3.エヴァの目的
翌日になり、使用人のお仕着せを着てお嬢様の部屋へ向かったエヴァ。
何の仕事に割り当てられるか不安だったが、エヴァは若く言葉遣いや手も綺麗だし、ちょうどお嬢様の小間使いが結婚で辞めてしまったばかりとのことで、その空きに滑り込むことになったのだ。
台所仕事などしたことがないので台所女中じゃなくて助かった。
初めて会ったお嬢様のオーロラは、10歳位の茶色みがかった黒髪をした気の強そうな子だった。顔かたちは母親であるウォートレット夫人とよく似ていたけれど、意志の強さが現れたような栗色の瞳がキラリと輝いている子どもだった。
オーロラはエヴァを見ると、顎を少し上げて上から見下ろすような仕草をして言った。
いかにもな仕草は傲慢さを感じさせるはずだが、この年頃の女の子がしても微笑ましさが増すだけだった。
「あなた、お兄様を狙っているの?」
「……は?」
「あなた外国人でしょう? なんとなく発音が違うもの。お兄様と外国人の結婚なんて私が認めないわ!」
「はぁ」
「ねぇ、答えてよ。お兄様と結婚したいの?」
「いいえ、全く」
すると少女は何故かさっきよりも不機嫌そうな顔になった。
結婚しないと言ったのに何か不満なのか。
けれどそれ以上は話すこともないのか、ぶすぅっと頬を膨らませると黙って本を読み始めた。
――結婚ね。しばらく考えたくないわ。
エヴァはこっそりと息を吐きだすと、これまでのことを思い返していた。
エヴァはオーロラの言う通り、この国の出身じゃない。
ここから遠く海を渡った別の大陸にあるカメルという国から、一族の野望を果たす駒として姉のエミリーと一緒に送り込まれたのだ。
エヴァは祖父の代にカメルへ渡り、国土を開発し事業を起こして大成功した富豪の一族だった。
有り余る程の金を手に入れた父と祖父だったが、たった一つ手に入らないものがあった。それが身分だ。
実はカメル国には祖父や父のような新天地で財を成した富豪が何人もいた。
自分が爵位を手に入れることができないのであれば、娘と貴族を結婚させる。そうすれば、貴族と縁づくことはできるから。
いろいろな理由はあったが、この国は数年前からの農作物等の下落のあおりを受けていた。それに伴い、土地収入で生活している貴族たちは青息吐息状態だった。屋敷を修繕するのも難しい貴族もいるくらい。
つまり、金がないのだ。
そんな金のない貴族と、金は山ほどある富豪の目論見が一致して、まるで一大事業のように盛んに両国の婚活が行われるようになったのだった。
エヴァの姉のエミリーは昨年無事に結婚をすることができた。
子爵の男性だった。
優しい姉と穏やかな子爵との結婚は笑顔に包まれていた。
お金だけじゃない、思いやりや尊敬でつながった二人は妹の目から見ても幸せそうに見えた。
エヴァはもちろんふたりを祝福した。
自分も姉のようにお互いを尊重できる人と結婚をしたい。納得できる人を探そう。そう思っていたのだが、風向きが変わったのは義兄がエミリーの持参金で屋敷をすっかり綺麗に修復したところからだった。
それまで他の美人で気立ての良い女性達の陰に隠れ、それほど注目されていなかったエヴァだったのに、エミリーの持参金の力を目の当たりにした男性たちは、蟻が砂糖にたかるようにエヴァに寄って来たのだ。
しかも運が悪いのか何なのか、高慢で鼻持ちならない人達ばかりが!
心優しいエミリーは「そんな事ないのよ、ちゃんと相手を見てあげて」と言うが、エヴァの持参金しか見ていない人達のどこを見ればいいのか。
持参金がたっぷりあるのは否定しない。でも、持参金だけを目当てにされるのは気分の良いものじゃない。
いくら父たちの希望だからといっても、譲れないエヴァの気持ちだった。
その求婚者たちの中に、ある理由で特に困った求婚者がいたのだ。
その人と距離を取りたかったが、まだ自国に帰りたくなかったエヴァは義兄に頼み込み、使用人として働く先の紹介をお願いしたのだった。
エヴァは生粋のお嬢様だ。
勉強はできるしピアノも弾けるが、掃除洗濯家事なんてしたことがない。竈に火を入れることだってできないだろう。
けれど、長く使用人をする予定はない。ほんの少しの間ここにいさせてもらえればいいのだ。時間が経てば求婚者の男性もエヴァのことを忘れてくれるだろう。
そんな楽天的で前向きな考えからエヴァは、王都から遠く離れたチェルトベリーのこの屋敷までやってきたのだった。
ぶすっと黙り込んで静かに本を読んでいたオーロラだったが、ポツリと呟いた。
「お兄様は、エブリンって外国人女と結婚するの」