)
自分が思っていた以上に面食いだということに気付いて、アナベルはゆっくりと息を吐く。
考えてみれば、幼い頃に整った顔をしたエルヴィスを見たから、これまで男性に心が揺れ動かなかったのかもしれない、と。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
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