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9.秘密のデート?

 待っていた時間は2時間程度だった。

 何もない部屋で一度だけ出してもらった紅茶を頂きながら待っていた。

 新聞や雑誌でもあれば暇つぶしにもなるだろうに、この部屋には何もなかった。

 ぼんやりと窓の外を眺めるのが精いっぱいの暇つぶしだった。


 ――エリオット。誰だろう? あの部屋に他に人がいたのだろうか。


 いや、他に人影は見えなかった。

 じゃあ誰?


 それとも。


 ――もしかして交霊会……。


 ふと思い浮かんだ言葉にエヴァは首を振った。

 まさか。

 でも……。


 交霊会とは霊媒師の力を借りて、死者と会話をすることが目的の会だ。

 ならばエリオットは亡くなった前伯爵だろうか。そういえばエヴァは前伯爵の名前を知らなかった。

 

 実はエヴァの母国でも、数年前から交霊会が大流行りしていたのだ。それまでも、似たようなものはあった。けれど今回の交霊会が大流行りしたのは何年か前にあった戦争のせいだった。

 幸いにもエヴァには霊媒師の力を借りてまで会いたい人はいないけれど、戦争で亡くした夫や息子に会いたい。そんな心を止められるわけがない。

 

 ただ、エヴァの母国では、そのからくりを見抜かれてほとんどの霊媒師がインチキやペテンだと言われていた。

 ウィジャボードのコインを糸で引いて動かしてみせたり、霊障をわざと家具を揺らすことで起こしたりしていたらしい。


 ――奥様も騙されているのでなければ良いけれど……。


 アルバートも母親の交霊会通いのことは知っているのだろうか?

 知らないわけはないと思うけれど、一応聞いておくべきだろうかと思ったのだった。


 帰りの奥様は上機嫌だった。

 溌溂としていて、上気した頬が顔色を明るく見せている。朝とは別人のように生気のあふれる表情をしていた。

 少し買い物をしましょうと言って、張り切って仕立て屋を覗きに行ったりお菓子屋さんでオーロラへのお土産を選んでいた。


 アーモンドを砂糖でコーティングして、色付けした糖衣菓子を2つ選ぶと、片方を指さして言った。

 

「エヴァ、あなたも今日のお礼にこれをどうぞ」

「まぁ、奥様よろしいんですか?」

「ええ。お休みの日にでも召し上がって。屋敷の皆にも買っていきましょう。何個買えばいいのかしら?」


 楽しそうに買い物を続ける奥様を見ながら、エヴァは預かってきたコインが足りるかを頭の中で考えていた。


 その夜は、奥様とアルバートとオーロラの三人で夕食をとっていた。

 オーロラの寝るまで嬉しそうな声を聞きながら、エヴァはたとえ霊媒師がペテンだとしても奥様を元気づけていることには変わりはないのだと思うことにしたのだった。

 



 

 また日曜日が来た。

 エヴァは読み終わった本を手に持って、森の中を歩く。

 約束はしていない。

 いるかな? いなくても座って本でも読んでいようと思っていたが、アルバートは既にベンチに腰かけて何か書き物をしているところだった。


 足音に気が付いたのかパッと顔をあげると、優しい笑顔で出迎えてくれた。


「エヴァ、来てくれたんだね」

「本を貸すとお約束してましたもの」


 渡すと嬉しそうに受け取ってくれた。

 その姿を見ながら、ふとエヴァの頭の中によからぬ妄想が浮かんだ。


 ――なんだかこれって、旦那様との逢引のようじゃない?


 人目を忍んでこっそりとふたりで待ち合わせる。

 使用人の自分とその旦那様が!

 なんだかとてつもなく悪い事をしているような気がする!


 そう思ったエヴァは強引に、頭の中から(よこしま)な考えをはじき出すように頭を振った。

 

 ポンポンとベンチを叩かれて、隣に腰を下ろすとアルバートはさりげなく書き物をしてたノートを脇によけた。


「日記を書いていらっしゃるの?」

「そうだね」


 少し照れ臭そうに微笑んでいる。


「好きなんだ、書き残しておくのが。ページをめくると昔あった忘れたくない事をいつでも思い出せるだろう」


 エヴァは思いがけずロマンチックな物言いに少し目をぱちくりとさせた。

 それに気が付いたアルバートが、さらに恥ずかしそうに顔を染める。

 困ったように顔を赤くする姿が思った以上に可愛らしく感じて、エヴァは不思議な気持ちになった。

 

 ――自分より5つも年上の男性に対して、可愛らしいなんて失礼かしら?


「私も日記を書いておけばよかったです。母国を出てから、この国に来るまで何か国か巡ったのに何も書き記してないんです」

「わざわざ書かなくてもいいじゃないか。その時に楽しんだという記憶さえ残っていれば、きっとまたその国に行った時に自然に思い出せるよ」

「そうかもしれません。でも、せっかくこの町に来たんだし、珍しい経験をしてるんですから私も書くことにします」

「そうかい? まぁ、君には侍女の体験も後から振り返ったら面白い冒険譚になるかもしれないしね。日記帳の選び方の相談なら受け付けるよ」


 そのいたずらっぽく笑う瞳に、エヴァの心臓が小さく跳ね上がった。

 そして急に全身がなんだか落ち着かないように、自分が発熱しているんじゃないかと思うくらい熱くなってきているのに気が付いた。

 

 目を見ていられなくなり、自然と潤みだす瞳をごまかすようにパチパチと瞬く。

 不自然な行動をごまかすように、エヴァは手持無沙汰にならないようにと持って来ていたお菓子をアルバートに渡した。


「あれ? これは……」

「ナッツの糖衣菓子です。先日奥様と一緒に出掛けた時にいただいたのですが、よければ召し上がりませんか?」

「母上が? ああ、そうか……」


 そう言うと、さっきまでと違いアルバートの声が急に暗いものになった。

 エヴァが見ると、アルバートはナッツの糖衣菓子を摘まみ上げながら呟いた。


「母上は、君に迷惑をかけなかったかな? 多分、フォックス夫人という人のところに行ったんだと思うけれど」


 言葉を詰まらせたエヴァの表情を見て、気が付いたようだった。

 ナッツを口に放り込むとかみ砕き、絞り出すような苦し気な声で呟いた。


「母上は死者に憑りつかれている」

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