6.ほっとする味
アルバートは笑っている。
何度も見た困ったような顔で。
そこでエヴァは再び、アルバートが自分にエブリンのことを話した理由に思い至った。
はっきりと言って欲しかったのだろう。
ふたりの未来が繋がる可能性なんてないと。
きっとそうして自分の思いやプライドや、いろいろなものを整理したかったのだろう。
その役割にエヴァが選ばれた理由は不明だったけど。エブリンと同郷だったからだろうと思うことにした。
エヴァは深刻になりすぎないように、わざと何でもないことのように言う事にした。
「縁がなかったのでしょう。エブリンには他の殿方が、旦那様にも他に巡り合うべき女性がどこかにいるのですわ」
「いいね、前向きな考えは好きだよ」
アルバートはぱちりと目を瞬くと、眩しいものを見るように目を細めて笑った。
「私も好きです。それに笑顔でいれば良いことも多くやってきます」
「その考えも素敵だね。でも君がニコニコと笑顔を振りまいたら、困ったこともあるんじゃないかい?」
「まぁ、否定はしません」
愛想よく微笑んだだけで、気があると勘違いされることもあった。
エヴァは蜂蜜を煮詰めたような濃い金の髪色が自慢だった。でもそれ以外の外見は、まぁまぁだろうと自分では思っている。けれど、そのまぁまぁを堂々とした佇まいやころころと変わる表情が、自分を魅力的に見せているのだと知っていた。
そのせいで、時たま自信過剰だとも思われがちだったが。
アルバートはそうとは思わなかったようで、楽しそうに笑うだけだった。
「うん、なんだか元気が出て来たよ。ありがとう」
「お礼を言われるようなことは何も……」
「それでも。君の休憩時間をもらったわけだしね。ああ、そうだ。お礼にこれをあげるよ」
「ビスケットですか?」
「町で買ったんだ。君の口に合うといいんだけど」
包みを開けると、ビスケットからはふんわりとバターの香りが漂ってきた。
「美味しそう。よろしいんですか?」
「うん。妹にって思って買ったんだけど、さっき部屋に行ったらケーキを食べてたから。食べさせすぎは良くないしね」
「ではありがたく頂戴します。本を読みながら食べますね、ありがとうございます」
「紅茶は持ってないから、喉つまりには注意してくれよ」
そう言って笑うと、アルバートはベンチから立ち上がった。
「そういえば、馬車の操縦が出来るって言ってたよね? 母上がたまに街に行きたがるんだけれど、侍女が高齢でね。よければ、たまに代って街に着いて行ってもらえると助かるよ」
「二頭立て馬車ですが。私で良ければ代わります」
アルバートは微笑んで頷くと「それじゃあごゆっくり」と言って屋敷の方へと帰っていったのだった。
アルバートが見えなくなったことを確認すると、エヴァは正していた姿勢を崩し、推理小説のページをめくった。
合間にもらったビスケットをつまむ。
エヴァはこの国に来てからは流行の最先端である王都に住んでいたし、この国に来る前には数か月だけ、エミリーと他国にも美術や音楽の見識を広めるという目的で滞在していたことがある。
色とりどりカラフルなお菓子や美しい細工の施されたケーキもあった。
そのどれもが目新しくて、エヴァをわくわくさせたものだった。
それと比べるとこのお菓子も、屋敷の近くにある町も素朴なものだった。
けれど、口に入れたビスケットはほっとする優しい味だった。